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岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第六章 試練の旅
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(4)

 鳥は、目的があって空を飛ぶ。だが、その目的を考えるのは面倒くさい。だからテンクは命令に従って飛ぶ。

 上司に対しては比較的従順だし、仲間内で揉めごとを起こすことも少ない。使い勝手のよい駒に甘んじているのは、地上でのごたごたに巻き込まれたくないからだ。

 ようするに彼としては気楽に空を飛べればよいわけだが、試練の旅では絶えず緊迫感がつきまとうことになった。

 数は少ないとはいえ、空にも魔獣はいる。大気を操り、高高度(こうこうど)の飛行を得意とする風切鳶(かぜきりとんび)の力を得たテンクといえども、同種の魔獣に群れで襲われでもしたら、逃げ切ることは難しい。

 自分の死が、すなわち勇者隊の全滅を意味することをテンクは理解していたが、深刻に捉えてはいなかった。

 ダメな時は何をやってもダメだし、自分が死んだ後のことなど、考えるだけ無駄だからである。

 そんな性格のテンクは、偵察任務中でもよく気まぐれを起こすことがある。

 地上が霞むほどの上空を滑空しながら、彼はこの辺りの地形に見覚えがあることに気づいた。

 自分の生まれ故郷に近い。

 彼はふと思った。

 あの街は、どうなったのだろうかと。

 “荒野”と隣接しており、この国でもっとも強固な外壁を持つ街。荒野ギルドが幅を利かせ、ならず者の魔獣狩りたちが、わがまま顔で大通りをのし歩く。

 どうせ無事に戻れる保証のない旅だ。無惨に変わり果てた故郷の姿をひと目見ておくのも、一興ではないか。

 そんなことを考え偵察先を変えたテンクだったが、意外な光景に驚くことになる。 

 外壁が、破られていない。

 建物が、しっかりと残っている。

 高度を下げて近づいてみると、大通りに人が集まり、何やら大騒ぎしている様子が見てとれた。


「いったい、どういうこった?」


 彼の生まれ故郷であるアルシェの街は、健在だった。


     ◇


 トゥエニの心は沈んでいた。

 いつ魔獣が襲いかかってくるか分からない危険な旅と慣れない野宿。そして重くのしかかる重圧。思い出の部屋に戻り、心が緩んだ瞬間、涙が溢れ出た。

 夕食後、バッツがぶっきらぼうに「汚れてるから風呂に入れ」と言って、すぐさまパウルンに殴られた。

 ひょっとして、自分のことを心配してくれたのだろうか。

 ここで(くじ)けてはいけないと気を取り直したところに、オズマがやってきた。

 王宮前広場で執り行われたお披露目の儀式を思い出す。無数に()かれた篝火(かがりび)の光と、こちらに手を伸ばしながら絶叫する人々。魔法使いが持つランタンの炎は、あの篝火(かがりび)と同じ光を放っていた。

 オズマは、自分の心を操ろうとした。なぜか幻炎の魔法は失敗したようだが、その事実を消すことはできない。

 翌朝、警戒するトゥエニに、オズマはこれまでと変わらない笑顔で挨拶してきた。朝食中もにこやかにメンバーたちとの会話を楽しんでいた。


「次の行き先が決まるまで、ここで休みましょう」


 破壊されたミドの村で飼葉(かいば)を探し、長旅で疲れきった馬に与える。倉庫の食料や荷物を馬車に積み込む。

 二日後の夜、オズマはトゥエニを含む全員を食堂に集めた。


「次の行き先が決まりました。アルシェの街です。テンクが確認したところ、魔獣に襲われた形跡もなく、行政機関も機能しているようでして」


 アルシェの街は王国の最北に位置する街で、“荒野”と隣接している。魔獣襲来の第一報を早馬で送ってきてからは、連絡が途絶えていたのだという。

 テンクが捕捉説明した。


「てっきり陥落したもの思っていたのに。やつら、“大物”の魔獣を狩って、凱旋(がいせん)パレードなんかしてやがった。そりゃあもう賑やかなものでしたよ」


 王の勅命を街の責任者に伝え、全面的な協力を得ることもテンクの仕事だという。


「執政官はノランチョというデブで、あっしの話を聞いても半信半疑のようでした。面倒なんで、隊長から直接説明してやってください」

「もちろん、そのつもりだよ」


 メンバーたちの反応は様々だったが、彼らの話をトゥエニは聞いていなかった。

 アルシェの街。

 もし仮に自由な旅ができるのであれば、絶対に行ってみたいと願っていた街。

 ひょっとしたら、会えるかもしれない。

 幸いなことに魔獣と遭遇することもなく、一行はアルシェの街に到着した。王都を発ってから、ひと月という時間が経過していた。

 街の周囲を取り囲む長大な外壁に、トゥエニは圧倒されていた。


「なんだ、興味あんのか?」


 屋根があるだけの簡易的な馬車から、身を乗り出すように見ていたので、御者のバッツが不審に思ったらしい。


「ここは辺境最大の街だ。王国内でも五本の指に入る。魔獣料理が名物で。お前、食ったことあるか?」

「ありません」

「おすすめは、鮮血牛(せんけつぎゅう)の串焼きだ。露天でよく売ってんだよ。ちょうど焼き上がった時に、ひとりが店長の気を引いて、もうひとりが素早く()()()()()。直前までそんな素振りを見せないのが、コツだな」


