(3)
上空のテンクが目標の方向と距離を示し、四頭立ての高速車が荒野街道を駆け抜ける。御者を務めているパウルンは、御者窓を覗いてため息をついた。
車内の空気は、重い。
時おり舌打ちしながら、バッツは窓の外ばかり見ている。フウリは元から無口であり、普段はへらへらしながら中身のない話を垂れ流すオズマも、今は無表情に座っているだけ。
「あたしたち、何してるのかしら?」
思わずパウルンはそう呟いていた。
“星守”という謎の団体の目的は、自分たちと同じ“蒼き魔獣”退治なのだろう。でなければ、このような時期に“荒野”に入るはずがない。王女を攫ったことから、もっと具体的に王女に宿るという力のことを知っているのかも知れない。
限られた情報からパウルンが導き出した推測は、ここまでだった。
勇者隊のメンバーが明らかにやる気を失っているのは、ルォという魔法使いの少年が原因だった。
一番心配なのは、バッツである。
自称最強の若者は、同系統の、しかも自分より遥かに年下の少年に、なすすべなく敗れ去った。しかも彼なりに目をかけていた王女は、自主的に少年についていったようだ。
「深刻よねぇ」
さらに、不気味なのは隊長のオズマだった。
黒首隊の本来の役割は、情報収集や拠点強襲。対象の護衛は専門外である。見せ物の王女など、ただの足手まといでしかない。いっそのこと王女は旅の途中で事故死したことにしてもよいのだが、オズマはあくまでも王女を奪い返すつもりのようだ。
国や王家に対する忠誠心など欠片ほどもないはずなのに、何を考えているのだろうか。
思えば、自分の上司のことを何も知らないことに、パウルンは気づいた。
年齢や住居、趣味や嗜好。
そして、魔法の特性さえも。
王女が攫われた後、ルォによって岩石に絡めとられた部下を救うために、オズマは岩石を操る魔法を使った。
“万食”のオズマの能力は、触手で対象を絡めとり、溶かすものではなかったのか。
「おい!」
考えごとをしていたパウルンは、驚いた。
いつの間にか馬車の屋根にテンクがいた。鋭い鉤爪で屋根のへりをしっかりとつかんでいる。
「この先の街道を、“大物”の“焚芋虫”が塞いでるぜ」
「あら、厄介ね」
比較的おとなしい魔獣だが、固くて生命力が強い。下手に攻撃すると、暴れて手がつけられなくなる。
「いや、そうでもねぇんだわ」
話によれば、ルォという少年が地下に道を作り、“焚芋虫”の下を潜り抜けたのだという。
「罠かと思って潜ってみたら、普通に通れちまった」
「私たちが追っていること、知らないんじゃない?」
「いや、あのガキはオレに気づいていた。そのはずなんだが」
テンクは不可解そうに首を傾げた。
疑問の答えが出るはずもなかった。
ルォに与えられた仕事は、トゥエニや馬車を守ること。テンクの存在に彼は気づいていたが、馬車を襲う様子を見せなかったため、無視したのである。誰にも聞かれなかったので、報告すらしていない。
「追いつけそう?」
「そいつは問題ねぇ。むこうは河馬馬だし、魔獣と戦うことになりゃ、足も止まる」
だが追いついたところで、どうしようというのか。
“星守”と戦うのか、出し抜くのか。
あるいは共闘して“蒼き魔獣”を倒すのか。
「ま、そういうこった。この先、でかぶつが道を塞いでいても、真っ直ぐ進めよ。じゃあな」
そう言い残して飛び立とうとするテンクを、パウルンが呼び止めた。
「ちょっと! せっかく戻ってきたんだから、休憩くらいしていきなさいよ」
「やなこった。馬車の中は息が詰まる」
その時、御者窓から複数の触手のようなものが飛び出してきた。数本がテンクの脚を絡めとり、一本の先端に目玉が、別の一本の先端が口のようなものに変化する。
『テンクぅ』
「げっ」
触手が見て、しゃべった。やや不明瞭な発音だったが、それは上司であるオズマの声だった。
『私はぁ、直接報告するよう、命じたはずだがぁ?』
テンクは恨めしそうに天を仰ぐと、頭をかきむしってため息をついた。
◇
荒野ギルド長ミップの紹介で、ノランチョは奇妙な客人を招き入れていた。
そわそわと落ち着かない様子の、三人の老婆である。
「それで、ギルド長。この者たちは?」
「は、はあ」
ミップは冷や汗まじりに答えた。
「情報提供者です。その、閣下がお探しになられていた」
“荒野”より魔獣の大群が現れてから、ノランチョは住民に対し、“角獅子”や“紅き大波”についての情報提供を呼びかけていた。少しでも現状を把握し、今後の対策に活かそうと考えたわけだが、王女とともに勇者隊がやってきてからは、なし崩し的に“蒼き魔獣”討伐に協力することになり、正直なところ忘れかけていた。
「おお、そうであったな」
三人の老婆のうちひとりが、おそるおそるといった様子で聞いてきた。
「そのぅ、“黒首隊”は、ここにはおりませぬか?」
「うん? ああ、勇者隊のことか。うぉっほん! 彼らには重要な任務があってだな。今はここにはおらぬ」
老婆たちは互いを見やり、大きく息をついた。
「ほぅら、やっぱり」
「マァサちゃんの言った通りだわ」
「あれだけ大騒ぎしていた街警隊が、すっかりおとなしくなりましたからね」
三人はスミ、ヌラ、モリンと名乗った。腕のよい解体屋なのだという。
