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第6話 聖女の再来 ①

今回のお話は新キャラの視点からです。


 “明石朱 ミモザ”の経緯、来歴を一言で表す言葉があるとするなら『驚異的』あるいは『異常』といえよう。


 彼女はある日突然特区に現れた。

 彼女もまた雄と同じく、10才の時に特区の西方『白虎地区』のさらに外れにある通称───『没落地区』に。


 当時の『没落地区』は文字通り零落した元・正統貴族達による犯罪の温床となっていた。

 窃盗や傷害は常住坐臥のかわいいもので強姦や殺人挙げ句は、その元・正統貴族達に目を付けた正統貴族が薬物や武器を闇流しし、治安はおおよそ最悪のものになっていた。

 そんな堕落腐敗の地に少女、明石朱 ミモザは「ウチがみんなを『たすけ』するんや!」と真っ直ぐな瞳と明るい笑顔をもって単身乗り込んでいった。

 その無謀で自殺願望ともとれる彼女の意志を人々は冷笑し謗り、罵る。

 しかし、それからの彼女の活躍は“凄まじい”の一言に尽きた。


 先祖代々高名な武道家で幼き頃から鍛練を積み続けた彼女は齢10にして大の大人複数人を拳一つで相手取り圧倒するほどの実力者。

 実力行使の後は己の信教の教えを説き、彼らを懐柔していった。

 ならず者どもを己の拳と手腕のみで取り纏め、三ヶ月後には彼女を筆頭にしたグループが没落地区に出現、統制活動を本格化。

 没落地区突入、1年目にして犯罪の発生率を半分に減少させることを成し遂げ、2年目には地区の3分の2を統一、正統貴族の薬物と武器の流入のルートを断ち切ることに成功する。

 そして、その頃から人々はミモザを13世紀の百年戦争末期、フランスの危機を救った“オルレアンの乙女”に準え彼女を“蘇りし東洋のジャンヌ=ダルク”と呼ぶようになった。

 堕落腐敗した地区を救い人々を導く『救世主』も不当な薬物と武器の闇流しで利益を得ていた正統貴族達にとっては自分達の暴利を阻害する『害虫』でしかなく、ついに不当な利益を得ていた一部の正統貴族がミモザを討伐すべく刺客を送り込んだ。

 しかし、時はすでに遅く、没落地区のほとんどを纏め上げていたミモザ率いる一団は圧倒的な団結力をもって貴族が送りつけた刺客達を撃退。

 もはや、一貴族の力ではどうしようもない程の強大な力を持った集団になっていた。

 遂に正統貴族の勢力を完全に排斥、彼女は僅か4年で無法地帯であった没落地区を完全に統一したのであった。


 以来、ミモザの一団は恋愛特区における四大勢力───『白虎』、『玄武』、『朱雀』、『青龍』に次ぐ第五勢力となり貴族達も目が離せない存在となった。


 だが───それでも彼女は飽くことを知らない。


 『救世主』に対する賛美も『害虫』に対する惨謗も一切合切彼女の耳には届いていなかった。

 それは彼女が意想外、野心家であったからである。

 4年足らずで完遂した没落地区の平定と統一も彼女の本望の踏み台に過ぎなかった。

 彼女───、明石朱ミモザの予てよりの野望というのはおおよそ砂上の楼閣であり実現不可能ものであるが、“目指す”ということに重きをおけばそれは寧ろ“王道”であり“上等”なものである。


 ───『恋愛特区』の完全統一と新秩序の樹立。


 しかし、現在、彼女の野望は頓挫してこそいないが袋小路に入っていた。

 彼女の特区統一への道を足踏みさせているのは貴族達の決闘の規則である。

 『没落地区』の統一は無法地帯の統率であり、一見すると至難の業に見えるが、寧ろミモザにとってルールなどない弱肉強食の世界のほうが統率は容易であった。

 討伐のためにやってくる正統貴族の刺客との闘いも『防衛』であり、向こうの規則に合わせる必要がなかった。

 だが、『侵略』となれば話が違う。

 実力の上ではミモザの一団を遥かに凌ぐ四大勢力の一角を陥落させるには少なくとも決闘を挑むにあたっては彼らの規則に従う必要がある。

 彼らの規則……それは、『紋章』───正統貴族がもつ己の家柄を示す貴族の証。

 これがなければ正式な決闘とならず仮に勝利を収めたとしても認められない。

 無論、『没落地区』にいる元・正統貴族達は決闘に敗れているため紋章は持ち合わせてはいなかった。

 

