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岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第七章 果ての祭壇
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(10)

 柔らかな太陽の日差しに、強い風。

 どれくらい時間が経っただろうか。すでに廃墟と化していた神殿は、柱も壁も床もなくなっていた。“果ての祭壇”があった場所には大穴が空き、水が溜まっている。

 その水面に、オズマだったものの成れの果てが浮かんでいた。大きさは、人半倍ていどまで縮んでいた。石の大剣すらも届かなかった体の中心部分、心臓とも脳ともいえる核を潰され、形を維持することもできないようだ。

 しなびた目の触手が空を見つめ、口の触手が弱々しく開閉する。


「はら」


 最後の呟き。


「へっ、たぁ」


 触手の先がぽとりと落ち、オズマだったものは水たまりの中に沈んでいった。

 “星守”の騎士と勇者隊のメンバーは、かろうじて生き残った。巨石が衝突する直前、周囲が隆起したことで爆風が防がれ、また全員が触手に捕われていたおかげで、衝撃が吸収されたことが幸いした。だが満身創痍であることに変わりなく、精魂尽き果てたように座り込んでいる。

 ルォとトゥエニがやってきた。トゥエニは小さな角獅子を抱き抱えている。こちらは完全に無傷だ。


「ふん、自業自得にゃ」


 穴の縁から見下ろしながら、小さな角獅子が吐き捨てた。


「あ()()は、女神ちゃまのちかりゃを宿した聖獣。魔のちかりゃといっちょにちたら、暴走するに決まってるにゃ。ぎーにゃ!」


 発音がまどろっこしいのか、口をもごもごさせて鳴き声を上げる。


「姫さま、ご無事でしたか。ルォも」


 ガンギがよろよろと立ち上がり、二人を迎えた。当然のことながら青い毛玉に目がいく。


「それは?」

「角獅子さまです」

「な、なんと」


 老人たちが驚き、這うようにして集まってきた。

 事情はトゥエニが説明した。

 オズマに吸収される寸前、角獅子が放った角から、この子が生まれたこと。この子が角獅子の分身であること。

 そして、ルォがオズマを倒したこと。

 あまりにも簡潔な報告に、老騎士たちは苦いものでも飲み込んだような顔になった。


「そ、そうか」

「ひょ。さすがはルー坊じゃ」

「う、うむ。まさしく」

「最初から、頼んでおけばのぅ」

「いうな!」


 岩の殻の中で、トゥエニは小さな角獅子から今後に関する説明を受けていた。口を使うことに慣れていないというので、トゥエニが代わりに伝える。


「本来であれば、わたくしは角獅子さまにつれられて、ここからさらに北、“箱庭”と呼ばれる場所に向かう予定でした。その、“盟約”における救済を得るために」


 だが力の大半を失ってしまった小さな角獅子は、トゥエニを背に乗せて飛ぶことができない。


「わたくしとルォは、これからそこに向かいます」


 自力で、他に誰も連れていかず。

 言外に込められた意味を理解した“星守”の老騎士たちは、慌てた。わらわらとトゥエニを取り囲む。


「な、なりませぬ。姫さまをお守りすることこそが、我ら“星守”の務め」

「まだいうか!」


 トゥエニに抱き抱えられていた小さな角獅子が、前足を大きく広げて威嚇した。


「“箱庭”は女神ちゃまのお膝元。本来は“星姫”しか入れない神聖な場所にゃ。それに、“大穴”の底は“荒野”よりも危険にゃ場所。お前たちでは足手まといにゃ。この、人の子だけで十分にゃ!」


