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岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第七章 果ての祭壇
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(2)

 招鬼猿(まねきざる)を退けた“星守”の騎士たちは、魔獣の返り血を丁寧に拭い落としてから、馬車に乗り込んだ。

 星姫を通じて授かった女神の力は、驚くべきものだった。常人離れした腕力、瞬発力、そして持久力。気力も充実している。

 老人たちは雄叫びを上げたいほどの高揚感に包まれていたが、馬車の中には剣を捧げた星姫がいることもあり、泰然(たいぜん)とした様子で(かしこ)まっていた。


「ただいまー」


 一方で、気安すぎるくらいのルォであった。

 当然のようにトゥエニの隣に座ると、手を握りながらじっと見つめる。


「ごめんね、いつも寂しい思いをさせて」


 ルォに与えられた仕事は、トゥエニと河馬馬(かばうま)のミィとピィ、そして馬車を守ること。結界で視覚的に守られているとはいえ、魔獣たちは女神の血の匂いに惹かれてやってくる。それに車輪の音や砂煙が消せるわけではない。魔獣と戦う場合は騎士たちが出陣し、ルォが馬車を守る手はずとなっていた。


「でも、君のことはぜったいに守るから。うれし涙いがいで、君を泣かせたくないんだ」


 心配性の母親を慰める父親の言動を、ルォは忠実に実行していた。台詞に違和感があり棒読みではあったものの、嘘偽(うそいつわり)りはない。


「ありがとう、ルォ。嬉しいです」


 自分の使命を果たすため、ルォの同行を断ったトゥエニだったが、諦めがよいというのも彼女の特徴である。これまでルォに助けられてばかりだったから、自分もお返しをしたいと思った。


「その、ルォ」

「なに?」

「何かして欲しいことはないですか?」

「物語!」


 ルォは即答した。


「物語?」

「うん。アッカレ城で教えてくれたやつ」


 二人が出会った古城のあの部屋で、トゥエニはルォに“勇者物語”の一節を披露したのだが、反応はいまいちだったような気がする。


「ペッポコの声が聞きたい」

「わたしの?」

「うん。きれいだから」

「わ、分かりました」


 ルォはさらに予想外の行動に出た。トゥエニの膝の上に頭を乗せ、ごろりと寝転がったのである。

 他人と触れ合った経験がほとんどないトゥエニは驚いたが、自分が世間知らずなだけで、下々の人たちにとっては普通の行為なのだろうと思った。それに、どこか頼られてるようで、心がくすぐったい気がする。


「では、お話ししますね」


 当然のことながら、馬車は二人きりの空間ではない。初々しい恋人たちの逢瀬(おうせ)を間近で覗き見しているような居心地の悪さを感じながら、老人たちはひそひそと話し合った。


「お、おい。このままでは、ルー坊は女たらしになってしまうのではないか」

「じゃがの、星姫さまも、まんざらではない様子」

「いかん、いかんぞ。ルー坊は運搬隊の一員。将来は騎士となるべき男じゃ。そんな軟弱なことでは」

「まあ、子供のすること。そう目くじらをたてんでもよかろうて」

「しかしだな」


 記憶を呼び起こしながら、トゥエニは“勇者物語”を語って聞かせた。ルォは目を閉じて集中している様子。いつしか老人たちも、懐かしそうに話に聞き入っていた。


「こうして、村には平和が戻り、“勇者”マルテウスは村人たちの幸せを願いながら、新たなる旅に出たのでした。めでたしめでたし。……ルォ?」


 ルォはすやすやと眠っていた。

 “荒野”に入り最初に現れたのは、“黒森”という葉のない木で覆われた灰色の森だった。木の枝や幹は複雑に折れ曲がっており、不気味な感じがする。

 馬車が止まり、御者のガンギが小声で報告した。


焚芋虫(たきいもむし)が、街道を塞いでいます」


 進行方向の先に、こんもりとした山のようなものが見える。


「おお、これはまれに見る“大物”じゃ」

「人十倍はあるかの」

「このような時でなければな」

「惜しい、のぅ」


 老人たちがひそひそと話し合う。

 トゥエニは魔獣図鑑で見たことがあった。焚芋虫(たきいもむし)というのは芋虫の魔獣で、肉を乾燥させると、強くて長い火を出す(たきぎ)になることからその名がついた。樹木があまり育たない土地では貴重な資源となる。


