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トイレの貸し出しも行っております

ギャグ回です。

食事中の方は気をつけてください

今思えば、ただの挑発だった。

なぜそれに乗ってしまったのか。挑発だと気が付いていたし、頭は冷静だった。

しかし、思うより早く口が先に開いてしまったのだ。


「行ってやろうではないか!竜のダンジョンへ!」


その一言が今の最悪の事態を招いてしまった。

まさか私が、竜のダンジョン29階層ごときで命の危機に陥ろうとはな。

キーラは苦しみながらも、己の哀れな姿を思い浮かべながら、ニヤリと笑った。

(もはやここまでか……)



__________時間は一週間前へと遡る。


王国最強の騎士、キーラ・スフィアは城下町を歩いていた。

王女が城下町へと行きたいという要望を出し、過保護な国王はその護衛に王国最強の騎士をつけた。

キーラからしたら退屈な任務でしかなった。

こんな無駄な時間があるなら、一秒でも多く剣の腕を磨いておきたい。


「わぁ、このお洋服もきれいですわー」

王女が女の子らしく楽し気にショッピングをしていた。

自分もあのように少しは女性らしく振舞うべきなのだろうか?

いや、そもそもスフィア家ではそんなことを許してもらえなかった。

今の道しか進めなかったし、やはり自分にはこの道が一番だと思う。


退屈だが、王女の身に何かが起きないようにしなくては。

安全な城下町でも、キーラは直立しその任務を真面目にこなしていた。


王女のショッピングが一通り済んだころ、今度その目はスイーツへと向かった。

荷物を持ったお付きの者が付いていけないほどに駆けて、流行りのスイーツ店へと入る。

やれやれと思いながらも、キーラはその後ろ姿を追った。


店内はまさに女性が好きそうな、ふんわりとした空間が広がっている。

柔らかい色の壁に、丸っこいテーブルがいくつか。

店員の女性たちは襟元の緩いエプロンをつけていた。

もう帰りたい、そんな気分にさせる場所だった。

お付きの者たちはまだ来そうにない。

来たら王女の存在に店がてんやわんやするのだろうか。

これまで辿ってきた店の流れから、キーラはそんなことを考えていた。


その退屈な考えをとある男が遮る。


長身で、甘い顔をした男が王女にちかづいてくるではないか。

すぐに間に割って入るキーラ。男の腰に剣があったからだ。


「何か用か?王女にたやすく近づかれては困る」

「はぁ?王女?」

言われてポカンとする男。

まさか王女が護衛一人で歩いているとは思いもしなかったのだろう。


すぐに荷物持ちのお付きの者が10人ほど来て、キーラの言葉が真実だと知った男は少しだけ慌てた。

どこかの貴族の女の子が買い物をしていると踏んでいたが、まさか王女だったとは。


「いやはや、これは失礼した。まさか王女様がこんなか弱そうな護衛一人をつけて城下町に降りてくるとは思いもしませんでしたので」

男は相当自分の腕に自信があるのだろうか。護衛であるキーラの前で余裕を見せ始めた。


「その言葉、時と場合によっては許さないこともある。気をつけておけ」

