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第4話 始まりの朝へ ②



 「───これで、よし! っと……」


 竜次の部屋の新聞受けにライトノベルをそっと入れると、雄はゆっくりと学生寮から立ち去っていった。

 雄がライトノベルを読み終わったのはちょうど9時になったくらいの時間でその後、玄関に用意しておいた荷物を手に自分の部屋に別れを告げ、親友の住む部屋の前で無言の挨拶を交わした。

 親友との別れにしてはあまりにも簡潔に薄情に終わってしまった気がするが、彼はもうそんなことは気にしない。

 言葉は交わさずとも雄と竜次の間にはそれを越えた絆があると、雄は確信していたからだ。


 『ワタクシガコンナコトヲ言ウノハナンデスガ、コレデ良カッタノデスカ?』

 

 頭に響く声に雄は階段を下りながら右手の甲を見る。

 薄暗い闇の中で昼間は黒色だったはずの紋章がうっすらと白く光っていた。


 「本当になんですよ、だよ。他言無用って言ったのはアンタだろ?」

 『デスガ、人ト人───マシテヤ親友同士ノ別レナノデスヨ? アマリニモアッサリトイウカ、ナントイウカ……』

 「いいんだよ、これで。もし直接会って別れを告げたら、オレは特区に行かないって言ったかも知れないぜ? それに、あいつはいつもオレの遥か前を歩いていた……確かに、他人からもらった物だし、あいつとは違う道の上を歩くことになったかも知れないけど、やっと……やっとあいつと同じ位置に立った。そんな気がするんだ」

 『ハァ……?』


 無機質な声が雄の妙に格好つけたような発言に困惑したように返事を返す。

 どうやら雄はライトノベルの読みすぎによる妙な病気が発症しているのかも知れない。

 薄暗い学生寮の階段を下り街灯の下まで行くと、雄は再び右手に話しかけた。


 「さぁ、お別れの儀式はもう終わったぜ。早速、出発といこう! で、これからどうするんだ?」

 『ソウデスネ……一応、コレカラ特区二向カッテ出発シマスガ、ソノ前ニ雄サマ、一ツオ聞キシタイコトガアリマス』

 「なんだ?」

 『ワタクシノ記憶ガ正シケレバ、雄サマ達学生ニハ〈夜間外出禁止令〉ガ課サレテイマスヨネ?』

 「あぁ、そうだ。学生は夜22時以降、学生寮の外をうろつけない。今は9時15分くらいだから……、後45分で『恋愛特区』、つまりは東京に到着できるわけないよな? 防犯カメラを掻い潜って東京まで行くのは至難の技だ。それに今のオレは学生服を着ている、どっちにしろ公共交通機関は使えない。チャリンコはなんとか使えるが……」

 『ソウデスカ、ソコマデ聞ケレバ十分デス。雄サマ、右手ヲ、掲ゲテクダサイ。出来ル限リ高ク』

 「こ、こうか?」


 雄は街灯の光に向かって右手を突き上げる。

 雄の右手の甲でうっすらと光っている紋章がまるで生きているかのように光が強くなったり弱くなったりしていた。


 『雄サマ。今カラワタクシノスル行為ハ立派ナ犯罪行為デスガ、ワタクシモ雄サマモ特区ノ人間ナノデ治外法権デスヨネ?』

 「どういう意味だ? 謎の声さんよ」

 『ワタクシノコトハ“バトラー”トオ呼ビクダサイ。雄サマ、コウイウ意味デスヨ』


 “バトラー”と名乗った謎の声がそう言った次の瞬間、さっきまでうっすらと弱々しい光を放っていた雄の右手の紋章が突然眩い光を放出した。


 「ッ!!? な、なんだ!?」


 あまりの眩しさに雄は一瞬目を眩ませる。

 すると、雄の周囲の街灯がほんの一瞬消えて再び点いた。

 状況が理解できない雄は自分の右手に何が起こったのかを尋ねる。


 「な、なにしたんだよ……」

 『特区マデノ道ノリニ敷設サレタ街灯ニ内蔵サレテイル防犯カメラヲ制圧、ダミーノ映像ヲ流シマシタ』

 「いや、なにしてんの? リアルガチマジで犯罪じゃん……」

 『ダカラ、治外法権ト言ッタノデス。サァ、時間ガアリマセン、急イデ駐輪場ニ向カッテクダサイ』

 「え、え? あ、はぁ……」


 雄はバトラーに言われるがままに学生寮から少し離れたところにある駐輪場に向かい、自分の自転車に乗ると再び先程の街灯の下に戻った。


 「準備できたぞ、バトラーさん」

 『左様デスカ、デハ、ソノ矢印ニ従ッテ自転車ヲ漕イデクダサイ』

 「!!??」


 次の瞬間、雄は自分の目を疑った。

 彼の視界の映像には存在するはずのない進行方向を示す矢印がまるでカーナビのように映し出されたていた。

 唖然とする雄を他所にバトラーは淡々と続ける。

 

