表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第九章 時の邂逅
77/82

(2)

 そのとてつもない衝撃は、強力な結界で守られているはずの“箱庭”の中にまで響いた。

 暴風と地響きがおさまるのを待ってから、かつての星姫たちは、結界の外の様子を確認した。

 まるで砂嵐に覆われたかのように、空が暗い。

 “大穴”の中心部の方角。土柱(つちばしら)が天に向かって立ち昇っていた。

 このような状態を、ソルシエだけが想定していた。

 空の彼方から星が落ちてきた時。想像を絶する衝撃で、大地が裂け、風が吹き荒れ、大量の土砂が空に舞い上がる。

 その後、わずかな光さえ差し込まない、暗く寒い時代が訪れるだろう。

 常に“大穴”の底を満たしていた魔気が、中心部にいたはずの圧倒的な存在とともに、消え去っていた。

 ソルシエは笑った。最初は楽しげに。しかしそれはすぐに、泣き笑いに変わった。

 長く、終わりのない悲しみの連鎖。星姫を縛りつけていた運命の鎖が解き放たれたことを、彼女は理解したのだ。

 邪神の元へ向かったふたりを心配するベンジャスを見て、ようやく我に返った

 これだけの衝撃だ。

 よくて、相打ちか。

 “転移の門”を通って、“大穴”の中心部へと向かう。

 不思議なことに、この場所は空気が澄んでおり、日の光も差し込んでいた。

 邪神が棲まうという赤水晶の山は、健在だった。

 いや、形が違う。

 窪んだ大地に、山のように巨大な六角柱の水晶が、真っ直ぐに突き刺さっていた。おそらくは、単一の結晶。まるで現実味のない光景だった。

 その手前に、ふたりの子供がいた。

 ルォとトゥエニだ。

 歓喜に近い感情を放ちながら、六人の王女たちが取り囲む。

 ルォはひとり、奇妙な動きをしていた。

 半分泣き出しそうな顔で、両手を大きく広げ、飛び跳ねたりくるくる回ったりしている。


「何してるのにゃ?」


 いつの間にやってきたのか、フニャピッピが呆れたように聞いた。


「この騒ぎを、おさめようとしているんです」 


 解説したのはトゥエニである。

 邪神を倒したものの、こんな大事(おおごと)になるとは思わなかった。焦ったルォは魔法の力を使って、空に舞い散る土砂を必死にかき集めているのだと。

 ソルシエは苦笑を隠せなかった。

 誰かに怒られるとでも思ったのだろうか。

 この地上界にいるどんな存在も、今の少年に逆らうことはできないというのに。

 ひどく混乱したような、しかしどこか気の抜けたような雰囲気の中。

 空から、光が舞い降りた。


     ◇


 その場にいた誰もが、瞬間的に気づいた。

 邪神のように強大な、しかし厳正かつ清らかな存在が、地上界に降臨したのだと。

 光に包まれている。

 それは、女性の姿をしていた。


(わらわ)の名は、メイルロード。美と清浄を(つかさど)る女神である』


 荘厳さすら感じさせる思念が放たれた。

 六人の星姫たちが片膝をつくような形で頭を下げた。王女だった彼女たちにとって、それは最大限に敬意を払う仕草だった。


「第四級魔法使い、“岩壁”のルォ!」


 女神の存在に負けないように、ルォは元気に自己紹介をした。

 ぎょっとしたように、ベンジャスが頭を上げる。何も知らないルォをなんとかしたいが、実体がないので無理やり頭を下げさせることもできない。


『妾の弟を滅ぼしたのはそなたか、人の子よ』

「弟って?」

『そなたの創り出したその石ころの下で、潰れておる者じゃ』

「うん。ティエといっしょに倒した」


 “女神の血”を宿したトゥエニが、もっとも女神の影響を受けていた。ともすれば泣き出しそうなほど、心が暴れている。


『そなたが、妾の新たなる娘じゃな?』


 必死に動揺を抑えながら、トゥエニは頭を下げた。


「はい、女神さま。トゥエニティーエと申します」

『悲しき運命を背負いし、強き娘よ。遠慮はいらぬ。妾のことは母と呼ぶがよい』


 (かしこ)まる以外、トゥエニは何もできなかった。

 急におろおろしだしたのは、ルォである。


「あの、女神さま」

『ん? なんじゃ』

「怒ってる?」


 先ほど隕石(いんせき)で押し潰した存在が、光り輝くこの女性の弟だとするならば、怒られるだけでは済まない。


『ふむ』


 まるで自身に問いかけるように、女神はわずかに俯いた。

 ふいに手のひらを前に差し出す。すると、穴の底の方から小さな光の粒が飛んできて、その上で何かを訴えかけるように瞬いた。


『……そうか。アモン、辛かったな。もう休むがよい』


 光の粒は空の方へと昇っていった。


『いま、弟に確認した。怒ってはおらぬ』

