転生者らしいです
ちょっとグロイかも
食事中の方は気をつけてください
彼がまだ人間だったころ。彼は大学生活を謳歌していた。
授業はほどほどに受け、学校が終わればバイトへ行く。
週末にはサークル仲間でバーベキューを。
典型的で、何の面白味もない彼の人生に、ある日変化が起きた。
彼はトラックに轢かれてしまい、異世界へと転生したのだ。
目を開けると薄暗い空間にいた。
暗くて目の前が良く見えない、それ以外に感じることはあまりなかった。
重たい体を立ち上がらせ、彼は道を進んだ。
のろのろと、フラフラと。
すぐに可笑しいと思った。
自分の体じゃないかのような重たさだ。視線を落として体を見る、そこにはボロボロに腐った体があった。
声にならない悲鳴が、彼の体を響き渡る。
気が動転して、しばらくはまともに立つことすらできなかった。
だが、彼は確実に生まれ変わって、そこにいた。
こうして元大学生と言うわずかな記憶を残し、彼は異世界でゾンビへとしての人生を始めた。
体には腐った肉がまとわりつき、骨がむき出しになっている。
たまに石に躓くと、目ん玉が飛び出そうになる。
駆け足なんてできるはずもない。全力で走ったときに指が落ちて以来やっていない。
痛覚が死んでいるのが、何よりもの救いだ。
不自由な体、不自由な環境。
こんな理不尽な状況を、彼はひたすら悲観した。
しかし、そんな彼をとあるゾンビが救う。
当てもなくダンジョン内をさまよっていた彼は、自分と同じ魔物であるゾンビと遭遇する。
転生してから初めて出会う自分以外の生物。
当然警戒した。そして、あげくの果てに自分から相手に襲い掛かった。
しかし、相手のゾンビは殴られても抵抗しなかった。耳が落ちたといのに。
痛覚がないからとか、そういうことじゃない。
仲間だから手を出してこないとすぐにわかった。
それ以来、彼はゾンビ先輩と共に過ごすことになる。
ゾンビ先輩がどこからか取ってくる腐敗肉を共に食べる。
見た目はグロイし、ゾンビ先輩も汚いが、腐った肉ほど美味しく食べられた。
ゾンビ先輩は生活面だけでなく、精神面でも彼を救った。
世界で一人ぼっちだった彼が、誰かと一緒にいられることは何よりの幸せだった。
お互いに声帯が死んでいるので、会話はできない。
それ以前にゾンビ先輩にそんな知能はなかった。
それでも、一緒にいるだけで良かったのだ。
それだけで、彼は救われていた。
そんな幸せな日もあっという間に終わりを告げる。
冒険者といわれる集団の襲撃。
痛覚のないゾンビでも、火の魔法をくらえば灰となる。
胸の魔石が壊れると、絶命することは知っていた。
手ごわい冒険者の集団と遭遇したとき、彼はどうすべきか悩んだ。
戦っても勝てないだろう。しかし、逃げ切れそうにもない。
そんな状況を救ってくれたのも、ゾンビ先輩だった。
ゾンビ先輩は自らを囮にし、彼を逃がしたのだ。
彼は必死で逃げた。ただただ怖かったからだ。
しかし、逃げている途中で気が付いた。
ゾンビ先輩はもう助からないと。
冒険者たちが去った後、彼はその場に戻っていた。
地面に転がる、焼かれたゾンビ先輩。
胸の魔石はとられていた。それは人間界で金になるらしい。
だから、ゾンビ先輩や自分は狙われた。
彼はこの日、カラッカラッの目ん玉から、わずかばかりの涙を流した。
もう自分の人生で泣くことはないだろう。
これ以上水分がないという理由ではない。
彼は強くなることを決意したのだ。
ゾンビ先輩のような優しい男になるため、そのゾンビ先輩を奪った冒険者たちに復習をするため。
こうして、数年後に竜のダンジョンでとある魔物の名前が知れ渡る。
ギルドの掲示板に常時貼られているクエスト。
『ノーライフキング 討伐 報酬金貨1000枚』
彼は竜のダンジョンにおいて、竜と同じレベルで危険視される魔物となっていた。
ゾンビ先輩を思い出さなくなって、どれくらいの日が立つだろうか。
彼は竜のダンジョン地下40層にいた。
長年住んできて、色々とわかって来ていた。
転生したばかりのころ、ゾンビ先輩がまだ生きていたころだ。
彼らはダンジョン地下一階層にいた。
