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人のプリンには手を出さないでください

「チサト、またお店の方を頼んだよ」

「あい」

相変わらずのジト目で、チサトは必要最低限の返事をする。

タケルは本日遠い場所へと仕入れに行くらしい。どこか、チサトの知らない世界へと。


本日も時給3000円の楽な仕事が始まった。

取り敢えず、携帯を取り出してヤッホーニュースでも眺めながら待つとしよう。

どうせ変な客が来るだろうが、簡単な仕事に変わりはない。

ヤッホーニュースで目を引いた記事を開き、読んでみる。

やる気のない店主代理だが、今日も竜のダンジョンBF29≪何でも屋≫はオープンする。



タケルを思い続けて早数年。

天才的な両手剣使いのサラリスは、今日もマイペースに市場を闊歩していた。

背負ったバッグには愛用の水筒を。腰には新しく購入した黒竜の素材を使った剣を。


外食の多い彼女が市場に現れるとき、それはダンジョンへと潜るときの準備であることが多い。

今日もそのつもりだ。何個かドライフルーツを購入し、バッグへと収める。

その間も頭は大好きな店のことばかりを考える。


今日は何を買おうか。そして、何を話そうか。

どれくらい滞在していいのか。なにを食べさせてくれるのか。

一人きりの妄想は膨らむばかりである。


それにしても、ダンジョン地下29階層というのはあまりに不便な場所だ。

サラリスにとって29階層くらい容易に踏破できるレベルだが、なんといってもそこまで一日半もかかる。

化粧もしっかりしておきたいサラリスにとっては、なかなかに焦れったい距離だった。

(あーあ、タケルが市場にいたりしないかなぁ)


