表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第六章 試練の旅
52/82

(9)

 試練の旅が始まった当初、トゥエニは形容し難い圧力に翻弄され、流れに身を任せるだけだった。

 旅の序盤、王都からカロンの街までは、たくさんの人々がトゥエニと勇者隊を出迎え、歓迎してくれた。

 しかし旅の中盤、小さな町や村を訪れると、人々は家の中に引きこもり、警戒するような目でこちらを見てきた。中には故郷や家を捨てて逃げ出す人たちもいた。街道で大荷物を運ぶ一行と何度もすれ違った。

 もっとも衝撃的だったのは、滅んだ集落を()の当たりにしたことである。崩れ去った石垣や()ぎ倒された木の柱、そして地面に残る生々しい魔獣たちの足跡。これまで話でしか聞いていなかった現実を体験する中で、少女の意識は少しずつ変わっていった。

 “厄災の子”と呼ばれ何者にもなれなかった自分が、誰かの救いとなれるのであれば、それはよいことなのではないかと。

 トゥエニはルォから“星守”の人たちのことを聞き、クロゼと出会い、テレジアやマァサの話を聞いた。

 信じられると思った。

 少なくとも、突然謁見の間に呼び出して強引に命令を下し、さらには面会まで拒絶する父親とは違う。怪しげな炎の魔法で自分の心を操ろうとしたオズマとも違う。

 何よりも“星守”にはルォがいる。

 問題は“果ての祭壇”にたどり着く手段だが、心配する必要はないとマァサは言った。


「メイル教の聖職者は、女神さまを信仰することにより、法術と呼ばれる魔法に似た力を使うことができます。封印や結界といった、人やものを守る力です。今では失われた技も多いのですが」


 仲間内でも秘密主義がまかり通っていたこともあり、蘇らせることができなかったのだという。


「“星姫”さまの封印を、解きます」


 トゥエニは緊張した。


「そうすれば、我々“星守”の、本来の役割を果たすことができるでしょう」


     ◇


 慈悲深い微笑を湛えた女性が、傷ついた(てのひら)を前方に伸ばしている。女神メイルロードの像だ。

 女神の像と騎士の甲冑に囲まれた荘厳な部屋には、テレジアとマァサ、そしてスミ、ヌラ、モリンという三人の老婆がいた。ルォの話では三人の老婆は腑分け担当といって、魔獣の解体がとても上手いのだという。

 封印を解除する儀式は、複雑なものではなかった。

 部屋の中に(こう)()かれ、スミ、ヌラ、モリンの三人が、輪唱するように祈りにも似た言葉を紡ぐ。女神像の前に跪いたトゥエニの隣には、片手に水晶のような鉱石を持ったマァサ。テレジアはやや離れた位置から儀式を見守っているようだ。


「“星姫”さま、肩の力を抜いてくださいね。痛みはないはずですから」

「はい」


 儀式の最中だというのに、マァサの物腰や口調は穏やかなままだ。少しだけ、トゥエニは安心することができた。


「四大精霊の導きにより、天と地の道を開かん。天におわす神々の一柱、女神メイルロードさまに、忠実なる使徒マァサが畏み申し上げます」


 マァサが女神像に語った内容は、懺悔(ざんげ)に等しいものだった。最後に、それでも愚かな人に力をお与えくださいと言葉を結び、マァサは奇妙な呪文のようなものを唱えた。

 次の瞬間、硬質な音が響いた。続いて、ぱらぱらと粉のようなものがこぼれ落ちる音。マァサが手に持つ水晶が砕けたようだ。

 密室だというのに、空気の流れを感じた。


「では。おでこに、ちょんってしますね」


 指先らしきものが触れた一点に、形容し難い何かが吸い込まれていく。痛くはないが、妙な感じだ。

 どくんと鼓動が高鳴った。

 身体中の血が、駆け巡る。

 両手を強く握りしめながら、トゥエニは目を閉じた。

 この感覚は以前にも経験していた。オズマが魔法を使って自分の心を操ろうとした時、自分は強い感情を抱いた。それは怒りの感情だったと思う。その時も身体中の血が駆け巡るような感じを受けた。

