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ダンジョンに住む人

タケルの妹、チサトはいつも通りのジト目で、口を三角形にしながら説明を受けていた。


「兄ちゃん仕入れに行ってくるからな、店番頼んだぞ」

「……、うん」

「お客様が入ってきたら、まずは挨拶。求めている商品があれば、店の奥からとってきてあげて。値段は一覧表にしてあるから。よくわからなかったら、次回の支払いでもいいから」

「……、うん」

「本当にわかっているのかな?」

いまいちハッキリしない反応の妹に、タケルは少しばかりの不安を覚える。

しかし、妹も既に高校2年生だ。いまさら接客の一つや二つ、任せておいても大丈夫だろう。たとえここが変なお店で、変なお客が来ようと、やることはコンビニ店員とさほど変わらないはずだ。


「じゃあ、お兄ちゃん行くから。ちゃんと給料分の働きはしてよね」

「あい」

タケルは仕入れのための大きなバッグを背中に背負って、店から出ていった。

店に一人寂しく取り残されるミサト。


いつもタケルが座るカウンター内の席に腰を下ろす。

うん、座り心地のいい椅子だ。気分はいいが、ミサトの表情は変わらない。

大きなイスに、小さな体。一人だけの快適な空間。

ミサトは少しだけ女王様気分を味わえた。それでも一向にジト目、三角形の口元は変わらないが。


ミサトは時給3000円を貰って、ほとんど座っているだけと言う最高の仕事を得た。

外でこんな楽に稼げる仕事はないと知っている。だから、最低限の仕事はこなす。

でも、お客が来ていないので、とりあえず携帯を取り出して暇つぶしをするのだった。


◇◇◇


ダンジョン内で暮らす男。

ケルヴィンはそう呼ばれていた。たまにダンジョン内で出会う人間たちが彼につけた通り名だ。

元は家名をもった立派な領地持ち大貴族の跡取りだった。

しかし、弟と揉めに揉めたお家騒動を経たのちに、疲れた彼は俗世を捨てた。

出家なんて文化はなく、家も金も弟に奪われた彼は剣一本でダンジョンへと入る。

それが30年も前の話である。

ケルヴィンはダンジョン60階層を拠点としていた。

剣一本で、水竜がでる区画を生き延びる。常人じゃ到底まねできないことだ。

でもケルヴィンはここでの生活を気に入っていた。

誰の顔色を窺うこともない。目の前に魔物が現れれば、殺すか殺されるか。

至極単純な世界だ。

魔物を倒せばそれが自分の血肉となる。

そう、ケルヴィンは魔物を食していた。あまりいい味ではないが、活力を得るには魔物の肉も悪くはない。

それに、良く行くあの店から買う“マヨネーズ”をつければ大抵の肉は食えた。臭い肉も、堅い肉も、マヨネーズさえかければ。ケルヴィンはマヨネーズに絶対の信頼を置いていた。