 舌足らずの子供のような可愛らしい声で放たれた辛辣な言葉に、老人たちは驚き、沈黙した。


「承知、いたしました」


 何も知らなかった自分たちに意見をする資格などない。ガンギはそう考え、万感(ばんかん)の思いを込めてトゥエニに一礼した。

 それから、ルォに向き直る。

 何かを言いかけて、やめた。

 本当は“星姫”さまをしっかり守るよう頼むつもりだった。だがその言葉は、従順なルォの行動を縛りつけてしまうだろう。

 それだけは、してはいけない。

 小さな頭に手を置いた瞬間、この少年が“星守”に来てからの、様々な思い出が蘇った。


「気を、つけてな」


 言葉の語尾が、震える。


「無茶は、するな」

「うん」


 河馬馬(かばうま)のミィとピィ、そして馬車は無事だった。簡単に準備を整えて、お別れの挨拶をする。

 口を開けば、謝罪の言葉が溢れ出てしまうことを知っているのだろう。涙を流しながら、老人たちは頷くだけだった。


「ペッポコ、いこっ」

「あ、ちょっと待って」


 トゥエニは少し離れた場所で座り込んでいた勇者隊のところに駆け寄った。


「みなさま。わたくしによくしてくださって、ありがとうございました。いってまいります」


 一礼して、試練の旅の途中もっとも接する機会の多かったバッツを見る。


「バッツさまも、お元気で」


     ◇


「あ――」


 身を(ひるがえ)し走り去ってゆく少女の背中に、思わずバッツは手を伸ばしていた。

 剥き出しになった心の傷が(うず)き、血を流す。

 昔、まだ子供だったころ。

 彼には妹がいた。

 アルシェの街でも特に治安が悪いとされる貧民街で、盗みやかっぱらいをしながら、バッツは妹とともに暮らしていた。周囲の子供も大人も敵ばかりだった。

 このままここにいたら、いい暮らしなんて死ぬまでできない。いずれは野垂れ死んでしまうだろう。

 そう考えたバッツは、賭けに出た。

 “荒野”に入り、魔獣の卵を探すことにしたのだ。

 魔獣の卵は猛毒だが、それに耐え抜けば、魔獣が持つ魔法の力を手に入れることができる。

 魔法使いとしての等級が低い場合は、鉱山などの肉体労働に従事させられるようだが、少なくとも食いっぱぐれることはないだろう。

 自分と妹ふたりくらいは。

 だが、幼い妹は駄々をこねた。いっしょに行くと泣き喚いた。“荒野”は数多の魔獣たちが棲みつく危険な場所。しかも強力な魔獣は“荒野”の奥地に潜んでいる。幼い妹を連れてゆくことはできない。

 なけなしの食料を置いて、バッツはひとり“荒野”へと旅立った。

 運が彼に味方した。何度も死にそうな目にあったが、“荒野”の奥深くで、バッツは地竜と呼ばれる強力な魔獣の卵を手に入れることができた。ろくに食糧を持って来なかったバッツは、その場で卵を食べた。想像を絶する苦痛にも耐え抜いたバッツは、すべてが変わると確信した。

 土や岩を自在に操る能力。

 これさえあれば、惨めな思いをさせることも、ひもじい思いをさせることもない。

 アルシェの街に戻ってきたバッツは、愕然とした。

 家の中が、めちゃくちゃに荒らされていたのだ。近所の住人に聞いたところ、強盗が押し入ったらしい。抵抗した妹は深手を負い、そのまま息を引き取ったのだという。遺体はすでに“壁外”の共同墓地に埋葬されていた。

 バッツは自分と敵対していたグループをすべて叩き潰したが、犯人を見つけることはできなかった。

 俺は、何も間違っちゃいない。

 俺が手に入れた力は、最強だ。

 でなければ、意味がない。

 自分の正しさを証明するために、バッツは“最強”を自称し、戦い続けた。魔法使いになっても、黒首隊に抜擢されても、追い立てられるような苛立ちが薄れることはなかった。

 試練の旅に出るまでは。

 トゥエニを守っている間、バッツはなぜか安らぎに似たものを感じていた。

 お前は何もしなくていい。

 すべて俺に任せればいい。

 そうすれば、きっとうまくいく。

 だが、あの日の夜。アルシェの街で、バッツはルォに完敗した。相手にすらならなかった。本人は自覚していなかったが、バッツの心をもっとも深く傷つけたのは、トゥエニが自分の意志でルォについていったことだった。

 そして今もまた。

 トゥエニは自分のもとを去り、少年の手をとって、ともに危険な場所へと旅立っていく。過酷な運命が待ち受けているはずなのに、幸せそうに笑いながら。


「どうして」


 そんなことができる。

 本当は分かっていた。

 魔法の力などではない。

 本当に必要だったのは――


「ちく、しょう」


 伸ばしていた手の拳を握り締め、地面に叩きつける。


「ちくしょう! ちくしょう!」


 拳が傷つくのも構わず地面を殴り続けるバッツのところに、“星守”の老人たちがやってきた。

 “星守”にとって“黒首隊”は、宿敵といってよい存在。このまま復讐の戦いが始まってもおかしくはない状況だったが、老人たちの表情には恨みなどなく、むしろ残された者のような寂しさが浮かんでいた。

 老人のひとりが言った。


「魔法使いの若者よ、頼みがある」


 バッツの肩が、ぴくりと動いた。


「アルシェの街は、今ごろ魔獣たちに襲われておるはずじゃ。これを、助けに行かねばならぬ」


 くそったれな故郷などに未練はない。


「お前さんの力が、必要なのだ」


 だが、傷口を焼き尽くすほどの怒りをぶつけられる相手が、彼には必要だった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回もめっちゃ面白かったです! >「最初から、頼んでおけばのぅ」 ルォ君任せにしなかった、じいさんたちは偉いと思います(笑) バッツのエピソードは胸が締め付けられました。とにかく必死だ…
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