 だが今は、その時の比ではない。

 身体が、熱い。

 燃えるようだ。


『……げ。……を……げよ』


 幻聴のようなものが聞こえた。

 呼びかけられている。その声は力強く、思わず平伏してしまいたくなるような威厳を持っていた。


『己を、捧げよ!』


 はっきりとした声に、トゥエニは驚いた。

 思わず目を開けると、いつの間にか鼓動も血の流れもおさまっていた。ただ身体の奧から、形容のし難い力が溢れているのを感じた。


「おお、そのお姿は!」


 テレジアが感嘆の声を上げたが、トゥエニには気にする余裕がなかった。

 自分のものではない何者かの意志が、断続的に頭の中に流れてくる。

 まるで、血が語りかけてくるような。

 唐突にトゥエニは理解した。

 ああ、これが。

 自分の()()()

 まったく予想をしていなかったわけではなかった。

 仮面を被って暮らしていた頃、何もすることがなかったトゥエニは、王都から取り寄せてもらった本をずっと読んでいた。その中には“勇者物語”もあった。魔獣に苦しめられている集落の、領主の娘や子供たちの()()は、おおよそ決まっていた。

 身体の中を流れる血が、行動を促す。

 早く、早く。

 己を捧げよ。

 早くしないと、手遅れになるぞと。


「ふふっ」


 トゥエニは笑った。

 まるで、仮面を被ったような顔で。

 口元に諦めの笑みを浮かべながら。


「“星姫”さま?」


 怪訝そうに聞いてくるマァサを無視して、少女は言った。


「確かに、わたくしには邪神を眠らせる力があるようです」

「おおっ」


 目を見開き、両手をわなわなさせながら、テレジアが近づいてくる。


「テレジアさま。ひとつ、お伺いしたいことがあるのですが」

「なんなりと」

「試練の旅に同行するのは、どなたでしょうか?」


 テレジアは答えた。

 “星守”の騎士たち五名と、世話役一名。そしておそらく、ルォも協力してくれるだろうと。


「わたくしの世話役は、必要ありません」


 試練の旅の終盤。それは、“荒野”の中を張り巡らされた荒野街道を駆け抜ける旅だ。たとえ“果ての祭壇”にたどり着けたとしても、無事に戻ってこられる保証はない。


「いいえ。いいえ“星姫”さま」


 焦ったようにマァサが割って入った。


「わたくしが世話役につきます。最後までお供いたしますので」


 マァサが聡明な大人の女性であることは疑いようがなかった。試練の旅の結末についても、可能性のひとつとして予想していたのだろう。そして、今の自分の言動で察したのだ。

 最後までとは、文字通りの意味だろう。

 自分が寂しくないように、運命をともにすると。

 心遣いはありがたかったが、マァサはクロゼの母親であり、ルォの先生でもある。

 悲しむ人がいる。

 トゥエニは首を振った。


「これまでも、わたくしは護衛役のみで旅をしてきました。不都合はありません。それに、人数が少ない方が馬車も軽くなり、食料や水も少なくてすむでしょう。よろしいですか、テレジアさま?」

「御意」

「それと」


 最後のわがままを、少女は口にした。


「ルォは、同行させないでください」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い [一言] 再会を心待ちにしてました。 再度読み直して、改めて面白いと感じました。 定期更新とか気にする必要は無いので、心と体に無理の無いペースで、今後とも作品を拝見させてもらえる…
[良い点] まさかの大幅改稿! 物語の出来ていく過程を見ているようです。(笑い) 確かに今の方が笑い続けるよりトゥエニらしい。 [気になる点] 「聖なる力が宿るなり。その力もて、荒ぶる邪神の心を諫いさ…
[一言] 面白い
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