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売れない商品もあります

犬耳少女はポートレイルで疎まれていた。

メヴィーは今日も蔑みの視線を感じながらポートレイルの街を行き来する。


半分人間、半分獣の獣人は、このポートレイルでは一様に肩身の狭い思いをしている。

特に具体的な理由がある訳ではないが、純血の人間たちは彼らを見下す傾向にある。


思春期真っただ中のメヴィーはそう言った感情に特に敏感だ。

いつも夜になると考えることがある。

いつかは差別のない世界に行きたいと。そこで混じりけのない純粋な気持ちをもった男性と恋をしたいと。


獣人の彼女はそんな夢をみながら、今日も真面目にダンジョンへと潜る。

一緒に行くのは、唯一の友人でもあるハーフエルフのトゥウェイン。


彼女たちはまだ少女だが、獣人は人より力が強く、ハーフエルフは人より魔力が強い。

蔑まれている彼女たちだが、冒険者としては一流だった。


前衛のメヴィーと後衛のトゥウェイン。非常にバランスが良く、性格の相性も良かった。

明るく気の強いメヴィーと、一歩引いた性格のトウェイン。


彼女たちは出会うべくして出会ったのかもしれない。

そんな彼女たちは、ダンジョンで暇さえあれば恋の話に花を咲かせる。

具体的な相手はいないので、いつも理想の相手をそれぞれ語るのが定番だ。


「アタシは、マッチョがいいなぁ」

「ええー、マッチョは何だな嫌だな」

今日のテーマは理想の男性の体型みたいだ。


「じゃあトゥウェインちゃんはどんな体型がいいの?」

「うーん、やっぱりスラリと細長い系がいいかなぁ」

「でもそんのじゃ、ちゃんと守ってくれないかも」

守ってもらう必要があるかは別として。

「いいの。魔法が使えればいいのよ」

二人の着地点のない会話は、魔物と遭遇するまで続く。

なんてことない魔物の場合、そのまま会話が続くことさえある。

そして、今回の相手はなんてことのないゴブリンが相手だった。

年頃の女の子の恋話はそれほどのポテンシャルを持っている。

話しても話してもネタが尽きることのない永久機関なのだ。


「でも、もし接近戦に持ち込まれたら不利でしょ!」

ゴブリンを剣で斬りつけながら、メヴィーは会話を続ける。

「もしもすら与えないほど、その人は魔法が強力なの!」

こちらは風魔法でゴブリンを吹き飛ばしながら、いもしない相手の話をする。


こんなユルユルなノリで、彼女たちのダンジョン探検が始まる。

二人は思う、もしかしたらダンジョンに潜っているときが一番幸せなかもしれないと。


だれの視線も気にすることなく、己の力をふんだんに使える場所。

ダンジョンはシンプルですごくわかりやすい世界だった。


「そういえば、エルフって魔物の言葉を聞くことができるんでしょ?」

ふとした合間にメヴィーがそんなことを聞く。

「ん?ああ、本家はね。私はハーフエルフだらかそんな能力はないよ」

「そうなんだ。もし聞けたら話してみたいことがあったのに」

「何を?」

「うーん、ダンジョンの生活はどうですか?とか、たまには仲良くしましょうかとか」

「変なの」

獣人故に思うことなのだろうか。

トゥウェインにはわからない価値観だった。


二人はダンジョン内で他の冒険者に遭遇した場合、避けて通ることが多い。

高い確率で蔑まれるから、その前に避けてしまえと言う魂胆だ。


だからいつも二人は王道ルートを通らない。

今日も細道の、奇襲に遭いやすい道を行く。


「メヴィーちゃんの鼻があるから、いつも助かっているよ」

トゥウェインの言う通り、彼女らが危険な道を通っても無事でいられる理由に、メヴィーの鼻の良さがあった。

およそ犬と変わらないその嗅覚はダンジョンの隅々まで匂いを嗅ぐことができた。

どこに魔物がいて、どこに危ないガスが噴き出す区画があるか、彼女の嗅覚によって未然に防いできた。

獣人とはこのように、何か大きく能力が優れている場合が多い。

メヴィーの場合、人間より力が強く、嗅覚は犬並み。

劣っているどころか、人間にすべての面で優っているとさえ言える。

それなのに、表の世界では扱いが悪い。僻みや、妬みもあるのかもしれない。


「トゥウェインちゃんの光源魔法も役に立っているよ」

「いえいえ」

褒め合う二人。