へらへらとする目の前の男に鋭い目を返すキーラ。男の方は結構ハンサムな顔立ちだが、キーラには全くどうでもいい事だった。

「へぇー、そりゃ怖い。僕だって王国に立てつこうなんて気はないさ。君に後ろ盾がなければ話は別だけどね」

「それは、私に後ろ盾がなければ、実力に物を言わせてやりたい放題しようと言うのか?」

「あれ?そう聞こえたなら、それでもいいですよ」

あくまでニコニコと笑いながら話す男。

最悪キーラに斬りつけられても自衛できる自信があったのだろう。

もちろん彼は目の前にいる人物が王国最強の騎士だなんて知らない。


「無礼にもほどがあるな。しかし、今は王女の護衛の身。この場は見逃す故、早々に立ち去れ。最期の通告だ」

「はーい。国家権力様は怖いですねー」

ピクリとキーラの頭の血管が反応した。

我慢だ、我慢!そう自分に強く言い聞かせる。


「さっきから黙って聞いていたら、あなた随分と失礼を言うのですね。ここにいるキーラが王国最強の騎士だと知っての発言かしら?」

我慢しきったキーラだったが、予想外にも王女が反論してみせた。

「へー、こんなか弱そうな女性があの有名な『炎のキーラ』か」

「そうですよ。見逃してもらったことを感謝して、さっさと立ち去りなさい!」

「そうしようとしていたところでしたのに、王女様が呼び止めたではないですか。やれやれ」


余裕そうな表情の男と、プクーと顔を膨らます王女。

「キーラ。この者を斬っておしまいなさい。非常に不愉快です!」


それでは私怨ではないか。

キーラは少し困ったが、命令なら仕方がない。

きらりと光る愛剣を抜き去り、男の前に立ちふさがる。


「ご命令だ。残念だが、ここで斬られてもらうとしよう。大丈夫、殺しはしない」

男はキーラの行動に喜び、願ってもないと言わんばかりに滑らかな動作で剣を抜いた。

その動きだけで、この男がただ者ではないことが窺い知れる。


「『炎のキーラ』に勝ったら、明日から俺が王国最強の騎士様だ」

「ええ、それでいいですわ!」

王女が了承してしまった。

負けたら明日から無職ですか。キーラは巻き込まれたこの状況がだんだんと面倒くさくなってきた。


「はっはー!明日から俺が王国最強の騎士だ!」

叫びながら剣を振り上げる。

キーラは剣を斜めに構え、振り下ろされた剣をそのまま受け止めた。


金属がぶつかり合う鋭い音がして、片方の剣が折れて宙に飛んだ。

もちろん、キーラの剣は折れていない。

相手の剣を折るひとつの技である。キーラからしたら初歩中の初歩の技だ。

男の腕も悪くはないが、所詮は実力差がありすぎた。


「なっ!?こんなの無効だ!剣が折れたんだ!勝負はまだついていない!」

見る人がみれば完璧に勝負はついているが、観戦していたのは素人ばかり。

確かに不憫だと言う声が少しばかり上がる。


「僕は負けていない!実力を出し切ればこんな奴なんかに負けるはずが」

「実力を出させないのも、ちゃんとした戦術だよ」

的を得たキーラの物言い。

しかし、もはや聞く耳を持ってなどいなかった。


「どうせ騎士など揃った条件下でしか活躍できぬ凡愚どもだ。ダンジョンへ潜れば瞬く間に役立たずとなり果てるだろう。きっとそうだ。お前らなんて冒険者の足元にも及びはしない!」