「あたしらにかかれば、鬼棘蜘蛛だって。ささっと、ねぇ」
「ほら、最近の子は、儲からない難しい仕事をやりたがらないから」
「嘆かわしいかぎりだわ。信頼とは、回り道をして得るものなのに」
老婆たちは愚痴こぼしつつ、頷き合う。
「それで、なんだったかしらね?」
「あれよ、あれ。魔獣を解体する技術がないと、みんなが食べていけないから」
「つまり、この街にとって私たちは」
老婆たちは顔を寄せ合い、にんまりと笑った。
「欠かせない存在!」
ノランチョは言わされるはめになった。
「しょ、諸君らの働きには、感謝している」
この者たちは見返りに褒美が欲しいのだろうと、ノランチョは考えた。
「むろん、ただで情報をもらおうとは思っておらんぞ。このご時世であるからには、金よりも物資がよかろう。小麦か、それともワインがよいか?」
老婆たちは急に怒り出した。
「あら、何を言ってるの」
「こんなご時世だからこそ、ひとりひとりが弁え、己の役割を果たすべきだわ!」
「小麦が余っているのなら、赤子を抱えた母親にでも与えなさい!」
まったくの正論である。ノランチョは背筋を正して謝らざるを得なかった。
「そ、その通りだ。すまぬ。だが諸君らは、不可解かつ厳しい現状について、報告するために来たのであろう。何か欲しいものはないのかね?」
「欲しいもの。何かあったかしらね?」
「なに言ってるの、スミさん。今がチャンスじゃない」
「そうよ、ここでお願いするの。あれよ、あれ。ほら、私たちの」
老婆たちが顔を寄せ合い、にんまりと笑った。
「身の安全の、保証!」
騎士たちが試練の旅に出ている間、アルシェの街に残る者にも役割がある。その務めを果たすために、スミ、ヌラ、モリンの三人は、新しく代表となったマァサに進言した。
私たちが、執政官を説得してくるわよと。
王女誘拐の犯人がのこのこ出ていけば、問答無用で捕まり尋問される可能性が高い。マァサは自分が行くと主張したが、珍しく理屈で押し切られてしまった。
テレジアはこのところ体調が優れず、また高齢であるため養生が必要である。マァサは“星守”の代表として、知識を後世に残すという役割がある。娘のクロゼもいる。その点、自分たちは気軽なもの。それに、運搬隊の男ばかりによい格好はさせられない!
渋々ながらマァサは了承したが、黒首隊が出払う時期を慎重に見定め、交渉の方法を考えた。
まずは、荒野ギルド長ミップの力を借りること。
役所内では頻繁に関係者会議が開かれており、その度にミップが呼ばれている。ミップを通し直接執政官に面会を申し入れることで、不測の事態を回避することができるはず。
次に、自分たちの存在価値を強調すること。
解体屋はこの街の生命線。魔獣の毒を取り除くことができる腑分け担当を三人も失えば、食糧の供給に不備が生じてくる。よほどの愚か者でなければ、無下に命を奪おうとは考えないだろう。
最後に、情報提供する条件として、身の安全を要求すること。
どれだけの効果があるかは分からないが、立場のある者であればあるほど、自分が口にした約束を守ろうとするもの。また事前に覚悟させることで、突発的な衝動を抑制することもできる。
「こ、困りますよ、“星守”さん。王女さまを誘拐するだなんて。お上は今、大騒ぎですよ!」
クロゼに呼ばれて密かに壁の家に連れてこられたミップは、必死の形相で自首を勧めたが、疲れた様子のテレジアから執政官への取り継ぎを頼まれると、言葉に詰まった。
「ミップや。あたしたちに罪があるというのなら、命をもって償うよ。だがその前に、あたしの最後の頼みを聞いちゃあもらえないかい?」
駆け出しの頃から付き合いがあり、またの人情家のミップは断ることができず、こうしてスミ、ヌラ、モリンの三人は、直接ノランチョと話をする機会を得ることができたのである。
「ふん、身の安全の保証か。よかろう。仮に諸君らが犯罪者であろうとも、罪には問わぬ。話したまえ」
別に大きな期待をかけていたわけではなかったので、ノランチョは鷹揚に条件を受け入れた。だが老婆たちから“盟約”に関する話を聞くうちに、真剣に考え込む表情を見せるようになった。
「つまり。諸君らはメイル教団の生き残りであり、恐れ多くも王女殿下を拉致した“星守”の一員だというのかね?」
畏まった様子のミップを睨みつけてから、ノランチョはため息をついた。
信頼性という意味では、王の詔書を持つオズマの話に軍配が上がるだろう。だが信憑性に関してはどうか。老婆たちの話の方がより理論的で、頷ける、ような気がする。
とはいえ、これだけの情報で判断はできない。ノランチョは意地の悪い笑みを浮かべた。
「王族の誘拐犯をこのまま返しては、私が罪に問われることになる。約束通り、諸君らの身の安全は保証するが、事情聴取が終わるまでは拘束させてもらうぞ」
老婆たちは恐れ入らなかった。
「あらあら、若いのに頭の固い子ねぇ」
「結界はもうないのですよ。魔獣たちはすぐにでも襲いかかってくるわ!」
「その通り。自分の責務を果たしたいのであれば」
三人はそろって命令した。
「さっさと守りを固めなさいっ!」
数日後。老婆たちの予言じみた言葉通り、どこからともなく魔獣の群れが現れて、アルシェの街を取り囲んだ。




