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岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第六章 試練の旅
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(2)

「ま、こんなもんか」


 硬い岩石で構成された巨大な頭部、のようなものが、馬車を丸ごと飲み込んでいた。目の部分が窓となり、口の部分が格子状になっている。頂上付近には三角形の突起がふたつついていた。


「頑丈な車庫みたいなもんだ。夜中に襲われると厄介だからな。おいガキンちょ、そこで大人しくしてろよ」


 岩石の頭部に閉じ込められた馬車の中で、少女はこくりと頷いた。


「女つったら、やっぱ可愛いもんが好きだろ。特別に猫の顔にしてやったぜ」


 三角形のふたつの突起は、耳のようだ。

 近くで焚き火を囲みながら、他のメンバーたちはその様子を何とはなしに眺めていた。


「バッツちゃん、すぐに投げ出すかと思ってたけれど、意外と面倒見がいいじゃない?」


 チーズの塊をワインで流し込みながら、パウルンが呟く。

 オズマがさりげなく事情を伝えた。


「彼には妹がいてね。王女殿下の護衛に向いていると思ったんだ。我々じゃ、小さな女の子の扱いはよく分からないからね」

「妹? 聞いたことないけど。王都に?」

「昔の話さ」


 魔法使いの過去を詮索することは、ご法度(はっと)である。オズマはそれ以上話さなかったし、パウルンもまた聞かなかった。


「意外といやぁ、あのお姫さんも意外でしたぜ」


 焚き火に枯れ木をくべながら、テンクが言う。


「あっしら魔法使い相手にもびびらねぇし、粗末な食事でも文句を言わねぇ。妙に落ち着いているというか、マイペースというか」

「確かに、へんなお姫さまねぇ」


 パウルンも同意したが、別の印象を受けたようだ。


「子供なんて、無駄に動き回って、気に入らなければ泣き喚いて。そんなはた迷惑な生き物でしょ。あの子はちょっとおとなしすぎるわ。まるで草花みたい」


 皆のもとに戻ってきたバッツが、焚き火の前にどかりと座った。


「草花ぁ? 何だそりゃ」

「息を潜めながら生きてるってこと」


 あながち間違いとは言えないかもしれないと、オズマは思った。

 存在を隠されていたとはいえ、国王の息女である。プライドの高い我儘娘(わがままむすめ)であれば、精神を操ることも考えていたオズマだったが、この王女の性質は幸運といえた。

 この旅では予想外のことばかりが起こる。

 少しは風向きが変わってきたのだろうか。

 オズマの淡い期待は、外れた。

 あと数日で“荒野”に差しかかろうという位置で、巨大な魔獣に襲われたのである。

 魔獣は、目無大蛇(めなしだいじゃ)だった。地中に(ひそ)み、地上を通る獲物の振動を感知する。身の危険を感じると、大地を震わせる能力もあるという。

 襲われたのは馬車を引く馬だった。四頭立てのうち三頭の馬が、丸く内側にびっしりと歯の生えた口の中に、突然飲み込まれたのだ。目無大蛇(めなしだいじゃ)は体の一部しか地上に出ていなかったが、それでも人十倍ほどの長さがあった。

 御者のバッツが投げ出され、馬車は横転した。


「クソがぁああ!」


 バッツは素早く体勢を立て直すと、両手を地面についた。


「捕らえろ、“岩挟(いわばさ)み”!」


 虹色の輝きがほとばしり、魔法が発動した。地面から無数の鉤爪のようなものが伸びて、目無大蛇(めなしだいじゃ)を挟み込んだ。巨大化したパウルンが暴れる魔獣の頭部を殴りつける、フウリが鉄の杖を突き刺し、振動を与えた。


「むっ、やはり親魔獣には効かぬか」


 自分が食べた魔獣の卵と同種の魔獣を、親魔獣という。同じ特殊能力を持つが故に、魔法は無効化される。

 ここで、初めてオズマが動いた。


「“捕食(ほしょく)”」


 構えた右腕が無数の触手のようなものに変化して、目無大蛇(めなしだいじゃ)の頭部に巻きついた。じゅうじゅうと音を立てながら、表面が溶けていく。大蛇は苦しそうにのたうち回っていたが、突然全身を激しくくねらせた。地面に手をつきながら魔法を維持していたバッツが呻いた。


