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岩壁のルォ  作者: 加茂セイ
第二章 魔法使いと壁の家
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(7)

 最近の“星守”の食事は贅沢になっている。味が薄く具も少なかったスープには、たっぷりと肉や内臓が入り、塩気も増している。パンはよい小麦を使った柔らかなもの。それに、バターまでついている。月に一度あればよいくらいの献立が、毎日食べられるようになったのだ。

「これも、みんなルォ君のおかげです」

 夕食の席で、クロゼは力説した。

 赤いテントの集会所は食堂にもなる。中央の丸いテーブルを囲み、みんなで食事をとるのだ。“星守”の全員が集まっていた。代表のテレジア、父親のガンギと母親のマァサ、運搬隊のベキオス、チャラ、ボン、トトム、腑分け担当のスミ、ヌラ、モリン、そして帳簿担当のハマジである。


「彼が望むのであれば、契約を更新すべきだと考えます」


 “星守”は閉鎖的な組織だ。部外者であるルォへの風当たりは強い。特に代表を務めるテレジアは、ルォのことを魔法局が“星守”を監視するために派遣したスパイだと疑っていて、毎回少年の様子をこと細かに聞いてくる。そのたびにクロゼはルォを擁護してきたのだが、あまりにもむきになりすぎて逆に説得力を失っていることに、彼女自身気づいていなかった。


「ルォ君は、とても目がいいんです。どんなに遠くの狼煙も決して見逃さないわ。こんな優秀な見張り番を、他の解体屋が放っておくはずがありません」


 契約が切れたら引き抜かれるとクロゼは暗に警告したのだが、あっさりとガンギに論破された。


「その心配はないだろう。好き好んで魔法使いを雇う者など、誰もいない」


 悔しいことにその意見は的を射ていた。テレジアが指先を動かす。肯定を意味する仕草だ。


「よろしいですか?」


 人の良さそうな老紳士、ハマジが手を挙げて発言した。


「帳簿担当としては、彼を手放すのは惜しいと考えます」


 もとは運搬隊の一員だったが、仕事中の事故で膝を壊してからは、帳簿担当として“星守”の経理全般を取り仕切っている。


「皆さんもご存知の通り、いくつかの仕事道具がすでに寿命にきておりまして。騙し騙し使ってきましたが、そろそろ限界でしょう。また、荷車の車輪や金具も劣化しています。これもすぐに取り替えませんと。運搬中に事故でも起きたら、大ごとですから」


 これは心強い援軍だった。ハマジは穏やかな老紳士で、テレジアからの信頼も厚い。


「ですが、彼には謎が多い」


 ガンギがまた余計なことを口にした。


「いくら“星守”の収益が上がるからと言って、無条件で信じるわけにはいきません」


 テレジアが大きく頷いた。


「いや、それなんじゃがな」


 運搬隊のベキオスが、気難しそうな顔で言った。


「わしもルー……あの少年を疑っておってな。見張り番をしている時に、それとなく探りを入れてみたんじゃ」


 わざわざ外壁の上に登って話をしたらしい。


「田舎の村から出てきたばかりと言っておったぞ」


 おどけたようにチャラが主張した。


「ひょっ。わしも厳しく詰問してやったぞい。あやつめ、とうとう白状しおった。何でも、生まれ育った村で苔取り屋をしとったらしいの」


 ボンがテーブルを叩いた。


「おう、わしも聞いた聞いた。いくらとぼけたところで、わしの目は誤魔化せん。彼奴(きゃつ)め、この街に来たばかりで、ひとり暮らしをしているらしい。まったく、ろくに飯も食っておらんのではないか?」


 両腕を組みながら、トトムが眠そうに言った。


「あー、少なくとも、嘘はついておらんだろ? なにせ、郵便屋のことも知らんかったくらいじゃ。やつの信頼を得るためにの、あえて教えてやったわ」


 どうしてみんなそんなに疑い深いのかと、クロゼは歯噛みした。

 ガンギはさらに冷淡だった。


「どちらにしろ、子供が勝手に言っていること。信憑性(しんぴょうせい)に関しては疑わしい部分があります。誰かに言わされている可能性も捨てきれません」


 老人たちがそろって顔をしかめた。

 先を続けるようにと、テレジアが促した。


「このまま契約期間が過ぎれば、それでよいというものでもありますまい。場合によっては、審問する必要もあると考えます」

「そんな、ひどい!」


 思わずクロゼは立ち上った。頑固な父親だとは思っていたが、それでも信じていた。それなのに、あんな素直でいたいけな少年を疑うだなんて。


「いいわよ。みんながそんなふうに言うのなら」


 勢いに任せて、クロゼは啖呵(たんか)を切った。


「私が、ルォ君の無実を証明してみせるわ!」


     ◇


 運搬隊の出動は、一日に一回だけ。

 朝の早い時間にルォが狼煙を見つけると、お昼過ぎには運搬隊の仕事が終わってしまうこともある。ガンギはピィとミィの世話があり、老人たちは道具類の手入れをしたりするが、ルォはお役御免となり、ハマジから給金をもらうと、北門から“壁内”へと帰っていく。


