(2)
「ま、こんなもんか」
硬い岩石で構成された巨大な頭部、のようなものが、馬車を丸ごと飲み込んでいた。目の部分が窓となり、口の部分が格子状になっている。頂上付近には三角形の突起がふたつついていた。
「頑丈な車庫みたいなもんだ。夜中に襲われると厄介だからな。おいガキンちょ、そこで大人しくしてろよ」
岩石の頭部に閉じ込められた馬車の中で、少女はこくりと頷いた。
「女つったら、やっぱ可愛いもんが好きだろ。特別に猫の顔にしてやったぜ」
三角形のふたつの突起は、耳のようだ。
近くで焚き火を囲みながら、他のメンバーたちはその様子を何とはなしに眺めていた。
「バッツちゃん、すぐに投げ出すかと思ってたけれど、意外と面倒見がいいじゃない?」
チーズの塊をワインで流し込みながら、パウルンが呟く。
オズマがさりげなく事情を伝えた。
「彼には妹がいてね。王女殿下の護衛に向いていると思ったんだ。我々じゃ、小さな女の子の扱いはよく分からないからね」
「妹? 聞いたことないけど。王都に?」
「昔の話さ」
魔法使いの過去を詮索することは、ご法度である。オズマはそれ以上話さなかったし、パウルンもまた聞かなかった。
「意外といやぁ、あのお姫さんも意外でしたぜ」
焚き火に枯れ木をくべながら、テンクが言う。
「あっしら魔法使い相手にもびびらねぇし、粗末な食事でも文句を言わねぇ。妙に落ち着いているというか、マイペースというか」
「確かに、へんなお姫さまねぇ」
パウルンも同意したが、別の印象を受けたようだ。
「子供なんて、無駄に動き回って、気に入らなければ泣き喚いて。そんなはた迷惑な生き物でしょ。あの子はちょっとおとなしすぎるわ。まるで草花みたい」
皆のもとに戻ってきたバッツが、焚き火の前にどかりと座った。
「草花ぁ? 何だそりゃ」
「息を潜めながら生きてるってこと」
あながち間違いとは言えないかもしれないと、オズマは思った。
存在を隠されていたとはいえ、国王の息女である。プライドの高い我儘娘であれば、精神を操ることも考えていたオズマだったが、この王女の性質は幸運といえた。
この旅では予想外のことばかりが起こる。
少しは風向きが変わってきたのだろうか。
オズマの淡い期待は、外れた。
あと数日で“荒野”に差しかかろうという位置で、巨大な魔獣に襲われたのである。
魔獣は、目無大蛇だった。地中に潜み、地上を通る獲物の振動を感知する。身の危険を感じると、大地を震わせる能力もあるという。
襲われたのは馬車を引く馬だった。四頭立てのうち三頭の馬が、丸く内側にびっしりと歯の生えた口の中に、突然飲み込まれたのだ。目無大蛇は体の一部しか地上に出ていなかったが、それでも人十倍ほどの長さがあった。
御者のバッツが投げ出され、馬車は横転した。
「クソがぁああ!」
バッツは素早く体勢を立て直すと、両手を地面についた。
「捕らえろ、“岩挟み”!」
虹色の輝きがほとばしり、魔法が発動した。地面から無数の鉤爪のようなものが伸びて、目無大蛇を挟み込んだ。巨大化したパウルンが暴れる魔獣の頭部を殴りつける、フウリが鉄の杖を突き刺し、振動を与えた。
「むっ、やはり親魔獣には効かぬか」
自分が食べた魔獣の卵と同種の魔獣を、親魔獣という。同じ特殊能力を持つが故に、魔法は無効化される。
ここで、初めてオズマが動いた。
「“捕食”」
構えた右腕が無数の触手のようなものに変化して、目無大蛇の頭部に巻きついた。じゅうじゅうと音を立てながら、表面が溶けていく。大蛇は苦しそうにのたうち回っていたが、突然全身を激しくくねらせた。地面に手をつきながら魔法を維持していたバッツが呻いた。
「くっ、おさえが、きかねぇ!」
