トラウマ
私はいつもの様に自販機で飲み物を買っていた。そこに鈴木君が来て思わず身構える。鈴木海君にされた事は、夏祭りでの思い出は、私の中でトラウマになっていた。二つ目のココアを買ってさっさとその場を離れたかったのに…。
鈴木君が私に話し掛けて来た。
「何で二本も買ってんの?」
「…別の人の分だから。」
「それって、堺の事?」
何で知ってるんだと思ったけれど、早く会話を終わらせたくて。
「…そう。」
とだけ答える。
「アイツと付き合ってんの?」
「…違う。」
「…俺見たんだよ。お前が堺と楽しそうに階段を降りて来るところ。」
「…だから何?」
「…俺はお前が好きなんだって言っただろ?どうしてアイツと一緒に過ごしてんの?何で笑いかけてんの?アイツのこと好きなの?」
彼は私の腕を掴んだ。
「触らないで!」
怖い!目に涙が滲んだ。だから嫌なんだ。近付く事すら避けていたのに。
「何でアイツは良くて、俺はダメなの?」
「堺君は、こんな事しない…。」
私は消え入りそうな声で彼に答える。彼の視線から逃れようと俯いた。
「堺…。」
鈴木君の声でハッとした。その場に堺君が現れた事に驚いて、固まってしまう。
「鈴木君、仁科さんが嫌がってる。放してあげたら?」
私の腕の拘束が解けて、自由になった。私は逃げる。鈴木君の声からも視線からも逃げたかった。走って走って、気が付いたら、屋上へ続く階段に居た。
扉を開けると冬の風が吹いていて、肌を刺す様な寒さを頬に感じる。私は温かい二本の缶をお腹に抱えて、座り込んだ。膝を抱えて俯く。涙が流れては落ちていくのを感じ、恐怖を洗い流した。もう大丈夫だと自分に言い聞かせる。
ギィと扉が開いた音がした。
「仁科さん、…大丈夫?」
心配そうな堺君の声がしたけど、私は振り返らない。こんな所を誰にも見られたくなかった。
「…堺君。ごめん。一人にして?」
「…分かった。」
パタンと扉が閉まる音がした。
私は、缶の飲み物が冷めるまで泣いていた。
涙が出てこなくなったので、教室に向かって歩いて行った。辺りはもう真っ暗になっている。
私の机の上にお菓子の箱が置いてあった。付箋が張り付いている。そこには『食べて!』とだけ書かれていて、彼の優しさが身に染みた。胸が温かいもので満たされる。また、涙が流れた。今度は嬉しくて。
鈴木君が言っていた、アイツのこと好きなの?という言葉が蘇った。
ああ、私…堺君が好きかもしれない…。
彼の置いていったチョコレートを食べる。苦味と甘さが舌の上で解けるように広がった。心まで解けていく様に感じて、また目が潤む。
私も自分の鞄から付箋とペンを取り出して、すっかり冷めてしまったココアの缶に貼り付ける。そして彼の机の上に置いた。『ありがとう』そう書いて。
文字が滲んで見えたけど、多分普通に書けただろう。
私と彼の距離、?メートル。




