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竜のダンジョン最奥を目指す者たち

ポートレイルに集まった10名の有志たち。

S級冒険者アーガナスと、その呼び声に答えた9名の選ばれし者たち。


彼らは決起集会を行うため、ポートレイルで最も高価な宿を貸し切っていた。

その額金貨数百枚。


彼がなぜこんな大枚まではたいて、有志たちと酒を飲み交わしているのか。

彼らは一大決心をして、ここに集っていた。


ことの起こりは3か月前。

現最強冒険者と呼ばれるアーガナスが大々的に広告を出した。


『ダンジョン最奥を目指す者、我と共に来い』

それ以上の言葉はいらず、アーガナスの呼び声に多くの者が応えた。


実に数百名。冒険者が毎日毎日とやってきては、アーガナスに断られた。

ダンジョン最奥を目指すのだ、実力不足の仲間がいると己の命まで危うくなる。

メンバーの選考には細心の注意が必要とされた。


アーガナスはその中から20名ばかりを選び出し、実戦を交えた演習で相性を確かめた。

その20名の中からさらに絞り、とうとうアーガナスを含める10名にまでなった。

そして、これらのメンバーが一緒にダンジョン最奥を目指す面々となる。


「みんな、よくぞ私の夢に呼応してくれた。感謝する。ダンジョン最奥を目指すということの危険性は十分にわかっているはずなのに、それでも集まってくれた皆の勇気を称えたい。今日はこの宿を貸し切っている。思うだけ飲んでくれ。出立は一週間後だ!」

「「「おおう!」」」


高級な装飾が施された宿の一番広いフロアで、大きな集団の声が響き渡った。

前衛を務める剣士、後衛のヒーラー、さらには獣人までこのパーティにはいる。


アーガナスはつまらない差別をする人間ではない。

人種はもちろん、経歴もその選考では考慮しなかった。


なにより信頼できる人物かどうか、彼はそこだけを見分けるようにしていた。

心から信頼でき、実力も満足の出来る9名が集まった。

これなら本当にダンジョン最奥まで行けるのではないか?

アーガナスは楽しく酒を飲みながらも、心の奥底で燃え滾っていた。


パーティーは盛り上がりを見せていた。

みんな顔と名前は知っているようだった。

それもそのはず、みんなポートレイルでは凄腕の連中だ。

名前くらい、商人をやっていたって知っているような有名人ばかりだ。


そんななか、一人だけ少しだけ話の輪から外れた女性がいた。

その女性の立場が、他のメンバーたちとは違うことを考えて、アーガナスはその女性に声をかけた。


「楽しんでいるかい?キーラ」

キーラと呼ばれた女性は、アーガナスが自分に気を遣ってくれたことに気が付いた。

王国最強の騎士は、冒険者たちとの会話にいまいち交れないでいた。


「ええ、ステキな宿ですから、十分楽しんでいますよ」

その固さがもう楽しんでいない証拠のようなものだと言うことに彼女は気が付いていない。

「はは、嘘でもそう言ってもらえると助かるよ。君を無理に誘ったのは私だからね」

「そんな、嘘だなんて」


うっ、と声が漏れそうになるのを堪えて、キーラはワインを飲み込んだ。

今回の選考で唯一、自分から申し込みをしなかった者、アーガナス自身から声をかけた人がいた。

それが王国最強騎士のキーラだった。


キーラの実力はかねてから知っていた。

しかし、彼女はあくまで騎士。冒険者ではない。

誘う気はなかったが、アーガナスはとある情報を聞き、彼女を誘うことにした。


どうやらキーラは騎士の身でありながら、ダンジョン30階層まで踏破したことがあるそうな。しかも単独で。


初めてで、誰の助けもいらずに30層まで行けた彼女の適応力を、アーガナスは高く評価した。

もともと持っている暴力的な実力を考えれば、今回の作戦で大いに戦力として計算できた。


「キーラさんが竜のダンジョンに潜ったことがあると聞いた時は驚きました。それに今回快諾してくださったときも、驚きましたね」

「はは、あははは」


キーラは思い出したくない過去を思い出していた。

辛く険しい道のりを。その先にあった天国を。


そもそも、キーラは今回誘われたときに断ろうと思っていた。

しかし、王女から「あら、ステキなお誘いですわね。うちのキーラなら間違いなくお役に立てると思いますわ」と言われて、断れない状況になった。


またあのダンジョンに潜るのか。

皆はトイレどうしているのだろうか?彼女は聞くに聞けない疑問を抱いていた。


「キーラ殿がいてくれれば、今回のダンジョン最奥への道も現実味を帯びてきますから」

「そうですか。私も一応興味はあります。なにせこの街を支えている竜のダンジョン最奥ですからね。噂では凄いお宝があるとか」

「ええ、そうですね。あくまで噂ですが」


そう、実力をつけた冒険者の多くが、いずれは考えること。

竜のダンジョン最奥には何があるのか。どこから流れたかわからない噂では、見たこともないような黄金の山があるとか、永遠の命を与えられるとか、噂はさまざま出回っている。


