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大泥棒カンパチの悪運もとうとう尽きた。


カンパチの名を聞けば、誰もがすぐに泥棒を連想する。

ポートレイルに住む貴族を主に狙う凄腕の泥棒だ。盗んだ金はきっちりと使い果たし、市場経済へと貢献する。

しかも貧乏人からは一切金をとらない彼の姿は、一種の義賊として人々に愛された。

しかし、そんな天下の大泥棒カンパチも手を出してはいけないところに手を出してしまった。


たまたまポートレイルにやって来ていた王女様のネックレスを盗んだのだ。

ダイヤモンドが散りばめられた、この世の贅を詰め込んだような代物を。

警護に油断があったわけではない、ただ単にカンパチの腕が良すぎた。


白昼堂々姫の泊まっている高級宿に、清掃人のふりをして入ったカンパチは、長年の経験から金庫をすぐさま探し当て、何重にもかかったロックをいともたやすく解除してみせた。


今回も簡単な仕事だった。それに見返りは大きい。

王女様が一番気に入っているダイヤモンドのネックレスだ。闇市場で売れば金貨1000枚は下らないだろう。


幸せに鼻歌を歌っていたカンパチだったが、この事件は予想外にも王女の逆鱗に触れた。

王族の高価品を一つくらいとっても大した被害ではないだろうと踏んでいたカンパチだったが、実は母から譲りうけた大切な一品だったのだ。

王女の逆鱗は、すぐさま国王軍を動かすというとんでもない結果をもたらした。


大都市ポートレイルに派遣される国最強の軍隊。

中には追跡専門部隊も入っていた。


カンパチが気が付いた時には既に手遅れだった。

街中に姿の見える国王軍。既に逃げるところさえなく、あっけなく姿を見つけられてしまった。


捕まれば死刑は免れ得ない。

必死に逃げた。なんとか街の端まで辿り着いた時に目に入ったのは、ダンジョンの入り口だった。

もうここしかない。自分が生き延びるにはこの場所に入るしか。

装備も、食料だってなかったが、迷いはなかった。

ダンジョンに入ってどうするかなんて考えもしなかった。

自分はいつ捕まるかわからない身だと常日頃から心構えていたので、決断が早かったのだと思う。

薄暗いダンジョンへ、人生で初めて踏み込んだ。

まさか、泥棒の自分が世界最大の竜のダンジョンに踏み入ることになろうとは。


魔物に泥棒のスキルなど無意味だろう。遭遇すれば問答無用で殺しに来るはずだ。

駆け引きの効かない相手か、考えるだけで嫌になりそうだ。


最初に遭遇した魔物はスライムだった。足は遅く、飛び道具も使って来ない。

これなら騒ぎがおさまるまで、ダンジョン内で大人しくしていればなんとか助かる。

ちょっとだけ希望が湧いてきた。


しかし、それもすぐさま絶望へと変わった。

国王軍がダンジョンへと踏み入ったのだ。大勢の気配を感じ、カンパチは急いでさらに奥の階層へと降りて行った。

2階、3階と、どんどん下に。

国王軍は一切容赦してくれない。

逃げる際に唯一手にしてきたダイヤモンドのネックレスを見つめる。


これを返せば、命だけでも許してくれるだろうか。

いや、これだけ大事になったのだ。いまさら返したところで助かりはしないだろう。


なら道は一つしかなくなった。

逃げ切ってやる。

なんなら、人類未踏の地下100階層まで踏破してやろうではないか。そしたら自分の死にも意味が出てくるというものだ。


迷いが消えてからカンパチの足は軽かった。

次々に地下への階段を見つけて、ダンジョンの奥へ奥へと降りて行った。


カンパチに戦う術はない。しかし、カンパチは隠れること、逃げることには絶対の自信と、才能があった。

それらは魔物にも当然に通用し、気が付けば地下25階まで来ていた。

腹は減っていたが、たまに冒険者の落し物と思われるバッグから食料を調達できたので何とかしのげた。

いける、このまま本当に100階層までいける!

カンパチは次第に興奮して、ダンジョンの地下へと足を進めていた。


しかし、現実は厳しい。

地下27階層で、鋼の鱗を持った竜に遭遇した。


体格は大きく、獰猛な牙と爪をもっていた。

しかし、動きは遅く、カンパチを捕えることは不可能だった。

だからカンパチも油断して、すぐにその場を離れようとしなかった。

まさか、鋼竜がその鎧のような鱗を飛ばしてくるなんて想像もしていなかったのだ。


弾丸のように飛んでくる鋼が、カンパチの足を貫いた。

他は全て外れたが、足を削られたのは痛い。


姿を隠して、簡易的な治療を施す。

数日休まないと治らない傷だ。

このとき100層への夢が途絶えた。


でも進むほかない。いけるとこまで行って、見たことのない景色を見よう。

そう決めて歩を進める。


カンパチの体力と気力が削られ、もう歩けないと心の底で感じたのが、地下29階層にいた時だった。

背を追う赤竜に、痛んで膿み出した足の傷。

しつこく魔物は追うのをやめてくれない。


本当に限界が近かった。もう自分はダメだ。この場で死ぬのだ。

(長いこと泥棒をして来た罰が当たったのかな)

こんなみじめな最後になろうとは。


しかし、運命はそのままカンパチを殺すことなく、彼の目の前に不思議な扉を見させる。

木できれいに作られた長方形の扉。真ん中には赤い魔石がはめられており、近くの看板にOPENと書かれている。


助かったのか?

