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岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第七章 果ての祭壇
59/82

(5)

 運搬隊の活動は日帰りが原則。アルシェの街に比較的近い領域でのみ活動を行うため、“雪風”まで足を伸ばすことは滅多にない。

 その先となると、もはや地図や研究資料でしか確認することのできない場所となる。

 “血雨ちさめ”。

 すり鉢状の地形で、常に赤く濁った霧がたち込めている。低い位置に街道が走っており、くるぶしほどの深さの巨大な水たまりが点在しているため、移動がしづらい。

 馬車の水しぶきを感じとったのか、潰れた蛙のような魔獣が、飛び跳ねながら集まってきた。

 大きさは人三倍。

 さらには牙の生えたお玉杓子が、体をくねらせながらにじり寄ってきた。

 大きさは人二倍。

 仙人蝦蟇(せんにんがま)と、その幼生だ。

 “紅き大波”により“荒野”の魔獣たちの大半が出払っているようだが、この魔獣は、霧が立ち込める水たまりでしか生息できない。

 ゆえに、群れを成して襲い掛かってきた。

 その数、数十体。

 死力を尽くした激戦となった。

 仙人蝦蟇の表皮は油、幼生は粘膜に覆われており、剣の切れ味が鈍ってしまう。騎士たちは互いの剣を擦り合い、切れ味を戻しながら魔獣を倒し続けた。

 仙人蝦蟇が飛び跳ねて馬車に襲いかかろうとしたが、すべてルォが撃退した。馬車を囲う土の殻から槍の穂先のような物体を射出して、仙人蝦蟇を弾き飛ばしたのである。それはかつて岩王鷲という魔獣が使った技だった。


「しかし、妙じゃな」


 肩で荒い息をつきながら、ベキオスが疑念を口にした。


「ん〜む。招鬼猿(まねきざる)と戦った時よりも、力が増しておるのではないか」


 目にも止まらぬ速さで二本の剣を擦り合わせてから、鞘に収める。


「星姫さまの力は、信頼される者の能力を向上させると聞くが」


 最初はぎこちなかった関係も、馬車の中で歌を披露してからは一気に和んだ。そのことが要因だろうか。


「だとするらなば、ガンギのやつにもうたわせねばなるまいて」

「ひょっほぅ」


 魔獣の死体で埋め尽くされた巨大な水溜まりの中で、チャラが奇声を上げた。


「宝の山じゃ。万病に効く蝦蟇(がま)の油に、寿命が伸びるという幼生の肝!」

「そんなもの、臭くて姫さまの馬車には積めんぞ」

「捨て置くしかないのぅ」


 泥と粘液まみれになった老人たちは、そろって嘆息した。


「ルォ、道が水の中に沈んでしまっている。走りやすい道を作ることはできるか?」


 ガンギの要請に、ルォはあっさりと応えた。

 水溜まりに浸かっていた道が上昇する。水飛沫が立たないため、仙人蝦蟇(せんにんがま)には気づかれにくく、幼生は登ってこれない。

 “血雨ちさめ”の次は、“砂蛇すなへび”。広大な砂丘の中を、まるで大蛇のような曲がりくねった一本道が走っている。

 馬車の車輪が砂で取られると、ルォがすぐさま固い足場を作る。街道が途切れ、その先に巨大な渦巻き状の穴が開いていた。おそらく人十五倍はあろうかという“大蟻地獄”の巣だと思われたが、ルォが迂回経路を作ったため、難なくやり過ごすことができた。

 砂漠の夜は心底冷えるものだが、地下の家は暖かく、安全である。夜のうちに地上を巨大な蛇が通ったような跡があり、誰もが言葉を失った。


「ルォ。目印が消えかかっているようだ。作り直してもらえるか?」


 街道が水や雪、砂などで街道が埋もれる場所には、道標(みちしるべ)として、石を削って作った杭が等間隔に突き刺さっている。数百年もの間訪れる者のなかった“荒野”の奥地では、その杭さえも崩れかけていた。