アーガナスはそんなものに興味はない。

彼は純粋にダンジョン最奥まで踏破したいだけなのだ。

しかし、メンバーの中には少なからずお宝目当ての人物もいる。


名声も金も得た勝ち組冒険者でさえも引き寄せられる竜のダンジョン最奥の魅力。

キーラも騎士の身でありながら、自然とその魅力に引き寄せられていたわけだ。


美味しい酒が彼らを程よく酔わせ、その日はお開きとなった。

後の一週間は各々が自由に過ごす。


自宅でリラックスしてもよし、自分独自の調整があるならそれをしてもよし。

時間はある、みなに十分な準備時間は与えた。

アーガナス自身もベストコンディションを当日に持ってきた。


竜のダンジョン入り口に集まる10人の有志たち。

その周りを囲むのは、噂を聞きつけたやじ馬たち。


純粋に今回の作戦を称える者たちや、10名の有志たちの直接的なファンもいたりする。

若き才能たちが見守る中、10人は竜のダンジョンへと向かった。


今更彼らがてこずる魔物はここらにはいない。

竜とて同じだ。

掛け声もなく、完璧な連携をもっと竜を瞬殺していく。


暴力的な強さをもつキーラでさえも、この面々の強さには驚いていた。


全員が早く、強く、攻撃の幅が広い。

キーラはその中に自分も入れることが素直に嬉しかった。


アーガナスは何千回と潜ってきた竜のダンジョンで、今回ほど手ごたえを感じたことはない。

メンバーの誰一人として、足手まといはいない。

一人一人が何かのスペシャリストだ。戦闘おいて選択の幅を与えてくれる。


これならいける。本当に最奥まで行ける。黒竜の強さを知る彼がそこまで思うのは、初めてだった。

アーガナスは高ぶる心を必死に抑えた。


ダンジョン内で用を足す方法は人それぞれだ。

ちなみに、今回のメンバーの一人は土魔法で簡易の便器を作ったりする。


全く気にしないメンバーもいる。

キーラは簡易の便器を借りることにした。


どうしても比べてしまう。

以前使ったあの快適な便器と。


そして、竜のダンジョンBF29に着いたとき、キーラは口を開いた。


「あの、少しいいだろうか」

キーラの呼びかけに、全員が振り返る。

今まで一番口を開かなかった人が自ら口を開いたのだ、当然興味が沸く。


キーラはこの階にある店のことを話そうと思っていた。

今回はトイレを借りるためではない。

前回のお礼と、あの商店にあるものを皆にも見せたいと思ったのだ。


「信じられないような話だが、この階層にお店がある。よかったら、そこに寄っていかないか?」

こんな発言をした仲間がいたら、普通は幻覚でも見えているのではないかと疑うのが普通だ。

しかし、彼らのなかにそんな人物はいない。

お互いを認め合っているからこそ、相手の発言を大事に聞いた。


「ほぉ、興味深い話だな。長いこと潜ってきたこのダンジョンにそんなものがあったなんて」

アーガナスは心底感慨深げに答えた。

「ああ、不思議なお店だよ。店主も気のいい感じの人だ。是非寄ってみてくれ」


満場一致で行くことに決まった。

皆純粋にその店のことが気になって仕方がなかったからだ。

ダンジョン内にお店?

