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儲けるときは儲けます

偶然お店に来るお客と、愛着をもってお店に来るお客。


バラライ・ポースは商売のために、ダンジョン内のお店へと向かっていた。

彼も店主のタケルとは長い付き合いになる。


潰れかけた商会を立て直した彼には、秘密があった。


祖父が立ち上げ、父がつぶしかけたポース商会は今や、ポートレイルで一、二を争う大商会とやりつつある。

ポース商会が扱う商品は、食料。

安価で大量の食料をポートレイルの市場へと供給することこそが、彼らの使命である。

しかし、新たに参入してくる商会の目新しい商戦に敗れ去り、父の代で商会は傾いた。


そして父が心労で倒れた時に、商会に残っていた人物はバラライ・ポースと祖父の代から雇われている護衛が一人だけだった。

その護衛も既に六〇歳をすぎた老齢であった。


「なぜあなたは残るのですか?」

「おじい様に、返しきれない恩があります」

「祖父ならもういない。お前も沈む泥船に乗っていないで、他の仕事を探すといい」

「いえ、あなたはおじい様によく似ておられる。きっとポース商会を立ちなおさせることでしょう」


いまなおポース商会で語り継がれる美談である。新入商会員がまず読まされる文章でもあった。

こうして新たに商会のトップとなったバラライと、老齢の護衛は明日へと向かって一歩を踏み出した。


初めに二人が大きなカバンを背負って向かったのは、竜のダンジョンだった。

まっとうな商人が当時の彼らを見ていたら、狂気の沙汰としか思わないだろう。


なぜ新しい市場を開拓するためにダンジョンへ潜るのか。

馬鹿かと言われていたことだろう。


二人ははじめ、冒険者たちが使用する携帯食を開発するために竜のダンジョンへと挑んだ。

簡易に運べて、美味しく、日持ちする物を。

そんなものを作るには実際にダンジョンに潜るほかない。

経験して、知って、必要に迫られる。そうやって商品を作ろうとしたのだ。


しかし、ダンジョン内でバラライは荷物でしかなった。バラライに戦闘の心得はない。

戦闘は全て老齢の護衛に任せていた。


そんな無茶をしてしまったがために、彼らは29層で命の危機に遭い、そして幸運にもダンジョン内のお店を見つけた。


綺麗で、心地のいい風が吹くそのお店に、バラライは感激した。

どうやったらこんないい店がつくれるのか。

この店には我が商会を立ちなおさせる物があるのではないか、彼は店主に懇願した。

何かいい商品を、ポートレイルで流行る商品を納品してくれないかと。

そして、店主から手渡された金の生る木。

ポート商会の快進撃はそこから始まったのだ。



「仕入れに向かいます。私がいない間の代表代理をお願いしますよ」

肩をポンと叩かれた青年が爽やかな声で返事をする。

毎月一回あることなので、いまさら硬くなることもない。


バラライには秘密がある。彼はいつもよくわからない場所から商品を仕入れて来て、商会に持ち帰る。

その商品たちが商会を成り上がらせたので、多くの者がその仕入先を気にしていた。

しかし、深く聞くことはない、間違いなく教えてくれないからだ。


バラライが連れていく護衛はただ二人。

一人は商会最古参の老齢護衛と、もう一人はその護衛の息子。


たったの3人で仕入れに向かうのだ。

しかも商会トップのバラライ自身が大量の金貨と銀貨を持ち歩き、その足で商品を持ち帰る。

なぜこんな不便なことをしているのか、商会の人間を使えばいいではないか。

そこから導かれる結論が、仕入れ先を暴かれたくないということだった。


一体バラライは、どこへ向かっているのか。

もしかしたら、怪しい錬金術でも使っているのではないか。

若い商会勤めの間で都市伝説的な噂が立っていることを、彼らは知らない。


「では、いきましょうか」

「ええ」

長年の付き合いの二人と、信頼できる護衛の息子。

バラライは商会の中でも、この二人には全幅の信頼を置いていた。


いつかは自分の後を引き継ぐ人間を探さなくてはならない。代表代理を頼んでいる青年が今のところ最有力候補だ。


「危険ですが、今回も儲けさせてもらいましょうか」


彼らは竜のダンジョンへと入っていく。

初めてそこにたどり着いた時とは既に状況が違う。


行き慣れた道と、戦い慣れた護衛の親子。

戦闘を極力避けて、進むこと一日半。


彼らはその綺麗な扉の前に立っていた。

いつも通りの赤い宝石が埋められた扉と、OPENと書かれた店の立て看板。


扉の取っ手を引いて、ゆっくりと開いた。

中から漏れ出す涼しい空気。何度来ても、商店の理想がそこにはあった。

店内は明るく、清潔感があふれる。

店主はいつもお客が入ると、ニコリと挨拶をしてくる。ああ、やはりここはいいお店だ。


「バラライさん。今月ももう15日になっていましたか」

バラライの来店で月の日付を再認識した店主のタケル。

毎月15日は、バラライが商品を入荷しに来る日だ。

そのため店の奥に既に商品を準備している。


「タケル様。今月もまた商品を仕入れにきました」

言わなくてもわかっていることだが、あいさつ代わりに一言二言言葉を交わす。

了解したとばかりに、店主は店の奥へと引っ込む。


店主が肩に担いで持ってきたのは、何かをパンパンに詰めた麻袋だった。