 『デハ、出発シテクダサイ』

 「お、おう……」


 昼間にあれほど騒がしく鳴いていた蝉の声がいつの間にかピタリと止み、今日は満月と予報されていた空は厚い雲に覆われた、夏特有の香りと気温を残した静かな夜に六部 雄はゆっくりとペダルに体重をかけ、闇に紛れ学生寮の敷地を後にした。

 日常に潜んでいる小さな変化はやがて大きな変化を呼び、その大きな変化は彼の感情を斟酌することなく忽然とその環境を変える。

 六部 雄が冷静なのは決して状況を把握して了解しているわけではなかった。

 突然の大波に飲み込まれ、知らぬ間に沖に流されてどうすることもできずただ、潮の流れに身を任せる遭難者のように運命に翻弄されていたのだった……。


 「バトラーさん、まだその中二くさい幕開けネタやるの?」

 『“ロマン”ハ大事デスヨ? “ロマン”ハ』

 「ロマンで飯は食えねぇな……マロンなら食えるけど」

 『寒スギワロタ』

 「ごめんなさい」


 どこまでもぐだぐだなバラエティー番組のような物語の幕開けで六部 雄の『ハーレム』への道のりは始まった。

 夜の国道を一人自転車で走りながら雄はバトラーの言った言葉を思い出していた。


 ───コレカラ主人公ニナルノデスヨ、コノ『恋愛特区』デ。


 「主人公……かぁ。なれるかねぇ?」

 『ナレマストモ!! 多分、キット、運ガ良ケレバ、奇跡的ニ……』

 「おい」


………

……

 

 雄が特区の巨大な壁の前に到着したのは夜がうっすら更け始めた頃だった。

 壁が近づくにつれ民間が消え、更地の中に突如として旧東京都を囲う巨大な壁があるという異様な光景が広がっていた。


 『オ急ギクダサイ! 雄サマ!! 夜ガ明ケテシマイマス』

 「あのなぁ……オレはトライアスロンの選手じゃねーんだ。はぁ……はぁ……あ、アンタは鬼かよ………」


 肩で息をしながら雄はバトラーに悪態を突く。

 一晩中自転車を漕ぎ続けた雄の両足には乳酸が大量に溜まっており、とても今から行動の速度を上げるなんてできるはずもなかった。

 ただでさえも雄には一晩中自転車を漕いだ疲労が溜まっていた上に壁の周辺に広がる広大な更地は何の整備もされておらず、雑草と石ころだけの荒野だったため自転車を漕ぐことができず壁に着く10km手前からは歩いて(正確にはバトラーに急かされ走って)いたため後は水泳をやればトライアスロン完成一歩出前だったりする。

 途切れ途切れの息をしながらようやく壁の前に立つ。

 

 「それにしても……学校の窓からも見ていたが、やっぱり無駄にでかい壁だなぁ~」


 頭を上げて雄は呟く。

 壁の頂上は雲よりも高い位置にあるらしく、地上から見ると上部すらまともに見えなかった。

 

 『壁ノ高サハ約1000m、厚サハ約200m、頂上部ニハ対空ミサイル迎撃システムガ搭載サレテイマス』

 「おい! なんだよ、そのオーバーテクノロジーは!? 完全に登場する世界間違えてるだろ!!」

 『第四次世界大戦中ニ造ラレタ首都ヲ守ル代物デスカラ厳重ニナルノモ無理アリマセン』

 「それにしたってこれは過剰防衛じゃないか?」

 『大ハ小ヲ兼ネル、デスヨ。ソンナコトヨリ、オ急ギクダサイ。早クナサラナイト特区ニ入レナクナッテシマイマス』

 「入るって言ったてどこから入るのよ?」

 

 雄はのっぺりとした灰色の壁をノックするように叩きながら周囲を見渡たす。 


 (壁はコンクリートでできていると思ったら金属でできてるのか……これが旧東京都をすっぽりとかぁ……金かかってるなぁ)


 と、雄は悠然とたたずむ巨大な金属の壁の見上げた。


 『ソコカラデスヨ』

 「ん?」


 バトラーはそう言うと雄の視界に矢印を出し、とある場所を示す。

 矢印に従って雄が視線を動かすと、そこには壁に閉じられた雲を突き抜ける程巨大なゲートが荘厳にたたずんでいた。


 「これは……っ!!」


 かつてない程に巨大なゲートを見た雄は言葉を失う。


 『コレガ特区ノ入リ口〈選者の門〉、選バレタ者ノミガ通ルコトヲ許サレル門───』


 「スゲー……なんか、もうスゲーしか言えねー」

 『ナンモ言エネー状態デスカ。マァ、トニカクソコノタッチパネルニ行ッテクダサイ』

 「タッチパネル?」

  

 巨大なゲートの根本にポツリと壁に埋め込まれた黒いタッチパネルがあった。

 タッチパネルに近づくとバトラーが更に指示を飛ばす。


 『ソコノパネルニ紋章ヲカザシテクダサイ』

 「こうか?」


 雄がパネルに紋章をかざしたら次の瞬間、画面に雄の紋章と同じ虎のシルエットが浮かび上がり、どこからか警報のサイレンが鳴り響き、激しい振動と共に地の底から地響きが鳴りだした。