「クロちゃん、クロちゃん。あの子、行ったわよ」


 その様子をテントの陰から観察しながら、スミが合図した。


「ごめんなさい」


 腑分け担当の仕事はまだ残っている。しかし、クロゼのことを孫娘のように可愛がっている老婆たちは、喜んで送り出してくれたのだ。


「あの子は絶対に悪い子じゃないよ」

「さ、見失わないうちにお行き」


 ヌラとモリンが促す。


「ありがとう」


 クロゼもまた、ルォの後を追って北門へと向った。

 そして、いきなりその姿を見失った。

 “壁内”に入ってすぐのところ。人気のない壁沿いの細道である。

 おかしい。一本道だったはずなのに。

 近くをうろうろしていると、軽やかな足音が聞こえた。

 反射的に物陰に隠れる。

 ルォだった。

 いつの間にか少年は大きなリュックを担いでいた。どこかに隠していたのだろうか。

 今度こそ見失わないように、クロゼは慎重に尾行を開始した。

 とても褒められた行為ではなかったが、これもルォのためだとクロゼは自分に言い聞かせていた。ルォの無実を証明するためには、彼の行動を密かに確認して、みんなに報告するしかない。

 物陰に隠れながら、クロゼはやきもきしていた。どうにもルォは街を歩き慣れていない感じがする。保護者たる大人としては、手を繋いで誘導すべきなのだろうが、あいにく今は飛び出すことができない。

 ルォが向かった先は、郵便屋だった。

 そういえば、夕食の時に運搬隊のトトムが言っていた。ルォは郵便屋も知らなかったから、教えてやったのだと。

 ルォは手紙を出しに来たようだ。

 やはり慣れていないらしく、きょろきょろしている少年に、親切な女性の職員が声をかけた。かなりの美人だ。丁寧に出し方を教えてくれている。顔を真っ赤にしながらルォがお礼を言うと、微笑みながら頭を撫でた。


「私に相談してくれたら、教えてあげるのに」


 どことなく釈然としない。

 それにしてもどこに手紙を出したのだろうか。まさかとは思うが“星守”の情報をどこかに知らせているとか。

 郵便屋を出たルォは、中央市場へと向かった。この街で一番人が集まる場所である。食材や生活用品でも買うのかと思いきや、ルォが立ち寄ったのは、市場の端にある怪しげな露店だった。派手な服を着た店主に誘われるがまま、ルォは石を削って作ったらしい銀色の置物を購入した。素材は銀ではなく、まがい物の鉱石だろう。

 完全に無駄遣いである。


「何も知らない子供に、あんなガラクタを売りつけるなんて!」


 ルォを追いかけながら、クロゼは露店の店主を睨みつけた。

 その後、ルォは北門の方へ戻っていく。

 街の中を周回している巡回馬車(じゅんかいばしゃ)を使えばもっと楽に行動できるはずだが、乗り方を知らないのかもしれない。


「え?」


 外壁近くの路地裏で、再びクロゼはルォを見失った。

 おかしい。一本道だったはずなのに。

 見失った先を歩いてみる。

 行き止まりだった。

 左右は高い石垣、正面は外壁に囲まれており、朽ちかけた木材や砕けたレンガなどが放置されている。日当たりが悪く人影もない。あまり長居したい場所とはいえなかった。


「クロゼお姉ちゃん」


 はっと振り向くと、石垣の上に少年が腰掛けていた。

 ルォである。

 大きなリュックを担ぎながらよじ登れるとは、とても思えない高さだった。

 少年は無造作に飛び降りると、音も立てずに着地した。

 一瞬、地面が虹色に輝いたように見えた。

 また()()()()を使ったようだ。


「何してるの?」


 特に怒った様子もなく、少年は不思議そうに聞いてくる。

 内心、クロゼは動揺した。

 尾行していましたとは言えない。


「ル、ルォ君のお(うち)に、遊びに来たの」

「本当?」


 とっさについた嘘と無邪気に驚く少年の顔に、じわじわと罪悪感が沸き起こる。


「いらっしゃいませ」


 小さな魔法使いの家は、壁の中にあった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 爺ちゃん婆ちゃんたちめっちゃ可愛がってるの、クロゼちゃん気づかないでぷんすかしてるの見て、爺ちゃんたち内心ニッコニコじゃんね
[良い点] 老人達なぜかジブリも思い出した。
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