馬鹿か、相当な酔狂な人物なのだろう。


それに、キーラが言うには変わった商品もあるとか。

一行はキーラの記憶をたどり、そのお店の前に着いた。


人工的な扉に、赤い魔石がはめられている。

その魔石に興味を持ったメンバーがいじくりだす。

アーガナスがほどほどにと言い残し、店の中に入っていく。


皆が入った瞬間に、自身にかけた魔法が解かれたことに気が付いた。

相当複雑に練り込んだ魔法陣も一瞬にして解かれる。

ありえないと思うが、ありえているのだから仕方がない。


店の中には、満面の笑みで待ち受ける男と、不愛想な少女がいた。

「ようこそ、いらっしゃいませ!」「いらっしゃい」

気持ちのいい挨拶と、面倒くさそうな挨拶が聞こえる。

「こらっチサト、ちゃんとしなさい」

「あい」


アーガナスは店の中の様子に戸惑いを感じていた。

見たことのないものばかり。キーラから聞いていたはずなのに、それでも新鮮な驚きがくる。


「変わったお店ですね」

「ええ、でもいいものを取り揃えております」

黒髪の男が愛想のよい笑顔で応えた。


アーガナスは違和感を覚えていた。

この男と少女は、まるで自分たちを待っていたかのように立っていた。

一体、いつから自分たちの存在を感知していたのだろうか。


「アーガナス様御一行、お待ちしておりました。今日は皆様のために特別な食事を用意しております。是非食べていってください。もちろんお代はいただきません」

「それは随分な御厚意だな。少し怪しいのだが」

「いえいえ、皆さんは竜のダンジョン最奥を目指される有志たち。私もそれを望む者ですので、精一杯サポートさせていただきます」

タケルは精一杯の誠意を込めて、気持ちを伝えた。


二人の間に入ったのは、キーラだった。

「以前世話になった者だ。覚えているか?」

「ああ、トイレの……」

タケルが言いきる前にキーラがその口を塞いだ。


「まぁいいじゃない。アーガナス、ここは店主の厚意に甘えてみないか。食事を出してくれると言うし、長いこと保存食だと栄基も失われてしまう」


その言葉に、アーガナスも頷くほかなかった。

確かに食事は大事だ。


長いダンジョンの道のりでは、余計に影響が大きい。

しかし、地下29階層でそれほど新鮮なものが出るとも思えなかった。


10人が休憩室に通され、各々がリラックスして待つ。


店主がしばらくして、少女と共に料理を運んできた。


「これは私の国で新年などのおめでたいときに食べる物です。おせち料理と言います。みなさんの成功を祈って、心をこめて作りました」


10人は、目の前に出された色鮮やかな料理に目を輝かせた。

こんなもの、ポートレイルでもそうそう食べられるものではない。

重箱に入った料理を、慣れない手つきで食べていく。


誰一人として、味に文句のある者はいない。

全員がそのおいしさ、見た目のよさに心を満たされる。


しかし、アーガナスだけは余りの準備の良さに首をかしげるのだった。


お腹が膨れたあとは、少しばかりの仮眠をとる。

快適な空間で、毛布まで出してくれた。

全力でサポートしてくれるという言葉通り、何から何まで世話になった。


「ありがとう。ここから先は辛い道のりを覚悟していたが、驚くほど体が軽くなった。本当に竜のダンジョンを踏破できる気がして来たよ」

「そうですか。それは良かったです」


店主のタケルと握手を交わす。

次にチサトとも握手しようとするが、断れた。

兄に怒られているが、反省の色は全くない。


アーガナスは苦笑いし、店を後にした。


そこからの道のりは、味わったほどがないくらい快調に進んだ。

会心のスピードと、十分な体力。


見えてきた竜のダンジョン最奥への道のり。

全員の目がぎらついてきたころ、彼らは70階層にたどり着いた。

人類はいまだ70回層の壁を突破していない。

それを阻むのが、黒竜。

70階層付近に出現する、規格外の竜だ。


しかし、今の彼らを止められる力はなかった。

彼らの目には自信と、野望が秘められている。


80階層にたどり着くまでに5頭の黒竜と遭遇したが、そのすべてを討伐した。

いままで1頭しか狩られたことのない黒竜を5頭も。彼らはますます自信をつけた。


そんな彼らはまだ知らなかった。

80階層に何がいるのか。


史上初めて80階層まで降りた彼らを、いきなりそれが出迎えた。


広い部屋での、黄金竜の出現。


最強の10人が、その竜の前では手も足も出なかった。


キーラをはじめ、多くの者が撤退を提案した。

しかし、夢をあきらめきれないアーガナスが一歩だけ退くのが遅れた。


黄金竜の火炎に包まれ、その体と夢は焼き尽くされる。

残った面々も散り散りになりながら、上の層へと離脱していく。


こうして、史上初めて最奥を目指した者たちの旅は終わりを迎えた。


地上に戻った時、多くの者に悲しみと落胆を与えた今回の作戦。


その落胆をもっとも感じているのは、応援していた者でも、参加したキーラ達でもない。


実はもっと落ち込んでいる者がいた。


竜のダンジョン地下100階層、つまりは竜のダンジョン最奥。

その最後の一室で、彼は王の台座に座っていた。


タケルは今回の失敗を誰より悲しんでいた。

未だに誰もここまで辿り着かない。

若き才能がつぶれないように、難敵が待つ29階層に出店したが、いまだ最奥まで辿り着ける冒険者はなし。


タケルは少しだけため息をつき、次は50層辺りにもうひとつ入り口のドアを設置しようかと考える。

それで、いつかここまで辿り着く冒険者育つといいのだが。


タケルは台座近くの転移陣から、いつものお店へと飛んでいった。


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