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岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第九章 時の邂逅
79/82

(4)

 数字の値が増えていく。

 空中に現れた光る窓は、すべての人に見えていた。不思議なことに、屋内にいても暗い場所にいても見える。場所を移動したところで、すぐ上を見上げれば、窓がある。

 ぎりぎりのところで陥落を免れた王都や、南部にある都市、あるいは運よく魔獣の襲撃を免れた辺境の集落で息を潜めるように生きていた人々は、少しでも情報を得ようと、光る窓を凝視していた。

 ここまでくると、理解せざるを得なかった。

 場面の合間合間に映る数字は、おそらく年代。自分たちは過去に起きた出来事を、あの窓を通して見ているのだと。

 そして、急に不安になった。

 光り輝く女性の影――女神とやらが語った“盟約”の事実や、歴代の王女と(おぼ)しき人物の身に起こったであろう不幸な出来事について、彼らは何も知らなかったからである。

 老人たちの中には、メイル教や教団のことを覚えている者もいた。今でこそ邪教とされ、女神の名を口にすることすら許されていないが、四十年前に内乱が起こるまでは、決して蔑ろにしてよい宗教ではなかったはず。

 数字が増えていき、止まる。

 マイナス四十。

 自分たちの時代。誰もが息をのみ、不吉な予感に心をざわめかせていた。


     ◇


 威風堂々たる体躯。自信に満ちた佇まい。そして、覇気のある笑い。

 それは“改革王”と呼ばれる前の、若き王の姿だった。

 ラモン王である。

 多くの民に崇拝されている王であり、ほとんどの家庭には絵姿がある。


『動いたか!』


 鎧姿の王の前には、ゆったりとした服を着た細身の男がいた。ラモン王の参謀たるホゥだ。


『メイル教団の聖職者らは、心理的に追い詰められておりますからな。少しつついてやれば、こちらの都合のよい時期に暴発させることができます』


 のちに“賢王の賢者”と呼ばれる彼も、学問や商売の守護者として人気が高く、やはり多くの絵姿が出回っている。


『しかし予想以上に、貴族たちが反乱に加担したようで。名門と呼ばれる家門が、かなり』

『ふん、名門といえば聞こえはよいが、没落間際の貧乏貴族どもであろう。それで? 邪教徒どもが担ぎ上げた首謀者は誰か』

『陛下の叔父君です』

『なに?』


 若き王は意外そうな顔をした。


『野望を抱くような人では、なかったはずだが』

『メイル教にはこの国よりも長い歴史がありますからな。その根がどこまで伸びているのか、見当もつきませぬ』

『おのれ。一掃してくれる!』


 若き王の顔は、強い決意と怒気で満ちていた。


『この国に蔓延(はびこ)る邪教徒どもめっ! 奴らを蹂躙(じゅうりん)し、根絶やしにしてくれるぞ。この国の行く末は、正当なる王家の血筋に委ねられるべきなのだ』


 ホゥに感銘を受けた様子はなかった。


『そういった心意気は、戦いの前に、王国騎士団の前で演説するべきですな』

『分かっておるわ!』


 場面が替わった。

 王宮内の謁見の間のようだ。

 玉座に座るラモン王と隣に控えるホゥの前。一段低い位置に、王と顔つきの似た、しかし痩せ細った壮年の男が、両腕を縛られる形で(ひざまづ)いていた。


『叔父上。何故ゆえに教団側に加担されたのか、もはや理由は聞きませぬ。最後に言い残すことはありますか?』


 問いかけるラモン王を、血走った目で睨みつけながら、男は吐き捨てた。


『お前は、何も知らぬのだ。我々王家に課せられた、重き使命を! メイル教団の――』

『もうよい。連れてゆけ』


 抵抗し、喚き散らす男を、ラモン王は憐れみの視線で見送った。


『狂信者どもは、皆そろって同じことを言う。妄想の中でありもしない危険を募らせ、大義を忘れ、暴走する』

『悲しき現実ですな』


 そばに控えていたホゥを、ラモン王は指先で呼んだ。


『伯父上は、変わってしまった。昔は、教団の王家に対する扱いに憤っていたはずなのに』

『さようで』

『やつらの中には、魔法に似た怪しげな術を使う者もいると聞く』

『法術、ですな』

『人の心を操る術もあるのではないか?』

『はて。聞いたこともありませぬが』

『やつらは秘密主義だ』

『調査いたしますか?』

『いや、狂信者どもは口を割らぬ。ならば――』


 黙礼し、ホゥが元の位置に戻る。

 ラモン王は玉座から立ち上がると、広間にいる家臣たちに向かって演説した。


『皆のもの、聞け! メイル教団の反乱は、失敗に終わった。やつらが信奉する女神とやらが実在するのであれば、勝利はやつらの手に渡ったはずだ。しかし現実はどうか。奴らは戦いに敗れ、無様にも縛首(しばりくび)になった。やつらの女神がまがいものであることの、何よりの証明である!』

『勝手なことを言う』


 ぼそりと、女性の声が割り込んだ。

 その声は、窓の中に映っている者たちが発した声ではなく、また聞こえてもいないようだった。


『正当なる王家を軽んじ、国政を壟断(ろうだん)せしめ、既得権益を独占してきたメイル教団こそが、この国に蔓延(はびこ)る悪である。ゆえに()の存在も、痕跡さえも消し去らねばならぬ!』


