第一話 狂乱の女神は下僕を許しはしない
お久しぶりです!
そして別作品
『転生したけど婚約者が邪魔だ!そうだ、親友と乙女ゲームごっこでざまぁしよう!!』
をご覧下さった皆様、ブックマーク&評価して下さった皆様、宜しければこちらの作品もお楽しみいただけると幸いです。
ーーー【勇者】ーーー
それは、魔王を倒し世界に平和をもたらす、世界を統べし女神アーシェリルに選ばれし存在。
強く、優しく、慈悲深き、善を尊び悪を許さぬ、人々の憧れであり何ものにも屈さぬ不屈の精神を持つ正義の象徴。
当代勇者マティアスは、第十二代目の勇者であり、金髪碧眼の王子然とした美しさをも併せ持つ。更には彼率いる勇者一行も、一体何の符号か総じて美形揃いである。
勇者一行は順調に旅を進め、7体いる魔王の幹部の内3体を既に討伐している。
旅を始め半年、歴代の勇者一行にはそこに至るまで一年以上かかった場合もあったことを鑑みると、比較的優秀と言えよう。
しかし、勇者一行の真実を知る者は、全くもってそうは思っていないのであるーーー
---------------------------------------------------------
「ああ、情けないーーなんと情けないのでしょうか、勇者よ……っ!」
勇者一行の真実を知る内の一人ーーいや、一柱である女神は、毎日の日課となりつつある、最早口癖と化してしまった恒例の言葉を叫んだ。
「どうしてどうして、人とは儘ならぬものよ……のう、そなたもそうは思わぬかえ、ルーファ!?」
天を仰いでもまだ足りない。この反応が大仰なものか。むしろこの程度で済む事に感謝されたい。
何と言っても自分が一番の苦労人、見事にハズレを引っこ抜いた可哀相な女神である。
「その事については全面的に同意ですが、マスター。失礼ながら申し上げます。地が出てしまっておりますので、お言葉遣いをお改めなさった方がよろしいかと。その様なお姿を誰かに見られては【調停の女神】の名が泣きます」
「ちっ……この糞イライラしている時にはその冷静さ、腹立ちますね」
「重ね重ね申し上げますマスター。口調を直されてもその品位を疑ってしまう言葉を使用なさらないで下さい」
「主に向かって品位を疑うなどと言ってのけるのは三千世界を探してもあなたしかいないと思いますよ」
「お褒めに預かり恐悦至極にございます」
「ほ、め、て、ねーー!!」
「おや、主を諌めることの出来る度胸ある下僕だと仰って下さったのかと思いました。間違った解釈をしてしまったようですので、契約の通りすぐに荷造りをして冥界に帰らせていただきまーーー」
す、と言い終わる前に女神はすっ飛んで、自称:下僕の、腹心の部下たるルーファの頭を、自分の管轄外の世界ーー異世界とも言うーーのツッコミ専用の道具【ハリセン】なる物で、思いっきりぶん殴った。
「いっ、ーーーーっ!!?」
痛みのあまり声すら出せず悶絶するルーファを力を少し緩めてべしべし叩く女神は頰をピクピクと引き吊らせる。
「百歩譲ってその慇懃無礼を許すとして、言っていいこととそうでないことの区別をつけてから冗談を言いなさい。
ーー妾はそれほど心の広い方ではないゆえの
その辺りも頭を使いなさいな、ルーファ。
わたくしから離れていくことなど、決して許さない」
すっと目を細め冷ややかに女神は告げる。
【調停の女神】たるアーシェリルは神位序列2位の神である。
しかし、それは決して本当のものではない。
神位序列は神の実力に基づき決まるもの。だが、それに問題があった。
『シェリー。君の力は強過ぎる。君は神であって神ではない。その力は私達神からしてもまるで別格だ。規格外という言葉が可愛いものに思えるほどに』
神には本来存在しない筈の、しかし純然たる事実として存在するアーシェリルの兄、【世界神】リュシオルは、己がアーシェリルのスペアーーいや、スペアにすらなれないただの中継ぎであることを理解しながら、異端であり孤独であったアーシェリルを愛し、慈しんだ、神としては優し過ぎる神だった。
とある事情により長き眠りについたリュシオルは、おそらく全てを知り、そしてアーシェリルを選んだ。
ーー自らの命も省みずに。
そんな彼は常々アーシェリルに酷く悲しげな表情で、しかし強い意志の篭った瞳で言っていた。
『どうか、シェリー。ひとりで悲しまないで欲しい。苦しまないで欲しい。いつも一緒に笑っていて欲しい。君はひとりじゃないんだよ。異端と言われようと、君が君であることに変わりはないのだから。
だから、どうか。どうか、私の愛する妹、可愛いシェリー。
決して、絶望してはいけないよ。君こそが世界の意志。世界は君を裏切りはしない。だから、絶望しては、いけないよ。
ーーたとえ、何があったとしても』
兄と、約束をした。決して、絶望などしないと。
大切だったから
愛していたから
でも、にくい
どうして私から全てを奪うの
ーーー私は、何も持っていなかったのに
どうして私から離れていくの
ーーー私の側には、誰もいなかったのに
ああ、にくい
全てが、にくい
だからこそ、いとおしい
「お前は、わたくしのもの。
わたくしだけの、もの。
離れてゆくなど、許しは、しない」
狂っている?
そんなの、始めから。
すがりつくものを奪われ、存在意義を見失ったわたくし。
唯一側にあるものに執着することしか出来なくなったわたくし。
存在自体が狂っているわたくし。
わたくしは、何ものでもない。
だからこそ、何ものでもある。
何ものでも在れる。
始めからフツウじゃない。
フツウなんていう概念は存在しない。
フツウじゃないのなら。
どうあってもフツウで在れないのならば。
ーーーやはりわたくしは、狂っているのだろう