 ───『紋章しるし』。使える紋章さえあれば……。


 そう思えば思うほど自分の胸が心臓の鼓動と共に痛む。

 虚しさとやるせない気持ちに打ち拉がれながら3年の時が過ぎた。


 …………そして、今に至る。

 彼女は特区現れてただの一度も自宅で朝夕と行われる定時定例の礼拝を欠かさなかった。

 それは、彼女の信教の主神への感謝や祈りを捧げると同時にそれに参加する元・正統貴族の様子を見て平和の確認をする大切な儀礼であった。

 だが、この日、彼女は初めて朝の礼拝を行うことができなかった。


 早朝、いつもの時刻に黒い法被を平服で寝間着の毒々しいジャージの上に羽織り板の間と畳の神殿に参拝者と共に、いざ、礼拝を始めようとしたその時であった。

 凄まじい地鳴りと共に大地が揺れ、祭壇の楽器や供物が音を立てて落ちる。  

 しばらくすると揺れは収まったが参拝者たちは依然として騒然としており、悲鳴を挙げる者すらいた。

 ミモザもこの非常事態に緊張を隠せないでいた。

 揺れが収まってから10分後、彼女の仲間の一人が自宅に転がり込んできた。


 「どないしたん!?」


 ただならぬ様子の彼にミモザの声も大きくなる。


 「先ほどの音の出どころが分かりました!」

 「なんやて!? それはどこや!」

 「壁の……壁の外、巨大な門の付近からです!!」

 「───ッ!?」


 その場の空気が凍り付く。

 まさか、外にいる人間が攻めてきた? いや、もしかしてもう侵入されたかも知れない!?

 先ほどの揺れが自然現象ではなく人為的なものの可能性が高くなり更なる緊迫が彼らを襲う。

 その事態にミモザは居ても立ってもいられなかった。

 だが、自分一人が慌てても仕方ない。参拝者には女子供もいる。とりあえず、彼らの安全の確保……これが最優先。

 彼女は私的な感情に流されず非常時において最も適切な判断を冷静に下す。


 「みんな、落ち着きや。さっきの揺れが自然なものやないんやとしたら外に出るのは危険や。みんなは神殿で待機、ウチは今から外におる人たちの安否と事態の確認をしてくる。大丈夫や、すぐに戻ってくるから」


 そう言って、先ほど報告にきた男と参拝者数人を引き連れ急いで外に飛び出す。

 外に出ると、轟音に驚いた何人かがミモザと同じく寝間着のまま表に出て門の方角を見てあれこれと話していた。

 

 「大丈夫か?」


 彷徨いていた大柄な男に声をかける。

 ミモザの声に気づくなり男は律儀に腰を折ってから「大丈夫です」とよく通る声で応えた。


 「怪我人は?」

 「わかりません、ですが今のところは……」

 「そっかぁ、よかった。で、なにがあったんや?」


 ミモザが尋ねると男は首を横に振り、自分も揺れが起きた時、家にいたと説明する。

 