「さてと、そろそろお腹が空いてきたな」

寝起きのケルヴィンは、さっそく今日の朝食を考えていた。

表の世界で食っちゃ寝の生活をしていたら、誰かしらから間違いなく文句を言われるだろう。

しかし、ダンジョン内ではそんなことはない。食った後は寝る、他にやることもないのだ。

むしろ食っちゃ寝生活がスタンダードですらある。

今日のご飯は何かなー。

ケルヴィンが選ぶまでもなく、その水竜ちょうしょくが現れた。


60階層一体に出現する、水竜。神秘的な輝きを放つ水色の鱗はしなやかな柔らかみを持ち、長い口先を持っているのが特徴だ。

一見その体の細さや、あまり獰猛な声を上げないことから弱い竜と思われがちだが、それは全くの見当違いだ。


このダンジョンで赤竜の次に冒険者を葬っている竜と言っても過言ではない。

水竜の移動はダンジョン内を滑らかに滑って移動する。この変則的な動きが、多くの冒険者が苦手とする原因だった。

ついさっきまで遠くにいたと思っていた水竜が、ゆったりとしたモーションから一気に距離を詰めてくる。初めて体験した者はまず反応できないだろう。


しかし、ケルヴィンはいともたやすく剣で相手の鋭い口先を受け止める。

10メートルはある水竜を正面から、すべての衝撃を受け止めた。

こんなことができるのも彼くらいだろう。

なぜなら、彼は人類史上最も水竜を狩って生きているからだ。環境と、状況がそうさせただけだが。


「決めた。朝からこいつだと結構胃にガツンとくるが、お前を食べることにした」

そう言い終わり、口先を払いのけ、竜の首筋に剣を叩き込む。


しかし、ヌルリと剣が滑り、首が剣で斬られることはなかった。

これも水竜の強みだった。

特殊な鱗は簡単に刃物を通さない。見極めなければならない、一体一体の特性を。


「いやー、寝起きで相手をするレベルじゃなかったね」

後悔しても遅かった。この竜は既に激情をもってケルヴィンに襲い掛かってくる。

先ほどの剣は完全に外れたわけではなく、綺麗な鱗を一枚はがしていたのだ。

水竜は鱗を大事にする竜であるため、もうケルヴィンを逃がすことはない。


どちらかが死ぬまで、この戦いが止まないことが決定した。

ケルヴィンの、ダンジョン内での食っちゃ寝生活はいつもこんな風だ。

常に死と隣り合わせの生活で、食っちゃ寝生活をしている彼を責められる人間などいないだろう。

ケルヴィンは今日も帰る場所などなく、今日も生きていくために目の前の強敵と戦う。


ケルヴィンと水竜の戦いが済んだのは昼頃だった。

思ったよりも強い個体で、かなり苦戦した。

大事に使っていた剣も折れている。かなりいい剣だし、魔法で強化もしている。

それでも強化した体から放たれる無数の斬撃と、強敵からの攻撃を防いでいるうちに限界が来たようだ。

そっと一言お礼をいい、その剣をダンジョンの地面に突き刺した。

ケルヴィンが良くやるお祈りみたいなものだった。


「さてと、お前を食うとしよう」

ケルヴィンは解体用のナイフを取り出すと、慣れた手つきで竜を解体していく。

解体した個所からマヨネーズをかけて口に入れて、咀嚼していく。

固いので何度も噛みながら、その間にも解体を進めていく。

そんなことをしながら何時間も、何時間も経過する。

辺りに魔物は集まれど、見慣れたケルヴィンに進んで襲い掛かる魔物もいない。この辺りじゃ、水竜以外はケルヴィンをおそろいしい魔物だと認識していた。弱い魔物が強い魔物に襲い掛かることなんてないのだ。


