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岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第五章 真実と嘘
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(8)

 自分の能力を行使することに、“幻炎(げんえん)”のタバシカは躊躇(ためらい)いがない。それどころか、ある種の快感を覚えるタイプであった。

 黒首隊では尋問担当として、善人悪人を問わず多くの者の人生を惑わせ、あるいは壊してきた。人の道にもとる今回の仕事についても、ふたつ返事で引き受けてくれるはず。そう考えていたオズマだったが、当てが外れた。

 仕事の内容を聞くうちに、タバシカは青ざめ、表情が強ばり、ついには首を振ったのである。


「お手伝い、できません」


 オズマはふむと頷いた。

 こういった場合、結論を急がず相手に話させることが肝要である。


「理由を聞いても?」


 少し逡巡(しゅんじゅん)してから、タバシカは答えた。


「恋人が、いるんです。近衛隊に」


 騎士の象徴たる近衛隊と、無頼者(ぶらいもの)として(さげす)まされている魔法使いの組み合わせとは珍しい。


「そういえば、今回の作戦行動中、君はふらりといなくなることがあったね」


 タバシカの視線が泳いだ。

 国の命運がかかっている旅路だというのに、この女魔法使いは旅行気分で、恋人との逢瀬(おうせ)を楽しんでいたというわけだ。

 意を決したように、タバシカは口を開いた。


「ですから、彼を裏切るようなことはできません」

「う〜ん、困ったなぁ。こう見えて、私が妥協(だきょう)できない性格であることは、知っているね?」


 部隊の規律に関してはほとんど口を出さないが、作戦行動となると話は別である。


「はい」

「私が、大きな危険を冒し、道化役を演じてまでこの作戦を遂行しているのか、その理由も知っているはずだ」


 再び、タバシカは肯定した。

 “蒼き魔獣”が現れる前から、オズマはことあるごとに部下たちに言い聞かせてきた。

 差別を受けている不幸な魔法使いたちが、この国で生きやすくするために頑張ろうと。

 そんな、心にもない()()()()()()を。


「気の迷い、ということはないのかい?」

「え、どういう」

「近衛隊に入る者は、おもに貴族の出だ。領地は継げないまでも、一代限りの称号を授かるし、実家との関係がなくなるわけではない。君たちの関係が認められるとは思えない」

「セロッ――」


 タバシカは慌てたように言い直した。


「彼、言ってくれたんです。私のためなら称号などいらない。結婚を反対されるのであれば、実家とも縁を切ると」


 物好きな男もいたものである。他人の恋路に口を挟むつもりはないが、実に困ったことになった。


「君は彼を殺したくない。しかし私は、この作戦を撤回するつもりはない。いったい君は、どうするつもりだい?」

「彼を説得します。今夜のうちに」

「仲間を裏切って、ひとりで逃げるように? 近衛隊の彼が承知するかなぁ」

「させます。必要があれば、魔法を使ってでも」


 タバシカは艶火蛇(えんかじゃ)という珍しい魔獣の力を手に入れて、魔法使いになった。その能力は、幻想的な炎の輝きで人の精神を操るというもの。王都でのお披露目の式典でも大いに活躍した。


「なるほどね」


 オズマは納得するそぶりを見せた。

 だが、罠にかけようという近衛隊の隊員に相談を持ちかけること自体が、すでに危険を(はら)んでいるのだ。タバシカの様子を見るに、かなりほだされている様子。こちらを裏切るという可能性も否定できない。

 というよりは、()()()()つもりなのだろう。

 先手を打って、オズマは逃げ道を作ってやることにした。


「いっそのこと二人で逃げてしまう、というのはどうだい?」

「え?」


 国の管理下にある魔法使いには、様々な制約がある。常に等級を示す首輪を身につけなくてはならないし、月に一度、魔法局に生活報告書を提出する義務がある。“はずれ”の魔法使いならばともかく、第一級魔法使いが姿をくらませたとなれば、間違いなく追っ手がかかるだろう。


「だけど、今の状況であれば話は別だ。たとえこの混乱が収まったとしても、国を立て直すにはかなりの時間がかかる。行方不明となった魔法使いひとりを探すために、余計な人員は避けないはず」


 無表情を装っていた女魔法使いの口元が、わずかに震えた。


「まあ、君の炎はまやかしだし、怒り狂った魔獣の心は操れないからね。これからの旅の舞台となる“荒野”では、それほど戦力にはならない。だから」


 オズマは笑顔で提案した。


「君が、ふたつの条件を飲んでくれるのなら、見逃してあげてもいいよ」


 まるで己の魂をかけて悪魔と契約でもするかのように、タバシカは真剣な顔つきになった。


「どんな?」

「ひとつは、勇者隊である君の最後の務めとして、今回の作戦に協力すること。これが飲めなきゃ話にならない」

「もちろんです」


 ふたつ返事でタバシカは了承した。


「もうひとつは」


 オズマは悪戯っぽく笑った。


「これまで苦楽をともにしてきた他のメンバーに、書き置きを残すこと。裏切ってごめんなさいってね」


 こちらの条件には意表を突かれたようだ。


「何も言わずに突然いなくなったんじゃあ、事件性を疑う(やから)も出てくるからね。最後に面談した私も、容疑者になってしまう」

「ああ、そういう」


 紙とペンを用意して、その場で書くことになった。交渉がまとまったことで、二人の間にはやや弛緩した空気が流れた。


「ちなみに君と近衛隊の彼のことを、うちのメンバーは知っているのかい?」

「気づいていると、思います。一度、バッツに見られたことがあったので」

「なら、話は早いか」


 書き終えた文面を確認するオズマに、タバシカは少し寂しげな、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ねぇ、隊長」

「なんだい?」

「隊長の、そういう(ゆる)くて実は慎重なところ、嫌いじゃないよ」


 微妙な賛辞を苦笑で受けとめてから、オズマはおもむろに話を切り出した。


「さて。ひとつ目の条件である、君の務めだけど」

「はい」

「今ここで果たしてもらおうかな」


 何を言われたのか分からないという顔で、タバシカは二、三度、瞬きをした。


「どのみち、君の能力は欲しいと思っていたんだ。本当は口喧(くちやかま)しいあの侍女のぉ、代わりにぃ。しばらく王女殿下のお世話を頼もうとぅお、思ってたんだけどぉおぅ」


 声が不自然に間延びし、不明瞭になる。


「まぁあ、それはそれでぇ。なばぁんとか、するさぁぅああああっ!」


 中年男のしまりのない笑顔がどろりと溶け、まるで大波のように女魔法使いに襲いかかった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] タバシカがオズマに見逃す条件のひとつが勇者隊として君の最後の務めを果たすことって言われて、もちろんですって答えてるけど変じゃない? 最後の務めってあいまいな表現だし、タバシカとその恋人…
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