場所が場所なので、強盗とか来ます
酒屋『毒ヘビ』には、面の悪い客が多い。
純粋にブサイクが多いのは、店の怪しい内装が彼らを引き寄せるのだろうか。
その中に、少数だが本当に悪い面をした人間たちがいる。
ギルドでハント要請も出ている盗賊団『バランティーノ』の面々だ。
なぜそんな連中が堂々と酒屋で酒を飲めているかと言うと、彼らの正体がバレていないことに他ならない。
既にテーブルに座り、酒をあおる四人組。
彼らは待っていた。今まで自分たちが盗賊としてやって来られた生命線ともいえるものを。
ジョッキに注がれた酒を飲み干すこと三杯、四杯目に入ろうかと言うときに、待ちに待った男がやってきた。
情報屋のケルクという男だ。
体中を灰色のローブで多い、頭や顔にも薄い布を巻き付けている。
目立って仕方がないような怪しい格好だが、本人が一番やりやすい格好なのでバランティーノの面々が今更指摘することはない。
それに、この格好は顔を意識させない効果があることを周りは気が付いていない。彼らとは長い付き合いのはずだが、果たして顔をさらけ出した状態のケルクを本人だと気がつける人間が何人いることか。
「おう、来たな相棒」
4人組の中でも最も大柄な男が、満面の笑みを浮かべて男を招き入れる。
リーダーであるマスドべという男である。
ゴツゴツした4人の中に、ほっそりとした怪しい男が混ざりこむ。
ここが酒場でなければ、間違いなくカツアゲの現場に見える。
「相棒ではないよ。あくまで仕事上のパートナーだ」
「へっ、堅いことを言いやがる。いいからお前もたまには飲んでいけ」
つきだされる飲みかけのジョッキを男は手のひらを向けて断りを入れる。
飲みかけとかありえないだろう、と心でツッコミを入れながら。
「早速だが、仕事の話に入りたい」
布越しでも声が良く通る。酔っぱらっている4人にもはっきりと聞こえることができた。
「いいぜ。ちょうどいい感じに酔って調子が上がって来たしな」
「それでは話すとしよう。今回の情報はダンジョン内の店についてだ」
目を点にする4人を無視して、ケルクは話し始める。
近頃ポートレイルで数人が通っている不思議な店があることを。
その店はダンジョン内にあり、通常通るルートでは通らない場所にある。
店にたどり着いた者の多くが、偶然と幸運によるものだという。
しかも、その店の中には高価品から、見たことのないような商品まで多種多様な商品を取り揃えているとのことだ。
どこで得た情報なのか、見てきたかのように正確に情報を伝えていく。これが情報屋の仕事であり、ケルクの腕の良さだった。
「まぁお前が言うんだ。嘘はねーだろうが、そんな場所に店があるなんて、とてもじゃねーが想像できないな」
「普通じゃないことに違いはないな」
「で?ダンジョンのどこにあるんだよ。その店はよ」
一番肝心なところだ。もちろん、ケルクはその場所を知っている。
「竜のダンジョン地下29階。おおよその位置も把握している。地図を描いて渡すからそれを利用してくれ」
「おう。で、今回の取り分は?」
「情報を仕入れるのに苦労した。それに見返りは大きいものを期待できるだろう。半分を貰う」
「半分は多いな。いつも3割だろう」
「それくらい取れ高が大きいと言うことだ。さ、話は終わりだ。成立か、不成立か。どちらだ?」
「もちろん成立だ」
握手を交わし、契約成立だ。
終わるとすぐに酒屋『毒ヘビ』を立ち去るケルク。酒も飲まずに、酒屋を立ち去る真面目な男だ。きっとまたすぐ、次の仕事の情報を仕入れにいくのだろう。
「いいんですか?半分も」
取り残された彼らは、酒を飲み続けながら立ち去った男の話をする。
「いい。確かに今回は大きな山になりそうだからな」
ただし、今回だけ。情報屋の大事さは知っている。
しかし、次からも吹っ掛けてくるようなら付き合いを終わらせることを考えなくてはならないだろう。
それに彼らは徐々に情報屋の希少価値に慣れつつあった。
そういったときが一番危ないとも知らずに。
最後の一杯を飲み干しながら、マスドべは明日の仕事を思い浮かべる。
ダンジョン内にある店か。
面白うそうだ。ガツンとジョッキをテーブルに叩きつけ、明日の仕事に備えて早々に引き上げた。
強盗団にダンジョンの攻略ができるのか。
答えは、強盗団『バランティーノ』なら可能だ。
大斧を振り回すリーダーのマスドベは、力任せに魔物を葬っていった。
それは、地下10階層で出てくる竜種にも劣りはしない。
力でのごり押しで、彼らはダンジョンをひたすすむ。
初めてのダンジョンでの夜、それはなかなかにスリルなものだった。
普段襲う側の彼らが、いつ襲われるかわからない状態で夜を過ごす。体が大きな拒否反応を示した。
その影響が見事に二日目に出る。
足は重く、4人の中に険悪なムードが漂う。
そして、それは赤竜に遭遇して末期を迎える。
ダンジョンに来て、最大の危機がやってきた。
これまでにないパワーと、スピードを持ったその竜に盗賊団は散りぢりになる。
マスドベは決断をした。
自分だけでも生き残ることを。
赤竜の目が仲間に向いている間に、マスドベはダンジョンの通路に逃げこんだ。
すぐ側にいた手下の一人が、気づいて後を付いてくる。
「頭!あいつらはどうすんだよ!」
「置いていくしかねーだろ!」
二人はそれ以上言葉を交わさず、考えることもやめた。
簡単な仕事と思いきや、とんだ魔物お巣窟だ。
二人はその後も魔物に追われながら必死に逃げる。
そして、渡された地図を使うこともなく、生き延びた二人は運よくそこにたどり着いた。
マスドベの目の前には、聞いた通りの扉があった。
綺麗な作りで、赤い魔石が嵌められている扉。それがいつのまにか目の前にあるではないか。
「頭、これって……」
「ああ、情報屋が言っていた店だろうな。まさか本当にあるとはな」
ポートレイルにいた頃には信じていた話が、ダンジョンに潜るにつれて信じられなくなってくる。
なんで竜の住むダンジョンに店なんかがある?
