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第2話 ようこそ! 『恋愛特区』へ!!②


 六部 雄は天性の負けず嫌いであった。


 あらゆる勝負(ただし、定期テストの点数以外)を誰に対して売るにしても買うにしても、とにかく敗北・・の二文字を絶対に認めようとしない。

 仮にその時、負けたとしても必ず勝つまでリベンジを繰り返し、そして───勝つ。

 その身長156cmの小柄な体型と、勝利(・・)という二文字を掴むまで誰彼構わず牙を剥き続けるその姿からいつしか周囲の人々から彼はこう呼ばれるようになった。


 ───“猛犬チワワ”と。


 その猛犬が今、目の前の一人の男(よそもの)にその牙を収め敗北(・・)を認めようとしていた。

 しかも、勝負すら始まっていない段階から───。


………

……


 「───おっさん、何者? なぜ、オレの『夢』が分かった? 理由を教えろ」


 不戦敗をした負け犬がとった行動は至ってシンプルなものだった。


 ───敗北の理由を聴く。


 至極当たり前といえば当たり前。

 あれだけの短時間、しかもその内容の殆どがボケとツッコミの漫才で構成されていた雑談のなかで雄の腹に抱えていた物を言い当て、あまつさえ彼の『ハーレム』を願望を見抜いた。

 雄にとってはライトノベルの所持が発覚したことや、自分の『夢』を悟られたことよりも、この男が何故そこまで言い当てることができたかという能力に彼の興味はむしろそこにあった。


 雄の鋭い視線に臆することなく、男は赤黒く染まったシャツをパタパタと扇ぎながら、


 「───俺に冷たくて舌触りのよい、クリームなどの乳製品を主材料に糖類・香料などを加え、空気を含ませながら凍らせた氷菓子を奢ってくれたら教えてやる」

 「いや、もうそれ限りなくアイスだろ。素直に言えよ、アイスが食べたいって」

 「ただのアイスじゃないからね! 俺が食べたいのは乳固形分15%以上うち乳脂肪分8%のアイスクリーム(・・・・)だからね!! ラクト(・・・)アイスじゃないからね!?」

 「あぁ~、分かった分かった。なんだよその面倒くさいこだわりは? んじゃ、とりあえずコンビニでいいか?」 

 「えぇー、俺できればクーラーの効いたところで座って食べたいなぁ~!」


 アイスクリームを奢ってもらうだけでは満足せず涼しいところで座って食べたいというワガママオヤジに雄の堪忍袋の緒は早くも切れそうだった。


 (なんなんだ!? このおっさんは! めんどくせぇアイスへのこだわりばかりか、食べる環境まで強要してくるなんて! 人が下手に出てりゃいい気になりやがって!! ……いや、でも待てよ。これはもしかしてオレを試しているのか? あえてこういうオレが切れそうなことをしてオレを試しているのか? 上等じゃねえか! 付き合ってやるよ!!)


 「じゃ、じゃあ! この近くにファミレスでいいか? さすがにこの近くにアイス専門店なんてないし……」

 「ファミレスかぁ~、できればアイス専門店が良かったけど、前からファミレスってとこが気になってたし……んじゃ、ゴチになりまーす!」

 「ったく! 奢ったらちゃんと教えろよ?」

 「分かってる分かってる! じゃ、出発!」


 行き先がファミレスと分かるや否や、男は上機嫌で歩きだした。

 そんな男の背中を雄が怒筋の入った顔で追いかける。

 黒いスーツと白い学生服の正反対のコントラストの二人が真夏の陽炎のなかをゆらりゆらりと歩いていく。


 「……てかおっさん、そのシャツでファミレス入るのまずくない?」

 「え?」


………

……


 「───おまたせしました。ご注文は以上になります。それでは、ごゆっくりどうぞ」


 二人の座ったテーブルにすべて(・・・)の品を置くと、男の赤黒いシャツに少し引いた様子でウェイターはゆっくりと店の奥へ下がる。 

 結局、男はシャツを着替えずにファミレスに入店し、店員と客を一時パニックへ落とし入れた。

 その後、雄の必死の弁解により店内をなんとか沈静させた。


 そのせいで雄はウェイターが注文を承りに来る頃にはすっかり疲れきっておりソファーにもたれ掛かりぐったりと目を閉じていた。


 「…………おい」


 雄が閉じていた目をうっすらと開け、目の前のテーブルを確認する。

 目の前にはテーブルとても二人では食べきれない程いっぱいに並べられたハンバーグステーキや、エビフライ、パスタ等々のファミレス王道メニューのオンパレードと季節の果物の果汁が使用されたシャーベット(・・・・・・)が並べられていた。


