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岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第二章 魔法使いと壁の家
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(8)

「な、何これ?」


 そこは、意外なほど広い空間だった。

 壁の中だというのに、明るい。

 テーブルと椅子がある。壁際にはソファーと暖炉がある。戸棚には奇妙な形をした石の人形が飾られている。

 そして、窓があった。

 思わずクロゼは窓に駆け寄った。

 ガラスではない。


「透明な、石?」


 まるで水晶のような鉱物の板がはめ込まれているようだ。

 窓の外には見慣れた“壁外”の景色が広がっていた。集会所の赤いテントが見える。

 まさか、こんなに近くに住んでいたなんて。

 驚きのあまり声も出ない。

 部屋の床面には、微妙に色彩のことなる四角い石畳が敷き詰められていた。天井や柱は木材、と思いきや、茶色の石だった。年輪のような模様まで入っている。壁は漆喰(しっくい)のような色をした、やはり石だった。


「クロゼお姉ちゃん、座って」


 ルォが椅子を引いてくれたので、言われるがままに腰を下ろしてしまう。


「あ、ありがとう」

「ちょっと待ってて」


 そう言ってルォは、隣の部屋へと姿を消した。


「この椅子も、石でできてる」


 表面が滑らかなので、座り心地は悪くない。脚は細く優美な曲線を描いており、背もたれには細かなレリーフが施されていた。どうやって削り出したのだろうか。

 何気なくテーブルの上に手を置いたクロゼは、違和感を覚えた。


「レース、じゃない?」


 白色のテーブルの表面は、冷たく硬質な触感だった。


「レース模様の石なんだわ」


 何が本物で何が偽物なのか、分からなくなってしまう。

 しばらくすると、ルォがカップを乗せたトレイを運んできた。


「どうぞ」


 テーブルの上に、草花の模様が施された白いカップが置かれる。

 中身はお茶のようだ。


「あ、ありがとう」


 まさかと思ったが、カップが重い。

 陶器製ではなく、これも石製だ。持ち手の部分は薄くて細い。草花の模様も細かい。

 頭が変になりそうである。

 頭の中をぐるぐると渦巻く疑問は、お茶に口をつけた瞬間、吹き飛んだ。


「あ、すてきな香り」


 果実とも違う。花の香りとも違う。


紫苔(むらさきごけ)


 ルォが教えてくれた。


「むらさき、ごけ?」

「うん。少しだけ、とっておいた」

「そ、そうなの」


 碧苔(あおごけ)という高価な香辛料なら知っているが、紫苔というものは聞いたことがない。それにしてもよい香りだった。得も言われぬという表現がぴったりである。

 ほっとひと息ついたところで、クロゼは我に返った。


「ここが、ルォ君の家なの?」

「うん」


 向かいの席に座ったルォは、両足をぶらぶらさせている。


「近くに住んでいたのに。こんな家があるだなんて知らなかったわ」

「この前、つくった」


 もはや常識は通用しない。クロゼは認めることにした。

 この子は、とてつもない力を持った魔法使いなのだと。

 最初に出会った日。外壁の上からルォが飛び降りた時に、おかしいと思っていた。すぐに問い詰めなかったのは、魔法使いが己の力を隠そうとすることを知っていたからだ。ルォであれば素直に教えてくれるような気がしたが、幼い無邪気さにつけ込むような真似を、クロゼはしたくなかったのである。

 しかし、もう好奇心が限界だった。


「ルォ君のお(うち)、案内してくれる?」

「うん、いいよ」


 まずはリビングの隣のキッチン。当然のことながらここもすべて石造りだ。


「包丁も食器も、やっぱり石なんだ」

「家のとおんなじやつ」


 シンクの上には、細長い突起がふたつ飛び出ていた。突起の先には木の(せん)がはめ込まれている。


「これは?」

「水とお湯」


 許可を得て栓を抜いてみると、確かに水とお湯が出てきた。これは便利だ。どういう仕組みなのかと聞くと、壁の中を流れている水を引っ張ってきているのだという。お湯は上の部屋で沸かしているらしい。

 さらに階段を上ると、そこはルォの寝室だった。

 当然のようにベッドは石でできていた。寝心地についてはかなり不安に思える。不思議なことに、この部屋は壁の半分だけが木目調の模様がついており、残りの半分はただの石肌だった。まるで塗り残しのような感じを受ける。

 寝室の上は“物置部屋”だと言う。道具類はなく、様々な色と形をした石の造形物が詰め込まれていた。ルォは先ほど中央市場で買った銀色の置物を、その中に積み上げた。


「部屋に飾らないの?」

「いらない」


 ならば、どうして買ったのか。

 物置の上にはふたつの部屋が並んでいた。片方は“(かまど)の部屋”。暖炉のような窪みがあり、焚芋虫(たきいもむし)という魔獣から取れる脂炭(したん)が燃えていた。郵便屋に出かける前に火をつけたのだという。留守中に燃やすのは危ないような気もしたが、この部屋には他に何もない。

 もう片方は“お風呂の部屋”。名前の通り、大人が三人ほど入れそうな浴槽があった。壁からはキッチンと同じような突起がふたつ飛び出ている。ルォが片方の木の栓を抜くと、勢いよくお湯が流れ出した。


「あちち」


 ルォはもうひとつの木の栓を抜いて、水を混ぜた。浴槽の中にちょうどよい感じのお湯がどんどん溜まっていく。

 その様子を、クロゼは固唾(かたず)を飲んで見守っていた。

 お風呂はこれ以上ないくらいの贅沢品である。“壁内”には共同浴場もあるのだが、当然のことながら利用料金がかかる。破産寸前の“星守”の女たちが気軽に利用できる場所ではない。

 どうせ人は多いし、腰までしか浸かれないし、お湯だって熱くもない。たらいのお湯に布を浸して身体を拭いた方がましだとクロゼは強がっていた。

 でも、本当は――


「たっぷりのお湯に、肩までつかる」


 ルォがお風呂の説明をした。


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