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岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第九章 時の邂逅
76/82

(1)

 黒い霧が漂う大地には、草木どころか(こけ)すら生えておらず、代わりに赤黒い水晶のような鉱物が、まるで(とげ)のように突き出ていた。

 上空には濃い紫色の雲が棚引いており、その間を絶え間なく稲光が走っている。その光で周囲の様子がようやく見えている状況だ。

 暗く、寒々しい。

 正面には、赤黒い水晶に覆われた山がそびえていた。


「まるで、お城みたい」


 トゥエニの吐く息が、白い。

 確かに、水晶の重なりが城壁や見張り塔のようにも見える。風の音だろうか、低い唸り声のような音が、断続的に聞こえてくる。

 思わず、ルォは身体を震わせた。

 村にいた頃の自分であれば、逃げ出していたかもしれない。だが、担当職員であるノックスの、容赦のない面談に比べたら遥かにましだと思った。


「ルォ、怖い?」


 繋いでいる手に力が入ってしまったのか、トゥエニが心配そうに聞いてきた。

 父親はなんと言っていたか。女の子の前で弱気なところを見せてはいけない、だったか。


「うん。少し」

「わたしも」


 だが、怖いものは怖い。大切なのは、大切なひとがいる時に、その場から逃げ出さないことだと、ルォは思った。


「あっち、いってみる?」

「うん」


 トゥエニと身を寄せ合いながら、赤黒い水晶の山へと近づいていく。

 突然、地面にひびが入った。それはちょうどルォとトゥエニの間の位置だった。ふたりを切り裂くように亀裂が走り、広がる。ルォがつま先で軽く地面を叩くと、何ごともなかったように亀裂は消えた。

 今度は、地面を漂う黒い霧が渦巻いた。霧がまるで獣の(あぎと)のような形になって、襲いかかってくる。細かな霧にルォの力は効かない。トゥエニがルォを(かば)うように両手を広げた。トゥエニ自身から強い光が放たれ、ふたりを球状に包み込む。光に触れるや否や、黒い霧は消え失せた。

 さらに進むと、魔獣らしきものが現れた。


「虫だ」


 透明な羽をはばたかせながら飛んでくる。地面に着地すると、四本の後ろ足で立ち上がった。残りの二本の前足には鉤爪のような指がある。

 大きさは、人三倍くらい。

 体は赤黒く、半透明で、雷光を反射してキラキラと輝いていた。


はち?」

ありじゃないかしら。お腹が細いし、触覚が曲がっているもの」


 やはりトゥエニは物知りだ。

 だが、直感的にルォは悟った。

 これは、生きものじゃない。

 ()()は、鉱物。もとは石神さまと同じような存在で、それに魔の力が合わさり、()()になっている。

 確か、ふたつの力が混ざったものは、こう呼ぶはず。

 “掛け合わせ”と。

 今まで見てきたどの魔獣よりも強い力を感じた。持ち帰ってソルシエに見せたら喜ぶかもしれないが、相手はこちらに敵意を抱いているようだ。

 本当は、優しいはずなのに。


「お(うち)に、お帰り」


 かつて村を出る時に石神さまにそうしたように、ルォは蟻のような鉱物を土に還した。

 山に近づくにつれて、蟻のような鉱物がぞろぞろと集まってきた。羽の生えたものは少なくなり、代わりに前足が剣や鎌のような形をしたものが増えてきた。

 それらすべてを、ルォは土に還していく。

 ほどなく、ふたりは赤黒い水晶の山の(ふもと)にたどり着いた。

 一本一本の水晶の柱は、アルシェの街の昇降塔よりも大きい。高いところが好きなルォは、山の頂上に登ってみたくなったが、今はそれどころではないと気を引きしめた。

 山の麓に、ぽっかりと穴が開いている。唸るような風の音は、穴の奥から聞こえてくるようだ。出入り口を守るかのように、蟻のような鉱物たちが立ち塞がっていた。

 ただでさえ不気味で薄暗いのに、あの穴の中に入るのは躊躇(ためら)われた。蟻のような鉱物たちも、警戒したように近づいてこない。

 互いに睨み合いのような状態が続いたが、突然、唸り声が大きくなった。


「くるっ!」


 とっさに、ルォはトゥエニを抱きしめていた。

 次の瞬間、穴の中から黒色の炎の塊が吐き出された。蟻のような鉱物たちが吹き飛ばされる。黒色の炎は一度上空に舞い上がると、真上から襲いかかってきた。


「ティエ!」

「ルォ!」


 周囲の景色が、かき消えた。

 何も見えず、何も聞こえない。

 感覚もおかしい。

 無音の闇の中、ただひとり浮いているような感じ。どちらが上でどちらが下なのかすら分からない。

 自分はトゥエニを抱きしめているのか、それとも離してしまったのか。


“ティエ!”