ほとんどの冒険者がスルーする階層で、幸せに暮らしたのだ。彼らなりにだが。
彼らを襲撃したのは、ルーキーの冒険者一団。今はもうこの世にいない冒険者たちだ。
彼がゾンビ先輩の死をきっかけとして強くなろうと決めた時、まずやったことは地下2階層に降りることだった。
環境を変えたかったし、何よりじっとしていると辛かった。
しかし、幸運にもそれが転機となる。
彼はゾンビであるが、同時に人間の知能も持ち合わせる。
2階層の魔物が、一階層の魔物よりも強力だと言うことにすぐに気が付いた。
しかも、魔物の肉を食うことで、自分の魔力が高まることも知った。
そこからの成長は速い。
基本魔物どうしは、好戦的に戦いあうことをしない。
彼はそこに目をつけ、油断しまくっている上位の魔物を殺しまくった。
殺した後は全て食べつくす。それで強くなれるのだ。
ちなみにだが、肉は腐らせれば腐らせるほど美味いことにも気が付いた。
あくまでゾンビ界での味覚だ。
魔物を殺し、冒険者を襲う日々。
いつしか、彼の名は知れ渡り、ギルドで指名手配されることになる。
そのころからキツイ生活が始まる。
いつも奇襲していた冒険者たちが、どうしてか自分の背をとるようになった。
そういった魔法があるのだが、当然彼は知らない。
逃げて逃げて逃げ回る日々。
ある日、追いかけてきた冒険者に見覚えがあった。
そうだ、あれはゾンビ先輩を殺した人間ども。
彼は初めて人間と正面から戦うこと決意する。
そして、これがまた転機となる。
彼は復習を遂げるとともに、自分の強さを思い知っていた。
数年にわたり積み上げてきたものは、既に膨大なものとなっていたのだ。
そのころから彼は人間を避けなくなる。
襲いに襲い、いつしか『ノーライフキング』の名を得ることとなる。
◇
腹が減った。
彼は地下40階層でそんなことを考えていた。
上の階層に行くと人間たちがうるさい。
下の階層に行くと竜たちがうるさい。
彼の実力からして、40階層が一番住みやすかった。
そんな40階層では、緑竜が住んでいる。
体の鱗に植物を生やした聖なる竜だ。
これが、実にうまい。
しかし、もう何頭も食べてきた。
流石にゾンビといえども、飽きはくる。
そこで、彼の今日の気分だが、刺激の強い赤竜が食べたくなった。
なんでも最近赤竜の亜種が出現しているとか。
ダンジョン内の情報に詳しい彼は、そのことを知っていた。
どうせならそいつを食ってやろう。
思い立つと、すぐに足を地下30階層へと向けた。
下ること11回。
彼は竜のダンジョン地下29階層まで来ていた。
長いこと歩いたが、いまだに赤竜には出会えていない。
出会いたいときに会えず、会いたくないときに出てくる。竜の嫌なところだった。
下の階層同様に、しらみつぶしに探していく。
広いダンジョン内だ、おおよそで進んでいくが、次第に知らない通路に入っていく。
迷ったら迷ったでいいのだが、なんだか不思議な感じのする場所だった。
そして、先から何か強い魔力を感じる。
いままで味わったことのない感じだった。近づくなと言わんばかりの、強いプレッシャー。
胸がドキドキしていた。心臓はもう破れているが、こんな気持ちはいつ以来だろうか。
その気持ちは、扉の前に着いて、さらに高鳴った。
なんだか、懐かしさを感じる精巧な作りの扉。
立て看板にも、どこか懐かしさを感じる。店はOPENらしい。
何年ぶりだろうか、いや記憶が薄れている今では、もはや数百年ぶりくらいの懐かしさを感じる。
ああ、自分がゾンビだった前を思い出す。
彼は恐る恐る扉を開く。
中から漏れてくる涼しい空気。既に感覚をなくした肌が、なぜだがその風を感じる。
天井の眩しい照明も懐かしい。
そうだ、自分はこの明るい照明の下で勉強をしていた気がする。
どうしても思い出せない、遠い昔の記憶。
「……、いらっしゃいませ」
目の前には戸惑いの顔を隠しきれない、店主と思われる男がいた。
憎たらしい人間のはずが、彼の姿にはどこか懐かしさを感じて、殺す気にはなれなかった。
黒い髪に、黒い瞳。
そうだ、自分もそんな容姿をしていた気がする。