 かっぱらうの意味がよく分からなかったトゥエニは、小首を傾げた。


「バッツさまは、アルシェの街にお詳しいのですね」


 そう言うと、バッツは少し口ごもった。


「一応、生まれ故郷だからな。テンクとパウルンもそうだ」

「魔法使いの方が、大勢いらっしゃるのですか?」

「“荒野”には、魔獣がうじゃうじゃいる。だから貧民街のクソガキが、一発逆転を狙って魔獣の卵を狙ったりもする。後先も考えずに。馬鹿な奴らだ」


 吐き捨てるように言うと、バッツは口を閉ざした。

 街の南側の門の前には人だかりができていた。その先頭には、輿(こし)に乗った男がいた。まん丸に太っている。オズマが話しているようだが、何やら揉めているようだ。


「何やってやがる」


 気の短いバッツが少し馬車を進ませると、二人のやりとりが聞こえてきた。


「恐れ多くも陛下の詔書(しょうしょ)があるのだから、疑ったりはせぬ。だが、ほんの少しばかり王女殿下にご協力を願いたいのだ。“荒野”より魔獣の大群が現れてからというもの、周辺地域との連絡や流通は途絶え、住民の不安は限界に達している。このままでは」


 話によると、住民を元気づけるためにトゥエニのお披露目を兼ねた歓迎パレードを行いたいのだという。そのための専用の馬車が、輿(こし)のすぐ近くに用意されていた。

 (ほろ)のない馬車であり、警備上問題があるとオズマは渋っているようだ。


「お話は分かりますが、王女殿下は長旅でお疲れです。心身にご負担をかけるような行事は」

「かまいません!」

「あ、おいっ」


 制止しようとするバッツを無視して、トゥエニは馬車から飛び降りた。輿(こし)に乗っている太った男のところに駆け寄る。


「こ、これは。ひょっとすると、王女殿下であらせられますか?」


 トゥエニはこくりと頷いた。


「おい、きさまら、無礼であるぞ。早く(ひざまず)かんか! わっ、おわぁあ!」


 輿(こし)を担ぐ男たちが膝をつき、バランスを崩した太った男は地面に転がり落ちた。二、三回バウンドして体勢を立て直すと、慌てたように平伏する。


「お、お初にお目にかかります。私めは、この街の執政官を務めるノランチョと申します」

「よしなに」


 トゥエニはスカートを摘んで挨拶をした。


「その馬車に乗って、アルシェの街に入ればよいのですね?」

「は、はい。その通りでございます。すでに南門から宿舎へ続く大通りには、王女殿下のお姿をひと目拝見しようと、多くの臣民らが集まっておりまして」

「分かりました」


 トゥエニは自らパレード用の馬車に乗り込んだ。オズマたちが意外そうな顔をしていたが、気にしなかった。

 巨大な門を(くぐ)ると、高らかに音楽が鳴り響いた。石畳で舗装された道の沿道に、大勢の人々が集まっている。

 先頭は音楽隊。続いて街警隊がいけいたい。さらに勇者隊が護衛するトゥエニの馬車が続く。その後ろが執政官のノランチョで、彼は輿(こし)の上から身振り手振りで周囲に怪しげな指示を出していた。


「あの馬車に乗っていらっしゃるお方が、トゥエニ王女殿下よ。なんて可憐(かれん)なお姿なのでしょう!」

「話によれば、この魔獣騒ぎを鎮めるために、王女殿下は危険な旅を続けているらしい。これから“荒野”へ向かわれるそうだ」

「ああ、俺も聞いた。何でも、神聖なる力を秘めたお方なんだと。これで、我々も救われるんだ!」

「アルシェの街は、あなたさまを心から歓迎するぜ!」


 やけに説明的な掛け声に続いて、沿道に集まった住人たちが歓声を上げた。

 その声に応えるだけの余裕が、トゥエニにはなかった。

 目を凝らして沿道を見渡す。

 アルシェの街の人々を元気づけるためではない。たったひとりの少年を探すためだけに、トゥエニはこの馬車に乗っていた。

 あの時の自分は、仮面を被っていた。

 だから、こちらから見つけなくてはならない。

 数ヶ月前に、ほんの数日会っただけ。自分のことなど忘れてしまっているかもしれない。

 それでも、もう一度会いたい。

 会って、話をしたい。

 あの部屋の出窓で、少年はいろいろなことを話してくれた。

 両親との悲しい別れ。魔鳥との対決。魔法使いとなり、アルシェの街に来てからの新たな生活。

 あの時のトゥエニには、自分のことで話せるようなことは何もなかった。

 でも、今は違う。

 話したいことが、たくさんある。

 トゥエニは今、自分が誰かに(すが)りつかなければならないほど追い詰められていることを自覚していた。

 だが、人々の数はあまりにも多かった。沿道だけでなく、建物の窓からも多くの人が顔を出し、こちらに向かって手を振っている。

 流れる景色の中、ひとりひとりを識別するかのように、トゥエニは必死に視線を巡らせていた。


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