 叫ぼうとしたが、声も出ない。

 まるで悪夢の中にいるかのよう。

 すぐ近くに、強大な存在を感じた。

 意識を集中させ、目をよく凝らしてみる。

 闇の中に、ふたつの紅色の光が浮かび上がった。

 それは、何者かの目のように見えた。

 不思議な感覚だった。

 相手の気持ちが、分かる。

 言葉を成さない気持ちが。

 自分の中にある力のひとつ。おそらく魔の力が、闇の中の存在と繋がっているようだ。


“ティエが、欲しいの?”


 闇の中にいる誰かは、狂おしいほどに、トゥエニを――彼女の中にある()()を求めていた。


“だめだよ”


 そればかりは聞けない。


“ティエは、僕のだから”


 そして自分は、トゥエニのもの。

 家族の結びつきは、他の誰にも変えることはできない。

 暗闇の中の者は、ルォを諦めさせようとした。


 ――お前は、ひとりきりだ。


“違う”


 自分の中にある力のひとつ。聖なる力で、自分たちは繋がっている。

 たとえ見えなくても、聞こえなくても、感じなくても。

 トゥエニは傍にいる。


 ――お前は、もう死んでいる。


“違う”


 自分の中にある力のひとつ。物心ついた時から備わっていた精霊の力が、大地の位置を教えてくれる。

 自分は今、地面の上に立っている。

 死んでなどいない。

 突然、相手の感情が膨れ上がった。

 怒り、苛立ち、憎悪、渇望、不安、孤独、悲しみ。あらゆる負の感情の中、ほんのかすかな前向きな感情を、ルォは感じとった。

 それは、憧れ。

 何かを望み、求める感情だった。


“何かして欲しい?”


 消え入りそうな相手の意識に向かって、ルォは問いかけた。


“君は、何がしたい?”


 ()()()()を否定するかのように、負の感情が暴れ出した。

 低い唸り声が()()()()くる。

 力の圧力を感じた。

 それは、圧倒的な魔の力だった。

 耐える以外に何もできない。このまま力を使い果たし疲れきってしまえば、自分は何もできずに押し潰されてしまうだろう。

 ルォはトゥエニに向かって語りかけた。


“ティエ、お願い。僕を守って”


 自分が勇者であるとは、ルォは思っていない。

 自分たちはふたりで生きていく。

 同じ目的をもって。

 助け合いながら。

 ルォの願いに応えるかのように、聖なる力が膨れ上がり、魔力の圧力が弱まった。

 その分、トゥエニに負担がかかっていることを、ルォは理解していた。

 だが、()()には時間がかかる。

 自分の力は、邪神の足元にも及ばない。

 単純な力比べでは負けてしまうだろう。

 邪神を倒すためには――

 早く。早く。

 絶望的なほどに長く感じられた時間を、トゥエニは支えてくれた。


“もう、終わり”


 感謝の気持ちで胸をいっぱいにしながら、ルォは暗闇の中にいる者に向かって語りかけた。


“ほら、目を開けて。上を見て”


 次の瞬間、暗闇が消えた。


「ル、ルォ!」


 すぐそばで、トゥエニが名を呼んだ。やはり互いの感覚がないことが不安だったのだろう。今にも泣き出しそうな顔だ。

 ふたりの正面に、赤黒い水晶の山はなかった。

 山が消え、半球状の巨大な窪地になっている。窪地の断面には、まるで蟻の巣を切りとったかのような、通路と小部屋が見えた。

 窪みの至るところから、虹色の光の球が浮かび上がり、空へと昇っていく。


「ソルシエお姉ちゃんが、教えてくれた」


 邪神を倒すためには、空のさらに上にある輝かない星が、落ちてくるのを待つしかないと。

 待つことはできないが、()()()()()()()()

 その星の名は――


「“隕石(いんせき)”」


 ルォは見た。

 窪地の中心部分。細い棒のようなもので腹部を貫かれ、全身を炎で包まれた人のような生き物が、まるで待ち兼ねたかのように、両手を大きく広げているのを。

 ルォはトゥエニを抱きしめると、周囲を硬い殻で覆った。そのまま地面の中に沈み込んでいく。

 空から現れたのは、光り輝く水晶の巨魁。

 雲が吹き飛び。

 地上もまた、吹き飛んだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回もめっちゃ面白かったです! 邪神がどういう存在なのか、とても気になりますが、「終わり」を望んでいたと思わせる様子を見れただけで十分なのかなとも感じました。 邪神がいなくなった世界は…
[良い点] 偶然、精霊が土属性で、親魔獣の属性が土属性で、聖女から等価交換して、邪心の殺し方が隕石って・・・ 物語としては大変素晴らしい積み上げ方かと思います。 [一言] あとは、エピローグって感じで…
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