どうやって店を営んでいる?
店主は正気か?
怒りにも近い疑問が頭の中を走り抜けていく。
マスドベは力強く扉の取っ手を握り、体を当てて押した。
「うんっ!うっう!んあ!」
押しても押しても開かない。
「なんだ!この固い扉は!」
「頭、引くんじゃないですか?」
その通りだった。頭に血が上りすぎている。
ちょっと憂さ晴らしに扉を壊したくなった。赤い魔石も気になる。どうせならそれもいただいておこう。
逃げ出すときに、唯一捨てなった大斧を振りかざす。これで扉を破壊して、同時に店主も脅してやる魂胆だ。
「ふぬっ!」
凄まじい勢いで振り下ろされる斧。
扉に当たると同時に耳をつんざく音がして、腕に衝撃が走った。
扉に斧が突き立つと思っていたが、見事に跳ね返されて斧と自分に衝撃が全て返ってきた。
斧の刃がこぼれている。まさか、木の扉に負けたのか?
マスドベは混乱しながら、後ろの部下に目をやった。
後ろにいた部下は、どうやらこぼれた刃が側頭部を通過し、危うく死にかけたらしい。
自分より気が動転していた。
最悪だ。
夜は怖いし、竜は強いし。ダンジョンなんてもう来たくない。
もう今日の強盗とかやめたい気分になる。
出来れば家に帰りたい。昨日の飲みの続きがしたい。
既にメンバーの半分はいないが……。
「盗るもの盗って、地上にもどるぞ」
「……はい」
二人は重々しく感じる扉を開いて、店の中に入る。
涼しい空気と、明るい光が漏れてくる。
「いらっしゃいませ!」
黒髪の、細い体をした男が笑顔で声をかけてきた。
なんだあの体は。女かよ。
マスドベは完全に目の前の男を見下していた。
ここは手始めに脅しておくか。目の前の木でできたカウンターに斧を振り下ろそうとしたが、先ほどの記憶がよみがえる。
あの衝撃をすべて返された怖い記憶が。
後ろの部下も咄嗟につかみかかって来て、阻止しにきた。そういえば、彼はもっと怖い思いをしている。
「わかった」
マスドベは今一度大きく息を吸った。常套手段、大声で脅すに変更だ。
「おい!店主!俺たちは客じゃねー!強盗だ!店の中にある金をすべて持ってこい!」
「……」
黙り込むタケル。
「おい!とっとと持ってこいや!!」
「……、はい、わかりました。では休憩室で座ってお待ちください」
左手をさして、タケルが水も自由に飲んでいいですよ、と伝える。
「は?てめー舐めてんのか?」
胸倉を掴んで、眉間にしわを寄せる。これで大抵の相手は心底震えあがる。ダメなら、手を出すまでだ。
「いえ、お金を持ってくるので、その間立っていても座っていても同じですので」
「てめ―やけに落ち着いてんな」
怯える訳でも、反撃してくるわけでもない店主に不気味さを感じた。
それを悟られないように、さらに眉間のしわを濃くする。
「はい。強盗に入られたので、もう打つ手がありません。なら潔くお金を支払おうと思いまして」
「お、おう……」
相手の態度に、やはり少し押され気味になるマスドベ。
「頭、どうせ逃げられやしねー。大人しく待ってましょうぜ」
何よりも疲れている。
確かにそうだ。ここは地下29階。外には仲間を食ったであろう赤竜がいる。
男が反撃してこないと言うことは、腕に覚えがある訳ではなさそうだ。何しろあの細い体だ。
抵抗されても一向に負ける気がしない。
「いいぜ。大人しく待っていてやるから、あるだけの金を用意しろ」
「はい」
店主のタケルは店の奥へと消えていく。
残った二人は休憩室に行き、ウォーターサーバーから水を注いで飲んでいた。
多くのポートレイル市民が苦戦するその機会のシステムだが、二人は何なんく水を飲むことに成功した。意外な器用さである。
店の奥へと消えたタケルだが、丁寧に大型のリュックサックにあるだけの金貨、銀貨、銅貨を詰め込んでいた。逃げる訳でもなく、対策をするわけでもない。
それは真面目に、金庫からお金を取り出す。
タケルの胴体の三分の二はあるほどの大きなリュックサック二つ分に、全ての硬貨がおさまる。
今月も結構売り上げたなーと自分を褒めながら、重くなったリュックサックを盗賊たちの元へと運んでいった。
二人は柔らかいソファーの上でリラックスしていた。
追われていた時に相当体力を使っていたので、今にも眠りにつけそうだった。
そこへ巨大なバッグを背負って、ジャラジャラと音を鳴らしながらタケルが戻ってきた。
「これが店にあるすべてのお金です」
マスドベは予想外の量に仰天した。
男の体の三分の二はあるバッグの中が、全て硬貨だと言うのだ。
一体何を売っているんだ!?