いや、もっとやばい場所にも思えた。

赤竜が背中を追うこの状況下で、お店があるはずなどない。

それでも、今はその扉を開けるほかに選択肢はなさそうだ。既に立っているのさえきついのだから。


扉を開けると、涼しい風が体を包んだ。眩しい光に、思わず目をつむる。

光に慣れて、目を開けると、そこには木でできたカウンター越しに座る男性が見えた。

随分と若く、黒い髪をしていた。


「ここは?入ってもよろしいか?」

「はい、いらっしゃいませ」

笑顔で応えてくれる店主と思われる男。

「人食いの巣ではなさそうだな」

血なまぐさい匂いも、怪しげな煙も出ていない。

ここは安全かもしれないと思えた。


「あらら、お客様足を痛めていらっしゃいますね。随分と化膿しているじゃないですか」

「ああ、辛い道中だったもので」

「はは、それもそうですね。ちょっと待ってください。回復薬をとってきますね」


そう言い残し、店の奥へと引っ込む店主。

随分と不用心だと思った。一人で経営しているのに、客から目を離すとは。商品を盗られても文句は言えないと思うのだが……。あの様子からしたら、全く価値観が違うのかもしれないと思った。


「お待たせしました。特製の回復薬ですよ」

手に持った二つの瓶。あれは冒険者が良く服用するやつだ。何度か見たことのある薬だった。


「患部に垂らしてください。もう一瓶は口から飲んでください。そのほうが効きがいいですから」

「すまねぇな。ありがたくもらうぜ」

指示通りに患部に液体を垂らした。ジンジンと痛みが神経に伝わる。良薬は口に苦しだ。痛いのも我慢せねば。もう一本は口に含んで、飲み込んだ。苦くなかった……。


「飲み終わりましたね。数時間で回復できると思いますので、左手に見える休憩室を自由に使ってください。食事を持ってきますね」

「いいのか?金なんてないが」

「ええ、また今度来た時でいいですよ」

「たぶんだが、今度はねーな」

「それでもいいですよ。食事くらいだします。大量に作っていますので、余らせてももったいないですから」

笑顔で、店主がまたも見せの奥へと消えていった。

不思議な場所に、不思議な人物だった。


休憩室のソファーは柔らかく、凄く快適だ。

涼しくカラッとしている空気のおかげで、いつまでもいたくなる。

棚に書物が入れられているみたいだ。それも自由に呼んでいいらしい。

高価な書物が自由にか……。

夢のような場所だな。

こんな場所が地上にあればいいのに。……、地上に作れよ!

ちょっとイラッとした。


「はい、今日は煮込みハンバーグをいっぱい作っているので、どんどん食べてください。おかわりもありますよ」

持ってきたのは、肉団子と、白い粒粒が集まったものと、茶色い温かい汁。


どこの国の食事だ。

匂いはいいが、見た目が悪い。特に肉団子が。

やることがエグイな、とても人間の所業とは思えない。


それでもグウグウ鳴りやまないお腹。仕方がない、もう三日もまともに食事を摂っていなかったのだ。

まずは一番安心できる、茶色いスープを飲んだ。

ホッとする味だった。魚の香りがほんのりして、心が安らぐ。

あとは白い粒と、肉団子。


白い粒からいこう。

スプーンですくうと、粘着性があることがわかる。湯気が出ているので、出来立てなのだろう。恐る恐る口に入れる。

ふわふわで、甘い。

噛めば噛むほどに甘みが漏れ出してきた。

ああ、幸せだ。

貴族の家から苦労してお宝を盗み出すあの快感とはまた違う種類の快感。

地上でこんな喜びを感じたことはない。

全くなんでこんな店が地下にあるのだ。しかも29階層などに。


不平不満と、幸せを感じて、いよいよメインへと挑む時が来た。

グロイ肉団子に、スプーンを当てる。

「あっ!?」

思わず声が漏れた。

力を全く入れていないのに、肉がスーッと切り分けられた。

なんてことだ。味わったことのない柔らかさ。

しかし、こんなことでは食べごたえがないのでは?


あった!

口に入れると肉汁があふれて来て、噛めば噛むほどうまみ成分があふれてくる。

ガツンと来るうまさと、ふんわり甘い白い粒を併せて食べると、さらにうまい。

なんだこの幸せは。


自分は死ぬはずだったのに。最期にこんな幸せを味わえるとは思いもしなかった。


「店主!」

「はい、なんでしょうか?」

なぞの四角い箱を眺めていた店主がこちらにやってくる。

呼んだのはほかでもない、礼を言いたかったのだ。


「おいしかった。ありがとうございました」

「いえいえ、そんなわざわざ」

「店主よ、お願いがあるのだが聞き入れてくれないだろうか?」

「ああ、おかわりですね?」


いや、それも頼もうと思ってはいたが、違う!