 ガンギが荒野街道の整備までルォに頼んだのは、帰りのことを考慮したからだ。

 “果ての祭壇”にたどり着くまで、いや、たどり着いてからも何が起こるかは分からない。今のうちに街道を整備しておけば迷うことはないし、地下の家は最適な野営地となる。

 だがそれは、後に続く者にとって、この上なく都合のよい条件であった。

 後方から迫る馬車の存在に気づいていたなら、ガンギのルォに対する指示は変わっていたことだろう。

 魔獣と戦うこともなく、道を切り開く労力もかけずに、勇者隊は悠々と“星守”の馬車を追尾していた。

 力と持久力が強い河馬馬(かばうま)だが、脚が短いため速度は出ない。その気になれば一気に追いつけたはずだが、勇者隊の高速馬車は速度を調整しつつ、()()()()を窺っていた。

 いくつかの地形を超えた後、いち早く目的地と覚しき場所を視認したのは、テンクだった。

 さまざまな草花が咲き乱れる、“星屑野原(ほしくずのはら)”。その中を走る荒野街道の終着点。まるで世界が切り取られたような断崖絶壁の前に、石造りの神殿がそびえていた。

 勇者隊の馬車は速度を上げた。一方、目的地に近いことを地図で確認した“星守”の馬車は、停止した。まだ日も高いうちに地下の家を作り、馬車ごと降りていく。目的地を前に焦りは禁物。疲れた身体をゆっくり休めてから、翌日に出発する計画だった。

 その隙をついて、勇者隊の馬車は“星屑野原”を駆け抜け、“果ての祭壇”へとたどり着いた。


     ◇


 避けられない戦いが、十数回。河馬馬(かばうま)と馬車は無傷だったが、老騎士たちは疲弊しきっていた。

 肉弾戦では無敵の状態でも、魔獣たちが特殊な能力を使うと分が悪くなる。鎧兜はへこみ、壊れ、身体中が傷だらけになっていた。

 それでも誰ひとり欠けることなく、五体満足なままで目的地にたどり着くことができたのは、むろんルォの魔法のおかげであったが、数十年にも渡る修練の成果でもあった。

 彼らはしばし、ぼう然と立ち尽くしていた。

 小高い丘の上。美しい草花の平原に佇んでいるのは、(いにしえ)の神殿だった。

 北の最果て。先の地形は、地図にも記されていない。

 神話によれば、この場所で“角獅子”が待っているはずであった。

 両手を胸の前で組み、緊張した様子を見せたトゥエニに、ベキオスが微笑みかけた。


「なに、ご心配めされるな。歴代の星姫さまたちは、試練の旅を果たした後、幸せに暮らしたとあります。たとえ魔神のもとへ赴くことになろうとも、わしらがしっかりとお守りしますゆえ」


 聖職者が神話を疑うことはない。“星守”の人たちが試練の旅の結末を知らず、おそらくマァサを除いて、予想すらしてないのだということを、トゥエニは悟った。

 そのほうがよいと、少女は思った。そうでなければ、この旅はひどく陰鬱(いんうつ)なものとなっていたはずだから。


「はい。よろしくお願いします」


 厳粛な面持ちで皆がそれぞれの覚悟を決めている中、ひとりルォだけは、馬車から少し離れた場所にしゃがみ込んでいた。

 地面から、蚯蚓(みみず)のようなものが顔を出し、ちろちろと揺れている。不思議に思ったルォが触ろうとすると、地面の中に引っ込み、少し離れた場所に再び顔を出す。

 少年は追いかけ、しゃがみ込む。

 それは蚯蚓(みみず)ではなく、触手だった。

 引っ込んでは顔を出し、ちろちろと少年を(いざな)う。

 追いかけた先には、拳ほどの小さな穴が開いていた。

 ルォは穴の中を覗いた。

 穴の中には、炎があった。

 暗闇の中でさまざまな色に変化しながら、その炎は幻想的にゆらめいていた。


「おーい、ルー坊。何をしておる」


 老人の声に、少年は顔を上げた。


「ほれ、いくぞ」

「うん、わかった!」


 元気よく返事をして、少年は皆のもとへ駆け寄った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回もめっちゃ面白かったです! 魔獣とその素材のエピソードはモンハン感がしていつもワクワクします。 そして、「砂蛇」の巨大な蛇(?)をみると、名も無き激強魔獣なんかも居そうでめっちゃロマ…
[気になる点] たしかオズマの催眠って…炎由来だったような…。 [一言] ここでルォに裏切られたら姫さまの心壊れちゃう。
[一言] 謎のミミズ触手と謎の炎…なんだこれ
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