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第1話 ようこそ! 『恋愛特区』へ!!①


 「あぁ……『ハーレム』してぇ」


 茹だるような暑さとカンカンと照りつける直射日光のダブルパンチを諸に受ける夏休み中盤の昼下がり。

 早朝5時から始まる『夏休み猛・特訓講座』を終えた国立第一高校2年生、六部 雄(りくべ ゆう)谷垣たにがき 竜次りゅうじは真夏の太陽の熱をたっぷりと吸収したアスファルトが生み出した陽炎のなかをゆらりゆらりと歩いていた。


 「最近、口を開けばそればっかし。他にに考えることはないのかねぇ?」

 

 竜次が呆れたように苦笑を漏らす。

 短いツンツンとした髪の先から雫が落ち、額には玉のような汗が滲んでいた。


 「うるせぇよ、原因を作った奴に言われたかねぇ」 


 気だるそうに雄がとつけ加えた。

 雄は竜次に比べ暑さには強いのかあまり汗はかいていない。

 それでも、サラサラとした明るい茶髪の間から覗く小さな額にはうっすらと汗が滲んでいた。


 「悪い悪い。あ、そうだ! アレの続き手に入ったけど借りるか?」

 「マジで!? 借りる借りる!!」

 「この前、あそこに行ったら続きが売ってたんだよ!」

 「よく行くよなぁ~、ほんとっ。禁書指定されてんのによく買えるよ」

 「あぁ、でも、危険を冒してでも読む価値があるんだよ。アレには……」


 竜次は雲ひとつない夏の空を少し眩しそうに目を細めながら、なにかを見据えるように呟く。

 それを見て、雄はフッと笑うと竜次と同じように空を見上げてポツリと、


 「ちげーねー。それは同感だわ」


 と呟いた。

 すると、竜次が顔を降ろしてニコッと笑って、


 「つっても、犯罪は犯罪だけどな!」

 「なに今さら言ってるんだよ。ま、でもそのおかげでオレはこうして『夢』を見ることができてるんだから良いじゃねぇか」

 「『ハーレム』が夢ってどうなのよ……それ?」

 「うるせー! 人の夢を笑うな! どんなにクソみたいだって夢は夢だっ!!」

 「わかったわかった! じゃ、とりあえず、俺ん家行くぞ」

 「おうさ! だけど…………それにしても」


 「「───暑っいなぁ~」」


 真夏の猛暑に包まれながら二人の男子高校生は気だるそうにその足を進めていった。


………

……


 ───カチャン。


 鍵の開く乾いた音が高層団地の一室の前で空しく響いた。

 

 ここは国立第一高校の学生寮。

 国立高校には珍しい全寮制であり、一年生から三年生までここで一人暮らしを経験し卒業する。

 もともとこの団地は一般人が住んでいたところであったが『恋愛特区』の設立により住んでいた住民は完全撤退、国が管理する第一高校の学生寮となった。

 この寮での水道代はもちろん光熱費はすべて無料、寮の一階には食堂が設置されておりそこで三食しっかり、こちらも無料で食べることができる、さらに月に五万円が国より支給され自由に使うことができるという至れり尽くせりの待遇が第一高校の生徒には用意されていた。

 

 それもそのはず、この第一高校は『恋愛特区』以外の地域の管理職が約束された言わばエリート高校なのだから。

 

 「ふぅ~、暑い! ただいまぁ~!」

 「お前の家じゃねーよ。でも、お帰りなさいませ! ご主人様♪」

 「キモい」


 メイドの真似事をした竜次に雄が軽蔑の冷やかな眼差しをぶつける。

 どうやら、冗談で嫌なのではなく、本気で嫌なようだ。

 少し失敗したなぁ、としゅんとなる竜次。

 そんな彼にお構いなしに部屋の中へと雄は入っていった。


 「竜次~! 続きはよ」


 リビングで冷蔵庫から勝手に麦茶を取り出し、我が物顔で麦茶片手に椅子に座り、テレビのリモコンを操作しながら雄は言った。

 大きなため息を吐き、その後苦笑を浮かべながら竜次はリビングとは反対の位置にある寝室へ向かった。


 「はいよ! ちょっとお待ちあれ~!」

 「お~う!」


 寝室からの応答にテレビを見ながら適当な返事をする雄。

 ニュース番組(もちろんキャスターは男性)を興味のなさそうな眼でボーッと眺めていると、竜次が寝室から戻ってきた。

 手には表紙のない───いや、表紙の切られた本を手に持っている。


 「ほれ、続き」

 「サンキュー」

 

