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岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第五章 真実と嘘
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(7)

 王女と勇者隊および近衛隊一行は、ソエトの街を出発し、次の宿泊地であるニアの街へと到着した。

 近衛隊長のイグニスより「王女殿下のご体調を(かんが)み、歓迎の祝典や晩餐会は行わないように」という旨の通達が出されたことで、勇者隊長としてのオズマの仕事はさらに減った。

 だが、別の気苦労が増えた。

 侍女のレイザが訴えかけてきたのである。


「おひいさまは、不安を感じていらっしゃいます」


 王国の命運を無理やり背負わせて、危険な“荒野”の果てに向かわせようというのに、王女自身は何も知らされていない。今知り得ている情報をすべて伝えるべきだと、レイザは主張した。

 気が強く弁も立つようだが、たかが侍女の身。機密を理由に追い返したいところだったが、こしゃくな侍女に援軍が現れた。


「レイザ女史の言う通りだ」


 近衛隊長のイグニスである。


「答えよ、オズマ」


 オズマは懐から計画書を取り出し、ひらひらさせた。


「そうおっしゃられましても。私は、ホゥ老師が命懸けで残されたこの計画書に従っているだけですので」


 先日とは違い、イグニスは引き下がらなかった。


「私の知る限り、ホゥ殿は困難を前に絶望し、命を絶つようなお方ではなかった。むしろ、嬉々として立ち向かおうとなされたはず」


 よくご存知だと、オズマは思った。


「つまり、計画書そのものに疑念があると?」

「そうは言っておらぬ。作戦に携わるものとして、疑問点を解消したいと考えているのだ」


 いまだ旅の序盤。近衛隊とのいざこざはなるべく避けたいところ。オズマは譲歩することにした。


「すべての情報とのことですが、具体的には?」


 イグニスが隣に視線を送り、レイザが目礼を返した。二人は事前に示し合わせているようだ。そして主導権を握っているのは、どうやらこの侍女らしい。


「まずは、“荒野”より魔獣の大群が現れた経緯ですが」


 居住まいを正したレイザが、ひとつひとつ事実を確認してくる。それから、いきなり核心を突く問いかけを放った。


「“蒼き魔獣”を討伐すれば、本当にこの問題を解決できるのでしょうか?」

「そう、言われてますね」


 解決はしないが、“荒野”に王女を連れていくことには意義がある。目的は違えど方法は同じ。ゆえに宰相のホゥは、“蒼き魔獣”退治を表向きの目的に据えた。事実を公表して王家の威信を損なえば、内乱が起こり、試練の旅どころではないと考えたからだ。


「これだけ多くのひとを動かすのです。何らかの根拠があっての計画なのでしょう。ですが、そのあたりの説明が不足しているように思われます」

「まったくもってその通りだ。答えよ、オズマ」


 女神と王家の“盟約”について知る者は、オズマとラモン王、そして盲目の老婆だけ。当初の計画では、イグニスも事情を知って然るべき人物であったが、オズマが近衛隊を露払いの任務に格下げしたため、彼は何も知らない。

 いっそのことすべてを話して協力させるか。いや、それでは近衛隊が“荒野”までついてきてしまう。それに事実を知ったこの侍女が、どのような行動に出るか分からない。

 リスクを避けるためにも、オズマは知らぬ存ぜぬで押し通すしかなかった。

 その後も新たな街に着くたびに、レイザが部屋に押しかけてくるようになった。心底、オズマは辟易(へきえき)した。毎回イグニスを伴っているので、追い返すこともできない。


「先日の、お披露目の式典で発表されたことでございます。王家の娘には聖なる力が宿るとのことでしたが、具体的にはどのような力なのでしょうか」


 盲目の老婆の話では、王女には女神により与えられた力があるのだという。だが、その力を引き出す役割を担う者がいない。ゆえに、確かめようがない。そういった事情から、王女の力については曖昧に説明するしかなかった。


「残念ながら私も詳しくは知りません。話によれば、邪神を退けるもの、らしいのですが」

「それは、どなたがおっしゃったのですか?」


 こういう時は死人を使うのがよい。


「ホゥ老師です。王家に関することですから、ひょっとすると老師が陛下や従事長殿に聞かれたのかもしれませんが」

「つまり、おひいさまにそのようなお力があることを、上層部の方が知っておられたと」

「そのようですね」

「ではなぜ、陛下は生まれたばかりのおひいさまを、王都から追放されたのでしょうか?」

「追放ではありませんよ。王女殿下をお守りするため――」

「わたくしは、おひいさまが王都に戻られる前に、最後にお仕えしていた侍女です。打ち捨てられた廃城で、おひいさまはひとり、不自由な生活を強いられていました。護衛役もおらず、()()()()()()仮面を被りながら」

