人間ってすごいよね、神秘だよね、美しいよね
「さぁーてさてさて、こんにちは」
私は今、古びた建物の一室に監禁されています。手は自由に動かせますが、足は椅子にグルグルに固定されていて動けません。なぜこんなことになったのか全く覚えていません。
「おおっとレディ!あいさつをしない子はろくな大人にならないよ。ほーらこんにちは」
「こん・・・にちは」
「よーしよしよし、よくできました。あっそうそう、一様言っておくけど足の装置を外そうとすれば電気が流れるので気をつけてね」
目の前にいるのは、熊のようなマスクを被った男・・・いや女かしら?
声も中性的なので判断がつきにくい。
恐らく私をここに監禁した犯人だ。
「あなたは一体なんなの?なぜこんなことをするの?」
「・・・はぁ、定番中の定番すぎる質問。もう聞き飽きたよ」
熊マスクは脱力し肩を落とす。
「ええっと、なぜこんなことをするのか?とかどうでもいいんだよ」
「どうでもよくない!こんなことする理由を知りたい」
「一つ一つの行動に明確な理由なんてないよ。そんなこと言い出したらきりがない。なぜ君はご飯を食べるの?なぜトイレに行くの?なぜお風呂に入るの?」
「そんなの生理現象じゃない!」
「そう!その通りだよ。僕がなぜこんなことをするのか、と聞かれたらまさに生理現象なのだよ」
「意味がわからない!そんなの理解できない!」
「理解してもらう必要なんてないんだよ。要するに僕自身が理解できればそれでいい」
ダメ・・・この人と話していると頭がおかしくなりそう。そもそもこんなことをする人に常識が通じると思った私が愚かだった。
「そうだそうだ、そろそろお腹がすいた頃だろう。ご飯を用意したよ」
熊マスクはそう言うと私の前に三脚机を置き、その上にステーキ(?)とコップ、そして水の入ったボトルを置いた。
「お腹すいてない!」
「別に今食べる必要はないよ。お腹がすけば食べるといい」
そう言うと、熊マスクは部屋を出ていこうとする。
「ああっと忘れてた。君の机の上にある肉、なんの肉だと思う?ふふっ」
「・・・」
・・・あれからどのくらい経っただろうか。この場所は外の様子が全くわからないので、時間感覚がマヒする。一時間かもしれないし、一日かもしれないし、一週間かもしれない。ただ私には時間をある程度測るものがある。
ぐぅー
「お腹すいた」
そう腹時計である。お腹がすいてきたので、だいたい六時間ぐらい経ったのだろうか?
ふと目の前にある肉に目をやる
『君の机の上にある肉、なんの肉だと思う?ふふっ』
熊マスクのあの言葉が脳裏によぎる。普通の肉でないことは容易に想像がついた。
「まさかこれって・・・ひ・・・ひとの」
先ほど熊マスクが出口の扉を開けた時、扉の向こう側が一瞬見えた。
人らしきものが血を出して、壁に寄りかかっている姿を・・・
肉にはご丁寧にサランラップがかけてあり、手の届く位置に小さな冷蔵庫がある。これでこの肉が腐る心配はない・・・とかそういう問題じゃない。とても口にできるような代物ではない。
ゴクッゴクッ
肉が食べられないのであれば、水でしのぐしかない。水さえあれば、ある程度は耐えられる。
ゴクッゴクッ
・・・・・・またあれからしばらく時間が過ぎた。たぶん三日か四日ぐらいだろうか?もうそろそろ水だけでしのぐには限界が来ていた。大人なら一週間くらい持ちそうだが、成長期のこの体にはきつかった。
「もう無理、限界・・・」
飢餓の苦しみは想像を絶するもの、耐えられず冷蔵庫からあの肉を取り出す。
「いや・・・いやだけど」
食べられるものはこれしかない、飢えの苦しみから逃れるには食べるしかない。
「う・・・うぅ」
置いてあるナイフで肉を一口サイズにカットする。
「ああう!」
目を閉じ肉を見ないようにしながら、一気に口の中に放り込む。
「う・・うぇ・・」
咀嚼すると同時に肉の汁が溢れ舌に零れ落ちる。気持ち悪いことこの上ない。強い吐き気を催す。
「うええええ!」
ついに我慢できずにその肉を吐き出し、おえつする。
「うえっ、うえええっ気持ち悪い」
ゴクッゴクッ
慌てて、水で口直しを行う。
「うわっ、勿体無いなー。せっかく極上の肉を用意したのに」
しばらくぶりにあの熊マスクが姿を現した。
「こんなの食べられる訳ないでしょ、人の肉なんて無理!」
「だーれが人の肉なんていった?それは100g5000円もする極上の牛ステーキだよ」
「・・・え?」
「本当だよ食べてごらんよ」
半信半疑ながらも、さっきの肉を口にすると、先ほどまで気持ち悪かった肉汁は
嘘みたいに食欲をそそるジューシーな味となった。
ガブッガブッ!
お腹がすいていたため、皿の上の肉はあっという間に跡形もなくなった。
「ふぅ・・・」
「ハッハッハ、こういうのをプラシーボ効果って言うんだ。人間っておもしろいよね」
※プラシーボ(偽薬)効果
偽物の薬であっても、効くと信じれば効いたように感じてしまうこと。
思い込みや信じ込みによって起こる効果。
「悪趣味ね」
「フッフッフ」
熊マスクは不気味な笑いを続ける。
「それにしてもさーよくあんな水を飲めるよね」
「ふぇ?水」
「躊躇なく、ゴクゴクと飲んじゃうんだもん。びっくりしちゃったよ」
熊マスクは水が入っているボトルにライトを向ける。
暗がりでよく見えなかったが、その水はワインのように赤く染まっていた。
「この水は一体なんなの!?」
「さぁて、なんでしょうね。フッフ」
これもプラシーボ効果を狙った嘘か・・・それとも本当にヤバイやつなのか。
「さぁ、さっきみたいに、その水をゴクゴク飲んでみて。フッフッフ」