「くっ、おさえが、きかねぇ!」


 大蛇を拘束していた岩石の(かせ)がひび割れ、破壊された。巨体をねじ込むように回転させながら、目無大蛇(めなしだいじゃ)は地面の中に姿を消した。


「まだ、いる」


 地面に鉄の杖を突いたフウリが、警戒の声を発する。

 その時、奇妙な耳鳴りがした。

 周囲の木々に止まっていた鳥たちが、一斉に飛び立つ。

 次の瞬間、大地が波打った。その場に立っていられないほどの大きな揺れだった。

 揺れはしばらく続き、少しずつ収まっていった。


「……去ったか」


 フウリの言葉に、魔法使いたちはようやく警戒を解く。はっと気づいたように、バッツが横転した馬車に駆け寄った。


「おい、ガキンちょ! 死んでねぇか?」


 幸いなことにトゥエニは擦り傷で済んだが、馬車の状態は深刻だった。


「あーあ、車輪が完全に潰れてるわね。おまけに車軸までいっちゃってる」


 馬車を起こしながら、パウルンが聞く。


「バッツちゃん、車輪とか作れない?」

「細けぇのは無理だ。強度が足りねぇ」


 幸いなことに生き残った一頭の馬は無事だった。予備の(くら)をつけて、バッツと、その前にトゥエニが乗る。

 問題は馬車の積荷だった。手持ちで運ぶ量には限界があった。干し肉と木の実、そして最低限の飲み物だけ回収して出発する。

 二日ほどで、食料と水は乏しくなった。

 大食漢のパウルンにとっては死活問題のようで、顔を青くしてしゃべらなくなった。

 オズマたちは難しい選択を迫られることになった。

 メンバー全員で地図を囲んで、今後の行動予定を立てることにする。


「馬も疲れているし、食料や水の問題もある。これ以上、まわり道はできないわよ」


 パウルンの意見に、フウリが首を振った。


「だが、テンクの話では“大物”らしき魔獣が街道でたむろしているという」

「いいじゃねぇか、全部ぶっ飛ばせば」

「てめぇは少し黙ってろ」


 目的と手段を履き違えるどころか、完全に忘れているバッツの頭を、テンクがこづいた。


「何しやがる!」


 喧嘩を始めた二人を無視して考え込むオズマのそばに、トゥエニがやってきた。


「あの、オズマさま」

「おや、王女殿下。眠れませんか?」


 恐る恐るといった感じで、少女は地図の一点を指さした。現在地からそう遠くない。


「ここに、ミドという小さな村があります」

「ふむ」


 これまでもいくつかの集落に立ち寄ってきた。魔獣の襲撃に遭っていない町や村もあったが、北の“荒野”に近づくにつれて、その数は少なくなっていった。この辺りの集落はおそらく全滅しているだろう。

 建物の残骸(ざんがい)を掘り起こして食料を探すのは苦労するし、そんな時間的余裕もない。また、物陰に魔獣が潜んでおり、不意を突かれる可能性もある。

 なるべく傷つけないよう説明する前に、少女は続けた。


「この村の近くに、お城があります。アッカレ城という、昔の王族が作ったお城です。今は誰も住んでおりませんので、魔獣に狙われることもないと思います」


 城壁や城門は頑丈で、井戸もあり、倉庫の中には食料も残っているはずだという。


「馬はいませんが、二人乗りの小さな馬車がありました。使えるかもしれません」

「お姫さま、どうしてそんなに詳しいの?」


 パウルンの問いかけに、少女は答えた。


「少し前に住んでおりましたので」

「いいじゃねぇか」


 拳を繰り出しながら、バッツが言った。


「どうせ“荒野”への通り道なんだし、どこから行っても同じだろ!」

「あっしは、どっちでも」


 ひらりひらりとバッツの拳を(かわ)しながら、テンクが言う。若者の意見に釘を刺すことが多いフウリは、無言のまま頷いた。

 少し考えてから、パウルンも賛成した。


「ここから先は、立ち寄れる集落もないだろうし、“荒野”を渡り切るためには馬車が必要でしょ? 行ってみる価値はあると思うわ」


 反対する理由を、オズマは見出せなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] オズマ逆張りキッズみたいで草
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