 「なんだね? 小僧?」

 「なんだね? じゃねーよ!! 誰がこんなに頼んでいいって言ったよ!? アイスだけじゃなかったのか! ハンバーグとかエビフライとかあるじゃねーか!! それにアンタ、アイスはどうしたよ! アイスは!? あんだけ乳成分がどうとか言ってたアイスは!? どっからどう見てもシャーベットじゃねーか!!!」

 「うるせーな! 気分が変わったんだよ。 いちいちツッコミが長いんだよ。 そんなんじゃ女にモテねーぞ!」

 「この世界に『女』なんていう種族は存在しねーよ! それに『モテる』とか訳のわかんねー言葉使って誤魔化すな!!」

 「『モテる』を知らねーのか? お前それでよく『ハーレム』なんてやろうと思ったよな。ま、いっか! とりあえず、いただきます!」

 「はぁ~……」


 目の前の惨劇に怒りと呆れを含んだため息を吐きながら雄は子供のように元気よく食べる三十代半ばの大人を観察する。

 それと同時に「なぜかよく分からないけれど、この男に敵わない」と少し前に思った自分の判断が間違っていたと思い始めていた。

  

 「高校生からゆすって、たかって、アンタは大人として恥ずかしくねーのか?」

 「うるせー! そんなちっぽけなプライド持ってたってなんの意味もねーんだよ! 食うに困ったら小学生脅してでも生き残るんだよ! 俺は!」

 「そんな害虫みたい大人に生存競争勝ち抜かれても困るんだよ。アンタは『大人』以前に『人』としての尊厳がないらしいな」

 「なんだと!? 人をゴキブリ扱いしや……モグモグ……て、大人を……モグモグ……なんだと───」

 「全部食ってから喋れ! ゴキブリサラリーマン!!」

 

 ツッコミですっかり前のめりになってしまった身体をソファーに預け、雄はさらに疲弊したようにあらかじめ注文しておいたブラックコーヒーを啜った。

 ゴキブリ、と罵られながらも尚もなんの負い目も感じない様子で食べ続ける男の図太さに雄は尊敬に近い呆れを覚えた。


 男が驚異の食欲でテーブルに並べられたハンバーグやらを食べ終わり、すっかり溶けきって液体となってしまったシャーベットを飲み干したところで雄がようやく口を開く。


 「(こいつはなんのためにシャーベット頼んだんだ?)んじゃ、そろそろ教えてもらおうか」

 「ん? 何をだ?」

 「すっとぼけんな。なんでオレの『夢』があれだけの少ない情報から割り出せたかだ」

 「そういえばそうだったな」

 「…………」


 ジト目を向ける雄に男は飲み干した液体シャーベットの入った容器をテーブルの上に静かに置くと急に真剣な表情になった。

 二人の間にえもいわれぬ緊張が走る。

 雄は男が口を開く瞬間をまるでスロー映像のように捉えていた。


 「それはな……」

 「それは……?」


 「実は俺、『超能力者』で人の心が読めるんだわ! いわゆるエス───」



 ───ぶちんっ!



 雄の中でなにかが切れる音が響く。

 次の瞬間には雄の右手の人差し指と中指が男のメガネに向かって高速で直進していた。

 力を込められたの二本の(やり)はメガネのレンズをあっさり貫通し眼球に到達する。



 「───パァああああああああああ!!!」


 

 男の絶叫が店内を揺らした。

 店内の人々が絶叫がしたテーブルに目を向ける。


 そこには、両目を押さえながら悶える黒いスーツの男と逆ピースを妙にカッコよく決める男子高校生の姿がそこにあった。


………

……


 「ありがとうございましたー!」


 男性店員の元気のよい声に送られながら雄と男はファミレスのドアを開けて店を後にした。

 結局、雄が支払った代金は本来のシャーベットだけの値段の何倍にもなった。


 「まったく、いくら冗談でもやっていいこと、悪いことがあるだろう」


 腕を組みながら仁王立ちする男の割られたメガネの下には絆創膏を十字に貼られ、その姿はふざけたピエロのようだった。

 店員が心配して持ってきてくれたのを男がふざけて張ったものである。

 それが雄の更なる怒りを誘発しようとしていることは言うまでもなく、


 「ほぉう、その顔を見るかぎりまだまだ冗談が足りないようだがぁ? 次は千枚通しでもお見舞いしてやろうかぁ?」

 