 雄は竜次に渡された表紙の切られた本をしげしげと眺め、ページを数枚ほど捲ってからまた本を閉じた。


 「にしても、よく買うよなぁ。『ライトノベル』なんて思いっきり禁書法に引っかかるもの。まぁ、面白いからいいけど」


 顔を上げ、竜次のことを試すような口調と表情で雄は言った。

 竜次はそんな雄に笑顔を向けると、


 「だからこそよ! その『禁書(ライトノベル)』に一体なにが書かれてるのか、それを考えるだけでワクワクするんだよ。ロマンって奴かなぁ?」

 「復活法によって『禁書(ライトノベル)』の所持が発覚した場合、懲役80年~120年。見つかりゃ一生牢屋暮らしだ」

 「その片場を担いでるお前も共犯だぜ」


 この時代において、国の定める『禁書』を所有することは覚醒剤を所有・使用することと同じくらいの罪が課せられる。

 つまり、この未来を安定の職業で約束されたエリート高校の学生寮で今、第一級犯罪者による『禁書(ライトノベル)』の取引がおこなわれていた。

 

 「しかし、国はなんでこんな面白いものを『禁書』なんぞにしたんだろうな?」

 「分かんねぇ、多分、それに登場する『女』がいけないんじゃないか?」

 「『女』なんてそんな空想の存在のために国がライトノベルを禁止? バカじゃねの? ファンタジーのどこがいけねぇんだよ? どーせ、このハイスペックな主人公やヒロインに嫉妬してるんだろ? コレの前に貸してもらったあのイカサマ師兄妹のやつなんてもうスゴいのなんのって!」

 「いや、お前。その理由の方がバカみたいだろ」 

 

 少々興奮気味の雄を見て竜次は「それに、イカサマ師じゃなくてゲーマーな」と苦笑を浮かべる。

 

 「でも、なんでお前は『奴隷ハーレム』を作りたいなんて言ってんのか? だって、そもそも『女』がいなきゃハーレムなんて作れねぇだろ」


 「『夢』だからだよ。寝言は寝て言えってな『女』なんて存在がいるならしてみたいって話だよ」


 グビッと一気に麦茶を飲み干し、雄は空になったグラスを少し乱暴に机の上に置いてぼんやりとした顔で虚空を仰ぐ。

 竜次が苦笑を浮かべながら自分のグラスを持ってきて麦茶を注ぎ、次いで雄の空になったグラスにも同じように麦茶を注いだ。


 「お前が現実主義者(リアリスト)なのはよく知ってるが、俺が知りたいのはそんなお前がなんで『禁書(ライトノベル)』なんて空想的な物に夢中になり『ハーレム』なんてものを理想としてるか? だよ」

 「『理想』というよりは『夢』だな。それに、理想をもつ現実主義者がいたらダメか? 現実主義は必ずしも理想主義と対を為すわけじゃない。理想があってこそ現実を見ることができる」


 そう言って、雄は席を立ち表紙のない『禁書(ライトノベル)』を持って玄関に向かった。

 一口も飲まれていない二杯目の麦茶を見て竜次が「もう行くのか?」と尋ねる。

 雄は「そうだ」と言う代わりにスッと手を挙げた。


 「フッ、カッコつけやがって、ラノベの読みすぎだ。それにしても、やっぱり俺はお前のひねくれた考えは理解できんねぇ~」

 「オレだって法律を犯してまでラノベ読もうとする奴の考えなんか分からねーよ。ま、お前は頭だけ(・・)は良いからな、オレの気持ちを知りたきゃせいぜい考えろ、学年一位」

 「そんなことじゃモテねぇぞ、学年最下位」


 「『女』なんてのがいればな。読み終ったらまた返す。じゃあな!」


 「あぁ……」


 ───バタン。


 扉がゆっくりと閉められ、竜次の部屋に静寂が訪れた。

 

