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第5話 始まりの朝へ ③

久しぶりの更新に筆者が浦島太郎状態……


 誰もいない空間にいると話をしている相手の姿が見えないと、他人の声なのにまるで自問自答をしているような錯覚に陥る。

 だからこそ、自分はこの手の甲の向こう側のヒトにも素直になれるのかも知れない……。


 一歩、一歩の足音が響いては消えるトンネルの中で雄はふとそんなことを考えていた。

 彼はもうかれこれ2時間近く〈鋼鉄の壁(アイアンウォール)〉の中をバトラーの言われるがままに上ったり下ったりを繰り返していた。


 『───「幸せな人生の秘訣とは 変化を喜んで受け入れること」ダソウデスヨ』

 「誰の名言だそりゃ? まさか自分のって言うんじゃないだろうな」


 そう言って雄は自分の手の甲に向かって冷たい目線を向ける。

 端から見ればなんとも奇妙な光景であるが、ここは誰もいない虚しい壁の中───彼に奇怪の視線を向ける者はおろか、その声に耳を傾ける者すらいなかった。

 壁の中は彼を残し誰もいなかった。


 『イエ、アメリカ合衆国ノ俳優ジェームズ・スチュワートノ言葉デスヨ』

 「誰だ? 聞いたことないな」

 『モウ何百年モ前ノ話デスカラネ……アッ、ドウヤラ出口ノヨウデスヨ』


 バトラーの説明が中断され、雄が顔を上げる。

 そこには〈選者の門〉と同じ無骨でなんの装飾もない安易な金属のドアがあった。

 夜明け前に入ったあのドアが〈選者の門〉の入り口ならば、今、雄の目の前にあるこのドアはこの門の出口。

 つまり、


 「つまり、このドアを開ければ……」

 「エェ、ソウデス。コノ先ガ───〈恋愛特区〉」

 「そうか」


 そうか、ただこのように返事を返すしか雄にはなかった。

 

 短く言葉を返した雄がドア、もとい〈選者の門〉に手をおいたその時だった、


 『雄サマ』


 バトラーがまるで雄の声を引き留めるかのように口を挟む。


 「どうしたよ? バトラーさん」   

 『ソノ門ヲ通ル前ニ確認ヲシタイコトガアルノデス』

 「なんだよ?」

 『コノ扉ノ向コウ、ツマリハ恋愛特区デハワタクシハ雄サマノサポートヲスルコトガデキマセン』

 

 『雄サマ……雄サマノ〈夢〉ハナンデスカ?』


 その言葉に雄は一瞬、ハッとなる。

 別に忘れていた訳ではない。

 ただ、この門をくぐるということはその〈夢〉をもう一度、改めて叶える意志を持っていなければならない。

 そのことをバトラーは雄に伝えたかった。

 すると、雄はドアから一旦手を離すと、少し間を置き再び門に手をかけ、まっすぐと前を向いて声高らかに宣言した。



 「オレの夢はこの恋愛特区で『ハーレム』を作ることだ!!!」


 

 アホくさいと笑うがいい、バカバカしいと謗るがいい、それでも“夢”は“夢”だ!

 そんなバカな夢だって叶えられるかも知れないからオレはここまで来た、違うか!?

 ならば、進め! 扉を開けよ!! “夢”はそこで待っているのだから───。

 それが、それこそが『恋愛特区』。


 『ご武運を雄様。いつか、あなた様に直接お会いできる日を楽しみしております』


 小さくだが、今までとは違う肉の付いた声でバトラーが雄を送り出す。

 しかし、彼の声がうっすらと小さく掠れていっていることに雄は微塵も気づく様子がなく歩みを進める。

 

 始まりの朝の日差しが雄を包み込み彼を新たな日々へ誘った。


 「うおぉぉぉ……なんか、すげー」

 

 彼が出たのは壁に這うように設置された非常階段の中間地点で高さは三十メートル程度だった。

 開口一番に出た雄の言葉は目の前に広がる光景に興奮を隠せず叫ぶでも、あまりの超未来に言葉もです嘆息を漏らすでもなく、ただただ困惑しやっとのことで絞り出したものだった。

