(6)
出立のパレードは、盛大かつ物々しいものだった。王宮の正門から王都の北門までの大通りには、王都中の人々がひしめき合い、悲鳴や怒号にも似た歓声が飛び交った。
王国騎士団なき今、この国を救えるのは“聖女”たるトゥエニ王女しかいない。絶望に苛まれた一部の人々が沿道を飛び出して、王女が乗っているであろう豪華な馬車の前で跪くという暴挙に出たが、すぐさま近衛隊によって取り押さえられた。
王族専用の馬車に、王女は乗っていなかった。
トゥエニと侍女のレイザ、そして勇者隊の六人は、密かに王宮を抜け出し王都の東門へ向かうと、用意されていた別の馬車で時間差をおいて出発したのである。
合流したのは、最初の宿泊地であるソエトの街。門から宿泊施設までの道を近衛隊と街警隊に警備させ、街の人々の熱烈な歓迎を受けながら、悠々と到着した。
「あっ、きた!」
「どこどこ?」
「馬車の周り。いち、にー、さん……ほら、ろくにん!」
「わー、あれが“勇者”さま?」
無邪気な子供たちが、馬上で警護している勇者隊を指差しながら追いかける。
若いバッツと派手好きなパウルンはまんざらでもない様子だったが、テンクとフウリは居心地悪そうにしていた。ひとり我関せずといった感じのタバシカは、沿道に知り合いでも見つけたのか、こっそり手を振っていた。
宿泊施設のロビーで、執政官が待ち構えていた。彼は家族や街の名士と思われる人物、さらには雑誌記者と思われる者など、十人ほどの男女を引きつれていた。
舞台上で自分の存在をアピールする役者のように、執政官は大仰なセリフと身振り手振りで、トゥエニを歓迎する意を伝えた。勇者隊のことには触れず、また見向きもしなかった。
「なんと美しく神々しいお姿でありましょうや。おお、この額の紋章こそが、聖なる力を受け継がれた証ですな。王女殿下、もしよろしければ、私めに祝福を」
媚びへつらうような笑みを受けべながら近寄ろうとした執政官を、侍女のレイザが遮った。
「特別な事情があり、王女殿下は人目を避けながら過ごしてこられました。突然、見知らぬ大人に近寄られては、お心が騒がれることでしょう」
「さ、さようでございますか。ああ実は、過酷な試練へ立ち向かわれる王女殿下を激励するために、今宵は盛大な晩餐会の用意を、しているのです、が」
レイザの視線が厳しくなるにつれて、執政官の話は尻すぼみになっていく。
「お食事は、部屋に運んでいただくようお願いします。ただし、晩餐会用の料理は避けてください。口にしたことのない食材や調味料は、お身体に障る場合がございますので」
これはあなたの仕事でしょうと言わんばかりにオズマを睨みつけると、レイザはトゥエニを誘導するように二階の部屋へと向かった。
「おお、こえぇ女」
バッツがおどけたような声を出す。
オズマにとっては意外な出来事だった。無理やり危険な旅に同行させられた侍女に、王女を守ろうなどという気概のある者はいないはずだと考えていたからである。
立場のなくなった執政官を無視して、オズマは部下たちに告げた。
「それじゃあ、勇者隊は一時解散。夕食前にミーティングをするから、遅れないように」
こちらも二階にあてがわれた部屋へと向かったオズマの前に、煌びやかな鎧に身を包んだ男が現れた。
近衛隊長のイグニスである。
「オズマ、きさまっ」
大股で詰め寄ると、イグニスはオズマの胸ぐらを掴んだ。
「我ら名誉ある近衛隊に、空の馬車を護衛させるとは、いったいどういう了見か!」
「や、そうおっしゃられましても。当初からの、予定通りの行動ですから」
オズマは懐から計画書を取り出すと、イグニスの顔の前に突きつけた。
「ほらここに、陛下のご署名が」
「ぐっ」
近衛隊長ともあろう者が国王の決定に逆らうわけにはいかない。イグニスは悔しそうに身体を震わせていたが、やがて手を離した。踵を返し、肩をいからせながら歩み去る。
その後ろ姿を、オズマは苦笑まじりに見送った。
本来であれば、近衛隊長のイグニスが勇者隊を率いて、王女を“果ての祭壇”へ送り届けるはずであった。誰もが納得するであろう配役を、オズマが変更した。多少の軋轢が生じるのは当然だろう。
部屋に入り、窓から外の様子を確認する。近衛隊の騎士が指示を出す形で、街警隊が宿泊施設の周囲を隙なく警備していた。
「さすがは専門家。おかげで楽ができる」
オズマは気づかなかった。
自分とイグニスが言い争っている様子を、廊下の陰からそっと窺っていた侍女がいたことを。
その侍女が、何かを決心したかのようにひとつ頷き、足早にイグニスの後を追いかけていったことを。
◇
しばらく休憩してから、オズマは集合場所である談話室に向かった。今のところ仕事のない勇者隊のメンバーは、所在なさげに座っていた。
「全員揃って、ないね。タバシカは?」
「さっき、こそこそ外に出ていったぜ」
にやにやしながらバッツが報告する。
「相変わらず、団体行動が苦手だなぁ」
自分の仕事さえしっかりこなしていれば、オズマは隊の規律について細かく注意しない。部下たちの自分に対する態度や言葉遣いも同様だった。
「それよりも、隊長」
げんなりしたようにテンクが文句を言う。
「いつまでこんな道化を続けるんで?」
「道化?」
「勇者隊ですよ、勇者隊。まったく、こっ恥ずかしいったらありゃしねぇ」
お披露目の式典の時はパフォーマンスを見せていたくせに、今さらながら恥ずかしくなったようだ。
パウルンがうふふと笑った。
「ついこの前まで、悪名高き黒首隊だったのにねぇ。どこへ行っても注目の的だし、子供たちにも大人気」
「茶番だ」
腕を組みながら、フウリが不機嫌そうに言い放った。
なんだ気に入らなかったのかと、オズマは残念に思った。
「事前に説明したでしょ? 魔獣の大群が迫っている今、誰もが不安を抱えている。ここで我々が物語で誰もが知っている“勇者”を演じることで、人々に希望を与え、元気づけることができる」
オズマはにっこりと笑う。
「というのは表向きの理由で、魔法使いのイメージをよくするための、茶番さ」
メンバーたちは脱力したようだ。
「王国中の人々が魔法使いに頼らざるを得ない今の状況は、ある意味チャンスなんだ。輝ける我々の未来のために、チーム一丸となって頑張ろう」
笑顔とセリフは胡散臭いが、話の趣旨が理解できないわけではない。不承不承という感じで、メンバーたちは黙りこくる。
そこに、タバシカが現れた。
「あ、もう始まってる」
遅れた言い訳もせず、上司や同僚に詫びもせず、女魔法使いはすまし顔で椅子に座った。
微妙な雰囲気の中、オズマは仕切り直した。
「さて。全員そろったことだし、今後の予定を確認しようか」