 「まったく、なんでアイツはあぁもひねくれてるのかねぇ~?」


 大きな嘆息を吐きながら一口も飲まれていないグラスを竜次を見つめる。


 「あんなことがあったから仕方ねーのかもな」


 悲しそうに竜次がポツリと呟いた。


………

……


 自分の部屋がある棟に戻る道すがら、雄は凄まじい後悔と羞恥の念に襲われていた。


 「…………(恥ずかしすぎっ! なにあの会話!? あんな会話、今どきのアニメでもしねーぞ!! 竜次(あいつ)絶対、心のなかで「うわぁ、いってぇwww」思ってたよ! そりゃ、なんか場の雰囲気に流されてやっちゃったけど……オレ、ただラノベ借りに行ってただけなんですけど! 犯罪犯しただけなんですけど!!)。」


 「ぬおぉぉぉうぅうぅう!! 黒歴史ぃ~!」


 道端で雄が一人くねくねと悶絶していると、街路樹の木陰に黒いなにか(・・・)が見えた。

 

 (なんだありゃ? 猫か? ごみ袋か?)


 雄が目を凝らして見てみると、それは人の足だった。

 黒いスーツを着た、人の脚だった。


 (ったく! こんな時間からいい歳こいた大人が街路樹の木陰で昼寝とは世も末だな。オレ達学生は週6で早朝補習やってるってのに)


 呆れた様子で街路樹の木陰で昼寝(?)しているスーツの人の脚を見ながら通過しようと目の前を通り過ぎようとした。

 しかし、その足取りは急にピタリと止まった。


 (待てよ……ここは学生寮の敷地内だぞ! なんでスーツ着た人間が木陰で昼寝なんかしてんだ!? 学生は外出時は原則制服のはず、スーツを着てかつ学生寮の敷地に入れる人間といえば───そう! 『先生』!!)


 夏の猛暑でも簡単に汗を出さなかった雄の額に嫌な汗が後から後から噴き出していた。

 体にピーンと緊張の糸が張られる。心音が大きく早くなり、体の動きがぎこちなくなる。

 それもそのはず、なにせ今の彼の手に握られているのは見つかれば即牢屋行きの『禁書(ライトノベル)』だからだ。


 (どーするよ!? こんなの見つかったら退学どころの話じゃねーぞ!! 下手したら竜次まで捕まっちまう! と、とりあえず、いつも通りの平静を装って黙って通りすぎよう! そうだ! 相手は寝てるんだ! 黙ってりゃこっちの勝ちだ! でも、万が一ってこともあるし、ラノベは学生服のなかに隠しとこ)


 雄はあわてて学生服のボタンを外し、開いた隙間にライトノベルを入れて再びボタンを閉め直し、極力自然を装いながら歩きだした。

 が、しかし、今の彼の歩く姿は誰がどう見てもロボットのようにぎこちなく怪しさ前回だった。

 スーツの人の前までさしかかる。

 雄の首が油の注されていない機械のように不自然に動く。


 そこには木陰に背を預け、目を閉じている30代くらいの男性がいた。


 スポーツ刈りの黒髪にハーフリムの四角い眼鏡を掛けた顎髭の生えた男。

 見た目はいたって普通のサラリーマンであるものの、身に付けているスーツや靴はかなり上等なもので見る人によっては裏社会の人間にも見えなくはない。


 その男をみるなり雄は愕然とした。

 目を見開き、蛇に睨まれた蛙のように体を強ばらせた。

 それは決して、この男が第一高校の教員ではない部外者だった驚きでも、ヤクザかも知れないという焦燥からでもない。



 黒いスーツがはだけて見える白いシャツが赤黒い血糊に染まっていたからだった。



 「ご、ご、ごめ、ごめんなさいっ!!!」 


 

 雄はなぜか目の前で血塗れでぐったりしている男性を前に腰をほぼ90度に折り深々と頭を下げて謝罪した。 

 

 「うっ……」


 男が意識を取り戻し顔を歪ませて吐息とも声ともつかない音を発した。

 雄はビクッとして猫のように後ろに飛び退き、両手を会わせて念仏を唱え始める。


 「ぎゃあー! あの世に帰れ!! お前はもう死んでいる!! 南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏!!」

 「死んでねぇよ……失礼なガキだなぁ、オイ」

 