ケルヴィンが水竜のすべてを平らげた時、そとの世界では夜を迎えていた。

朝起きて、殺して、昼から食べ始めて、夜になるのだ。

これがダンジョン内での、生活のスタンダード。

ケルヴィンにこの生活の疑問はないし、むしろ何も考えなくて済む分気楽で、幸せであった。


水竜の食べられない魔石と、牙、爪を皮製の手提げバッグに詰め込むと、その場にあおむけになり、ケルヴィンは夢の世界へと入っていった。

隠れることはしない。強者だからだ。

誰もはし襲いはしない、弱者だからだ。至極単純な世界だ。


ケルヴィンは魔石や、金になる素材をちゃんとはぎ取っていた。

外の世界と縁を切った彼には関係のないもののように思えるが、ダンジョン内にも実はお店がある。

ケルヴィンは竜のダンジョンに30年も住んでいる。

もちろんその存在を知っていた。


彼はそこで買い物をするために、金になる素材を集めているのだ。

そこの店主のことは嫌いじゃない。

人間関係が煩わしくて逃げてきたダンジョン内だが、不思議と店主のタケルとは心の壁を感じない。

もちろん彼が、商売人として対応してくれるから余計な気を遣わなくていいのはわかっている。それだけじゃない、ケルヴィンはタケルのことが結構好きだった。

きっと外の世界にいた頃、まだ人間だった頃に出会えたら友になれていた気がする。


それはもう、想像でしか実現しないことだが。自分はもうダンジョン内で生きる孤高のトラだ。しかし、そんな未来があってもよかった。

ケルヴィンはそんな夢を見ながらだろうか、綺麗な寝顔でダンジョンの一室で眠りについた。


目が覚めると、真っ先に29階層めがけて突き進む。

以前行ったのはどのくらい前だったか。半年前かな?うーん、思い出せない。

こちらに来てからは、時間の概念もあいまいになりつつある。


久しぶりに会うタケルのことが楽しみだった。

剣が折れたので、タケルが作った新作の剣を一本買おう。

それにマヨネーズも底をついている。また大量に買おうか。


色々と考えながら、ケルヴィンを知らない魔物を葬って、懐かしの扉の前に立った。

「変わらんのぉ」

また扉を開けたら、眩しい光が目をさすのだろう。それにあの不自然な涼しい空気。

タケルも笑顔で出迎えてくれるだろう。


ちょっとだけドキドキしながら、失われた心が戻ってくるかのような気持ちで、ゆっくりと扉を開いた。


(……、あれ!?聞き慣れた、いらっしゃいませ、の声がしない)

店の前の立て看板にはちゃんとOPENと書かれていたはずだが。


タケルはいないのか?

いつもタケルが座っているブラックレザーの椅子には、なぞの少女が座っていた。

ジト目で、じーっとケルヴィンを窺う。口はずっと三角形のままだ。


「あ、あれ?お嬢ちゃんは誰かな?」

「……」

チサトは答えない。実を言わなくても、人見知りなのだ。

ケルヴィンは戸惑った。

目の前にいるのは間違いなく少女、決してただの屍ではない。

では、なぜ返事をくれない?


自分が外の世界にいた頃、こんな失礼なことをする人間はいなかった。

彼女の綺麗な身なりを見る限り、タケルと同じく育ちがよいのだろう。

そんな育ちの良い彼女が、あいさつ一つしないだと!?


水竜を前にしても、一歩も引かないケルヴィンが、今物凄く狼狽していた。


「あの、タケルはいないのかな?」

チサトは目の前の男が怪しい男ではなく、ちゃんとした客だと認識した。

汚いが、危険ではないらしい。きちんと兄と知り合いのようだ。


高い時給も貰っているので、面倒くさいが接客をしなくては。

チサトは手に持てるサイズのホワイトボードを取り出し、水性マジックで文字を書きこむ。


『タケルは仕入れに行った』

人見知りのチサトは他人とあまり話したがらない。相手が、血だらけ、泥だらけ、傷だらけの男だと、なおのこと。


「あん?すまねぇな。長いこと社会と関わってないから、文字を忘れてしまった。読めねーんだ」

「ちっ」

苛立ちを素直に舌打ちという形で示し、チサトは次の作戦を考えた。

一体どうやって接客しようかと。言葉を話せばいいのだが、彼女の頭にその選択肢はない。


とりあえず、顎をあげて、偉そうにしてみた。

何が欲しいんだ?言ってみろ、のポーズだ。


そのボディーランゲイジは、以外にもケルヴィンに通じた。

「あ、ああ、ちゃんと商品は売ってくれるんだな?」

肯定の意味を込めて、チサトが頷く。


「剣とな、マヨネーズがいるんだ。剣はタケルが作った一番いいやつを頼む。マヨネーズはあるだけ全てだ」

(マヨラーかよ!?)

という、チサトの心の声は世に出ることはなかった。

ゴリゴリのアウトドア派かと思いきや、まさかマヨネーズをチューチュー啜る野郎だったとは。

チサトは一気に目の前の客を格下げした。

それでもお客だ。

兄のタケルから要望があったら、取に行けと言われている。反故にはできない。

イスから腰を下ろして、店の奥へと引っ込んでいく。


マヨネーズは確か段ボールで数箱仕入れていたのを見た。

どこかにあるはずだ。

兄がキモい買い物をしていると思っていたが、あいつが元凶だったか。


マヨネーズの入った段ボールはすぐに見つかった。

なんと段ボール3箱もある。

バカかよ。チサトの感想はそれだけだった。もう興味を注ぎたくない。

マヨネーズを何に使うんだよとか想像したくない。

ダイレクトに口に入れる姿とか、もう想像したくないんだ!!


