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岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第八章 箱庭の六姫
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(10)

 “箱庭”内のリビングでは、ソルシエによる悪あがきのような説明が続いていた。


「いいかい? 聖なる力と魔の力は互いに反発し合う。聖職者が魔法使いに“祝福”をかけたとしても、どちらかが弾かれるだけ。これはアロマの国の実験結果が証明している」


 遺憾ながらという感じで、アロマが認めた。


「ほとんどの魔法使いには、“祝福”の効果がなかったようですね。ごく一部の弱い魔法使いは、魔の力を失ったようですが」


 ソルシエは満足そうに頷いた。


「魔の力は、魔獣の卵を摂取することにより得ることができる。いくら聖なる力とはいえ、身体と一体化している魔の力を押しのけることは難しいのだろう。まあ、使い手の問題もあるがね」

「では、あの人は」


 オフィリアの疑問は当然のものであった。


「ふたつの力を共存させるためには、魔の力を包み込めるほどの圧倒的な聖なる力を、瞬間的に注ぎ込む必要がある。オフィリア。君たちの場合はおそらく、それが偶然に成り立ったんだ」

「偶然に」

「条件はふたつ」


 ひとつ目の条件は、“祝福”の使い手が星姫であること。


「信仰心により女神の力を借り受ける聖職者の力では、星姫の足元にも及ばない」

「それならっ」


 意気込むミルディを、ソルシエは手を突き出して制した。


「問題は、次の条件なのだよ」


 不敵な笑みを浮かべながら、オリフィアに問いかける。


「嬉しかったのだろう?」


 意味が分からず、オフィリアはきょとんとした。


「幼なじみであるマルテウス公子が、命の危険を冒してまで魔法使いとなり“試練の旅”の同行者になってくれた。君は、とても嬉しかったはずだ」

「ち、違います。わたくしは、マー君に怒ったんです!」


 いくら否定しても、まるで説得力がなかった。


「“祝福”の力は互いの信頼関係に依存する。というのは、実は誤りでね。正確には、星姫が相手をどう思うか。ただそれだけなんだ。通常、星姫が星守の騎士たちに向ける気持ちなど、尊敬や感謝の念くらいのものだろう? それに比べて、舞い上がった星姫が、健気な幼なじみに向ける気持ちはどうかな?」

「ま、舞い上がってなど、おりません!」


 オフィリアのことを無視して、皆が考え込むそぶりを見せた。


「それって、つまり」


 確認したのは、ミルディである。

 ひと呼吸置いてから、神妙な表情で呟く。


「愛の、力?」


 熱を帯びた息遣いがもれ、視線が集中する。その先で、オフィリアが真っ赤になって固まっていた。


「私の考えは、ちょっと違う」


 真顔のまま、ソルシエは見解を述べた。


「愛とは、つまり相手を思いやること。自己犠牲の精神と言い換えてもよいだろう。(とうと)い心情だとは思うが、星姫の力の(みなもと)としては、弱い。もっと直情的かつ激しい精神状態でなくては」


 ベンジャスが聞く。


「つまり、嫉妬、のようなものでしょうか?」

「いや。そのような負の感情では、聖なる力を発揮することはできない。もっと純然たる、しかし利己的な――ああ、矛盾しているのは分かっているよ。だがそれくらい微妙な、不可解な心情ということだ」


 ミルディが眉根を寄せた。

「それって――」


 ソルシエは聞いていなかった。


「ルォ少年が精霊の力と魔の力の“掛け合わせ”だとするならば、“祝福”を乗せる条件はさらに厳しくなるだろう。すでにトゥエニは自分が生まれ変われることを()()()()()()()()()。当然、ルォ少年を地上へ帰そうとするはずだ。相手のため、ではだめなのだよ。“祝福”を授けたら、自分を守ってくれるかもしれない。ひょっとすると、邪神を倒せるかもしれない。そんな()()()()()でもだめだ。どうだい、完璧だろう? これが私の主張する無理な理由さ。すべての理屈や条件を超越(ちょうえつ)して、無上(むじょう)の喜びを得るだなんて。そんな子供の児戯(じぎ)の、ような」


 そこまで言ってから、ソルシエははっとしたように口を閉ざす。

 ふいに、リビングが揺れた。

 それは短く細かい、びりりとした振動だった。

 勘違いなどではない。

 再び、振動が走る。

 ミルディに抱きつかれたアロマが警戒した。


「魔獣の攻撃か!」

「角獅子さま?」


 セトに腹を撫でさせていたフニャピッピが、四つ足で立った。やや上方、虚空(こくう)を見つめながら、ぽつりと呟く。


神樹(しんじゅ)が、緊張してるのにゃ」


     ◇


 シャラララ。

 その瞬間、銀色の大樹が再び木の葉の音を鳴らした。

 だが、トゥエニは気づかなかった。

 ルォのひと言に、意識のすべてを奪われてしまったからである。


「どう、して?」


 掠れるような声が漏れる。


「いっしょにいたい」


 ルォの目は、真っ直ぐに向けられていた。


「僕が、君といっしょにいたいから」


 頭の中が真っ白になった。

 ただただ、胸の奥から熱い感情が込み上げてくる。

 身体がこわばり、熱を帯びる。


「だから。お願い」


 ルォのひと言ひと言に、心が震える。


「結婚しよう」

「あ……」


 感情に押し出されるように、涙がこぼれ落ちた。

 シャラララ。

 眩しい。

 それは幻想などではなかった。

 銀色の大樹に茂る透明な木の葉が、まるで黄昏の光を吸収したかのように輝き、黄金色の無数の光の粒をふらしていたのだ。

 ぼろぼろと、大粒の涙がとめどなく溢れてくる。

 トゥエニはくるりと背を向けた。

 もう、限界だった。

 これ以上は、心がいっぱいになって、はち切れてしまう。

 間違いないと、トゥエニは思った。

 こんな気持ち、他には考えられない。

 これが、恋心なのだと。

 胸に手を当て、呼吸を整える。

 ふと、ガラスの小瓶を握りしめていたことに気づいた。

 これは、もういらない。

 なぜそんな行動を取ったのか分からぬままに、トゥエニは“落涙”を泉の中に投げ捨てていた。


「ペッポコ?」


 涙を袖で(ぬぐ)い、呟く。


「トゥエニ」

「え?」

「トゥエニティーエ」


 再び向き直ると、ルォが呆然としたようにこちらを見つめていた。

 シャラララ。

 まるで雪のように降り注ぐ金色の光の中、自らもまた光り輝きながら、曇りのない笑顔でトゥエニは言った。


「わたしの、本当の名前。大切なお話をする時には、ちゃんと呼んで」

「う、うん」


 今さら真っ赤になったルォが、言葉を噛み締めるように口にした。


「トゥエニ、ティーエ」

「ルォ。あなたに、すべてを――」


 トゥエニはルォの頬を両手で包み。

 そっと顔を寄せた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 感動しました。涙が出たのは久しぶりです。綺麗なものを摂取したおかげで浄化された気がします。情景描写が素晴しいです。更新ありがとうございます。
[一言] 74話の盛り上がりがヤバくて何度も読み返してしまいます。ここまで一話から一気に読んできました。めっちゃ面白い。
[良い点] 今回もめっちゃ面白かったです!! いやー、盛り上がる盛り上がる盛り上がりますね!! まさか前回のプロポーズから更に盛り上がるとは思いませんでした!! >すべての理屈や条件を超越して、…
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