淡い願望を抱いて、次のお店へと向かう。

サラリスは知らない。あと5分待てば、タケルが同じ店を訪れることを……。


サラリスは今日も手土産をもってダンジョンへと潜る。

こんなウキウキな気分でダンジョンへと向かう人間は、彼女と変態の賢者くらいだろう。

今日も今日とて、その華麗な両手剣は正面から竜たちを叩き切る。

周りから見ていると、まるで踊っているかのように。剣舞を仕事とする者が嫉妬してしまうほどに妖艶だ。


その額に汗を掻きながら、一日半の工程を経て彼女は目的地へと着いた。

今日は何を話そうか。

新しく売って貰った剣の斬れ味の良さでも語ろうか。


あの黒竜の素材を使ったと言っていた剣は、この道中で恐ろしいほどに威力を発揮した。

軽く、頑丈で、何より素直。

サラリス独自の感性だが、彼女にはしっかりとこの剣の素晴らしさがわかっていた。

そんな剣を格安で譲ってもらったのだ。きちんとお礼も言いたい。


今日の手土産である、ポートレイルで流行りの『イモもち』を手にして、たどたどしく扉を開く。

漏れてくる涼しい風、明るい光。

いつもと同じカウンター内の椅子には、タケルが―いなかった。


「えっ!?」

サラリスは大いに戸惑った。

この店に通って数年たつが、まさかタケル以外の人物がいるとは思いもしなかったのだ。


目の前にはジト目の少女が。年は自分よりも下だろう。

口を三角形にしながら、不機嫌そうな顔でこちらを窺っている。

いつも愛想のいいタケルのように、出迎えてはくれない。


戸惑いを感じたのは、チサトとて同じだった。

そもそもここは兄がやっている怪しいお店だという認識を持っていたが、前回マヨラーで野人のような客が来たときに、この店はやはりどこかおかしいと決め込んでいた。

そして、今日も店番を頼まれたときに覚悟をした。


ケチャップ大好きな北京原人がきても驚かないと。

それなのにどうだ。


扉を丁寧に開けて、入って来たのは見目麗しい美女ではないか。

チサトはこの異常事態に、口をとがらせて、警戒の色を示すのであった。

「あ、あの、ここはタケル殿が営んでいるお店ではないのか?」

地下29階にライバル店などあるはずもないし、店主も変わるはずがないが、冷静さを欠いたサラリスはそんなことを聞いた。


しかし、目の前で口を三角形にした少女はなにも答えてくれない。

チサトが人見知りなだけだが、サラリスは無意識に拒否されたと感じた。

対人メンタルの弱い彼女は、もう帰りたいとさえ思えた。


チサトは無視をしたわけではない。

彼女なりのコミュニケーションの方法がある。

初対面の相手にはこれで充分だ。こんな変な店にくる、変な客ならなおさら。


愛用の手で持ち運べるサイズのホワイトボードを取り出し、チサトは水性のペンで文字を書いていく。

きゅっきゅっと書き終わると、ボードを立ててサラリスに見せる。


『そうですが、なにか?』

喧嘩腰ではないが、喧嘩腰に見えてしまう。これがチサトの欠点でもある。

「い、いや、ではタケル殿は?」

『仕入れに行きました。なにか?』


サラリスはある程度事情を把握した。

そうか、タケルは仕入れに行ったのか。

そして、目の前にいる不思議な少女が店番を頼まれたと。


そして、サラリスはもう一点気が付いていた。

この愛想のない少女だが、目元がある人物にそっくりではないか。

自分が今までよく見てきた男の目元に。そうだ、間違いない。

あれはタケルの妹に違いない。だってそっくりだもの。


一度そう思えば、もう他に考えようもない。そして言葉にしなければならぬほど、気になる。

「もしや、あなたはタケル殿の妹か?」

『はい』


予想は当たっていた。

ならばやることは一つ。外堀を埋めねばならぬ!

こうして、お互いに人づきあいが不得意な二人の掛け合いが始まる。

タケルがいないことで起きた悲劇であり、喜劇だ。


「妹殿。お名前を聞かせていただけないか?あっ、私の名前はサラリスだ。タケル殿とは数年来の付き合いだ」

そう言われたが、チサトは名乗るべきかどうか悩んだ。

なぜ店に来たこいつは、自分のことを知ろうとしているのか?

客なら店員にではなく、商品に興味を示せ。

怪しい!


『チサトですが、なにか?』

今度のは本当に喧嘩腰な返答だ。

「ああ、チサト殿と申されるのですね。かわいらしいお名前です」

『サンクス』 

さっきまで怪しんでいたはずだが、すぐに笑顔になるチサト。

褒められることに弱いのだ。しかし、笑っているのが口元だけなので、なんとも不気味だ。


「今ポートレイルで流行りの『イモもち』を持って来ているので、良かったら食べてください。モチモチしていて美味しいですよ」

『いただくわ』

お菓子好きのチサトに遠慮はなかった。

貰えるものは貰っておけ。


早速口に運ぶ、もぐもぐと噛んで味を確かめる。

とりあえず、毒はなさそうだ。そんな失礼なことを考える。


「どうです?」

『★★』

「ん?」

サラリスにはわからない概念だ。

『モチモチしていて、やや美味しい』

これで理解する。

ほぼ自分と同じ意見だった。

流行っているが、特段旨い訳ではない。


しかし、本来あげるはずだったタケルはこういったものが好きなのだ。

ポートレイルで流行っているもの、伝統あるもの、彼はそういったものが凄く好きだった。

だから持ってきたが、妹さんにあげることになった。

そして、結果はぎりぎり合格と言ったところか。


『御馳走してくれたお礼に、なんか持って来てあげる』

意外と義理堅いチサト。サラリスが言葉を返す間もなく、そそくさと店の奥へと引っ込んだ。

この行動が早い辺り、兄のタケルそっくりだとサラリスは思う。

その人は今どこで、何をしているのだろうか。

ちなみに、タケルは今偶然、奇跡的にサラリスの家の前を通っていた。

神しか知りえない、プチ奇跡である。


戻って来たチサトは、透明なカップに黄色いものが入ったものを手に持っていた。


『冷蔵庫に入っていた、タケルのプリンです。食べて』

よくわからないワードと、よくわからない目の前のものを指すであろうワード。

この黄色いのがプリンと言うのだろう。

置いた瞬間にプルンとしたが、それが名前の由来だろうか。


「いや、タケル殿のプリンであろう?私が食べていいのか?」

当然の質問だ。堂々と持って来られても、そこは見逃せない。

『もちろん』


謎の自信顔で、チサトは書き切った。

皿まで準備してくれている。スプーンもある。いいのだろうか……、いいよね?