「どうする、ガンギよ」


 ベキオスの問いかけに、焚芋虫(たきいもむし)をじっと観察していたガンギは答えた。


「ここは街道の分岐がなく、回り道ができません。かといって、あの大きさでは」

「そうじゃな。下手に起こすと、馬車を潰されかねん」

「時間はかかりますが、森の中を通るしか」


 ここまで口にして、ガンギははっと気づいたようにルォの方を見た。


「星姫さま。申し訳ありませんが、ルォを起こしていただけませんか?」


 寝ぼけ(まなこ)のルォは地面の中に()を作り、馬車は苦労することなく、焚芋虫(たきいもむし)の下を潜り抜けた。

 休憩中もルォの魔法は大活躍だった。

 長旅で一番大切なのは、飲み水である。そのことをトゥエニは体験として知っていた。常に節約しなくてはならないし、顔や髪や身体を洗うなどもってのほか。そのはずなのに、ルォは魔法であっという間に井戸を掘ってしまう。しかも螺旋階段(らせんかいだん)で底まで降りられる構造で、汲み上げる必要もない。ルォ曰く、昇降塔(しょうこうとう)と同じとのこと。

 さらにルォは、夜になると地下に安全な住居を作った。空気穴があるので息苦しくなく、火を使った料理もできる。それぞれの個室があり、土を固めているはずのベッドは、暖かくて柔らかい。

 老人たちは感心するよりも、むしろ呆れていた。


「まいった。ルー坊の魔法はたいしたものじゃ」

「ひょっほ、これならば、夜番(よばん)をせずともよかろうて」

「うむ。英気を養い、明日の旅に備えようぞ」

「やれやれ、助かったわい」


 老人たちが起きている間は賑やかだが、それぞれが眠りにつくと、地下の家はしんと静まり返る。

 ひとりは怖いと、トゥエニは思った。

 一歩一歩、()()()に近づいていく。そのことを実感してしまうから。

 たまらず、トゥエニは部屋を飛び出した。


「ルォ。少しこわいの。いっしょに寝てもいい?」

「うん、いいよ」


 怯えた様子のトゥエニを、ルォは精一杯の言葉を使って励ましたが、いつの間にか眠ってしまった。規則正しい寝息を聞いているだけで、トゥエニは安心することができた。眠れないまでも身体と心を休めることはできる。

 どれくらい時が経っただろうか。不意に、くぐもった嗚咽(おえつ)が聞こえてきた。


「ルォ?」

「母さん」


 震えながら、ルォが泣いていた。


「死なないで、母さん」


 どうしていいか分からず、トゥエニはルォを抱きしめた。赤子をあやすかのように、背中をとんとんと叩く。


「だいじょうぶ。わたしが、そばにいますから」


 しばらくそうしていると、ルォの震えが止まった。

 とてつもない魔法の力を持ちながら、ルォにはとても(もろ)い部分がある。そのことにトゥエニは気づいた。

 守られるばかりじゃない。ルォのためにできることは、すべてしてあげたい。

 そんなことを考えていると、腕の中でルォが身じろぎした。


「ペッポコ? もう朝?」

「ううん。まだ夜」


 この旅が終わっても、無事にアルシェの街に戻れるように。

「ルォ」

「なに?」

「女神メイルロードとの“盟約”により、トゥエニティーエの名において、あなたに力を授けます」


 心を込めて祈ったが、女神の力が発揮された様子はなかった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回もめっちゃ面白かったです! >「お、おい。このままでは、ルー坊は女たらしになってしまうのではないか」 いいえ、既に「人たらし」ですと、ニヤニヤが止まりませんでした(笑) [気になる…
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