トゥウェインは魔法が得意で、光を継続的に出す光源魔法は何かの片手間に出すことができる簡単な魔法だった。

光は二人の周りを照らし、遭遇した魔物の視界を妨げる効果もあった。


何度も思う、自分たちは相性がいいのだと。

きっと肩身の狭い世界じゃなくても、この相手とは友達だったに違いないはずだと思う。


仲のいい二人は一緒に夜を明かし、今回の一応の目的地である地下30階層付近まで来ていた。

そこで出会った赤竜を狩る。


二人にとっては今更な相手だった

戦闘が始まると、前衛後衛にわかれる二人。

息のあったコンビネーションで相手を攻め続けるうちに、次第にバランスを崩していく赤竜。

赤竜が冷静さを失うと、彼女たちはいよいよ本気で牙をむく。

10メートルもある巨体をメヴィーが蹴り上げ、弱点である腹が見えると、トゥウェインの鋭い氷魔法が鬼のように連射される。

柔らかい腹に付き立つ無数の氷の柱。


それでも完全に息を失わない赤竜を、メヴィーが鉄拳をもって叩きのめす。

連打、連打、連打のラッシュ。魔法で強化した拳が無数に降り注がれる。

そして荒々しく、無残な死体がそこには残る。


彼女たちが戦った後はいつもこうだ。

一言で言うと、汚い。

殺し方が豪快で、死体がむごいことになるのだ。


獣人やハーフエルフたちは、ポートレイルの街で蔑みをもって見られている。

ただし、メヴィー、トゥウェインを見る人たちの目は恐怖に染まっていることを彼女たちは知らない。


「はぁー、スッキリした。ポートレイルでためたストレスはこうして発散するのが一番ね」

「そうですね。私も久々に連射してスッキリしています」


むごい死体の側でニコニコと笑う二人。

ここに他の冒険者がいなくてよかった。

彼女たちがますます孤独になるところだったからだ。


今回の目的を終えた二人が、素材をはぎ取り、さっさと家路につく。

帰りたくなくても、危ないダンジョンでウロウロしているよりかはマシだ。


メヴィーの鼻と、綺麗な光源が彼女たちを導き、上の層へと登らせる。

地下29階層。

ピクり、とメヴィーの鼻が反応する。


「あっ、この先冒険者いるよ」

「うっ、避けよっか……」


今回の探検では初めて遭遇しかけた冒険者たち。

一組くらいなら会っても大丈夫かと思ったが、会わないことに越したことはない。

嫌な思いはしたくないのだ。


「もう一つの道は魔物がウロウロしているから、ちょっと逸れた道に入るけど大丈夫?」

「うん、そうしよう」

こうして二人は初めての道を行くことになる。


広いダンジョンだ、知らない道が多いことは周知の事実だが、二人は不思議な場所に出てしまう。


綺麗な形をした扉に、赤い魔石がはめられている。立て看板にはOPENの文字が。

「メヴィーちゃん……」


トゥウェインが心配そうな顔をメヴィーに向ける。

メヴィーは頭をぶんぶん横に振って、意志を伝える。

トゥウェインはメヴィーのことを心配したのだ。


彼女の鼻がこんな人工的なものを捕え損ねるはずがなかった。

人を避けている自分たちだ。先にメヴィーからの忠告が入ってもおかしくない。


しかし、メヴィーが首を横に振った意味は、匂いがしなかったということだ。

二人は不気味なその存在に戸惑った。

一歩、後ずさりするメヴィー。

トゥウェインの目を見て、ここは立ち去ろうと言う決意をした。


その時だ、警戒していた扉が開いた。

ガチャリと音がすると、中から人が出てきた。

黒髪で、黒目をした、薄暗いダンジョン内でもわかりやすい格好をした男だった。


「さてと、今日のサービスご飯のメニューを貼っておきましょうか……、あれ?お客様ですか?」

ブツブツとつぶやいていた男が、二人の存在に気が付いた。

「え、いや、違う」

「違うんですか?いやー、でもせっかくだし、寄っていきませんか?実は、結構暇でして」

二人は顔を見合わせる。

不思議な場所に、不思議な男。そして、自分たちを招き入れたいらしい。

二人は更に戸惑った。

そんなことを言う人間は、ポートレイルにはいないからだ。


「今日から、サービスご飯のメニューを看板に貼ることにしました。そのほうが入りやすいかなって」

こんなとこまで来る客が、そんなことを気にするか?という二人の疑問は口に出ることはなかった。


「ささ、どうぞ入って。お腹空いているでしょ?」

再度顔を見合わせる二人。

腹は減っているが、本当にいいのか?