 途切れ途切れの息をしているものの男の顔には確かに生気があり、ちゃんと生きていた。


 「おい、おっさん大丈夫か? なんか、その……血塗れですけど……」


 おそるおそる尋ねる雄に、のっそりと男は立ち上がりニヤリと笑った。

 本来なら雄を安心させる為の微笑みだったのだろうが血塗れのシャツで笑いかけるので雄の恐怖心は更に増幅してしまう。


 「心配いらねーよ、小僧。これはザクロ&アサイーの毎朝健康ジュースを溢しただけだ」


 顔相応のよく通る渋い声だった。そして、どこか悲しげな響きがあった。


 「紛らわしいことすんなぁ! マジでビビっちまっただろ!!」


 ビシッ! と見ず知らずの男性にツッコミをかます雄だったが、そのツッコミをいれた手の甲がシャツに触れ、グシャという生々しい音になってしまった。


 「ぎゃあー! 手に付いたぁ!」

 「ツッコミなんか入れるからだろ。それに、さっきのツッコミは手首のスナップがなってない。四十点!」

 「あぁ、オレもまだまだ───って、どーでもいいわ! そんな採点!! ……てか、なんでアンタこんなとこで寝てたんだ?」

 「それを聞くのか? 小僧?」


 突然、声が低くなり本物のヤクザのように男が凄んだ。

 思わず、たじろいてしまう雄だが、気になったことは突き詰めるタイプの彼の好奇心が恐怖心を打ち負かした。


 「うっ……ま、まぁ……気になるし」

 「本当にいいんだな? 後悔しねぇな?」

 「あ、あぁ……(ごくり)」 


 男の迫力に雄が生唾を飲み込む。

 この時、雄は初めて自分の好奇心に後悔を覚えた。


 (やベーよ! やっちまったよ! もしこのおっさんがホンモノならオレはこのままコンクリで固められて海に沈められるかも知れない……)


 雄の後悔を他所に男が口を開いた。


 (ええい! もうなるようになれ!!)

 

 「熱中症だよ」

 「は?」

 「いや~! こんな炎天下で黒髪、黒スーツだもん! もう暑くて暑くて! フラフラしながら歩いてたらちょうどこの辺で目眩がしたもんだからそこの木陰で休んでたんだよ」

 「…………」

 「な? 後悔するって言ったろ?」

 「あぁ! 後悔したよ!! ご忠告どーーっも!!」


 今度のツッコミは手の甲ではなく、思いっきり男の尻を蹴飛ばした。

 男の上等な黒いスーツの尻に雄の靴形が付き、前のめりになって倒れた。


 「おぉ! 効くねぇ! でも今のはドロップキックの方が良かったな。う~ん、六十点!」

 「だから、どうでもいいって言ってんだろ!! そんな採点!」

 「バカヤロウ! ボケとツッコミは人生を円滑に歩むための潤滑油だ! 覚えとけ!!まったく、これだから近頃の若い奴は……」

 

 パンパンと膝の汚れを払うと男は立ち上がた。

 そして、「さてと……」と言い、再びあの真剣な表情に戻った。


 (尻の汚れは払わねーんだ……)


 「よし、小僧。本題に入ろう」

 「いや、本題ってそもそも話の議題すらさっぱり見えてないんだけど」

 「ずばり聞こう───」

 「人の話を聞けー! このヤクザもどき!! せめて話の議題ぐらい教えろっ!」

 

 「お前、『ハーレム』してぇんだろ?」

 

 唐突に投げかけられたその言葉に雄は言葉を失った。

 口をつぐんだ代わりに今度は全力で頭を回転させ事態の整理と収拾を謀ろうとしたが、動揺のせいか上手く頭が回らなかった。

 

 (何故だ!? どうして分かった!? オレはそもそもこの男に一言も自分が『ハーレム』をしてみたい、だなんて言ってないのに! クソ! 動揺して上手く頭が回らねぇ……!)


 「な、なぜそれを……?」


 状況の整理が間に合わなかった雄のとった行動は、警戒レベルを最大にまで上げて本人に理由を問うことだった。

 その言葉を待っていたと言わんばかりに男はニヤリとあの不気味な笑みを再び洩らした。


 「小僧、その学生服の中に大事にしまってあるソレ───『禁書(ライトノベル)』だろ?」


 「───なっ!?」

 「ヘヘヘ! 図星か……」


 男は勝ち誇ったような表情で雄を見つめた。

 その瞬間、雄は全ての思考が完全に停止した。

 負けず嫌いでどんな不利な状況でも牙を剥く、バカな獣のようだと言われた彼がその日、久しぶりの敗北(・・)、それも戦いもせずに負けた不戦敗を味わったのだった。


 (なんなんだ? このおっさんは……!?)

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