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貴族御用達です

ルイーズ・シモーネはぽっちゃり系金持ちで、生まれ持っての勝ち組だ。

それもただの成金ではない、王室誕生時から続く由緒正しき貴族の一員。

このポートレイルで多くの利権を持った、泣く子も黙るシモーネ家の次男坊だった。


彼の街での評判はよろしくない。

彼を中途半端に知る人で、彼のこと良く言う者はあまり多くない。

何も権利を振りかざして弱者を痛めつけているとか、危ない薬に手を出し常にフラフラとかそんな状態ではない。

むしろ、その顔色は明るく、すれ違う知人にはきちんと挨拶をする好青年だった。

それなのに評判がよろしくない。女性にモテない。親には期待されていない。

なぜなら彼は、“バカ”だからだ。


ルイーズは貴族でありながら冒険者としてギルドに登録していた。

その彼が、自身も冒険者だというのに、月に一度だけギルドに仕事の依頼を出す。


『冒険者10名を募集する。目的地は竜のダンジョン地下29階層』


定期的に張り出されるこの仕事依頼は、大変人気の仕事であった。

報酬は金貨20枚。ダンジョン内でとれた素材は全て取った者が所有する。つまりは受注者である、冒険者10名のものだ。

ルイーズはそれなりに腕の立つ男だった。

足手まといにはならないし、それ故過度な護衛も必要はない。

更に、ルイーズの側に仕えている一人の護衛は凄腕だった。場合によっては彼が助けてくれることすらある。


こんな美味しい仕事はめったになく、冒険者たちはこの仕事を巡ってたびたび争っていた。

そんなことがあるので、ギルド側から抽選で毎月仕事を受注する10名を決めている。


その幸運な10名が待つなか、ルイーズがギルドにやってきた。

隣には歴戦の強者である、護衛を一人従えて。


この12名で、彼らは竜のダンジョン29階層を目指す。

この仕事はある程度の実力が必要になるため、あらかじめ冒険者のレベルは絞られている。


そのため、出会いたて10名の拙い連携でも、彼らはなんの苦も無くあっという間に20階層へと着く。

今日はここで夜を明かす。明日の昼頃に目的地である29階層に着くだろう。

魔物の出づらい区画に簡易の寝所を作り、彼は各々体を休ませる。

自分の持ってきた携帯食を食べ、心と体を癒していく。

ルイーズの護衛、アーヴァインも同じように食事を摂っていた。


ルイーズはその姿を恨めしそうに見ている。

「食べたらいいじゃないですか」

「馬鹿め。空腹は最高のスパイスなのだぞ」

「そうですか。ならそんな目で見ないでください。食べづらいので」

「ぐぬぬぬぅ」

護衛から注意されるが、それでも執拗に見続けるルイーズ。

貴族出身の彼に、飢えるという経験は非常に苦しいものだった。

それでも、今は耐えなければならない。この先にご褒美が待っているからだ。


「大体、そんなに美味しいですかね?私にはどうもわかりませんよ」

「ふん。庶民の貴様にはわからん味よ。我ほどの高貴な存在だと、逆にあの珍味に惹かれるのよ」

「はいはい、そうですか。じゃあ、お腹を空かせて苦しんで寝てください」

面倒くさそうに、アーヴァインが嗜め、彼は食事を終えた。

そして、すぐに眠りに着く。あくまで彼は護衛だ。常に体調を万全にする必要がある。


ぐーすか眠る護衛の隣で、ルイーズは眠れないでいた。

空っぽのお腹が、食べ物を求めて脳に信号を送り続ける。その信号が彼に眠りを与えてくれない。

(ああ、お腹がすいた。タケル殿……)