 ラモン王は宣言した。

 メイル教を邪教、彼らが信奉する女神を邪神と認定することを。今後、一切の信仰を禁じるとともに、神殿や神像を破壊し、関連する書物をすべて焼き払うことを。

 光る窓の中に断続的に映ったのは、凄惨な場面だった。

 破壊される神殿と女神像。書物や絵画が集められ、火が()べられる。その周囲で、まるで祭りのように浮かれる群衆たち。


『これはこれは。偶像とはいえ』


 逃げ惑う聖職者らしき人物と、それを追いかけ回す人々。ついには捕まり、教団のシンボルらしき星形の首飾りを奪われ、暴行を受ける。


『ふふっ』


 光の窓を見ている人々は、背筋が凍りつく思いだった。場面の登場人物とは無関係に聞こえ漏れてくる声は、先ほど女神を名乗った女性の声だった。

 過去に起こった出来事を、自分たちと同じく、今まさに女神も確認しているのではないか。

 数字の値が三十増えた。

 マイナス十。

 壮年となったラモン王が映った。“賢王”と呼ばれ、よく絵姿として描かれている姿である。だがその表情には、焦りと嫌悪感が滲み出ていた。


『どういうことか!』


 血相を変えたラモン王が入った部屋には、侍女と衛兵たちがいた。

 衛兵のひとりが跪いて報告する。

 複数名の賊が、この部屋に忍び込んだとのこと。全員すでに捕らえているが、正体は不明。

 その部屋は、生まれたばかりの王女の部屋だった。小さなベッドを覗いたラモン王は、愕然とした。

 赤子の額に、見慣れぬ紋様があったからだ。


『なんだ、この(あざ)は』


 恐る恐るといった様子で、侍女のひとりが報告した。

 賊たちが王女殿下を取り囲み、怪しげな儀式をしていたように見えたという。


『儀式、だと?』


 もう一度、ラモン王は我が子を見下ろした。

 それは、まるでものを見定めるかのような、冷たい視線だった。

 場面は変わり、執務室らしき部屋。ラモン王とホゥがいる。ホゥも歳をとっていたが、若かりし頃から老け顔なので、それほど変化はない。


『賊の正体は、メイル教団の残党です。三十年間もの間、しぶとく生き延びていたようで』

『なぜ、侵入に気づかなかったのか』


 賊は複数名いたという。王宮内は怪しげな黒づくめの者たちが忍び込める場所ではない。

 ホゥは机の上に王宮の平面図を広げると、その一点を指し示した。


『どうやら、屋外に通じる隠し通路を使ったようですな。ごく短時間で王女殿下の部屋にたどり着いたことから、内通者もいるはず』


 ラモン王は顔を(しか)めた。

 その表情から、王族であるはずの自分の知らない通路であることが読み取れた。


『賊の主客は、“星詠(ほしよみ)”なる役職を名乗っております。占いのたぐいで、この国の命運を占うとか』


 興味深そうに目を輝かせるホゥに、ラモン王は疑惑の眼差しを向けた。


『やつらは、自白するよりも死を選ぶはずだ』

『それがしの手の内にも、便利な者がおりましてな』

『魔法使いどもか』

『特に優秀な能力者を選別し、黒首隊(こくしゅたい)を名乗らせました』

『年寄りが、勝手なことを』

『必要があれば、奴らの本拠地を暴き、そのまま強襲することもできますが。解散させますか?』

『……やれ』


 話は王女のことに移った。

 なぜメイル教団の残党が今ごろになって現れ、しかも生まれたばかりの王女を狙ったのか。


『復讐であれば、()()()を狙うはずだが』