 と、すっかりお怒りであった。


 「止めろ止めろ! そんなもん喰らったら失明してしまう!」

 「ならとっとと白状しろ! エセ超能力者!!」

 「分かった分かった」


 そう言うと、男は一呼吸おいてからこう続けた。


 「まず、お前が腹に隠している物の形状と大きさから本と判断する。そして、腹に隠さなきゃならないほどのもので、お前みたいな年代が読むもんっていったら『ライトノベル』ぐらいだから、そこでお前の持ってるもんが『ラノベ』と判断した」

 「まぁ……確かに理屈は通ってるな。でも、それだけじゃ『ハーレム』なんて予想できないだろ? むしろオレはそこを知りたいんだよ」

 「そこは何て言うか~、『勘』だな」

 「『勘』っ!?」


 雄が驚きのあまりすっとんきょうな声を挙げる。

 彼が今まで生きてきた十七年という短いようで長い歳月のなかでこれほど不確定で曖昧な解答をされたのは初めてだった。


 「って言っても、まったくの『勘』オンリーって訳じゃない。少しは考えたさ。お前は少なくとも『異世界転生』や『異世界転移』のような非現実的なものを夢見るような奴とは思えなかった。だから、あとはラノベのお約束的に『ハーレム』だなって思ったのよ」

 「そんな偏った推理でよくオレに言ったもんだな。アンタのその度胸というか肝には脱帽もんだよ。オレなら絶対に言い出さないね」

 「まぁ、あと証拠になりそうなもんって言ったら、お前の『しゃべり方』かな」

 「しゃべり方?」

 「そう、そのどこか人を下に見たようなひねくれた言葉遣いと口調。本とかをよく読んでる奴特有のものだよ」

 「───なっ!?」


 知らず知らずのうちにそんなしゃべり方をしていると指摘されて雄の顔が少し赤くなる。

 それと同時に彼のなかに悔しさに似たやるせない感情が沸き起こった。

 このちゃらんぽらんなふざけた男に自分は見透かせれている───そう思うとなんだか言葉にし難い感情が雄のなかを渦巻いた。


 「そんなもんさ。あんな短い時間から得た情報なんて。だから、最後の決め手になったのはやっぱり自分の『勘』なんだよ。運も実力のうちってな! 今回は女神様が微笑んでくれたらしい!」

 「…………」

 

 ハハハッ! と笑う男に雄はなにも言い返せなかった。

 返す言葉がどこにも見当たらなかった。


 (なんだ? この感情は? これはいったい───?)


 「ってことだ! じゃあな小僧! 奢ってくれてありがとよ!!」

 「えっ? ちょっ! まだ───!」

 「お前の今後の活躍を楽しみにしてるよ!」


 そう言って、男は雄の手を一方的に取り、握手を交わすと上機嫌に鼻唄を歌いながら去っていった。

 男の顔を見てすれ違う人々がギョッとした顔をする。

 そんな男の背中を雄はただ呆然と見送るしかなかった。


 「───話は終わってない……」


 男の姿が完全に見えなくなったあとにようやく残りの言葉が出てきて、雄もそこで男との別れを認識することができた。


 「……なんだったんだ? あのおっさん……」


 いつの間にか陽も傾き暑さもいくらか和らいでいるほど時間が経っていたらしく、呆けている雄はまるでそのあっという間の時間を確かめるように男と握手を交わした(交わされた)右手を何回か握り返す。

 

 このままボーッとしているのもバカらしいと思ったのか雄もくるりと後ろを向き家路に着こうとしたその時、


 『───本当ニナンダッタンデショウネ?』


 雄の頭のなかにおおよそ男性には出せないような機械的な高い声が響いた。

 その声に雄の身体がビクッ! として停止する。

 おそるおそる辺りを見渡すが誰もいない───。


 「……えっ? だ、だれかいるの?」


 『ハジメマシテ。六部 雄サマ』


 「ちょっとぉお!! なんかいるんですけどぉ!!! 悪霊退散! 悪霊退散!! 悪霊退散ーーー!!!」


 六部 雄、十七歳。

 小学生以来の渾身の絶叫であった。

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