お腹をさすりながら、ルイーズは目をつむった。


ルイーズが冒険者たちを雇って、ダンジョンに潜るのには理由があった。

表向きに、多くの者が知る理由は、少し事実と違う。


ルイーズはダンジョン内でとれた魔物の素材を、仕事の受注者たちにすべて渡している。

29階層ともなると、赤竜の素材も取れるので結構な金になる。

しかし、ギルドの成果報告には、それらは全てルイーズの手柄として記録されている。


だから皆勘違いをする。彼は楽して冒険者としての名誉が欲しいのだと。

日常に飽きた貴族の道楽程度にしか思われていない。

バカな貴族が、金をばら撒いて名誉を買おうとしている。

彼の評判の悪さはそこから来ていた。

しかし、事実は違う。彼はその行動をフェイクとして使っていた。

自分の真の目的を知られないために、彼が打った先手だったのだ。


全ての目的は、地下29階層にあるあのお店へと行くこと。そして、あそこで自分の欲求を満たすこと。

他人に知られたくないのは、あの場所を大衆店にしてしまいたくないから。

貴族的な、選民意識が彼の行動の原理だった。


「……さま。ルイーズ様、出発しますよ」

護衛のアーヴァインに起こされて、ゆっくりと目を開けた。

深い眠りだった。どうやらもう一晩明かしたらしい。

寝る前は腹が減っていたが、起きたら既に空腹はない。

ああ、いつものやつだ。

空腹の向こう側、医者は血の中の糖分が安定するからとか言っていたな。

「もう朝か」

「ええ、どうです?まだお腹は空いていますか?」

「いいや、むしろ体の調子がいい。お前もたまにやってみるといい。不思議なものだ」

「ええ、わかりました」


ルイーズの好調さに引かれてか、一行の残り道も順調だった。

いよいよ29階層で赤竜と遭遇するが、今回の10名は優秀らしく、あまり苦としなかった。


魔物の出ない一角に、10名に待機を命じる。

連れていくのは護衛のアーヴァインだけ。


10名は言われたとおりに待機するが、やはりその怪しい行動を噂する。

なぜルイーズはいつも29階層までしかいないのか。

なぜいつも二人でどこかへ消えて、2,3時間後に戻ってくるのか。


大方の見解は出ていた。

ルイーズは29階層で採れる、蜜を生で食べているのではないかと。


いつもルイーズが消える辺りには、ダンジョンの壁から太い根を出した植物がある。

その植物の根からは、不思議な蜜があふれており、これが独特な風味を持っていてなかなかにうまい。

もちろんポートレイルでも買うことは出来る。

しかし、やはり採れたてよりは味が落ちる。

つまり、ルイーズはその蜜の大ファンであり、それを知られたくないがために隠れて蜜を舐めているのだというのが最有力の見解だ。


あながち大外れでもないのだが、彼らはその結論で満足していた。


ルイーズとアーヴァインは一か月ぶりに扉の前に立っていた。

変わらぬ精巧な作りの扉と、綺麗な赤い魔石。

店はいつも通り、OPENとなっていた。


「では行ってくるぞ。お前は本当に今回もいいのか?金ならお前の分も出してやる」

そう言われるが困り顔になるアーヴァイン。

「いえ、私にはわからない味ですので。妻の料理の方が好きでして」

「そうか。ではタケル殿に挨拶だけでも」

「いえ、それも……。私はあの方が苦手なのですよ。なんというか、化け物染みたものをその姿に見るのです。いやはや、思い出すだけでゾッとします」

「アーヴァインほどの男が何を言っておる。父はお前より強い者は、最強の騎士キーラ・スフィアくらいだと言っておるぞ」

「まぁその話はまた今度。ルイーズ様は私に気兼ねなくお楽しみください」

「そうか、すまぬな。ではしばし待っていろ。私は月に一度の席を存分に味わってくる」


扉へと消えていく主を見守るアーヴァイン。

アーヴァインは知っている。己の主が、自分の娯楽をつぶさないために頭を働かせていることを。彼は決してバカなんかじゃない。きちんと計算のできる男だ。

しかし、アーヴァインは同時に知っている。

己の主が、天然バカだと。


扉を潜り抜けた先には、ルイーズが要望していた通りの環境が整っていた。

冷房の温度は普段より少し低めに。

照明はいつもより強く。ちなみにこの日だけタケルは証明をLEDに変えている。

更に店はいつもより念入りに磨かれて、ホコリ一つない。


「うむ、いつも助かる。タケル殿」

「いえ、大事なお客様ですので」

「ありがとう。では、いつものコースを頼むよ」


環境に満足したルイーズは、いつもの休憩室へと向かう。

彼がお気に入りの、和風テイストの腰かけイスが特別に用意されている。

全ては彼の要望から作られている環境だ。その分の対価は用意している。


待つこと1分。店主のタケルが、いつものコースを持ってきた。

非常に申し訳なさそうな顔をして。


「前菜のコーンフレーク、ミルク入りでございます」

「うむ」

タケルは非常に申し訳なさそうな顔でその場を去る。次の支度がまだあるのだ。何せコース料理は始まったばかり。


冷静に受け答えしたルイーズだったが、その内心実はもの凄く心が踊っていた。

(これだ。これを待っていたんだ)