言い切ったが、もはやキーラの心には響かない。所詮目の前の男は今しがた自分に負けた、そこら辺の犬と同じ価値しかない存在だ。


「そんなことはありません!キーラはダンジョンでも活躍できます」

もう放っておこうとしていたが、またも王女が反論する。

「できないね!」

「できます!キーラは竜のダンジョンでだって活躍できます」

「いーや、できないね」

「できます。ですよね?キーラ」


もうこのやり取りにも面倒くさくなり、一日の疲れもあり、キーラは考えるよりも口を先に開いた。

「行ってやろうではないか!竜のダンジョンへ!」


こうして始まったしょうもない争い。

ルールはキーラが一人で30層にいる赤竜を狩って、素材を持ち帰ること。

一般に30層まで行ければ一人前の冒険者と認められることを考慮してのルールだ。キーラが一人なのを考えれば十分な条件だろう。


負けた方は勝ったほうに謝罪をする。

子供の喧嘩みたいになってしまったが、多くの国民の前で約束した条件なので王女とて簡単には取り下げることは出来なかった。

「頼みましたよ。キーラ!」


こうしてキーラは面倒くさい仕事の日に、さらに面倒事を押し付けられたのである。

そして、キーラの修羅場へと話はつながる。


キーラの初ダンジョンの道中は順調だった。

軽く冒険者の心得も頭に入れているので、あとは実力が穴を埋めて余りあった。


「んー、なんてことはないな」

鉄竜の死体の上に座り込みながら、キーラは軽めの昼食をとっていた。

このペースなら一日半で30層まで到達できる。

この程度の相手なら奇襲でも、寝込みを襲われても問題はない。


少しだけ期待していたが、キーラは全く心躍らせることなくダンジョンを一階ずつ降りて行った。

近頃は荒事もなく、キーラの仕事は退屈そのものだった。

一番心躍り、体を追い詰めることができる時間が、剣を教えてくれた父との特訓の時間である。

なんとも平和な世の中になったものだと思う。


それもこれも竜のダンジョンからもたらされる恩恵があってこその平和だった。

キーラはそれを考え、今回の出来事がいい勉強になればと思っていた。

(さぁてと、先を急ごう)


食料はそれほど持って来ていないが、飢えにはめっぽう強い。

ダンジョン内では水が流れている場所もあり、食料面でキーラが不安がることは何一つなかった。


初めてとは思えない足取りで、ダンジョンを次々に攻略していくキーラ。

魔物も竜でさえ、その暴力的な存在にどうしようもなかった。


キーラは任務の成功を確信していた。

まだ見ぬ赤竜だが、鋼竜の強さを考えれば対処できないレベルではなさそうだ。


ダンジョンBF29

ダンジョンに入って、一日半が過ぎようとしていた。

間もなく30層と言う場所で、初めて遭遇する赤竜。


早さも、破壊力も今までの竜のすべて上をいく。

キーラもその強さに驚きを隠せないでいた。

そして戦うこと30分。


先に地面に膝をつけたのは、キーラだった。

30分の間に他の竜が来なかったのは幸運と言っていいだろう。

なにせこの30分、キーラは赤竜に押されっぱなしで、常にぎりぎりの戦いをしていた。


膝をついたキーラに鋭い爪を立てて襲い掛かる赤竜。

体をひねりかろうじてそれをかわす。

(ふぅぅ、うぐぅぅぅぅぅぅっ!!)


続けざまに放たれる赤竜の火炎ブレス。

広範囲に広がった炎がキーラに襲い掛かる。


「風の壁よ、我を守りたまえぇぇぇ、ふぅぅぅぅ!!」

なんとか呪文が間に合い、風のバリアが炎からキーラを救う。

早く決着をつけなくては。

キーラはあせっていた。

時間が過ぎればすぎるほど、状況が悪くなることを知っているからだ。


「現れよ、偉大なる炎の精。目の前の竜を焼きつくせぇぇ、ふんっ!」

お得意の剣術を使うことなく、キーラは残り少ない魔力をひねり出した。

精霊を呼び、大炎をもって相手を焼き尽くす最大級の魔法。

まさかこんな場所で使う羽目になるとは。


キーラの最大級の魔法は無事、竜の体を焼き尽くした。

戦いは終わった。しかし、キーラの顔に余裕はない。

むしろ、さっきよりも苦しそうだ。


キーラは生真面目で、規則の正しい生活を心がけていた。

いつも決まった時間に食事をとり、決まったメニューの訓練をする。

もう体が覚えてしまっているのだ。


だから今朝も目が覚めると同時に、そいつはやってきた。

そう、便意だ。


キーラは赤竜と戦っていた時、同時に便意とも戦っていた。

(くそっ、便意で本気が出せない)

そんなことを思っても、赤竜は手加減をしてくれない。

なんとか魔法で倒すことは出来たが、そろそろピークも近かった。


ダンジョンに来て、思わぬとこで躓いた。

まさか便意で苦しむことになろうとは。


慣れた冒険者たちはそこらへんしっかりとしている。

ダンジョン内にダイレクトでする者もいれば、魔法を使って工夫する者もいる。


キーラにはその両方の選択肢がなかった。

使えそうな魔法はなかったし、ダイレクトはありえない。


高貴な、王家を守り続けて数百年のスフィア家の血を引いたこの私が、ダンジョン内でダイレクトなどありえない!断じて!