「私たちが入ってもいい店なのか?」

「はい?」

タケルは間抜けな顔になった。

客が入ってはいけない店などあるのだろうか。

本気で不思議な気分だった。


「だから、私たち獣人と、ハーフエルフが入ってもいいのかと聞いている」

「もちろん。え?なんかおかしいです?」

メヴィーは逆に腹が立った。

自分たちが差別されて、入れてくれないと思っていたのに、目の前の男は全くそんな気持ちを心に抱いていない様子だ。

というか、本当にポートレイルの人間たちとは根本から考えが違う気がした。


「いいんだな。本当に入るぞ」

「はい、どうぞ。いらっしゃいませ!」

タケルは満面の営業スマイルを浮かべて、かわいい獣人と、かわいいハーフエルフの少女たちを迎え入れた。


二人はその不思議な空間に、あいた口がふさがらない。

「「うわーー」」

子供のように辺りを見回し、同じ反応をする。

目には星々を輝かせ、展示品に丁寧に目を配らせる。


「トゥウェインちゃん、このなか明るいねー」

「はい、しかも涼しいです。それに……」

「清潔だねー」「清潔ですねー」


冒険者でそれなりに金を持っている彼女たちだが、住む家はことごとく断られ、ぼろの借り屋で暮らしていた。

ポートレイルの街自体も、一部を除いては小汚い建物ばかり。

そんなとこで暮らしていた二人は、目の前の清潔な部屋に感激していた。


「床、つるつるしてて、綺麗」

「はい、壁もつるつるしてて、きれー」

冷たい壁に頬を当て、ハーフエルフのトゥウェインが天に昇る。


「あの、お客様……」

ドン引きのタケルがそばに立っていた。

お客が入るなり感動し、壁に頬を擦り始めたではないか。

変わった客は多いが、今回の客は強者のようだ。


「あっ」急いで頬をはがし、何もなかったように目を泳がせるトゥウェイン。

メヴィーが優しく励まし、二人は冷静にタケルに向き直った。


「す、すごいお店ですね」

あまり屋根のある商店に通ったことのない彼女たちには、基準というものがないが、それでもここが他とは全く違った店だとわかる。

「ええ、ありがとうございます。昨日来たお客様が変わっていましてね。すごく綺麗にしないと文句を言うのですよ。壁も綺麗ですから安心してくださいね」

言われて、また恥ずかしそうに俯くトゥウェイン。


「あ、あの。せっかく入れてくれて悪いんだけどさ。私たち、お金持ってないんだよね」

言いづらいことは先に行っておこうと思った。

それで追い出されたなら、まだ傷は浅い。本当にこの店が気に入ったときには、きっともう言い出せないだろう。


「ええ、構いませんよ」

ニコリと答える店主。

メヴィーは不思議な気分になった。

あまり味わったことない、温かい気分に。


「あ、でも私も、トゥウェインも金がないという訳じゃないんだ。ちゃんと家には金があるし、商品を買いたい意志だってある」

「そうですか。もちろん後払い可能ですよ。ていうか、ここはほとんど後払いのお客さまばかりです」

場所が場所なので。

またも明るい笑顔で笑うタケル。

二人は今にも泣きだしそうだった。こんなに優しくされたのが初めてだったからだ。

しかし、これはまだ序盤だと言うことを彼女たち知らない。


「商品を見ていてくださいね。私は奥で今日の料理を用意してきますので」

店の奥へと消えるタケル。

店番は誰もいなくなった。

メヴィーとトゥウェインは三度目の、お互いの顔を見合った。

いよいよここの店主は優しいのではなく、バカなんじゃないかと思えてくる。

「メヴィー、あの人おかしいんじゃ……」

言っちゃった!


