(4)
“荒野”にはいくつもの特徴的な地形がある。地形だけでなく、気候すら変わるのだという。
“黒森”の次に現れたのは、地面から無数の岩が、まるで針のように飛び出ている土地、“針山”だった。
老騎士たちが教えてくれた。
ここの土地は、まるで草木のように岩の棘が生え、成長していくのだと。
なだらかな台地が連なる地形。稜線の部分を走る街道以外は、岩石でできた薔薇のようなもので覆われていた。遠くの方から、何かを叩くような甲高い音が響いている。
こんなところに魔獣が住めるのだろうかと、トゥエニは思った。
「“針山”には、ちと厄介な輩がおりましてな」
ベキオスが窓から指差した先は、棘の岩山だった。その先端に鳥のようなものがいた。
翼はついているが、羽毛はなく、骨が剥き出しになっている。身体は痩せこけ、足が異様に大きい。
「呼殺鳥です。大きさは、人一倍から人一倍半ていど。獲物を見つけると嘴を打ち鳴らして、他の魔獣らを呼び寄せます」
視力も嗅覚も弱いが、音や振動には敏感らしく、限りなく馬車の速度を落としつつ街道を進むことになった。
「ルォ。仕事を頼む」
「はい!」
ガンギに頼まれて、ルォが御者席に移った。棘のような岩は、まるで植物のように成長するらしい。ここ数ヶ月誰も街道を使っていなかったため、岩の棘で塞がれていた。ルォの魔法のおかげで難なく通り過ぎることができたが、通常は鉈や斧で斬り払いながら進んでいくのだという。そうなれば、音や振動で呼殺鳥に気づかれたかもしれない。
さすがはルー坊だと老人たちに褒められ、ルォは照れまくっていた。
“針山”を抜けると、空が曇り、急激に寒くなった。“雪風”と呼ばれる平原に出る。風は強く冷たい。地面には粉のような雪が薄く積もっていた。今は晴れているが、雪が降ると急激に視界が悪くなるため、街道に突き刺さった杭の目印を見失うと遭難してしまうのだという。
広大な平原にはたくさんの障害物があった。
それは、騎士たちの残骸だった。
馬車が停まった。
「王国騎士団か」
あまりにも無惨な光景に、老騎士たちは言葉を失った。
地面に突き刺さった剣や折れ曲がった槍、なかば雪に埋もれてしまった鎧兜。その数、数百。いや、千を超えるだろうか。
「魔獣の大群に、遭遇したようです」
地面に残る無数の足跡を調べながら、ガンギが報告した。
王命に従い“蒼き魔獣”討伐のため“荒野”に入った王国騎士団は、ここで“紅き大波”に遭遇し、飲み込まれてしまったのだ。
「みんな、死んじゃったの?」
ルォの問いかけに、ガンギが頷いた。
「そうだ。彼らは命を懸けて戦い、死んだ。王国の人々を守るために」
その目的は無意味なものだったのかもしれない。だがそのことにガンギは触れなかった。
トゥエニは震えていた。
救いがないと思った。
たくさんの町や村が破壊された。人もいっぱい死んだ。王国騎士団も全滅した。王都や周辺の街で自分に歓声を上げていた人たちも、いずれ同じようになるのだろう。
すべてが飲み込まれてしまった後は、どうなってしまうのか。
「お墓、作らなくちゃ」
暗い思考の渦に入り込んでしまったトゥエニは、ルォの呟きにはっとした。
ルォが地面に両手をつく。
次の瞬間、粉雪が宙に舞い、大地が虹色に光輝いた。
傷ついた剣や槍、鎧兜が地面に沈み込み、代わりに名の刻まれていない墓石が突き出てくる。さらには墓石の周辺に、辺境でよく見られる草花が咲き誇った。信じられないことに、それらはすべて石の草花であった。
色数も少なく、枯れもしない。
それでも、絶望の景色が変わった。
「ペッポコ、お祈りしよ?」
「うん」
人が死に、墓に入って、残された者が祈りを捧げる。当たり前の世界が戻ったような気がして、トゥエニはそっと息をついた。
奇跡のような魔法を使ったためか、馬車の中でルォは眠そうだった。
「ルォ。ここで寝てください」
膝を貸して、ルォの髪を撫でる。
ルォを同行させたマァサの判断が正しかったことを、トゥエニは実感していた。
魔法の力だけではない。ルォがいると老人たちの表情が柔和になり、この国の命運をかけた旅路だというのに、家の中で団欒しているような雰囲気になる。
そして、自分も。
打算も恐れもなく、ただ純粋に自分のことを心配し、守ってくれる。狂い、壊れかけた世界の中でも、頑張って仕事をしている。
もしルォがいなければ、自分は残酷な運命に打ちのめされ、塞ぎ込んでしまっただろう。
「なにか、お話をしましょうか?」
「ん〜。歌がいい」
「ごめんなさい。わたし、お歌を知らないの」
詩はたくさん読んだが、音律や拍子は分からない。教えてくれる侍女もいなかった。
うぉっほんと、老人のひとりが咳払いをした。
「僭越ながら、姫さま。よろしければ、このボンめがお教えいたしましょう」
“荒野”への道中と帰り道、特にすることがない運搬隊は、歌をうたって時間を潰すのだという。自ら手拍子をとりながら、老人は緊張した面持ちで、ゆっくりとしたテンポの曲をうたった。
「ボンさま。とてもすてきなお歌でした」
だみ声で歌詞も若干うろ覚え。途中で手拍子が止まったりもしたが、自分のために頑張ってうたってくれたことに、トゥエニは感激したのだ。
「お、お耳汚しでした」
いかつい顔つきのボンが、耳を赤くして畏まった。
「くっ」
やられた、という顔をしてから無理やり笑顔を見せたのは、チャラである。
「あー、姫さまや。今し方この武骨めが披露したのは、酒を飲んで労働の憂さを晴らす、しがない老人の歌。このチャラめが、姫さまにふさわしい可憐な歌を披露しましょうぞ」
「なんじゃと!」
トゥエニがチャラの歌を褒め称えると、ベキオスとトトムが、もっとよい曲があると言って参加してくる。
皆で競い合い、最後は四人全員で合唱を終えると、御者窓が開いてガンギが言った。
「先輩方。魔獣が潜んでいるかもしれませんので、少しお静かに」




