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岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第五章 真実と嘘
38/82

(4)

 謁見の間から階段を上がって、通路を少し進んだところ。出口の少し手前で、トゥエニは待機していた。

 司会者らしき女性の声に続き、勇ましい音楽が流れ出す。


「さあ王女殿下、参りましょう」


 オズマに促されるままに、トゥエニは後についていく。通路の先は、王宮前広場を一望できるバルコニーだった。

 ()はとっくに落ちていたが、広場のいたるところに篝火(かがりび)()かれており、真昼のように明るい。炎は様々な色に変化し、幻想的な光を放っている。

 城壁の上には衛兵たちがいて、きょろきょろと落ち着かない様子で周囲を警戒している。そして眼下は人の海。高い壁に囲まれた四角い空間に、何千という人々の顔がひしめき合っていた。

 いつの間にか音楽が止み、周囲にはざわめきだけが残った。


「やあ、タバシカ。ご苦労さん」


 オズマはバルコニーから群衆を見下ろしている女魔法使いに声をかけた。


「首尾はどうだい?」

「“蒼き魔獣”に襲われた場所ですからね。最初はみんな怯えていましたが、今は落ち着いていますよ」

「そいつは、上々」


 トゥエニとオズマ、そして五人の魔法使いがバルコニーに並んだ。少女は式典用のきらびやかなドレスを、そして魔法使いたちは革製のコートを身につけている。


『静粛にっ!』


 びりびりと空気が震えた。

 バルコニーのやや下方、城壁から突き出た演台のような部分に、小柄な女性が立っていた。飾り羽根のついた派手な帽子を被り、赤い首輪を身につけている。

 女性はまるでカエルのように頬を膨らませると、驚くほどの声量で語り出した。


『親愛なる臣民諸君。こちらにおわす方が、トゥエニ王女殿下であらせられる!』


 女性の声は王宮前広場に集まったすべての人々に届いた。比較的近い位置にいたトゥエニは驚き、萎縮した。


「第二級魔法使い“咆哮(ほうこう)”のハチコ。戦闘力はありませんが、彼女の魔法は実に役に立つ」


 笑顔で説明したのは、隣に立っているオズマである。

 手元の原稿を確認しながら、“咆哮”のハチコはゆっくりと語り出した。


『今を去ること四十年前。この国に蔓延(はびこ)っていた邪悪なる宗教団体、メイル教団は、畏れ多くも王家に対して反旗を(ひるがえ)した。後の世にいう“邪教戦争”である。身のほど知らずの企みは、むろん失敗に終わった。我らが“賢王”ラモン国王陛下が御自(おんみずか)ら剣をとり、これを打ち果たしたのだ』


 ひと呼吸おいて、ハチコは続けた。


『そして十年前。メイル教団の残党が、再び姿を現した。闇に紛れて王宮内に忍び込んだ邪教徒どもは、こともあろうに、生まれたばかりの王女殿下を(かどわ)かそうとしたのだ。この場にいる諸君らの中にも、記憶している者もいよう。我々を震撼させたこの事件は、“狂教徒の乱”と呼ばれている』


 トゥエニは驚いた。物心がつく前とはいえ、そんなことがあったとは知らなかったからだ。しかし他の人たちにとっては周知の事実だったようで、先を競うかのように頷き合っていた。


『幸いなことに、この企みも失敗に終わった。当時、王女殿下が暗殺されたと発表したのは、ひとえに幼き命を守るための、やむを得ない措置であった。諸君、トゥエニ王女殿下は健在であらせられる。我らが“賢王”の手厚い庇護(ひご)を受け、健やかに成長なされた』


 自分を守るため? 本当に?

 それならばなぜ、自分は“厄災の子”と呼ばれていたのか。

 少女の疑念を置き去りにして、話は続いていく。


『邪悪なるメイル教団は壊滅した。だが、彼らが信仰する邪神が滅んだわけではなかった。力をやつし、魔獣と成り果てながらも、邪神は密かに牙を研ぎつつ、復讐の機会を窺っていたのだ。そして三月(みつき)前、ついに()の存在が我々の前に現れた。“蒼き魔獣”として!』


 いつの間にか広場はしんと静まり返っていた。


『“蒼き魔獣”の住処(すみか)は、北の“荒野”にある“果ての祭壇”なり。すみやかにこれを討つべし。宰相ホゥの助言を受けた我らが“賢王”は、ボスキン王国騎士団長に対し、“蒼き魔獣”討伐の命を下された。だが』


 声のトーンを落としつつも、はっきりとした口調でハチコは告げた。


『アルシェの街より“荒野”へ向かったところで、王国騎士団は、その消息を絶ったのである』


 ざわりと、人々がざわめいた。


『その後、アルシェの街より、“荒野”から万を越す魔獣の大群が現れたという報告がもたらされた。魔獣たちの群れは南へと進み、現在、ペルゼンの街にまで迫っている。諸君、我らが“賢王”は隠しごとなどしない。あえて言おう。この国は今、未曾有(みぞう)の危機に晒されているのだと!』