「ま、まぁ、でも良くしてくれているし。それに、アタシこんな店に来たの初めてだから、商品を見てみたいな」

トゥウェインが帰りたいと言い出す前に、自分の一番強い思いをぶつけてみた。

「うん!私も!」

自然と上がる口角、二人の気持ちは同じだった。


年頃の女の子がするように、お店の壁や棚に入った商品を見て回る。

不思議なものばかりで、胸が躍った。

本当に初めてだった。心の底からショッピングを楽しむことができるなんて。


二人は同じところで立ち止まった。

棚に入れられているのは、ペアルックのTシャツだった。

片方の服に、それぞれ片割れの花が描かれている。

二人で着て、横に並ぶことでそろう花の絵だ。


「これ一緒に着ようよ!」

「うん!」

二人はTシャツを手に取り、その素材の柔らかさに再度驚く。

またお互いの顔を見て、笑いが自然と起こる。

(ああ、なんて楽しんだろう)

心には花が咲いている気分だった。


「おや、それが気に入りましたか。よかったら差し上げますよ」

喜ぶ二人に後ろに、料理を手にした店主がいた。

なんだか可愛らしい料理を持っているが、それよりも―


「その、タダというのは流石に心苦しいので、次来たときに必ず払います」

「いや、それ全然売れなかったので、喜んでいる二人に貰ってもらうほうが、私としても嬉しいんですよ」

「でも、こんないい素材なのに」

「いいんですよ。本当に。それに、うちは結構お金を落とすお客が一定数いるので、純粋に楽しんでくれている二人のようなお客は珍しいですし」


そういうなら……、貰っておこう!

キャッキャッ飛び跳ねたい気分だったが、知らない男の前でさすがにそれは憚られる。


「Tシャツはカウンターの上に置いておいてください。包装しておきますので。それより、先にご飯にしましょう」

休憩室に案内された二人は、ソファーの柔らかさに再度感動する。

そして、目の前に置かれる料理。


「ピッツァです」

「「ピッツァぁぁ」」

釣られる二人。

目の前の丸っこい生地の上に、色とりどりの素材が乗せられた魅力的な食べ物。

見ているだけで既に幸せだった。


「これで切り分けてください」

そう言って、店主のタケルは去った。放任主義な男のようだ。

渡されたのは拷問器具のようなものだった。ギザギザになった丸い歯が回転して、押し付けたらパンくらいならキレそうだと思った。

それをピッツァというものに押し付ける。

触感はパンに近い、たしかにこの拷問器具で切り分けることができた。

取り敢えず半分にして、片方をトゥウェインイ渡す。


「大きいねぇ」

「そうね。ワクワクしちゃう」


ピッツァを細かく切り分けないので、とんでもなく不便な食べ方をするしかなくなった彼女たちは、具をこぼさないように端から大口で噛り付いた。

しつこく付いてくるチーズ。

漏れ出すトマトの汁。

ぱっさぱさに散らかる生地の端。


もうテーブルはひどいことになっていた。

それでも下が見えない彼女たちは、しつこいチーズに苦戦しながらも続きを食べていく。

そんなに苦労しても食べ続けたいほどに、ピッツァは美味かった。

焼きたてほやほやで、いろんな素材のいい香りがする。

特にトマトが上手かった。

トマトがこの料理の命だと二人は確信する。さらに手が加速して、二人は全てを平らげた。


食べ終わると、少しだけむなしさが残った。

もう終わったのかと。そして気が付く、大変な状態のテーブルに。

説明しないタケルが悪いが、二人はもうピッツァの余韻どころではなくなった。

急いでどうにかしなくては。

しかし、すぐにタケルがやってきた。


「す、すみせん!テーブルめちゃくちゃにして!」

「いいんですよ。それよりも、美味しかったですか?」

「はい!とっても!」

「それはよかった」


タケルに嫌われることもなく、二人は食後のお手拭きまで貰った。

致せり尽くせりで、この人には頭が上がらないと思えた。


二人は最後に、丁寧に包装されたTシャツを受け取る。

店を立ち去る際に、メヴィーは今一番聞きたいことを聞いた。


「あの……」

「はい」

「トゥウェインとまた二人で、ここに来てもいいですか?」

「もちろんですよ」

「ありがとう」


帰り道にトゥウェインから言われた。

探していた場所が見つかったねと。

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