 彼が困惑するのは無理もない。

 『恋愛特区』……実際のところ彼も〈選者の門〉をくぐりその光景を目の当たりにするまで、漠然としたその言葉にどんな場所であるか皆目検討もついてはいなかった。

 道中、雄はバトラーに『恋愛特区』とはどんなところかと質問していたが彼はただ「行ケバ分カリマスヨ」と言っただけで明確な解答はしなかった。

 それでも、なんとなく“恋愛”という響きから禁書(ライトノベル)に登場する私立の学園のようなところだろうか? 程度の安直な想像を雄はしていたのだが───。

 

 「なるほど……行けば分かる、確かにこれを口ではちょっと説明しにくいなぁ」


 雄の頭の中に久方ぶりに“混沌(カオス)”という言葉が浮かぶ。


 ───特区に建ち並ぶ家々は碁盤の目の如く規則正しく区画化されていた。

 だが、そんな整然とした光景を見て彼が“混沌カオス”などという言葉を想像させたのは他でもない、各々の建築物の建造様式である。

 荘厳な造りの武家屋敷を思わせる和風建築の隣家には豪奢で絢爛な貴族達が住んでいそうな洋館、その向かいの家には真っ赤な壁が特徴的な中華風の建造物。

 まるで一つの碁盤に将棋、チェス、囲碁の駒が一堂に会し、各々のがバラバラに目の上に配置されている、整理整頓がなされていながら凄まじく雑然とした光景がおおよそ雄が視界に捕らえきれる範囲まで続いている。


 「なんか、思ってたのと違うというか……」


 首を捻りながら現実とイメージのギャップをぼやき、とりあえず階段を降りようか、と雄が足を踏み出したその瞬間、


 「───ちょっとキミ、そんなとこでなにしてんの!? 危ないでぇ~!!」


 男性区では聞きなれないような高い声のトーンと独特のイントネーションに雄は思わず下を覗き込む。

 階段の手すりから少し身を乗り出して地面を見下ろすと数人……いや、数十人程度の人だかりができており、先ほどの声とイントネーションは彼らの誰かから発されたものだと雄は推測した。 

 集団の格好は統一されており、全員が黒色の法被を纏っていてる。

 さながら何かの宗教団体のようである。


 「とりあえず降りてきぃや!!」


 雄と声の主との距離が離れているだけがあってその質問の口調は質問をするというよりも怒鳴っていると表現するほうが適切であった。

 この呼び掛けで、雄は先ほどの声の主を特定した。

 黒い集団の真ん中にいる気の強そうな声音の人物である。

 

 (ここからだと顔がよく見えない。とりあえず下に降りるか)


 スッと息を吸い込み、下にいる集団に向かって、


 「わかった!! 今からそっちに行く!」


 雄も負けじとできる限りに大きな声で返事を返す。

 少し急ぎ足で彼らの元へと雄は階段を踏んでいった。


………

……


 雄が階段を降りきり足を着けた地面はまたも舗装されていない赭土の大地だった。

 また、土かよとげんなりした雄だったが、そこは壁外の荒れ果てた礫土ではなく、しっかりと踏み固められた平坦なものだった。

 それは、確かにその地に人が住んでいるという確固たる証拠であった。


 「んー……、アンタ見かけん顔やな。ドコの者や? あんなとこでなにしてはったん??」

 

