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岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第二章 魔法使いと壁の家
17/82

(9)

「じゃあな、ルー坊よ。がんばれよ」

「ありがと、ベキオスおじいちゃん」


 ルォがお礼を言うと、老人の目が細まり、口元が緩んだ。少し浮かれたような足取りで、ベキオスはゆっくりと離れていく。その途中でくるりと振り返った。


「お、そうじゃ。このことは他の者には内緒じゃぞ。特に、ガンギのやつにはの」

「うん、分かった」


 ベキオスからもらった焼き菓子を、ルォは頬張った。

 甘い。

 しばらくすると、チャラがやってきた。


「ルー坊や。元気にしとるかや?」

「うん」

「相変わらずここは風が強いの。風邪をひいては大ごとじゃ。これを飲むとええ」


 差し出されたのは殻のついた木の実だった。温かい。一度焼いて少し冷ましてあるようだ。


「なにこれ?」

「カッカルの実じゃ。ほれ、上の方に穴が空いておるじゃろ?」


 チャラは中が空洞になった植物の茎を、その穴に刺した。中には甘い果肉があり、熱を加えるとどろどろに溶けるのだという。

 ルォはすすってみた。

 甘い。


「ありがと、チャラおじいちゃん」


 老人は目を細めて、おどけたように笑う。


「ひょっ。なぁに、礼には及ばんぞい。頑張ってるルー坊への、わしからのご褒美じゃ。ああ、しかしの。このことは――」


 外壁の上で見張り番をしていると、運搬隊の老人たちがひっきりなしにやってきて、お菓子や果物や温かい飲み物をくれる。そして最後に、他の者には内緒だと口止めするのだ。

 “星守”の人たちは、へんだった。

 クロゼはルォのことをとても心配する。顔を合わせるたびに「危ないことはしちゃだめ!」と注意してくる。そういう時のクロゼは迫力があるので、逆らうことができない。

 隊長のガンギは、顔は怖いが怒ったりしない。短い言葉でたくさん指示を出してくる。仕事の時の返事は「うん」ではなく「はい」だ。

 運搬隊の老人たちは、お菓子や温かい飲み物を持って壁の上にやってくるし、腑分け担当の老婆たちも、帰りがけに果物などをこっそり渡してくる。おかげでいつもお腹がいっぱいだった。

 “星守”の仕事もへんだった。

 外壁の上から煙を見つけて、色と場所を報告するだけ。それはルォにとってとても簡単なことだった。危険もないし、甘い食べ物や飲み物ももらえる。しかもお給金まで出る。もう少しで終わりになるのが残念だった。


「おい、お前!」


 低く唸るような声をかけてきたのは、ルォと同じような格好をした少年だった。どこか懐かしい感じがした。村でもこんな感じで年上の少年たちが絡んできたのだ。


「名前は?」

「ルォ」

「何歳だ?」

「十歳」

「ガキだな」


 子供相手の会話は先が読めない。だが、たとえ心が怯んでも、逃げ出さないことはできる。


「オレは、タキ。“新鮮部位(しんせんぶい)”の見張り番だ」


 知っている。クロゼから何度も注意されていた。


「いいか、よく聞けよ」


 ルォよりも大きな少年、タキは言った。

 “星守”はもう終わりだ。じじいばっかりだし、人数も少ないし、荷馬車はボロい。その点“新鮮部位”は違う。ここ数年、人は増え続けているし、ずっと売り上げトップを走っている。


「俺もすぐに見張り番を卒業して、運搬隊に入る。そうしたらもっと活躍して、“星守”を取り込んでやる。吸収合併ってやつだ」

「きゅーしゅーがっぺ?」


 聴き慣れない言葉だった。


「ジジイたちは全員クビだが、クロゼは雇ってやってもいい」

「クロゼお姉ちゃんを、雇うの?」

「そうだ。なんならお前も来るか? 俺に忠誠を誓うなら、“新鮮部位”の見張り番として推薦してやってもいいぜ」


 よく分からなかったが、クロゼは嫌がるだろうとルォは思った。


「クロゼお姉ちゃん、タキのこと言ってた」

「え?」


 一瞬、タキは真顔になった。


「嫌いだって」


 タキは仰け反った。


「う、嘘をつくな!」

「ついてない」


 ルォはタキにクロゼが口にした言葉を正確に伝えた。

 昔は可愛かったのに生意気になった。“星守”の悪口ばかり言うから、嫌い。タキは意地悪だから近寄ってはだめ。目を合わせてもだめ。ルォ君はあんなふうにならないでね。


「お、お、お前に、クロゼの何が分かる!」

「クロゼお姉ちゃんは」


 ルォは少しだけ考えた。


「母さんみたい」


 すぐに心配して、いっぱい注意してくる。


「は?」


 もう少し考える。


「それと、お風呂が好き」


 先日のことである。

 クロゼはルォの家の初めてのお客さまになった。昔、母親がそうしていたように、ルォは“一番いいお茶”を出して、おもてなしをした。するとクロゼは家の中を案内して欲しいと言ってきた。まだ色付きの石が足りず家作りは途中だったが、ルォは案内することにした。

 そして“お風呂の部屋”を見たクロゼは、石のように固まってしまったのである。両手の拳をぎゅっと握り、歯を食いしばっていた。

 他人(ひと)機微(きび)に疎いルォだったが、これは分かった。確かにお風呂は気持ちがいい。父親が言っていた通り、仕事の疲れも一発で吹き飛んでしまう。


『いっしょに入る?』

『ルォ君』


 誘ってみると、クロゼはルォの両肩に手を置いて、かっと目を見開いた。


『ちょっとだけ、待ってて!』


 ものすごい勢いで家を出て行ったクロゼは、すぐに戻ってきた。そして床の上に陶器製の容器をいくつも並べ出した。中身は花の香りがする水や、石鹸(せっけん)を溶かした水や、ぬるりとした油のようなものだった。なぜ分かったのかというと、クロゼがルォの身体に塗りたくったからである。お風呂は浸かるものだと思っていたのだが、クロゼに言わせるとそれだけではないらしい。結局ルォは泡だらけになり、ぬるぬるになり、花の匂いがついた。

 散々な目にあったルォだったが、クロゼはとても嬉しそうだった。浴槽につかっている時には低く大きな声を出しながら息を吐き、ルォの頭を洗っている時には鼻歌を歌っていた。

 だから、ルォも嬉しかった。


「な、な、な」


 お風呂でのクロゼの様子を話すと、タキはなぜか動揺したようによろめいた。


「いっしょに、風呂に入った、だとぉ?」

「うん」


 タキは俯くと、ぶつぶつと呟き出した。

 その時、北の方角に狼煙が見えた。

 煙の色は緑色。確か“小物(こもの)”だ。


「お、お前、なんかに」


 正確な位置を確認して、ひょいと縁壁から飛び降りる。


「お前なんかに、負けねーからなっ!」


 タキの叫び声を、ルォは聞いていなかった。


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― 新着の感想 ―
[一言] じじばばにモテモテですね(´∀`*)
[良い点] ドーラの海賊船でのシータのようなルゥちゃんのモテ具合(*^^*)
[一言] そういやルォの性別が明示されてない?女の子の可能性もあるのか。
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