(4)
「このままじゃ、じり貧よ!」
強い口調で、クロゼは主張した。
“星守”のおもな活動拠点となっている赤いテントの中、集会所である。
集会所には大きな丸いテーブルがあり、そこに四人の老人が腰をかけていた。全員が六十代で、名前をベキオス、チャラ、ボン、トトムという。他にはクロゼと彼女の父親であるガンギがいたが、二人は立ったままだ。
老人たちは疲れたようなため息をついた。
「そうは言うてもな、クロゼよ」
「わしらの本分は、商売ではないぞい」
「さよう。そもそも“星守”に部外者を入れるなど、とんでもないことだ」
「まぁ、そんなに焦らんでも、のぅ?」
保守的な老人たちは、クロゼの提案をやんわりと否定した。
表向きの“星守”の仕事は、解体屋である。“荒野”で魔獣狩りが仕留めた魔獣を持ち帰り、解体し、市場へ流通させる仕事だ。表向きといっても開業から四十年近く続いているので、今となっては本業のようなものだし、業界では老舗のひとつといってよい。
かつては解体屋の中でもトップクラスの実績を誇っていた“星守”だったが、寄る年波には勝てなかった。この四十年間で補充された人員といえば、今年で十七歳になるクロゼのみ。彼女は腑分け担当であり、運搬隊に限っていえば補充なし。クロゼの父親である五十歳のガンギが最年少というありさまである。
このままでは“星守”を維持することはできない。だからクロゼは人材斡旋所に出向いて、見張り番を募集したのだ。
みんなには内緒で。
これまで幾度となく口にしてきた説明を、クロゼは繰り返した。
「いつも“後追い”ばかりじゃ、いい部位は手に入らないわ。他の解体屋が私たちのこと、なんて言ってるか知ってる? “老骨隊の骨拾い”よ。まったく、あったまきちゃう!」
互いに顔を見合わせると、老人たちは大笑いした。
「うまいこと言いよるわ。否定はできん」
「そのうち、わしの骨も拾ってもらわんとの」
「いったい誰が拾うんじゃ」
「そりゃあ、まあ。最後まで生き残ったヤツかのぅ」
老人たちは「わしじゃな」「いやわしじゃろ」と、騒ぎ出した。決してプライドがないわけではない。彼らの言う本分に関わることになると、別人のように厳格になる。笑っていられるのは、本当に大切なものを傷つけられていないからだろう。
だが、クロゼは思うのだ。
解体屋というだけで“壁内”の住民たちから敬遠されている上に、同業者たちからも揶揄されている。大切な使命のために、文字通り人生のすべてを捧げているのに。誰にも理解されることなく、反論することもなく、仲間内だけで笑い合いながら。
あまりにも惨めではないか。
彼女は自分の“家族”が馬鹿にされることが、我慢できなかったのである。
「と、に、か、く!」
クロゼは老人たちを黙らせた。
「今朝、斡旋所に行ったら、見張り番が決まったって報告があったの。こちらから募集しておいて追い返すわけにはいかないわ。それこそ“星守”の名誉の問題よ」
「クロゼ」
ずっと議論を見守っていたガンギが、ぼそりと言った。
「そういうことは、事前に私かハマジさんに相談しなさい」
「だって、反対されるに決まってるじゃない」
安易に部外者を入れられないという“星守”の事情を、クロゼは知っている。そもそも自分が生まれてきたのも、その事情が深く関係していた。“星守”の知識を絶やさないために、あえて戒律を曲げ、両親に子供を作ることを許したのだ。
ガンギは老人たちに頭を下げた。
「先輩方、申し訳ありません。先方には私からお詫びして、断らせていただきますので」
「お父さん!」
「その呼び方はやめなさい。何度も言っているはずだ」
父親は自分のことを名前で呼ぶようにと、クロゼに言いつけていた。戒律を破ったのは一時的なこと。クロゼは“星守”全員の子供だと主張しているのである。
「そんな。せっかく来てくれるのに」
その時、テントの出入り口が開いた。
「どうしたの、クロゼさん。そんな大声を出して。外まで響いていましたよ」
声をかけたのは、クロゼの母親であるマァサだった。父親と同じ年齢だが、とても若々しい。彼女は齢百近くになろうかという老婆の手を引いていた。
「テレジア局長。あまり出歩かれては、お身体に障ります」
老婆に対して、ガンギが気遣わしげに声をかけた。四人の老人たちも同様で、思わず腰を浮かす。
その動作を、老婆は手で制した。
マァサは老婆をテーブルに誘導すると、椅子に座らせた。
「今日は、お加減がよろしいようで。少し外の空気を吸いたいとおっしゃられて」
老婆の名はテレジアという。“星守”の代表を務めており、誰も頭が上がらない。
老婆は指先を複雑に動かした。
「何があったの、クロゼさん。説明なさい」
意訳したのはマァサだった。十年前、とある事情によりテレジアは言葉を失っていた。
「そ、その」
少しばつが悪そうに、クロゼは事情を説明した。