てか、誰が来るんだ!?
あふれ出す疑問を抑え、まずやるべきことをした。
すぐに中を改めるが、確かにポートレイルで使われているものだ。金貨を数枚とって確かめるが、偽物ではない。
一体この男はどうやってこんなに金を貯めていた!?
マスドベは、またもこの男に恐ろしいものを感じる。
「けっ、いい量貯め込んでいるじゃねーか。おい、ここにもう用はない。行くぞ」
自分が一つと、手下に一つバッグを背負わせる。
ズシリと重いが、歩けないほどではない。
魔物と遭遇したら置いて戦えばいい。赤竜と遭遇したら―
「おい、あの赤い竜を避ける方法はないか?」
この男なら知っているかもしれないと思い、試しに聞いてみた。
「ありますよ。酒を飲むことです」
「酒だと?」
「はい、お酒です。ワインがありますので、是非飲んでいってください」
サービスの良すぎる店主を警戒した。
自分たちは強盗で、こいつは被害者。あまりに気前がいい。
「先日大漁に買っていたのがありました。どうぞ休憩室にてお飲みください」
男の手にあるワインと言うのは、どうやら葡萄酒のようだ。
赤く透き通って、飲まずとも旨さが口に広がる。
「少し飲んでいく」
「それもそうですね」
二人はまたソファーへと戻る。
グラスに注がれる葡萄酒。いい香りが鼻をつく。
「旨そうだが。まずはお前が飲め」
「ええ、わかりました」
タケルはグラスに自分の分を注ぎ、一口飲み込む。毒味と言う訳だ。
「うん、今年はここ10年最高の出来らしいですからね。やはり美味いですよ」
毒は入っていない。
そう判断して、二人も飲みだした。
確かにうまい。流石はここ10年最高の出来だ。いままでを知らんけど。
二人は注がれるワインを飲みに飲みまくった。
途中差し入れられるチーズや、ジャーキーをつまみながら、酒は更に進む。
「久々ですからね。一杯飲ませてやりたいものです」
ぼそりとしたつぶやきだったが、マスドベは聞き逃さなかった。
「ん?なんだぁ?」
「いえ、なんでも。あと10本はあるので、いくらでも飲んでいってください」
そう言ってニコリと、いつもと変わらない笑顔を見せるタケル。
二人は本当に10本飲み切った。
それでも泥酔はしていない。
むしろ調子が良くなったほどだ。
「ふん。美味かったぜ。せいぜい次は強盗に入られないように気をつけな」
「はい。そうします」
笑顔の店主に見送られ、二人はその店を出た。
部下が聞いてくる。顔を見られているが、始末しなくて大丈夫かと。
心配はいらないだろう。こんなところに住む変人だ。
ポートレイルには来ないだろうし、何より証拠がない。
二人は大量の金を背負って、高笑いで帰り道を行く。
行きは辛かった道だが、帰りは驚くほどに行く先を遮る者がいない。
竜どころか、魔物すら出てこないのだ。
いやに静まり返る、地下29階層。
しかし、その静けさは、とある黒き竜の咆哮によって失われる。
重たいバッグを背負った二人が、目の前の光景に口を閉ざした。
もはや、リアクションすら取れない。
ほとんど伝説上の竜。地下70層付近に出てくると言われる、黒竜が目の前にいる。
圧倒的な大きさ、圧倒的な存在感、圧倒的な恐怖。
考えが及ぶ前。二人は気が付くと、真黒な世界にいた。
その後は、黒竜と大きなバッグだけがその場に残る。
誰もいなくなった29階層。響き渡る黒竜の咆哮。
黒い竜もそのうち消えていった。
「やれやれ、はた迷惑な人たちでしたね」
慣れた手つきで落ちているバッグを回収するタケル。
「久しぶりの酒は美味しかったですか」