『やつらは、王女殿下を救世主とみなしているようです』

『救世主?』

『新たなる信仰の対象のことかと』


 王女の額の紋様は、消すことができなかった。ただ、赤子が痛がっている様子はなく、健康にも異常はないようだ。


『やつらの話では、王女殿下を守るための封印とのことですが。おそらく、象徴的な意味合いもあるのでしょう』

『厄介な!』


 滅ぼした相手の印を娘につけられるなど、屈辱以外の何ものでもない。

 いきり立つ王に、ホゥが軽い感じで提案した。


『いっそのこと、王女殿下を暗殺されたことにいたしますかな』

『なんだと?』

『“邪教戦争”から三十年。臣民らの、メイル教団に対する警戒心も、さすがに薄れております。辺境では類似の宗教も生まれているとか』


 だが、ここでメイル教団の生き残りが王女を暗殺したとなれば、臣民らの怒りは再び沸騰することだろう。


薮蛇(やぶへび)にはならぬか?』

『侍女も衛兵も、今回の件を知り得る者は、すべて拘束しております。仮に噂を流す者がいたならば、その者こそが教団の内通者といえるでしょう』


 ラモン王は決断した。


『子殺しの汚名を背負うつもりはない』

『では』

『だが、邪教どもとの繋がりは、完全に断ち切らねばならぬ。()()は“厄災の子”。この国に災いを招きかねん』


 王は冷酷な指示を出した。

 それは、王女を暗殺されたことにした上で、仮面をつけさせ、王都から追放するというものであった。

 光る窓を見ていた者たちは、愕然とした。

 十年前に起きた王女暗殺事件、“狂教徒の乱”を覚えている者は多かった。当時の彼らは深く悲しみ、残酷極まりない邪教徒の行いに対して、激しい怒りを覚えた。

 そして数ヶ月前。突然、王女が生きていることが公表された時には、無邪気に喜んた。

 王家の発表を、鵜呑みにして。

 数字がひとつずつ増えていく。

 マイナス九、マイナス八、マイナス七……。

 それは、王女の成長の記録だった。

 仮面を被ったまま、少しずつ身体が大きくなる。

 ベッドから出た幼な子は、椅子に座って窓外の景色を眺めるようになった。

 マイナス六、マイナス五、マイナス四……。

 心の中で、人々は叫んでいた。

 やめろ。やめろ。

 粗末な部屋でただひとり。

 仮面を被った少女は、窓の外を眺めている。

 マイナス三、マイナス二、マイナス一。

 ただただ、景色だけを眺めている。

 やめろ。やめてくれっ!

 先ほど映った女神と王の“盟約”、そして六人の女性たちの悲劇が歴史上の事実であるのならば、仮面を被ったまま軟禁されているこの少女こそが、いまこの国に起きている危機を、文字通り命を懸けて救ってくれる存在であったはず。

 それなのに、この扱いは。

 数字がゼロになる。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 狂教徒の乱と邪教徒の乱、どっちが誤字?
[一言] 一気に読んじゃったわ とても素晴らしい
[一言] これもしかしなくても他国からすりゃ王関係なく国全体が侮蔑の象徴になるわ 事実とはいえ認識が世界を滅ぼす手助けをした魔王と魔族扱いされるレベルよね 子供たちが見捨てたらその後の未来がもう見えて…
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