自分が正しいことをしていると彼女は確信していたが、やり方についてはもう少し考えるべきだった。少なくとも母親を味方につける必要はあっただろう。
テレジアは少し思案して、指先を動かした。
「あなたの気持ちは嬉しいけれど。やはり、今の段階でここに部外者の方を入れることはできないわ。大切な使命を果たすためにも」
「で、でも」
“星守”において、テレジアの決定は絶対。覆すことなどできはしない。
それでもクロゼは反論した。
「どんな使命だって、生活する糧を得られなければ、果たすことはできません。蓄えが底が尽きて食事にもこと欠くようになってしまっては、もうどうにもならない。それならば、今のうちに」
言葉が続かず、沈黙してしまう。
再びテレジアが指先を動かそうとした時、テントの出入り口が開いた。
「おやおや、みなさんここにいらしたの」
入ってきたのは、腑分け担当の老婆だった。名前をスミという。空気を読まない朗らかな性格であるスミは、にこにこ顔で報告した。
「可愛らしいお客さまがいらっしゃいましたよ。なんでも見張り番の仕事をしに来たとか。こんなに小さいのに、偉いわねぇ」
老婆の隣から、ひょこりと小柄な少年が顔を出した。
◇
完全に予想外の展開だった。
歳の頃は十歳くらいだろうか。背が低く痩せているので、もっと幼くも見える。
「ル、ルォです。だ、第四級、まほー……」
大勢の大人たちの視線を浴びた少年は、見るからにうろたえた。自己紹介は尻すぼみになってしまう。
まるで珍しい小動物でも見つけたかのように、スミがにんまりした。
「クロちゃん、クロちゃん。この子、魔法使いだわよ。すごいわねぇ。こんなに小さな魔法使い、あたしゃ初めて見たよ」
少年の首には真新しい首輪が嵌められていた。
その色は、緑。
魔法使いの等級は四段階に分かれており、首輪の色で見分けることができる。緑色は最下級である第四級魔法使いの証しだ。力が弱く、実用性も低い。
とはいえ、魔法使いというだけで警戒に値する存在だった。何しろ猛毒とされる魔獣の卵を食べてまで力を手にしようという、危険極まりない精神の持ち主なのだから。
運搬隊の老人たちがざわめいた。
なぜ子供がこんなところに。こんな小さな子供に見張り番など務まるのか。本当に魔法使いなのか。いったいどのような魔法を。客人を前に失礼なことだが、答えのない疑問をぶつけ合っている。
テレジアが指先を動かし、マァサが問いかけた。
「クロゼさん。契約期間はどれくらいなの?」
「あ、はい。とりあえず、ひと月です」
次なる指示に、マァサも戸惑いを隠せないようだった。
「その子を案内して差し上げなさい。それから、仕事の説明を」
「え? いいんですか?」
「こちらから募集をかけたのですから、きちんと応対するのが道理です。失礼のないように」
「はい。ありがとうございます!」
テレジアの気が変わらないうちにと、クロゼはスカートを摘んで素早く一礼する。
「こっちよ」
それから少年の手を取り、集会所を出て行った。
若者がいなくなった集会所は、疑念という名の沈黙で満たされていた。普段は陽気な老人たちも、怪訝そうな顔をしている。
「局長、よろしいので?」
老人のひとり、ベキオスが問いかけた。
「我らが忌むべき、魔を宿す者ですぞ」
テレジアはかっと目を見開いた。痩せ衰え声を失ったとはいえ、頭の回転が鈍ったわけではない。高速で指先を動かし、マァサが意訳した。
「魔法使いの管轄は、魔法局です。彼らが“星守”に対して、何らかの接触を持ってきたという可能性を否定することはできません。募集しておいて追い返すのは、不自然に過ぎるでしょう」
「ですが、あんな子供では。それに、第四級程度では何もできますまい」
「年齢や等級を、偽っている可能性があります」
誰もが息を飲んだ。黒首隊と呼ばれる特殊部隊を保有する魔法局が、どのような悪辣な手段でも用いることを、彼らは知っていたからだ。
指先を動かしながら、テレジアは鋭い眼光を年下の老人たちに向けた。
「そもそも人材斡旋所の求人には、“壁内”の住人の中でも身分の確かな者しか応募することができないはず。他にもよい仕事があるのに、わざわざ解体屋の見張り番などに応募する者などいないでしょう」
その通りだった。
魔獣を解体し食材や素材を流通させる解体屋は、街にとってなくてはならない存在だが、住人たちの中には偏見を持つ者も多い。それに、見張り番は過酷な仕事だ。
テレジアは苦しそうに口元を歪めた。
「“狂教徒の乱”より十年。これまで中央からの接触はありませんでしたが、王国の方針が常に一定とは限りません。彼らが“星守”の存在を嗅ぎつけ、尖兵を派遣してきたとするならば」
すべてを伝え終えると、ぜいぜいと息をつく。
「彼の者を観察し、その目的を見定める必要があります」