 「───な、なんだ!?」


 激しい振動に狼狽える雄はパネルから手を引き、あわててタッチパネルから離れる。

 まさか、と思い『選者の門』を見上げる。

 凄まじい轟音と共に雲を突き抜けそびえる『選者の門』がその重たい扉を───開かない。


 「あれ?」


 頭だけ後ろを向きながらきょとんとする雄。

 あれほど激しい振動と轟音だったにも関わらず、『選者の門』はその姿を一ミリも変えていなかった。


 「どうゆうこと?」

 『雄サマ、アッチデスヨ、アッチ』

 「え?」


 バトラーの声と共に雄の視界に矢印が映し出される。

 その矢印を辿ると、そこにはどこにでもあるごくごくありふれた片開きのドアが出現していた。

  

 「『選者の門』小っさ!!」

 『マァ、選バレタ者ノミガ入レル狭キ門デスカラ』

 「狭き門つうかただのドアだろ!! 壁のクオリティーに対して門のクオリティーショボすぎだろ!!! あのデカイ門はなんなの!? さっきの警報は? 地響きは!?」

 『アノハマァ、飾リ(・・)デス』

 「飾り!?」

 『今ハ飾リニナッテシマッタノデスヨ。昔ハ使ワレテイタヨウデスガ』

 「なんだよそれぇ~、期待しちゃったじゃん……」


 あの巨大なゲートが開き、カッコいい幕開けを迎えられると思っていた雄は期待と現実のギャップにガックリと頭を落とす。

 

 「あぁ……なんか萎えちゃった。早く行こうぜ」

 『ソウ肩ヲ落トサナイデクダサイ。中ニ入ッタラスゴイデスカラ』

 「あぁ、うん、ハイハイー」


 期待の欠片もない返答を返し、雄は疲れきった脚を引きずって狭い狭い『選者の(ドア)』の取っ手を引いた。

 

……… 

……


 「うおぉぉぉぉ……すっげぇ……!」


 選者の門を一歩くぐり抜け顔を上げたその瞬間に雄は再び感嘆の声を挙げる。

 特区と外の世界を隔てる荘厳で重厚な壁の中は巨大なトンネルの迷路になっていたのだ。

 永遠と続く長いトンネルと定点的に設置してある蛍光灯が雄の中に眠る男のロマンを激しく刺激した。


 『現在デハ、特区ト外ノ世界ヲ分ケル境界トシテ使用サレテイルココモ元ハ戦時中ノ要塞兼指令部トシテ使用サレテイマシタ。諸外国カラハ〈鋼鉄の壁(アイアンウォール)〉ト呼バレ、ミサイル及ビ投下サレタ爆弾ノ迎撃率ハ100%ヲホコリマシタ。タダ……』

 「ただ?」

 『迎撃サレタミサイル、爆弾ノ残骸ハ壁ノ外ニ落チルコトニナリマシタ』

 「あの荒野はそれで……」


 (戦争が起きたのは何百年も前のことなのに……)


 『アノ巨大ナゲートモ元々ハ戦闘機ヤ戦車等ノ兵器ノ輸出入ノタメノモノナノデス』

 「だから、今は飾り(・・)って訳か……」

 『我々ハアノゲートガ二度ト開カナイト願ッテ止ミマセン』


 バトラーの言葉を聞き、雄は壁に入る前の自分の軽率な発言を知らなかったとはいえ恥ずべきことと感じた。

 この壁もあの荒野も全て戦争がもたらした『負の遺産』であることを思い知らされた雄は冷たい金属の壁に触れながら感慨にふけった。

 

 「なんか、暗い雰囲気になっちまったな……」

 『仕方ノナイコトデス。……トコロデ雄サマ、先程ノ壁ノ歴史ハ外ノ世界ノ学校教育ニオイテ当タリ前ニサレル話ダト認識シテオリマシタガ……ゴ存知アリマセンデシタカ?』

 「えっ…………あ、あぁ!! そうそう! そうだったそうだった!!」

 

 急に思い出したように手を叩く雄の額には冷や汗とも脂汗ともとれる嫌な汗が流れていた。


 『雄サマ……』

 「……なんだよ?」

 『学校行ッテマシタ?』

 「───行っとったわッ!!!」


 授業を最初から最後までまともに受けたのは45分授業の小学生の時までで、それ以降は50分の授業のなかで長くて30分、早いときは1分以内に撃沈する雄にとって歴史の授業など最速撃沈記録を何度も更新したものであり、彼がこの世界、はたまた日本の歴史など知るはずもなかった。

 つい最近になって『本能寺の変』と『西南戦争』が違う年代に起きた出来事だと知ったばかりである。

 だが、まさかそんなことを知らなかったなんて口が裂けても言えない六部 雄、高校2年生であった。

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