男が手に持っているのは、携帯電話か。
あれも知っている。ずっと忘れていたが、自分も持っていた。
時間があればつっついていた。何が楽しい訳でもなく、ただ考えることもせずに使っていたものだ。
全てが懐かしい。この店の中には、自分の記憶を刺激するものばかりがあった。
ここにいたい。まだここでやることがある気がする。
目の前の人間は戸惑ったままだが、しばらく居させてもらうとしよう。
床に座り込み、そっと目を閉じた。
5感のほとんどが死んでいる分、目をつむるといろんなことを感じる。
いまなら思い出せそうだ。自分がゾンビだった前のことを。
自分の世界に入り込んでしばらくすると、目の前に何かを置かれた音がした。
目を開けると、トレーの上に料理が並んでいた。
湯気を立てて、茶色い汁が揺れている。
ああ、知っている。思い出したぞ、これは味噌汁だ。
毎日のように飲んでいた気がする。
ゆっくりと手に取り、口に流し込む。
体中から漏れ出して、味もわからないが、記憶がその味を覚えていた。
出汁が効いていて、体にしみこむ味。彼の記憶で一番おいしかった味が再現される。
次は白い粒がたくさん入った椀を持つ。
これも、もちろん知っている。
ご飯だ。甘い味が口いっぱいに広がる、あの大好きなご飯が目の前にある。
おかずなしで、全て掻きこんだ。
辺りは漏れ出した米と味噌汁で汚れたが、気にしていられるほど冷静ではない。
今はひたすら、この食事に気持ちを向けていたい。
ご飯と、味噌汁を平らげ、残ったメイン料理を見る。
ひき肉をこねて作る、ハンバーグがそこにはある。
腐った肉を好むゾンビには、とてもじゃないが美味しい食べ物には思えない。
しかし、彼はカッサカッサの目を輝かせて、ハンバーグを見ていた。
思い出した。
自分が前世で一番好きだった食べ物は、ハンバーグだった。
ケチャップを少しかけて食べる、あの昼下がりの日常が頭をよぎる。
思い出せそうだ。今なら自分の名前ですら。あと少し、あと少しだ。
きっとこれを食べれば思い出せる。自分のすべてを。ゾンビになる前の、人間のころの自分を。
彼はハンバーグを丁寧に箸で割り、一口一口食べていく。
味は悪い。やはりこの体で楽しめる味ではない。
しかし、嬉しさが止まらない。
泣かないと決めたはずなのに、目からは今にも洪水級の涙があふれてきそうだった。
無我夢中で食べた。
幼い頃の記憶や、成長してからの記憶が次々に頭に飛び込む。
もうあれも思い出した、これもだ。あと知りたいのは自分の名前だけ。
もう出かかっている。
喉まで来ている。
なにか、あと何かがあれば出てくる。いや、きっかけさえいらない。
時間の問題だ。
その時、店主が目の前に飲み水を置いていった。
食後の一杯か。
気の利く男だ。やはり自分と同じ人種だからだろうか、すごく好感に思う。
こいつは殺さないでおこう。
コップを手に取り、水を飲み込んでいく。
ドキリと魔石の辺りが反応した。
それと同時に、彼は名前を思い出した。前世で自分が名乗っていた名前を。
そうだ、俺の名前は、ヤマナ……。
彼の記憶が全て呼び起こされる前に、思考は止まった。
彼の体が崩れ去り、もうこの世にいないからだ。
「あー、びっくりした」
残った魔石を手に取り、タケルは目の前で蒸発した魔物を思い返す。
店の扉が開いて、入って来たのはポートレイルで有名な魔物ノーライフキングだったではないか。
魔除けの魔石があるはずなのに、まさか魔物が来るなんて夢にも思っていなかった。
驚きはその後も続く。
ノーライフキングは何かを懐かしむように辺りを見回し、その後その場に座り込んだ。
どうしようか悩んだタケルは、聖水を飲ませることを思いつく。
しかし、いきなり出しても飲んではくれないだろう。
ダメもとだが、料理を出したら流れで飲んでくれないだろうかと考える。
そうして、ノーライフキングはまんまとタケルに討伐された。
報酬の金貨1000枚を得て、タケルはご満悦だ。
ノーライフキングが心の中で、過去の自分を探していた。そんなロマンチックなことがあったなど、知りもせずに。