大蛇を拘束していた岩石の枷がひび割れ、破壊された。巨体をねじ込むように回転させながら、目無大蛇は地面の中に姿を消した。
「まだ、いる」
地面に鉄の杖を突いたフウリが、警戒の声を発する。
その時、奇妙な耳鳴りがした。
周囲の木々に止まっていた鳥たちが、一斉に飛び立つ。
次の瞬間、大地が波打った。その場に立っていられないほどの大きな揺れだった。
揺れはしばらく続き、少しずつ収まっていった。
「……去ったか」
フウリの言葉に、魔法使いたちはようやく警戒を解く。はっと気づいたように、バッツが横転した馬車に駆け寄った。
「おい、ガキンちょ! 死んでねぇか?」
幸いなことにトゥエニは擦り傷で済んだが、馬車の状態は深刻だった。
「あーあ、車輪が完全に潰れてるわね。おまけに車軸までいっちゃってる」
馬車を起こしながら、パウルンが聞く。
「バッツちゃん、車輪とか作れない?」
「細けぇのは無理だ。強度が足りねぇ」
幸いなことに生き残った一頭の馬は無事だった。予備の鞍をつけて、バッツと、その前にトゥエニが乗る。
問題は馬車の積荷だった。手持ちで運ぶ量には限界があった。干し肉と木の実、そして最低限の飲み物だけ回収して出発する。
二日ほどで、食料と水は乏しくなった。
大食漢のパウルンにとっては死活問題のようで、顔を青くしてしゃべらなくなった。
オズマたちは難しい選択を迫られることになった。
メンバー全員で地図を囲んで、今後の行動予定を立てることにする。
「馬も疲れているし、食料や水の問題もある。これ以上、まわり道はできないわよ」
パウルンの意見に、フウリが首を振った。
「だが、テンクの話では“大物”らしき魔獣が街道でたむろしているという」
「いいじゃねぇか、全部ぶっ飛ばせば」
「てめぇは少し黙ってろ」
目的と手段を履き違えるどころか、完全に忘れているバッツの頭を、テンクがこづいた。
「何しやがる!」
喧嘩を始めた二人を無視して考え込むオズマのそばに、トゥエニがやってきた。
「あの、オズマさま」
「おや、王女殿下。眠れませんか?」
恐る恐るといった感じで、少女は地図の一点を指さした。現在地からそう遠くない。
「ここに、ミドという小さな村があります」
「ふむ」
これまでもいくつかの集落に立ち寄ってきた。魔獣の襲撃に遭っていない町や村もあったが、北の“荒野”に近づくにつれて、その数は少なくなっていった。この辺りの集落はおそらく全滅しているだろう。
建物の残骸を掘り起こして食料を探すのは苦労するし、そんな時間的余裕もない。また、物陰に魔獣が潜んでおり、不意を突かれる可能性もある。
なるべく傷つけないよう説明する前に、少女は続けた。
「この村の近くに、お城があります。アッカレ城という、昔の王族が作ったお城です。今は誰も住んでおりませんので、魔獣に狙われることもないと思います」
城壁や城門は頑丈で、井戸もあり、倉庫の中には食料も残っているはずだという。
「馬はいませんが、二人乗りの小さな馬車がありました。使えるかもしれません」
「お姫さま、どうしてそんなに詳しいの?」
パウルンの問いかけに、少女は答えた。
「少し前に住んでおりましたので」
「いいじゃねぇか」
拳を繰り出しながら、バッツが言った。
「どうせ“荒野”への通り道なんだし、どこから行っても同じだろ!」
「あっしは、どっちでも」
ひらりひらりとバッツの拳を躱しながら、テンクが言う。若者の意見に釘を刺すことが多いフウリは、無言のまま頷いた。
少し考えてから、パウルンも賛成した。
「ここから先は、立ち寄れる集落もないだろうし、“荒野”を渡り切るためには馬車が必要でしょ? 行ってみる価値はあると思うわ」
反対する理由を、オズマは見出せなかった。




