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岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第八章 箱庭の六姫
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(6)

 互いに自己紹介をし、これまでの状況も確認した。


「それでは、今後のお話をする前に」


 心の中でトゥエニは身構えたが、ベンジャスは予想外のことを口にした。


「一度、休憩をとりましょうか」


 トゥエニは早く()()()欲しかった。時間があってもよいことなどない。身体の中を駆け巡る血が、行動を()きたててくる。

 悩む間もなく、すべてが終わって欲しい。

 そんな焦りを見抜いたかのように、ベンジャスが諭すように忠告した。


「大切なお話をする時には、疲れた身体を休め、心を整える必要があります。でなければ、よい判断はできません」


 じっと見つめながら、つけ加える。


「おふたりにとって」


 トゥエニは自分を恥じた。

 勝手に決まって、勝手に終わって。

 その後、ひとり残されたルォはどうなる?

 ルォとはまだ何も話をしていない。どんな事情があろうと関係なく、ルォは自分を助けてくれただろう。

 その優しさに、甘えていた。

 ふたりできちんと話し合い、心の準備をするための時間が必要なのだと、トゥエニは思った。


「では、わたくしがご案内いたします」


 案内役を申し出てきたのは、オフィリアだった。

 先ほどのお茶の効果だろうか、まだ少し身体は重いものの、トゥエニは自分で歩くことができた。

 リビングの壁際までくる。どこにも繋ぎ目のない、滑らかな木肌だ。年季を感じさせる複雑な曲面に、大きな木目(もくめ)が浮かんでいた。


「ここから、いろいろな部屋に出入りできるんです。はぐれると迷ってしまうので、しっかりついてきてくださいね」

「迷子になったら大声で呼ぶのにゃ」


 呼ばれてもいないのに、フニャピッピがついてきた。

 木目の先は、廊下だった。いくつかの分岐を経て、行き止まりの壁に浮かんだ木目に入ると、さらに違う部屋に出た。先ほどのリビングと同じくらいの広さがあるだろうか。室内には湯気のようなものが漂っていた。


「お風呂です!」


 少し得意げに、オフィリアが言った。


「“荒野”を超え、さらには“大穴”の底を歩いて、ここまで来られたのです。さぞやご苦労をされたことでしょう。そんな辛い長旅で一番欲するもの。それはお風呂です」


 トゥエニとしても異存はなかったが、フニャピッピがとことこ浴槽に向かいながら吐き捨てた。


「そんなの、毎日入ってたにゃ」

「え?」


 浴槽の(ふち)のところに奇妙な存在がいた。手のひらに乗るくらいの、水と火の塊。よく見ると、水の塊は(かめ)、火の塊は蜥蜴(とかげ)のような姿形をしていた。


「あ、この子たちは」


 オフィリアが説明しようとしたところで、フニャピッピが威嚇の声を漏らした。水の亀と火の蜥蜴は驚いたように飛び上がると、泡が弾けるように消えてしまった。


「あ……」

「湯加減くらい、あ()()が調整するにゃ」


 気を取り直すようにひとつ頷いてから、オフィリアは後方に向かって手招きをした。出入り口から、二体の苔人形がやってきた。手にはトレイと(かご)を持っている。トレイの上には陶器製の小瓶がいくつも並んでいた。


「“大穴”で採れる泡の実から作った石鹸水(せっけんすい)です。あとはですね、桃薔薇(ももばら)から香油を――」

「うえっ」


 ルォが顔をしかめた。


「ぬるぬるして、目が染みるやつ」


 両手を目に当てる仕草から、トゥエニが察した。恩返しができるとばかりに喜ぶ。


「心配しないで。髪はわたしが洗ってあげる。ルォは、目を閉じていればいいから」

「うん」

「あ、お風呂のお世話はこの子たちが」


 さらに苔人形を呼ぼうとしたところで、トゥエニが微笑みながら断った。


「お世話は必要ありません」

「そ、そうですか」


 ことごとく出鼻をくじかれて、泣きそうな顔になったオフィリアは、いきなりルォが服を脱ぎ出したので驚いた。


「あ、あの。殿方のお風呂は、ただいま準備中で」


 苔人形が差し出した籠に服を入れ、素っ裸になる。


「きゃ!」


 トゥエニも服を脱ぎ、ルォとともに浴槽に入った。フニャピッピはお湯を入れた(おけ)の中に収まる。


「お姉ちゃんも入る?」

「は、入りません!」


 顔に手を当て後ろを向いたオフィリアは、耳まで真っ赤になって逃げ出した。


     ◇


 お風呂のお湯は聖なる泉から汲み上げたもので、炎の精霊の力が宿っており、薬湯(やくとう)のような効果があるのだという。すっかり元気になったふたりに、オフィリアが提案した。


「せっかくですから、お召しものも綺麗にしましょう」


 トゥエニが着ている服はクロゼのお下がりである。こまめに洗ってフニャピッピに乾かしてもらっていたが、さすがに汚れが目立ち、ところどころほつれていた。


「あ()()は、なんか食ってくるのにゃ。早くちかりゃを取り戻さにゃいと」


 そう言って、フニャピッピはどこかへ走り去った。

 再びいくつかの木目(もくめ)を通り、案内されたのは、半月状の部屋だった。曲面を描く壁の部分が窓になっていて、外の景色が見える。ソファーやテーブル、ベッドにクローゼットもあるようだ。

 オフィリアの私室だろうか。

 当然のようにルォも入ろうとしたところで、オフィリアに通せん坊された。


「と、殿方は、別室です!」


 こればかりは譲れないとばかりに、オフィリアはルォの手をとると、どこかへ連れていってしまう。

 幼いころからの習慣のせいか、ひとりになったトゥエニは、ごく自然に窓際へ歩み寄っていた。

 そっと手を伸ばしてみる。ガラスではない。硬質な感触はあるのだが、歪みも曇りもなかった。

 確かにここは銀色の大樹の中のようだ。窓から見えるのは、銀色の見事な枝ぶりと透明な木の葉の群れ。

 日はかなり傾いていた。

 飽きもせず景色を眺めていると、三体の苔人形を従えてオフィリアが戻ってきた。


「あの、ルォは」

「リビングです。お姉さまたちが、ルォさんにいろいろとお聞きしたいことがあるみたいで」


 すぐに会えますよと、微笑まれてしまう。

 苔人形たちがトゥエニを取り囲んで、一礼した。それから両手を前に突き出して、ゆらゆらと動かし始めた。

 トゥエニの服が膨らみ、まるで生き物のように(うごめ)いた。みしみしと何かが軋むような音が響く。やがて服の動きが止まり、肌に密着した。

 服の着心地が変わった。汚れも消え、ほつれていた部分も修復されている。不思議がるトゥエニに、オフィリアが微笑みながら説明した。


「植物の精霊さんの力です」


 これならばルォを追い出す必要はなかったのではと思ったが、オフィリアは「少し、お話をしましょう」と、ソファーに誘ってきた。

 苔人形たちがお茶と焼き菓子を運んでくる。隣に座ったオフィリアが優雅な仕草でお茶を飲む姿を、トゥエニは不思議な気持ちで見つめていた。

 物語の登場人物。七百年以上も前の王女であり、自分と同じ“星姫”だったひと。その佇まいからは気品のようなものが感じられた。正式な教育を受けた王女なのだろう。


「ね、トゥエニさん」

「はい」


 目をきらきらさせながら、オフィリアは聞いてきた。


「ルォさんって、どんな方?」


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