「ほんとう?」

『ああ。神は、決して滅びぬのだ。弟の魂は浄化されたのち、無垢(むく)なる神として、再び生まれ変わるであろう。とても、時間はかかるがな』

「よかった」


 トゥエニと顔を見合わせて、ルォはほっとした。


「その人、どうしたの?」

『うん?』

「めちゃくちゃだった」


 悲しげに、ルォは説明した。

 その人は、深い地の底で(はりつけ)にされ、身体を焼かれながら苦しんでいたと。苦しみながらも、トゥエニの中にある何かを、必死で求めていたと。

 女神の答えは意外なものだった。


『愚かな弟――アモンダスは、こともあろうに姉である妾に懸想(けそう)しての。まあ、姉の美しさにも罪があるわけじゃが』

「けそうって?」

『……』


 女神は小さな人の子を見下ろした。


『幼子は、まだ知らなくてもよいこと。ようは、家族の中では決して許されぬことを、したということじゃ』

「そうなんだ」


 女神と少年が会話をしている。

 ごく普通に。

 六人のかつての星姫たちにとって、女神メイルロードは母であると同時に、畏れ敬うべき至高の存在でもある。ベンジャスなどは、ルォが何か粗相(そそう)をしないかとびくびくしていた。


『むろん、妾も(とが)めはしたのだが、父上が激怒しての。アモンを地上界に落とし、神の槍ではりつけにしたのじゃ』


 その衝撃で、地上には大穴が空いたのだという。その中心部で、アモンダスは変質した。神気は魔気に変わり、獣が魔獣と化した。その魔獣たちを喰らうことにより、アモンダスは邪神に成り果てた。


『受肉し、地上界の生き物となってしまったからには、妾の力ではどうすることもできぬ。せめてもの救済措置として、人の王に妾の血を分け与えたのだが……』


 壮大な内輪揉めだが、誰も咎めることはできない。


『精霊に愛されし魔性の子、ルォよ。あやつは、そなたに感謝しておったぞ。そして妾も同じ気持ちじゃ』


 ほっとしたのも束の間、女神の口から驚くべき発言が飛び出した。


『ゆえに、ひとつだけ。そなたの望みを叶えてやろう』

「のぞみ?」

『そうじゃ。神殺しであるからには、力は必要あるまい。人の王になりたいか? 不老不死を望むか? あるいは、妾の眷属(けんぞく)になりたいか?』


 女神メイルロードは清廉なるものを好み、欲深き不浄なものを嫌う。六人の星姫たちは、内心冷や汗をかきながら見守っていた。


「ほんとう?」

『ふふ、その顔を見るに、何か望みがあるようじゃな』

「結婚式」

『うん?』

「結婚式、したい!」


 人の歴史の中でただひとり、女神をあ然とさせるという偉業を、ルォは成し遂げた。


『結婚式は、相手がおらぬとできぬぞ』

「ティエ」

『いや、相手の同意も必要なのだ』


 トゥエニが立ち上がり、一礼する。


「女神さま」

『母と呼ぶように』

「では、お母さま。わたくしとルォは、昨夜、結婚いたしました。その、ふたりだけで、そう約束しただけなのですけれど」


 少し自信がなさそうなのは、神の代理者たる聖職者の前で誓ったわけではないからだろう。


「母さんが言ってた」


 ルォが生まれ故郷の話をした。

 村には聖職者などいない。だから結婚する時には、確かに夫婦であると認められるために、村のみんなに祝ってもらう必要があるのだという。


「だから、ちゃんと式をあげないとだめだって」

『なるほどの』


 女神は納得したようだった。


『我が娘、トゥエニティーエよ。そなたの望みはどうか?』


 思ってもいなかった事態に、トゥエニは目を輝かせた。


「わ、わたくしも。ルォと同じです!」

『ふっ、そうか』


 女神は微笑を浮かべようとした。

 しかし堪えきれなかったらしく、くつくつと笑い出す。


『なんともはや。これはこれは』


 最後は相好(そうごう)をくずして大笑いし、涙を拭く仕草さえ見せた。


『あい分かった。女神メイルロードの名において、人の子ルォと、我が娘トゥエニティーエの婚姻の儀を執り行い、盛大に祝うとしよう』


 光輝く女神は胸の前で両手を合わせると、人の耳では決して聞き取れない複雑な発音で、何ごとかを呟いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 天然さんは神より強かった!
[良い点] 結論 キレイなお姉ちゃんに恋した愚弟と キレて息子を槍で串刺しにした挙句、地上で受肉させちゃったパパ神が悪い! たぶん邪神化&受肉した息子を見て「あ、やっべ!」と焦っただろうなぁ
[一言] 侍女さん復活してくれないかな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