ひと箱、ひと箱ケルヴィンの元へと運ぶ。

「むっ!!」

たかがマヨネーズの分際ですごく重かった。

一日の使用筋力量の三分の一を持っていかれた。チサトは謎の敗北感に染まった。

マヨネーズに負けてしまった。


「おおっ!こんなにも。タケルが気を遣ってくれたんだな。いやいや、ありがたい」

『はよ帰れ。マヨラー』

相手が読めないと分かっているので、せこい攻撃をするチサト。兄に見つかったら間違いなく怒られるが、その兄は仕入れでいないのだ。

「だから文字はわからんのだ」


言うケルヴィンを無視して、今度は剣をとりに行く。

百本近く置いてある剣の部屋を散策する。一番いいやつと言われたが、いまいちわからない。


取り敢えず値段票を見て、一番高いやつがいいものだと決めて、それをケルヴィンへと渡した。

「おおっ!?これはまさに業物だな!手に持った瞬間にその良さが伝わった。制作者のタケルの顔も見えるいい剣だ」

「……」

チサトは手のひらを差し出す。

金を払えの意味だ。


剣は金貨400枚。マヨネーズは価格表にない。まぁ金貨3枚くらいでいいだろうと目分量で決める。

『403』

「ああ、金か。ほれ」

ケルヴィンが差し出したのは、大量の魔石と素材たち。仰々しいその物体たちに肝を冷やした。

「うっ!?」

ケルヴィンの前で初めて出した声。

「必要な分だけとっていってくれ」

そう言われたが、まさかこんな支払い方をしてくる客がいるとは思いもしなかった。

物々交換ではないか。

一体このキラキラ光る石はどれほどの価値があるのか。

金貨にしたらいくらになるのか。

……、わからない。価格表には乗っていない。

価格表には自分のとこの商品の価値しか書いていないのだ。


『全部おいてけ』

「だから、わからないんだよ」

ならば行動で示すだけ。素材の入ったバッグを受け取り、中身をすべて近くにあった空の水差しの中に流し込んだ。

そしてバッグを返す。


「おお、終わったか。じゃあ、俺はいくぜ。またよろしくな」

「……」

マヨラーは去った。一息つくチサト。

どうやら金勘定はあれであっていたらしい。

兄が信頼してマヨネーズをあれだけ仕入れていたのだ、あの素材たちはゴミ屑じゃないはずだ。


「おっそうだ。あんた名前は?タケルと関係あるのか?」

扉を少しだけ開き、マヨラーが戻ってきた。

『妹よ。マヨラーさん』

「へっ、最後まで変わっているな。まぁタケルと目元が似ている。妹かなんかだろう?」

『正解!』

正解ついでに、マヨラーを少しだけ止めておく。

冷蔵庫からツナ缶をとって来て、それをマヨラーに投げつけた。

ばしりと受け取り、何かと見やるマヨラー。

チサトはそれにマヨネーズをかけるジェスチャーをする。

「ああ、言いたいことわかったぜ」

ケルヴィンとチサトの通じないようで、通じるやり取りを終え、二人はもとの生活へと戻る。


しばらくして、兄のタケルが戻ってきた。

大漁におかしなものを背負って。

一体どこに仕入れに行っていたのだ。見たことないものばかりだった。


「どうだった?なにかトラブルは?」

「ない」

「そうか。それは良かった。はい、8時間分の給料で、24000円ね」

いいバイトだ。またやろうと思うチサト。

「今日は誰が来たの?」

「汚い人」

汚い人と聞いて、色々思い出すタケル。

在庫のマヨネーズがなくなっているのを確認して、ある人物が出てきた。


「ああ、ケルヴィンさん?剣とマヨネーズを買って言ったでしょ」

「うん」

「そうかそうか。半年ぶりだね」

「お金。水差しの中」

「わかった。ありがとう」

タケルは水差しから、素材を取り出す。

そして、その量の多さに驚いた。

「こんなにもか。貰いすぎているなぁ」

「……」

「まぁチサトが商売上手ってことかな」

そう言って、妹の顔を撫でるタケル。

口元だけ笑い、目はジト目のままの妹が不気味に微笑んだ。

一人ぱちぱちと手を叩き、自賛する。

楽しかったから、またやろうと胸に決め、チサトは部屋へと戻るのであった。


妹回です。

たまに使ってやろうかと思っています。

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