野良猫の彼女
僕は猫が好きだ。猫好きの高校一年生、名前は堺真司。家には猫が4匹いる。そのどれもが、拾ってきた猫だったり、貰ってきた猫だったりする。家族みんな猫好きで、だから猫のいる生活が当たり前で。
だからだろうか、まるで野良猫の様な彼女が気になってしまうのは。肩まである茶色のふわふわした猫っ毛と、ぱっちりした目をした彼女の事が。
あれは夏休みが終わって、二学期が始まった頃の事だったと思う。彼女の様子がそれまでと違っている事に気付く。それまでは、いつもニコニコ笑っている明るい子だと思っていた。彼女はそれまで仲の良かった友達と距離を置き、あまり笑わなくなった。何かあったのかなと思う。
笑わなくなったという言い方は、適切じゃないかも知れない。正確には、屈託なく笑わなくなったのだ。愛想笑いを浮かべて、一見変わらない様に見える。でも、時折見せる疲れた様な表情や、怯える様な目線が気になってしまった。彼らから徐々に距離を置き、今は一人で過ごしている時間が多い。休み時間に何処かへふらっと行って、授業の時間になると帰って来る。
秋が終わり、二学期の期末テストも終わった11月の終わり頃になってもそれは続いていて、寒い中何処に行くのだろうと気になって、後をつけてしまった。その頃には、僕の中で彼女は気になって仕方ない存在になっていた。それまでも、挨拶や簡単な会話ぐらいはしていたけど、もっと近付きたくて。距離を縮めたくて。
「寒くないの?」
屋上に居る彼女に声を掛けた。彼女は手すりを持っていた手をぎゅっと握って、驚いた様な顔をして僕を見た。
「…カイロ持ってるから。」
彼女の表情から、警戒されているのが分かる。
「ふーん。何でここに来てるの?」
「…楽だから。教室って、息がつまる…。」
そう言って彼女は溜息をついた。
「まぁ、分からないでもないかな。」
僕は彼女の横、と言っても2メートルぐらいの距離に立って話す。彼女と同じように手すりを持って、その先の景色を眺めた。
「…堺君は、いつも自然体で羨ましい。」
少し警戒が解けた様で、チラリと僕を見て、また視線を前の景色に戻す。
「基本的に、昔からマイペースってよく言われるけど。褒め言葉じゃないと思う。」
「私は褒めてるよ?」
「そう?ありがと。」
僕は笑って、彼女の様子を観察した。嫌がられてはいない様だと安堵する。
「仁科さん、ジッと見られるの嫌いでしょ?特に男子に。」
「堺君…。何でそう思うの?」
彼女は不思議そうな顔で僕を見た。
「何となくそうかなぁって。」
「…合ってるよ。落ち着かない気分になるんだ。」
視線を前に戻し、溜息と一緒に言葉を吐き出す。
「でも、堺君はそんな風には感じない。何でだろ?」
「猫って敵意のない相手には、視線を逸らすんだよね。だから敵意のないアピールみたいな?」
「猫?ああ、そうなんだ。視線か。」
納得した様に、彼女は頷く。
「仁科さんって野良猫みたい。」
「野良猫?」
「うん。凄く警戒心が強いところが。でも、良いと思うよ?警戒心が強い方が、生き残るから。」
「…そうかな?」
「うん。でもさ、野良猫って少しずつ仲良くなっていくのが楽しいんだよね。」
「…ん?」
君が首を傾げたのを、僕は横目でチラリと見る。
「チョコ食べる?」
僕は腕をいっぱい伸ばして、彼女に冬季限定のチョコレートを差し出した。彼女は箱を見詰めて、躊躇いがちに手を伸ばす。
「…ありがとう。」
彼女が手に取ったのを確認して、僕は自分の口角が上がるのを感じた。彼女が袋を開けて、チョコを口に入れた。
「餌付け成功。」
「餌付け?」
「そ、まずは餌付けから始めてみようと思って。」
「…私は堺君にとって、猫扱いなのね。」
「そう、野良猫と仲良くなりたいなって感じ?」
僕がそう言うと、彼女はふっと笑って、僕を見た。笑った顔が可愛くて、ドキリとしてしまう。警戒されない様にすぐに目を逸らした。もう一つ食べる?と聞くと、ありがとうと言って、今度は迷いなく手を伸ばす。
彼女が普通に接してくれる事が嬉しくて、お菓子を食べながらたわいない話を繰り返した。チョコが無くなったので、じゃあねと言って屋上を後にする。
初回はこんなもんだろうと、納得して階段を降りて教室に向かった。
僕と彼女の距離、2メートル。