「……」

「邪神に対抗できる力があると分かっていたのであれば、もっと手厚い庇護(ひご)を受けていたはずです」


 オズマは困惑を隠せなかった。

 侍女の仕事は主人の身の周りの世話である。危険な旅に同行するのだから、破格の報酬を提示されているのだろう。だが、悪名高き黒首隊の隊長だった自分に噛みついて、この侍女に何の得があるというのか。

 やや声を低くして、オズマは聞いた。


「侍女殿は、私のことを疑っておいでのようだ。やはり、魔法使いは信じられませんか?」


 隣のイグニスは当然だという顔をしたが、レイザは首を振った。


「いいえ。わたくしは、素晴らしい魔法使いがいることを存じております」


 オズマを真っ直ぐ見据えながら、レイザは断言した。


「ですが、それは貴方ではありません」


     ◇


 これまでオズマが慎重な言動を心がけてきたのは、余計なトラブルを起こしたくなかったからである。

 王の側近である近衛隊長のイグニスがいれば、街の執政官は進んで協力してくれる。王の勅命を受けた身とはいえ、魔法使いの身では、簡単に信用してはもらえなかっただろう。

 オズマの目論見(もくろみ)通り、特に大きな問題もなく序盤の目的地であるカロンの街へたどり着くことができた。幸いなことに魔獣と遭遇することはなかった。ペルゼンの街と比較的近いこともあり、カロンの街では厳戒態勢が敷かれていた。

 王女と勇者隊はここから北の“荒野”へ向かう。近衛隊は王都に帰還し、本来の仕事である王宮の警備と王の護衛に戻る予定だ。

 ようやく厄介払いができると考えていたオズマは、想定外の要求を突きつけられた。


「これより先は、近衛隊が王女殿下の護衛を引き受ける」


 三十名の近衛隊を引き連れたイグニスが、食堂にいたオズマと勇者隊のメンバーを取り囲んだのだ。タバシカが驚いたように目を見開き、近衛隊の若者のひとりが気まずそうに目を逸らした。


「なんだお前ら。やろうってのか?」

「バッツぅ」


 血気盛んな若い魔法使いの動きを、オズマが制した。

 近衛隊に所属する騎士たちは、一騎当千の強者(つわもの)ばかりだ。この距離では相打ちになる可能性がある。また近衛隊を倒したとしても、施設の周囲には三百名近い街警隊(がいけいたい)がいる。

 オズマはイグニスに問いかけた。


「どういうことでしょうか? 近衛隊長ともあろうお方が、国王陛下のご裁可を受けた計画を、無視なさるのですか?」

「無視ではない。現場の判断として、修正を行うのだ」


 理路整然とイグニスは主張した。

 魔獣たちは見境なく人を襲う。少数精鋭で一気に“荒野”へ乗り込むという作戦は、なるほど正しいのだろう。


「だがそれならば、我々近衛隊の方が適任だ。馬術や武術において、魔法使いなどに後れをとるはずがないのだからな」


 さらにはこの国を守るという使命感と、王家に対する忠誠心では、誰にも負けない。


「きさまらの中に、王女殿下のために喜んで命を投げ出す覚悟のある者はおるか!」

「むろん、おりますとも。ねぇ?」


 オズマが振り返ると、メンバーらは一斉に目を逸らした。そもそも王家に対する忠誠心などない。たとえ偽りだとしても、咄嗟(とっさ)に口にすることは(はばか)れたのである。

 イグニスは鼻を鳴らした。


「きさまの魂胆は読める。おおかた今回の件で大手柄を立て、魔法使いの地位を向上させたいのであろう?」


 意外そうな顔で、オズマはイグニスを見た。


「心配するな。手柄などくれてやる。だが、王女殿下の護衛役と“蒼き魔獣”討伐は、我々近衛隊が引き受けさせてもらう。そもそも王家に連なる方の護衛は、近衛隊の本分である。ましてや、万が一にも失敗は許されない危険な旅路。ホゥ老師であれば、私の判断を()となさることであろう」


 内心、オズマは感心していた。

 イグニスに対してではない。おそらくこの理屈と落とし所を用意した、この場にはいない侍女にである。


「きさまら魔法使いは、斥候と遊撃がお似合いだ。そうであろう? ()()()


 ()しくもそれは、宰相ホゥがオズマに与えようとしていた役割だった。近衛隊と侍女をまとめて排除することを、この時オズマは決めた。


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[一言] 地位向上はどこまで続くよ
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