せっかく固い決意をしかけたのに。


「違います。見たところこのお店は少し風変わりなお店のようだ。私の見たことのないものばかりだからな」

「はい、それが売りなものですから」

「これを渡しておこう。飯と治療薬の対価だ」

カンパチが差し出したのは、王女から盗んだダイヤモンドのネックレスだった。

「これまた凄いものですね」

感心してダイヤモンドのネックレスに見入る店主。


「食事と薬代にしては大きすぎる対価だ」

「それもそうですね。他に何か欲しいものでも?」

話が早くて助かる。

「私はこの店を出たら、地上に戻ろうと思う。地上に戻ったら私は殺されるだろう。だから、人生最後になにか特別なことを味わってみたい。そのネックレスは売れば金貨1000枚は下らないものだ。だからそれに見合うものを、何かだしてくれないか。できれば未知のものを」

「はぁ……、金貨1000枚。ちょっと考えさせてください。ポートレイルも随分と大変な場所なんですね」

ポリポリと頭をかきながら、考える店主。

金貨1000枚といえば、1億ゴールドになるお金だ。簡単に対価を出せるはずもない。


ブツブツとつぶやきながら、店主が店の奥へと消えていった。

カンパチはゆっくりと待った。

きっとこの店なら、とんでもないものを出してくれるに違いない。

確信に似た気持ちが湧いていた。

今はただ待とう。未知との遭遇を。


店主のタケルは悩んでいた。

一体何をもっていけばいいのかと。

間もなくあの人は死ぬらしい。しかもきっちり対価は貰った。

何を出せばいいんだー!?

タケルはここ一年で一番悩んだかもしれない。


そして、少し待ってもらうことにした。

55V型の液晶テレビを抱えて、休憩室で待つカンパチの元へと言った。


カンパチは驚いた。店主が真黒な箱を突如もって持ってきたのだ。

一体あの中に何が!?いや、薄すぎる。

物を入れる箱ではないかもしれない。どちらかといえば、板か。


「お客さん帰ったら死ぬみたいですし、そんな方に簡単に何を出せばいいのかわからないので、少しの間映画でも見ていてください。その間に決めておきます」

「エイガだと?」

「ええ、劇場みたいなものです。このテレビが映し出しますので、しばらく見ていてください。一本2時間くらいですので」


全く知らない単語に、全くしない物体。

店主は更に円盤のようなものを持って来て、小さな箱へとしまっていた。

そして奇跡が起きた。


黒い板は突如光りだし、なかに幻想的な空間を描き出した。

感動する暇もなく、店主が次々に操作を続ける。


人が箱の中にいた……、こんどは家が……、よくわからない生物も……。


「えーと、今手元にあるのが、『アナ馬と、桜の女王』だけですので、しばらくこれで時間をつぶしておいてくれませんか?」

店主の操作で、その劇場が開始した。


箱の中に映し出されるアニメーション。

カンパチにはそれがファンタジーの世界に見えた。

夢に見たこともない、夢みたいな世界。


気が付けばいたぎりぎりに顔を寄せ、カンパチは『アナ馬と、桜の女王』の世界のとりこになっていた。


それは夢中で、子供に戻ったように噛り付いてみた。

目をキラキラさせて、音楽ばかりのその作品をみた。


店主のタケルは、あれでよかったのか?と疑問に思いながらも、カンパチの様子を見て、あれでよかったのだと思った。


見ている間に、『恐竜ランド』でも借りて来ようかとサービス精神を働かせる。

いや、対価を貰っているからサービスではないか。


タケルがDVDを購入して帰ってきたころ、カンパチはエンディングテーマを聞きながら大粒の涙を流していた。


「うおおおぉ、なんて素晴らしいんだ。もう一回みたい、店主!もう一回見せてくれないか?それとももう役者たちが疲れているか?」

「疲れてなんかいませんよ。でも、同じのより、違うものを見た方がいいでしょ。今度のはハラハラドキドキものですよ」


DVDをセットし、3D再生をする。


恐竜が飛び出るその映像に、もちろんカンパチは違う意味で涙を流していた。


「ありがとう、本当にいいものを見させてもらった」

「いえ、安いものですよ。高価なネックレスを頂いておりますので」

見終わった後に、カンパチが礼を述べてきた。


てっきりまだ見たいかと思っていたので、何本か余計に買っていたが、もう満足らしい。


「死ぬ前にいいものを見れた。これでこの世に未練もない」

「そう言わないで下さいよ。きっとまだ助かる道はあるはずです」

「うーん、厳しいが、確かに希望はもって帰るとしよう。ではな」


カンパチは勢いよく、その快適な店を後にした。

(さてと、自首しに行くか)

それより、まずは無事に地上に戻ることが先だが。



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