スプーンでコーンフレークを掬い、口に運ぶ。

これだ。これなんだよ。この珍味を求めてやってきたんだ!

チープな味がルイーズの下には珍味として映る。

貴族が皆そうなのか、ルイーズだけがそうなのかはわからない。他に貴族の客がいないからだ。

綺麗にコーンフレークを食べ終え、残った甘みが混ざったミルクも飲み干す。

チープな味だ。しかし、珍味。

すきっ腹に程よい刺激を与えた。今日も絶好調でメインを迎えられそうだった。


食べ終えたと同時に、タケルが次の料理を運び入れる。

「竹屋のコールスローです」

またもチープだ。

多すぎる対価を貰っているタケルは非常に申し訳なさそうな顔をする。

これでいいのか?と。しかし、客が求めているのだから仕方がない。

「うむ。今日もいい出来よの」


洗われすぎて、もはや野菜の成分の大方を失ったサラダを食べながらルイーズは唸る。

珍味だと。


「わかめスープです」

インスタント。一袋当たり21円の代物。

数々の高級スープを飲んできたはずのルイーズであるが、その顔は恍惚としている。

(珍味最高だ)


「菓子パンです」

甘い!

ダイレクトに突き刺してくる甘み!珍味である!


「サバ缶です」

「スーパーアイスです」

珍味たいぎである!


「メインのカップラーメンでございます」

いつもこの頃から状況に慣れだすタケルが、お湯に入れて2分30秒経ったインスタントラーメンを持ってきた。

「来たか!カップラーメン!」

このお店で食べられる珍味の中でも、もっとも好物であるカップラーメンが来た。

ルイーズは鼻の穴を大きくして、漏れ出す湯気を嗅ぐ。


うん、いつも通り効きすぎている塩分の香りがする。

よくわからない、危なそうな香りもする。

きっと体に悪いだろう。しかし、珍味を愛する自分の腕は止まることを知らない。


カップを片手に持ち、フォークで麺を絡めて、ズルズルと口の中に入れる。

うまい!こんな味、ここでしか味わえない。

きっと屋敷の料理人に頼んでも、この味は出せないのだ。

だから一生懸命、全神経を集中して味わう。

あっという間に終わる幸福の時間。

醤油味のカップラーメンはその汁も残すことなく、貴族の体へと消えていった。

(あー、美味しかった)


食べ終え、満足感に浸っているルイーズにいつもの衝動が襲いかかる。

カップラーメンのスープまで飲み干す彼は、いつもメインの後に急激な喉の渇き襲われる。

感じるとほぼ同時に、タケルがドリンクを持ちだす。

「コーラです」

氷が大量に入ったギンギンに冷えたコーラ。

ジャンクなカップ麺を食べた後に、冷たいコーラを一騎飲み。


ルイーズの最も好きな流れである。

ゲプッと息を吐きだすと、彼の気持ちは落ち着いた。

今回もいい思いができた。炭酸で膨れたお腹をさすりながら、ジャンクな味を思い出す。


濃い。甘すぎる。危ない味もする。でも、珍味である。

思い返し、決める。また来月も来よう、と。


「タケル殿。今日の分だ。金貨30枚入っている」

ジャラジャラと大量に金貨が入った袋を渡す。

「もっと減らしてくれてもいいんですよ?」

「いつも言っている。こんな珍味はここでしか食べられない。我は満足している。受け取るがよい」

罪悪感に苛まれながら、タケルは金貨を受け取った。

タケルの大変な一日が終わった。

ルイーズにとっての幸せな一日も終わった。


手土産のポテトスライスを片手に、ルイーズは自分の街へと戻っていった。


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