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岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第五章 真実と嘘
35/82

(1)

 抜けるような青空の下、王宮から突き出た尖塔(せんとう)の天辺に、黒首隊長オズマはいた。

 縁壁(ふちかべ)の上で頬杖をつき口元に締まりのない笑を浮かべながら、眼下の景色を眺めている。視線の先にあるのは、四方を城壁に囲まれた巨大な空間。慶事や祭事などの催し物がある時にのみ開放される王宮前広場だ。

 王家の威光を示す場所であるため、ゴミひとつ落ちておらず、雑草ひとつ生えていない。魔法によって修復された城壁や石畳もきれいなもの。今は無人である。

 だが彼の瞳には、別の光景が映し出されていた。

 広場内にひしめき合う数千もの人々。その上空で放たれた、炎というよりは閃光に近いブレス。城壁もろとも衛兵たちが焼き払われ、火の粉が飛び散る。一瞬の静寂の後、金切り声が響く。まさに阿鼻叫喚(あびきょうかん)。逃げ惑う人々のことなど歯牙にもかけない様子で、青い毛並みと角と翼を持つ獅子の魔獣は、ただ悠然とそこに佇んでいた。


「あれは、美しかったなぁ」


 まるで初恋の君を(しの)ぶような吐息を漏らしたオズマは、ふと頭上を横切る存在に気づいた。

 雲ひとつない青空の中に、黒い影がある。大空をゆっくりと旋回していたその影は、獲物に狙いを定めたかのように、オズマのいる尖塔に向かって急降下した。

 巨大な翼が風を切り、鋭い鉤爪が開かれる。

 まさに襲いかかろうかという寸前、影は翼を立てて急減速すると、縁壁の上にふわりと着地した。


「やあ、テンク。ご苦労さん」


 のんびりとした口調でオズマが声をかけた相手は、両腕に猛禽類(もうきんるい)の翼、両足に鉤爪(かぎづめ)を生やした異形の男だった。

 オズマの部下で、名をテンクという。


「わざわざお出迎えですかい、隊長」


 両腕と両足が不自然に(うごめ)いて、人のものへと変化する。靴は履いておらず、裸足のままだ。


「目下のところ、どこもかしこも情報不足でね。王宮内はてんやわんやさ」


 オズマは肩をすくめてみせた。


「便利屋の私なんかがうっかり顔を出すと、無理難題を押しつけられるからね。こういう時は、のんびり景色でも眺めていた方がいい」


 ズボンのポケットに手を突っ込むと、テンクは軽やかに縁壁から飛び降りた。


「ようするに、サボりですかい」

「待機も仕事のうちさ」


 二人は尖塔を降りると、中庭を横切って黒首隊の詰所(つめしょ)へ向かった。途中、何人かの役人たちとすれ違う。彼らは二人の首の部分に目を向けると、眉を(ひそ)めるようにして走り去っていった。

 日当たりも水はけも悪い王宮の隅地(すみち)。倉庫を改装して作られた詰所には、黒首隊のメンバーが待機していた。テンクを入れて五名。全員が第一級魔法使いの(あかし)である黒色の首輪を身につけている。


「やあ、みんな。待たせたね」


 オズマはテンクに命じて、偵察の結果を報告させた。魔獣から得た飛行能力を使って、テンクは王国第二の都市ペルゼンの様子を確認してきたのだ。


(うわさ)通り、ペルゼンの街は魔獣の群れに包囲されていましたぜ。ざっと見たところ、魔獣の数は千体以上。ありゃあ長くはもたんでしょうな」


 今のところ籠城して耐えてはいるが、外壁をよじ登る魔獣もおり、すでに大きな被害が出ているという。


「ペルゼンの街がそれじゃあ、ふっ。アルシェの街は落ちたんじゃない?」


 爪の手入れをしながら意見を述べたのは、派手な化粧をした大男、パウルンである。布を巻きつけたような個性的な服装で、首輪が不自然に大きく、まるでネックレスのように垂れ下がっている。


「つまり」


 浅黒い肌を持つ禿頭の男、フウリが憮然とした顔で断言した。


「アルシェの街から出陣した王国騎士団も、全滅したということだ」

「ぷっ」


 机の上に足を投げ出していた若者が、腹を抱えて笑い出した。


「ぎゃっはっは。あいつら、ざまぁねぇや!」


 短く切りそろえた髪は逆立っている。三白眼で目つきが悪く、口も悪い。名をバッツという。メンバーの中で一番若いくせに一番態度が大きいのは、彼が最強の魔法使いであることを自認しているからだ。


「高貴な血統だぁ? 王家への忠誠心だぁ? そんなもん、クソの役にも立ちやがらねぇ!」

「アンタねぇ」


 唯一の女性であるタバシカが、頬杖をつきながらため息をついた。髪を高く結い上げ、どこか踊り子を連想させるような扇情的な衣装を身につけている。


「今の状況、分かってる? いずれ王都(ここ)にも魔獣の群れが襲いかかってくるんだけど」

「ふん、知るかよ。弱い奴らが死ぬだけだ」


 国の(ろく)()む身としては不謹慎極まりない発言だったが、隊長であるオズマを含め、誰も(とが)める者はいなかった。魔法使いというだけで(さげす)まれてきた彼らである。国や民を守ろうという気概など、さらさらない。


「それで隊長、どうするんで? いっそのこと夜逃げでもしますかい?」


 茶化すようなテンクの問いかけに、オズマは首を振った。


「残念だけど、“蒼き魔獣”を倒さなければ我々に先はないよ。ここで逃げ出したら、王国は敗北の責任を我々に押しつけてくるだろう。魔法使いの立場は地に落ちて、さらに生きづらくなるだけさ」


 血気盛んなバッツが挑むような目つきになった。


「騎士団が取り逃した獲物を仕留めれば、オレたちの勝ちだ。もう誰にも文句は言わせねぇ」


 若者の自制を促すかのように、フウリが指摘する。


「“蒼き魔獣”は“荒野”の果てにいるという。近づくだけでも困難を極めるだろう」

「ほとんどの魔獣が“荒野”から出てきたんでしょ。逆に向こうは手薄なんじゃないかしら?」


 パウルンの見解に、タバシカがそもそもの疑問を呈した。


「仮に“蒼き魔獣”を倒したとして、この騒ぎがおさまるわけ?」

「さて、どうだろうね」


 視線を受けて、オズマが他人事のように答えた。


()の魔獣が原因のひとつだと、考えられてはいるみたいだけど」

「とりあえず、ぶっ殺してから考えればいいじゃねぇか」

「はぁ、バッツちゃんは単純ね」

「んだとおっさん、てめぇ、やるか!」

「上等だ。小僧!」

「やめなさいよ、暑苦しい」


 様々な意見は出たものの、実働部隊である彼らに決定権はない。結局のところは上の指示待ちということで落ち着いた。


「すべての情報は今、ホゥ老師のもとに集まっているからね。頭のいい人だから、対策は考えてくれるでしょ」


 話をまとめたオズマに、今さら思い出したかのようにバッツが伝えた。


「そういえば、さっきクソじじいの使いが来てよ。隊長のこと呼んでたぜ。サボってないですぐに部屋に来いってさ」


 オズマは真顔になると、()ねたように呟いた。


「そういうことは、早く言ってよ」


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