「はい、今月分。いつも通り30キロ入っていますよ」

「ありがとうございます。では、対価もいつも通り、金貨80枚と銀貨20枚。それと今回は……」

今回はいつもより多く、金貨を10枚差し出す。

「よしなにしてもらっている分です」

「いいですよ。こちらも儲けさせてもらっていますから」

バラライが少し強引に追加分の金貨も手渡す。

そこまでやられて断るわけにもいかない。

何より金貨10枚だ。


金貨一枚で100,000ゴールドの価値がある。それが10枚である。かなりの金額になるのだ。


「それと今日は、少しお願いがありまして」

金貨を多く貰っている時点で何か言われることが分かっていた。タケルは既に聞く体制に入っている。


「いつもお願いしていることですが、あくまで取引は我がポース商会と独占でお願いいたします」

「そんなことでしたか。それはいつも言っているように、こちらも裏切るようなことはしませんよ」

「我々ポース商会も儲けさせてもらっていますが、ふさわしい対価をタケル殿にも支払っているつもりです。是非今後ともよい関係を築ければ」

「こちらも儲けさせてもらっていますから。本当に」

少し申し訳なさそうにするタケル。

タケルの仕入れ値を知らないバラライたちには永遠にわからない罪悪感だ。


「最近どうも後をつけられていましてね。そのうち仕入れ先のこのお店もバレるでしょう。そのときに取引先を変えられると困りますので」

「わかっていますよ」

店が知られて客が増えるのはいいことだが、常連のあつい信頼に応えるのも大事な仕事だとタケルは心得ている。


タケルから渡された麻袋を背負いのバッグに入れ、そそくさと帰ろうとするバラライたち。

それを見て、タケルが呼び止めた。

「ちょっと待って、もう行くのですか?」

「ええ、これ以上の滞在は迷惑になりそうですので」

「いつも言っているけど、迷惑じゃないですよ。今日もご飯食べていってください」

断ろうとしていたバラライだったが、護衛の一人がお腹をグーと鳴らせた。

もちろん健全で胃腸のしっかりした、若い護衛の方だ。


彼は実はこの店に来ることが一か月で一番楽しみだった。

ダンジョン内では自分の腕を振るうことができる。

仕事は商会の利益になるし、仕入れ先では珍しいものを見ることもできる。

それに何より、ここでは美味しい飯が出るのだ。


「食べていきましょうか。ここのご飯は美味しいですからね」

「それはよかった。今日は大量に牛すじを煮込んでいますので、楽しみにしていてください」


料理名は『牛すじの味噌煮』らしい。

バラライは目の前の料理に、初めてがっかりしていた。

ここでの飯は今まではずれがなかったが、今日はなんと筋が出てきた。


筋なんて食べる物なんかじゃない。

噛み切れない、味がない、飲み込めない。

最悪だ。それが出てきてしまった。


どうするんだ。しかし、若い護衛は迷わず牛筋煮込みと白いご飯を掻き込んでいる。

既に使い慣れた箸を起用に駆使して。


若い護衛の食べる勢いが止まらない。いつも通りおいしそうに食べている。

美味しいのか?筋が美味しいのか?


自分も恐る恐る筋を口に入れた。

……、やわらかい。口の中でとろけた。あふれ出るうまみ成分。


ああ、そういうことだったか。

自分も使い慣れた箸で白いご飯を書き込む。なんてうまいんだ。

そしてなんで自分はさっき食べるのを拒もうとしていたのか。


気が付いたら無我夢中で食べており、あっという間に食べ終えた。

「美味しかったですね。老齢の私にも優しい料理でした」

長年連れ添った護衛が口を開く。

確かにあの柔らかさなら、彼の口にも会うだろう。


「筋が一体どうしてあんなに柔らかくなるのか」

その疑問には、食べ終わった皿を下げに来た店主のタケルが答えた。

「圧力鍋と言うものを使っています」

「アツリョクナベ?」

「そう、圧力鍋です。低い温度で水が沸騰するので、煮込みに便利ですよ」

「そんなものが……」


素直にすごいと思った。そして、欲しい。

水の沸騰が早い鍋か。

以前涼しい風を吹き出していた、エアコンと言うものを買おうとしたが断られてしまった。

なんでも使えないものを売るわけにはいかないのだとか。


きっと独占している魔法器具なのだろう。簡単に技術を外に漏らすわけにはいかなったのだろう。

今回も断られるかもしれない。

しかし、儲かるかもしれない物を前にして、商人が黙っているわけにはいかない。


「そのアツリョクナベと言うものを売っていただけないか。次回来た時でいい。技術を盗むことにもなるだろうから、金貨150枚を用意しよう!」

バラライの提案に、少し考え込むタケル。


んん、いい話だ。

いい話すぎて申し訳ない。

別に自分が作っている商品でもないし、金貨150枚は対価として大きすぎる。

でも、言うことは一つ。

「いいですよー」

少し目を逸らしながら了承したタケル。

バラライも思わず拳を握った。

儲けを考える二人。ぐふふと笑う二人。


((やった。いい儲けだ))


「では、今度こそお世話になりました。また来月もよろしくお願いしますね」

「ええ、こちらこそお願いします」


二人は握手を交わし、それぞれの生活へと帰っていった。


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