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岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第四章 魔獣襲来
31/82

(5)

 ルォの新しい一日の工程は固まりつつあった。

 朝、()が顔を出す直前に、ルォは“星守”の集会所前に来る。


「おはようございます」

「おう、ルー坊来おったな」


 井戸の周りでは、上着を脱いで上半身裸になった運搬隊が木刀を片手に待っている。朝の訓練で木刀を振るのだ。


「上段振り下ろし! いちっ」

「せい!」

「にっ」

「せい!」


 ガンギの掛け声に合せてルォも木刀を振る。

 朝の訓練にルォを参加させようと提案したのは、運搬隊の老人たちだった。

 “星守”の会議の場で彼らはこう主張した。

 見張り番は体力勝負。身体を鍛えなくては風で吹き飛ばされてしまうかもしれない。ルォが成長したあかつきには運搬隊に入るのだから、今のうちに慣れておいたほうがよい。だいたい腑分け担当ばかりずるいではないか。この条件が受け入れられない場合、我らはルー坊にこっそり差し入れをする。

 あまりの必死さにテレジアも呆れ果て、ため息とともに妥協することになったのである。

 そのような経緯などルォは知らなかったが、これも仕事だと思い、言われた通りに木刀を振っている。

 朝の訓練が終わると、老人たちは井戸水を頭から浴びて身体を洗い流す。ルォは汗をしっかりと拭いて、風邪をひかないようにする。

 それから朝食だ。メニューはパンとチーズとスープという軽いもの。栄養が偏ってはいけないと、ルォには特別にサラダがつく。


「ルォ君、壁の上は寒いから、無理をしてでもいっぱい食べておくんだよ。水分補給も大切だ。スープのお代わりはどうだい?」


 ルォの体調に一番気を配っているのは、おそらく帳簿担当のハマジだろう。運搬隊の道具を修理に出し壊れかけた荷馬車を無理やり新調したために、現在“星守”の財政は火の車だった。ルォがくしゃみをすれば“星守”が倒れると、なかば本気で語っているくらいだ。

 もちろんそういった事情もルォは知らない。

 食事を終えると、クロゼに身だしなみをチェックされる。


「ルォ君、後ろ向いて。ほら、寝癖がついてる」


 (くし)で髪をすいてもらい、ようやく合格をもらう。


「いってきます!」

「はい、いってらっしゃい」


 外壁の上には何人かの見張り番がいるが、彼らは昇降塔の近くに陣取ることが多い。狼煙を見つけてすぐに運搬隊に知らせるためだ。ルォの定位置は昇降塔から一番遠い場所だった。外壁の縁壁(ふちかべ)の上に胡座をかいて座り、“荒野”のある北の空を眺める。


「おい、ルォ!」


 時おり見張り番仲間のタキが来て、ルォに話しかけてくる。オレの舎弟になる決心はついたかとか、お前も男なんだから女なんかと一緒に風呂に入るなとか、よく分からない話ばかりだ。


「それから、最近“一番乗り”が多いからって、調子に乗るんじゃないぞ」

「うん、分かった」


 なぜか悔しそうな顔でタキは去っていく。

 “荒野”に狼煙が上がると、ルォは昇降塔の螺旋階段を使って地上に降りる。壁から飛び降りないのは、魔法を他の人に見られてはいけないと教えられたからだ。

 ルォの動きを察知すると、タキや他の見張り番たちは焦り出し、自分の持ち場から“荒野”の空を必死になって確認する。どこに狼煙が上がったのか、自分たちより年下の子供に聞くことはプライドが許さないようだ。


「たいちょー、煙、出た」

「色は?」

「黄色」

「“中物(ちゅうもの)”だな。場所は?」


 狼煙が上がった位置をルォが地図で指し示すと、ガンギが出動するかどうかを決める。

 運搬隊が“荒野”に出るのは一日に一回だけ。“荒野”には特徴的な気候や地形を持つ領域がでたらめに配置されており、棲息している魔獣たちの種類も異なる。ルォが見張り番になってからは、よりよい魔獣を狙う余裕が出てきた。


「“朱砂湖(しゅさこ)”か。出よう。先輩方を呼んできてくれ」


 ルォが馬小屋に顔を出すと、ピィとミィがよだれを撒き散らしながら騒ぎ出す。

 これは喜んでいるのだと、ガンギが教えてくれた。

 ピィとミィは他の河馬馬(かばうま)と比べても体が大きく、脚も速い。何よりも走ることが大好きだ。しかし“後追い”をする時には、前を行く他の運搬隊の荷馬車を追い抜いてはならないという決まりがあり、速度を調整する必要があった。

 だが、今は違う。


「お前が来ると“一番乗り”を目指して荒野街道を思い切り走れる。そのことを分かっているのだろう」


 土煙を立てながら出動する運搬隊を見送ってから、ルォは“星守”の掃除や洗濯を手伝う。それほど忙しくはない。クロゼやスミたちとお茶を飲みながら話をしたり、お裁縫を習ったりもする。

 昼食をとった後は、お昼寝だ。

 クロゼのベッドを借りることになったのは、理由があるそうだ。マァサ曰く「あの子も、ようやく部屋の掃除をするようになったわ」とのこと。顔を真っ赤にしたクロゼが「ちゃんとやってるわよ!」と反論したが、マァサは取り合わなかった。淑女たるもの、いつどこにいても誰かに見られているという意識が必要なのだという。

 昼寝が終わると、勉強の時間である。

 最初は教本にある文字の書き取りだった。これはとても簡単な作業だった。ページにある()()をすべて書き写すだけ。


「できた」


 マァサは戸惑ったような顔をした。


「あの、ルォさん。文字だけでいいのよ」


 教本の文字には大きさやバランスを表すための枠や内線があり、これは書き写す必要がないのだという。


「ごめんなさい」

「あ、謝らなくていいの。その、とってもお上手よ」


 マァサはもう一枚、獣皮紙(じゅうひし)を取り出して、同じものを書けるかと聞いてきた。今度は教本を見ずに書き写すと、マァサとテレジアが何やら深刻そうな顔で相談を始めた。

 算術も簡単だった。マァサが書き記した計算式と答えを覚えるだけ。答え合わせはマァサが計算式を読み上げてルォが答えるというもの。マァサが見覚えのない計算式を口にした時は、素直に「見てない」と答えた。マァサとテレジアは再び相談をした。


「これはもう、片っ端から覚えさせるしかないね」


 と、テレジアが呆れたように言った。

 夕暮れ前に勉強は終わる。ハマジから一日分の給金を貰い、“荒野”から戻ってきたガンギやベキオスたちに挨拶をして、仕事は終了だ。

 一度家に帰り“(かまど)の部屋”で火を起こしてから、ルォは中央市場へ出かける。お気に入りの店は変な(ひげ)を生やした店主のいる香辛料の店と、薪屋(たきぎや)、そして色鮮やかな石を加工した置物を売っている飾物屋(かざりものや)だ。

 十日に一度は郵便屋で手紙を出し、月に一度は役所に出向いて生活報告書を提出する。

 家に帰るとお風呂に入り、中央市場で買ったり貰ったりした果物や料理を食べて、石のベッドで眠る。

 お金は増えも減りもしない。

 変化がない。

 それはうまくいっている証拠だと、ルォは思った。


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