そのプライドと、かたくなな姿勢がキーラを命の危機に立たせていた。


ダンジョン内をゴリラのように走る、キーラ。

赤竜は狩った。

はやく上の階に戻りたいのだが、この階は赤竜がしつこいほどに出る。

キーラの場合も例外ではなく、限界ぎりぎりの状態で背を追われていた。


吹き出る脂汗。

脳裏をよぎる最悪の結果。最悪とは、死ぬことではない。


ああ、いっそのこと死んでしまおう!そのほうがましだ。

涙を流しながら、それでも走り続ける。


そして、キーラは希望の光を目にした。


目の前に扉があるではないか。

きっとあの中に人がいる。

ダンジョン内だろうがなんだろうが、知ったことではない。

そんなことを考えている余裕はない。


そこに人がいる。人がいれば便所がある。

今はそれだけで十分だ。


「たのもぉぉぉ!店主か!?」

扉を開いて、目の前の男をすぐさま視界に入れる。

「はい!?そうですが……」

「少しだけ……」

便所を借りたいと言いかけて、キーラの口が止まった。


自分はなんてはしたないことを言おうとしたのか。

目の前には殿方がいるのだぞ!?

しかもよく見れば、なかなかにいい男だ。

そこに突如現れ、う〇こさせろ!だなんて言えるはずもない。


「ああああああああああ!!!神は私を見捨てたー!!」

「どどどどど、どうしたんですか!?急に!?」

「あああああああ、いやーーーー!!!」

「えっ!?なに!?なんなの!?」

タケルは狼狽するしかなかった。

普段なら、例え店に竜が突っ込んできてもこんなに慌てることはないだろう。


脂汗を流しながら、キーラは目だけをきょろきょろと動かした。

この店はおかしいものがたくさんあるが、今はどうだっていい。


あるのか!?便所はあるのか!?

ほとんど防衛本能だったのだろう。キーラの目は自然と部屋を索敵し、そして見つけた。


『化粧室』と書かれた扉を。

たしか貴族の女性たちは化粧を直すと言って、用を足すと聞いたことがある。

普段なら絶対思い出せない知識が飛び出た。自分とは関係ないと思っていたが、まさかこんな場所で役に立つ日が来るとは。帰ったら女性のたしなみを勉強しようと決心した週間でもあった。


「化粧を直させていただきたい!」

「化粧!?してないですよね!?しかもダンジョンで必要ですか!?」

「直させていただきたい!!」

全力での叫びだった。

「は、はいっ!」

タケルは急いでお客様をトイレへと通した。

たくさん変な客が来ているお店だが、とびぬけておかしな客だった。


キーラは念願の便所に着いた。

白くピカピカに磨かれた便器がそこにはあった。

バラのいい香りがする。便所なのに。


ああ、我慢していた分、神がご褒美をくれたらしい。

「神はいたようです」

早速済まそうと思い座るのだが、ふと便所と店主がいた場所との距離が気になった。

隙間のない素晴らしい作りの扉だが、音は漏れないのだろうか?


……、気にしている場合じゃない!

……、いや気になる!


どうしよう!?

やるか!?でも……。


またも高速回転しだすキーラの脳みそ。

そして見つけるその神が与えし、ボタン。

ボタンには、『音王女』と書かれていた。


便所で音のついたボタン……、キーラは迷わずそれを押し、同時に我慢していたものを出した。

優しい音が全てをかき消す。

恥も、苦しみも、なにもかもが水に流れていく。

幸せな時間だった。


手を洗い終えたキーラは店主の前に立つ。

「店主よ。すべて忘れようじゃないか」

「何を!?」

「ではな、またいつか会おう」

「何も買っていかないの!?」

「ははは、ははははっ」


こうして奇妙なお客?キーラは地上へと戻っていった。


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