ないより“タケル”のプリンを食べてみたい。


『容器底面の突起を折ったら、すんなりと中身が出るよ』


言われたとおりに突起を折った。

そして容器から皿へと移す。

プルンと中身がさらに移る。なんとも癒される光景だった。

突起を折らなかったらこうはいかなかったのだろうか?

形が崩れたりするのか?きっとタケルだったら説明してくれないんだろうなぁ、と考えながらスプーンを手に取った。


黄色いプリンは山型になっており、頭の部分は黒っぽい。

どこから手を出せばいいのか。

頭から崩していくか?

それでは下の方に行くと、黄色い部分だけになる。

ここは縦にスプーンを入れるべきだ。


結論を言おう。正解だった。

甘く、優しい甘さが口いっぱいに広がる。

この感じは、おそらく卵の黄身が入っている。おそらくチーズも少量。

それらが口当たりを良くして、つるんと喉を通り抜ける。

しかも、黒い部分は少し苦い味のようだ。

これが下の甘さを殺すどころか、むしろ引き立てている。

なんだこの完成された、天井知らずの至福の甘さは。


自分の持ってきた『イモもち』が少しだけ恥ずかしくなってきた。

妹殿はお世辞で美味しいと言ってくれたのかもしれない。

「すごく美味しいです。私が持ってきた『イモもち』なんかよりずっと」

『それは良かった。イモもちもよかったよ。手作り感があって』


妹殿は優しい。サラリスにはそう思えた。

ヒンヤリ甘いプリンはすぐにお腹へと消えていった。

少しだけ、心寂しい思いだ。


「チサト殿には世話になったな。ところで、今日も店は営んでいるのだろう?いい商品があったら見せてほしい」

『はい』


タケルに会いに来たとはいえ、ちゃんと客としても来ている。

妹殿の手前だし、下心だけで帰る訳にもいかない。

あくまで、私はただのお客だ。サラリスは冷静に自分の気持ちを落ち着かせて、商品を見ていった。


サラリスが商品を数点買って、そろそろ帰ろうと支度を始める。

今日買ったのは、化粧品数点と、保温弁当箱と言う実に女の子的なものだった。


サラリスにとって、チサトと出会えたのは大きな収穫だった。

今のうちに存在を知れたことは大きい。きっと今後城を攻めるのに役に立つはずだ。


「では私はそろそろ行くとしよう。また来るから、その時もよろしく頼むよ」

『待って』

ホワイトボードから呼び止めの合図を送る。

チサトにはまだ聞きたいことがあるようだ。


シュッシュと水性のペンがボード上を走る。チサトが聞きたいのはこれだ。

『タケルの女ですか?』


実にストレート。

入って来た時から気になっていたことだが、ようやく聞くことができた。

チサトにとっても、勇気ある質問だった。


「えっ!?い、いや、あの……、まだ」

シュッシュっと唸りを上げるチサトのペン。

『まだ???』


気になったその一言。

まだということは、そのうちはそうなるんですか?

チサトの無言のプレッシャーがサラリスを襲う。


自分でもなぜ“まだ”なんて言ったのかはわからない。

強がりたかったのか、願望が表にでたのか。

しかし、もう引けない。引きたくもない。

「きっと、そのうち……」

サラリスが顔を真っ赤にして勇気ある一言を言い終えた。後悔はない。そうだ、そんな未来を望んでいるのだ。言葉にするくらいいいじゃないか。


そして、それと同時に今日一番の音を立てながら、チサトが文章を仕上げる。

『キターーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!』



サラリスが帰って、3時間ほど経った。

ようやくタケルが戻り、チサトのバイトが終了する。


「チサト、今日もありがとうな。これ、今流行りの『イモもち』っていうお菓子だ。よかったら食べて」

「もう食べたからいい」

「えっ!?」

「あとお兄ちゃんのプリン食べたから」

「なんで!?」

「お兄ちゃんの女にあげた」

「だれっ!!??」


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