 その人物は雄が地面に足を着けるなり口を開いた。

 身長は160cm程度で雄にあと少し及ばないという感じだった。

 端整な顔立ちに白い肌、鋭く細い眉の下には澄んだ真っ黒な瞳が雄を真っ直ぐと見つめる。

 寝起きのまま急に外に飛び出してきたかのような寝癖が激しくついた少し茶色がかっている髪をヘアゴムを駆使して無理やり後頭部で纏めた乱雑な髪型。

 毒々しい程のピンク色のジャージを黒い法被の下に着て、ジャージと同じ色のサンダルを履いたその人物は朗々たる勢いに雄は少し引いた。

 その勢いに少々押されながらも雄は答を返す。


 「(はったん……? 多分、何してたって聞きたいのか?)ドコと言われてもオレは今日、ここに来たばかりだ。何してたかって言えば街の様子を見ていた」


 「そっかぁ~、アンタも難儀やったなぁ……」


 雄のここまでの経緯を知ってか知らずかピンク色のその人は顔に同情の色を浮かべて雄の肩をぽんぽんと二回ほど叩いた。

 なんて、馴れ馴れしい奴だ、と雄が少し嫌悪を覚える。

 そんなことはお構い無しに今度は雄の肩をガシッ! と掴むと真剣な眼差しをもって、


 「心配せんでえぇ! 今日からアンタもウチらの家族や!!」


 すると、周囲の男性達が雄に向かって歓迎の拍手を送る。

 歓迎ムードであることは確かなのだが、如何せん状況が雄を置き去りにしているので、この光景は彼にとっては不気味以外のなにものでもなかった。


 「ウチは明石朱(アカシア) ミモザっていう者や! よろしゅうな!!」

 「あ、おう……オレは六部 雄だ。」


 スッと差し出された手を戸惑いながらもなすがままに返した雄にミモザはにっこりと笑いかける。

 その笑顔はとても明るく彼女の性格をよく体現していた。

 だが、雄はそんなことよりも握り返したミモザの手に驚きを覚えていた。


 (柔らかい……それに小さい……まるで、小さな子どもの手のようにふっくらとしている。年は見た感じオレと変わらない感じだがなんだこの男? なんでこんなに柔らかい?)


 「どうしたん? 驚いたみたな顔して?」


 手を握りあったままミモザは不思議そうに雄の顔を覗き込む。

 雄には理解できなかったのだ。

 目の前の人間が同世代の男子とはおおよそかけ離れた特徴を持っていることに。


 ミモザの言葉に雄は慌てて手を離す。


 「いや、その……ちょっと……」

 「まぁええわ。とにかく、“ユウ”やったっけ? じぶん、お腹空いとらへん?」

 「え? あっ、まぁ……昨日の夜からなにも食べてないし」

 「なら、ウチら今から朝御飯の時間なんやけど、食べていかへん? あと、一人くらいなら皆の分減らしたらいけそうやし」

  

 ミモザの冗談めいた言葉に取り巻き達が「勘弁してくださいよ~」と嘆願し始めた。

 そんな彼らをミモザは小さく笑って「冗談や」と流す。

 そんなやり取りを唖然と見つめる雄にミモザは再び視線を戻す。


 「で、どうする?」

 「なら、お言葉に甘えよう」

  

 ここは素直にミモザの言葉に従い、朝食をいただくことにした。 

 現時点で雄の一晩中、移動し続けた彼の疲労は限界を裕に越えており、空腹も激しく軽い目眩すら引き起こす程であった。

 とりあえず、休憩と食事の目処がたったところで雄はミモザに対する疑問をぶつける。

 

 「“明石朱 ミモザ”と言ったか? 一つ聞きたいことがある」

 「ん? なんや?」


 「お前はその……“女”なのか……?」


 雄の辿々しい口調の質問に一瞬、動きが固まるミモザとその取り巻き達であったが次の瞬間には豪快な笑い声が壁に反射する。


 「なんや、じぶん、女を見たことがないんかいな! アハハハ!! おかしな奴やなぁ~~、ウチはどっからどう見ても“女”やろ!!」


 豪快に笑うミモザは雄が生まれて初めて出会った異性───女性であった。

 しかし……、と雄は疑問を覚える。

 

 (これが、“女”なのか? オレが禁書で読んだ女性はもっとこう清純というかおしとやかというか……少しイメージと違うが)


 禁書ライトノベルに登場してくる女性とはかなりの違和感を覚えるがゆえに、雄はまだ目の前の人物が女性であるとは信用できなかった。

 だが、そんな彼は対象を“女性”と認識する判断材料の確保の方法を知っている。

 その方法は至極単純なものでたったのワンステップで完了する。


 「そうか、なら“明石朱 ミモザ”。お前が女っていうなら一つ、お願いがある」

 「なんや? 金ならないでぇ」

 「いや、違う……」

 「なら、なんやねん?」


 そこまで言うと一旦、言葉に間を置き息を整えてこれから問う内容にはおおよそ似つかわしくない顔と態度で静かにこう請願した。



 「───“おっぱい”を見せてくれないか?」



 夏休みを利用して少しだけちょっかい出して諦めてしまったシリーズの続きです。

 いきなりの話で新キャラ 明石朱(アカシア) ミモザさん。

 ちなみに“アカシア”という読みは完全に当て字です。

 関西弁を話す六部 雄にとって初めてである女性との出会い、次回はそんな明石朱 ミモザさんの過去が少しだけ明かされます。

 え? 雄の質問の後? それは言うまでもないでしょうね……


 では、次回もお楽しみに!

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