 人々が互いの顔を見遣り、ぼそぼそと話し合った。ここに留まるのか、それとも逃げ出すのか。

 ざわめきが波のように広がっていく。声の波は重なり、渦巻き、一気に膨れ上がる。

 見えないたがが弾ける寸前、タバシカと呼ばれた女魔法使いが、ぱちんと指を鳴らした。


“艶火(えんか)”」


 広場内の篝火(かがりび)から一斉に、緑色の炎が吹き上がった。

 幻想的な緑色の火の粉を撒き散らしながら炎が収まると、波が引くかのように群衆はおとなしくなった。

 トゥエニは驚きを隠せなかった。

 今の現象は、魔法なのだろうか。

 ハチコが演説を再開する。


『魔獣の大群を操っているのは、邪神の化身たる“蒼き魔獣”。その力と残忍さは、諸君らの知るところであろう。だが、心配はいらない。()の魔獣にも弱点はある。それは、ここにおわすトゥエニ王女殿下の存在である。なぜゆえにメイル教団の残党が王女殿下を(かどわ)かそうとしたのか。なぜゆえに “蒼き魔獣”が王女殿下の身柄を要求したのか。彼らは恐れたのだ。代々、王家の娘にのみに受け継がれてきた、聖なる力を。邪神をも討ち滅ぼす、偉大なる力を!』


 再びタバシカが指を鳴らすと、今度は黄色の炎が吹き上がった。人々は希望の光を見出したかのように、互いに励まし合った。


『だがしかし。幼い王女おひとりで、神が与え(たも)うた試練を果たすことは、あまりにも厳しい。そこで我らが“賢王”は、王女殿下を“果ての神殿”へと導く勇者隊を結成することとした。“勇者”とは三つの力、すなわち正義と、国を愛する心と、魔法の力を兼ね備えた者のことである』


 それは違うとトゥエニは思った。“勇者物語”の主人公であるマルテウスは、確かに“勇者”になるための条件を三つの力としているが、具体的な内容は伝わっていないはず。


『それでは紹介しよう』


 ハチコがバルコニーの方に手を向けた。


『“土爪(つちづめ)”のバッツ!』


 短い髪を逆立てた男が、拳を突き上げた。


「知っているぞ。最強の魔法使いだ!」

「頼むぞ、バッツ!」

「見事、試練を果たしてくれ!」


 幾人かの声の後、歓声が上がった。


偽客(さくら)です」


 ぼそりとオズマが説明してくれたが、トゥエニは言葉の意味が分からなかった。

 歓声が収まるのを待って、ハチコは次の紹介に移った。


『“剛力(ごうりき)”のパウルン!』


 首に大きな輪っかをかけた大男が、腰に手を当てて優雅なポーズをとった。


「おお、こいつは頼もしいぞ」

「ヤツなら魔獣なんかひと捻りだ!」

「パウルーン!」

『“飛翔(ひしょう)”のテンク!』


 痩せぎすな男の両腕が巨大な翼に変化し、ばさばさと羽ばたいた。

 群衆はどよめきの声を上げた。


『“幻炎(げんえん)”のタバシカ!』


 妖艶な笑みを浮かべた女魔法使いが片手を上げると、そこから色とりどりの火の玉が飛び出し、夜空に放たれた。

 群衆は驚愕の声を上げた。


「あ、ずりぃぞ、お前ら!」


 文句を口にしたのは、一番最初に紹介されたバッツである。自分より目立たれたことが悔しかったらしい。テンクとタバシカはバッツをからかうような笑みを浮かべた。


『“不動(ふどう)”のフウリ!』


 ひとり生真面目な顔つきをした男は、憮然とした様子で佇んでいた。特別盛り上がることはなかったが、群衆の勢いは衰えない。

 ひと呼吸の間をおいてから、ハチコは最後の人物を紹介した。


『そしてぇ、彼らを率いるのは。勇者隊隊長、“万食(ばんしょく)”のオズマァッ!』


 ひらひらと手を振りながら、オズマが笑顔で声援に応えた。

 十分に熱気が高まったところで、ハチコは最後のまとめに入った。


『先日、謁見の間にて、トゥエニ王女殿下は高らかに宣言なされた。陛下、ご安心ください。必ずや“果ての祭壇”へとたどり着き、“蒼き魔獣”を打ち倒してみせますと。臣民諸君、“聖女”トゥエニ王女殿下の勇気と献身を称えよ! 我らが王国に、栄光あれっ!』


 とどめとばかりにタバシカが指を鳴らすと、篝火からひと際大きな火柱が上がり、(くれない)色の火の粉が舞い散った。数千もの人々から、城壁が震えるほどの歓声が沸き起こった。


「うぉおおおおっ!」

「王女殿下ぁああ!」

「トゥエニさまぁ!」

「この国をお救いください!」

「“聖女”さまに、祝福あれ!」


 広場にひしめき合う群衆が、バルコニーにいる少女に向かって手を伸ばしながら絶叫した。

 篝火に照らし出された人々の姿は、まるで亡者のように見えた。あまりにも異様な光景を前に、トゥエニは硬直していた。

 これは何だろう。いったい何が起きているのだろう。

 なぜ自分はここにいて、人々の期待を一身に浴びているのだろう。


「さあ、王女殿下。皆の声にお応えください」


 オズマに促されるままに、トゥエニは片手を上げた。ただそれだけの行為で、群衆の声はさらに膨れ上がった。


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