 「とりあえず、アンタも『詰所』に行き。神殿にみんな集まっとる」

 「分かりました。ですが、ミモザさんは?」

 「ウチはとりあえず他の人達も避難させる」

 「了解です。では、お気をつけて」


 そう言って、男はミモザの自宅の方面へ向かっていった。

 全員を完全に避難させるにはウチ一人では二時間くらいかかる。

 ここにいるのは、5人。

 24分かぁ……。


 「今から分散して住人の避難を完了させる。5人でいけば一人頭30分以内に終わる! 行くで!!」


 「「「「はいっ!!!」」」」


 そう言うとミモザを含めた5人は散り散りとなり地区にいる住人の避難を開始した。

 5人の迅速な行動と住人達の協力もあり推定30分かかると見積もられていた避難作業はその半分の時間で完了した。

 避難誘導を終え先ほどの5人とそれに協力した男達数人が始めに集合していた場所に戻ってくる。


 「ご苦労さん。みんなもはよ『詰所』に行きや」

 「ミモザさんは?」 


 男の一人がミモザに尋ねる。


 「ウチは外にいて見張りをする」

 「なら、俺も残ります!」


 「俺も」、「俺もだ!」と口々に男達はミモザと共に残ることを宣言する。

 そんな彼らを彼女は一喝する。


 「アホか! なんの為の避難や!! ウチはアンタらを危険な目に遭わせたくないからやろうが!」

 「それは、俺達も一緒です! ミモザさんが危険な目に遭うのは俺達も嫌なんです!」

 「聞き分けぇや……ウチにとってアンタらは“家族”。失いたくないんや……どこにも行かせたくないんや」


 そう言って、ミモザは頭を落とす。

 平素の彼女からは想像もできない程の弱々しい声と態度に先ほどの息巻いていた男達にも困惑と動揺が走る。

 彼女の様子が今回の事態の緊急性を大きく示していた。

 すると、男の一人が彼女の手を取り静かに告げる。


 「貴女が私達を失う悲しみと同等の悲しみを私達は貴女を失えば背負うでしょう。フフッ……貴女はこういうときはいつもいつも他人の事ばかり心配し、自分はお構い無しなのですから。よくハラハラさせられたものですよ」


 男はミモザの手を取りながら優しい笑みを浮かべる。

 彼は彼女が『没落地区』の統一を始めた頃に一団に加わっていた古参の一人であり、幾多の闘いを共に切り抜けてきた。

 故に、彼女の非常時の焦りや動揺を誰よりも理解していた。


 「…………」

 「貴女が私達を“家族”と言ってくれるならば、一人ではなく家族全員で家族全員を助ける方法を模索しましょう。“家族”とは誰一人として欠けてはならないもの……。ね、皆さんもそう思いますね」


 男の言葉に周囲の者達も次々と賛同する。

 目頭が熱くなるのを抑えて苦笑いを浮かべながらミモザが顔を挙げる。

 その顔は彼らへの溢れんばかりの感謝と少しの照れ隠しを含んでいた。


 「……ほんまアホやなぁ、アンタらは! 分かったわ、好きにせいや。ただし! 全員、絶対無事に帰ってこいや。朝御飯は人数分しか用意せぇへんからな!!」

 「「「はいっ!」」」

 「なら、今からこのメンバーをウチと門を見張る組と周囲を警戒する組に二分する」


 そう言うとミモザは男達を素早く二組に分け、警戒組を地区に繰り出させた。

 彼女達は門の方をひたすら監視する。

 あれから、地鳴りも揺れもない。

 だからといって警戒が解ける訳ではない、少なくとも今日一日は厳戒体制をとらなければ……。


 30分……1時間……と時間が過ぎるがなにも起こらない。

 そのまま2時間と30分が過ぎようとしていたその時であった。

 警戒組の一人が慌ててミモザ達の方に走ってくる。

 

 「どないした! なんか、あったんか!?」

 

 激しく息を切らしていた男は一旦、息を整えると少し早口で、


 「大変です! 人が壁の上に人がッ!!」

 「はぁ!? どういうことや? 壁に、人?」

 「と、ともかく来てください!!」


 言い終わるかどうかのところで男は再び走り出した。  

 まさか、侵入された!?

 ミモザの体に緊張と不安が走る。

 慌てて、「行くで!」と見張り組も引き連れ男の後を追う。


 「あ、あそこですッ!」

 

 そう言って、男が指を指した先を彼女が目で追う。

 そこには、壁にへばりつくようにして設置された非常階段があり、彼が指を指しているのは少し上の方の階段の途中地点。

 目で追った先にあったものにミモザの瞳孔が開かれる。


 白い無地の開襟シャツに黒い長ズボン、少し茶色がかった髪が日の光を浴びて綺麗な栗色に染まる。

 髪の長さからして男である。

 ダルそうに階段の手すりに手を掛け上からなにかを見下ろしていている。

  

 ───あれは…………もしかして……いや、それはないか。


 彼女は一人合点すると、指を指している男に状況を尋ねる。


 「誰やアレ?」

 「分かりません。見慣れない顔です。気がついたら彼処に……」

 「逃げ遅れたんか……それとも……」


 顎に手をあてながらゆっくりと非常階段の下まで歩く。

 下から見上げるが男は気づく気配がない。 

 とりあえず、怪しい人物であれなんであれ、声をかけて階段から降りてもらわねばならない。

 そう思ったミモザは、緊張と不安で声が強張るのを抑えて極力明るい声で男に呼びかける。


 「───ちょっとキミ、そんなとこでなにしてんの!? 危ないでぇ~!!」

 

 すると、男は下にいるミモザ達の存在に気づき、凝視した。

 どうやら、言葉は聞こえたようである。

 なら、次は降りてもらわねば。

 

 「とりあえず降りてきぃや!!」

 「分かった!! 今からそっちに行く!」


 そう答えると男は階段を軽快な足取りで下り始めた。

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