地下にあるお店
場所は竜のダンジョン、地下29階層、とある一角にあるひっそりとしたお店。
木の木目が入ったドアの真ん中には赤く輝く宝石がはめられ、金属でできた取
手にはプラスチックでできた板が提げられている。
その板がひっくり返され、今日もその店は開くのだ。
竜のダンジョンBF29≪何でも屋≫ OPEN!
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竜のダンジョンがある街、ポートレイルは今日も朝から賑わっていた。
ダンジョンへと続く道には商店が居並び、人がごった返している。
武器屋、宿屋、ギルド、酒屋、薬屋、主にこれらの店がひしめき合うが、どの店も同じと言う訳ではない。
どこもかしこも、新規の客を掴むためにキャッチーな商品を作り、常連をとどめるために品質を保つ努力を怠ることは出来ない。
怠ってもいいが、その先は廃業という道が待ち受ける。
竜のダンジョンがもたらすめぐみは、もはやこの街には欠かせないものとなっている。
いや、この国にとって欠かせないと言ってもいい。
この街から国の各地へと物が運ばれることを考えれば、王都ではないにしろ、間違いなく国で一番大切な街である。
去るもの追わず、来るもの拒まずのこの街では、日々新しい人々の流入がある。
しかし、入りきらない皿からあふれた者たちは、拒まれずともはじき出されるほかない。
華やかなこのポートレイルの街にも、スラムと呼ばれる場所はあった。
そんな華やかで、影があり、実力次第ではどこまでも登り詰められるこの街を人々は夢の都市と呼ぶ。
夢の都市ポートレイル、その中でも一際実力がものを言う場所がある。
ギルドと呼ばれる場所だ。
あらくれ者、スラム出身者、庶民、貴族、果ては人間でない種族まで、誰でも腕に覚えがあるものはそこに集う。
いろんなものが混ざり合うと、何かが起こる。面白いことが。
この物語も、ギルドから始まる。
ポートレイルは土地こそ広大ではないが、人の多さから大都市と言い表されることがよくある。
なんといっても、住人が一つの街に10万も詰め込まれているのだ。
これを狭いとはなかなか言える人物はいないだろう。
その大都市ポートレイルで今最もアツく、名を急激に広げているパーティーがある。
パーティー名を『リレイン』と名乗る、4人組の集団だ。
皆18歳と若く、活気に満ち、出自も悪くない。
初めて竜のダンジョンに行って以来、数多くの成果を持ち帰った。
約1年で20階層まで踏破したスピードは、前例のないもので、誰もが彼らの力に期待した。
金のある貴族や大商人は、いち早く彼らを囲おうとした。
しかし、二つ返事で断られる。
その情報が出回ってから、またリレインの人気は街を駆け巡った。
若き才能に、皆が注目している。
娯楽が人の数に供給が行き届いていないこの街では、こういった話は一番の酒のさかなだった。
その話題の中心にいる彼らは、今現在酒場『猫ネコ』で打ち合わせ中である。
「俺たちが冒険者デビューして、もうすぐ一年。今日は皆に言っておきたいことがある」
酒がとどき、皆が一口飲んだのを確認して、リーダーのアヴァイトが言った。
真剣な顔にほか三人が少し硬直する。
緑色の目に見つめられた三人はその口が開くのを待ち続ける。内容はおそらく察しがついているが。
「竜のダンジョン、30階層を目指そうと思う」
予想通りの言葉が皆の耳に入る。リーダーの決意は固いようで、言い終わった後も顔は引き締まっている。
「俺は賛成だぜ」
陽気に答えたのが、ジョッキを片手に持った体躯のいい男、剣士のバーダーである。
短髪に切りそろえた爽やかな顔で、ニコリとアヴァイトに同意する。
「私も賛成よ」
こちらは華奢女性。ローブを見にまとい、椅子の傍には寄り添うように杖が置かれている、典型的な魔法使いだ。回復魔法、攻撃魔法、なんでもござれの優等生メレイだ。
リーダーを合わせて賛成が三票、多数決なら決まりだが、最後の一人の回答を皆が待ち続けた。
誰も催促はしない。それがこのパーティーのルールだ。
しばらく時間を置き、最後の男が口を開いた。
「俺も賛成だ。だが、条件がある」
男の名前はタチイ。弓職で、長身、動体視力が優れており、とっさの判断も早い。このパーティーのバランサーである。
「条件とは?」
「皆知っているだろうけど、30層からは魔物の強さが跳ね上がる。もちろん、手前の20層後半も手ごわいだろう」
「それも考慮しての決断だ」
「ああ、しかし俺たちはまだまだ経験が浅い。もしもの時に対処が遅れることが心配なんだ。だから25層より下では、予定外のことが起きたらすぐに引き返すこと。これが俺の条件だ」
タチイからの提案を吟味するリーダーのアヴァイト。
慎重さは大事だが、それに重きをおいては進歩が大幅に遅れる。
それがかえって自分たちに危ない目を見せることもある。
しかし……。
「それでいい。バーダー、メレイ、それでいいか?」
アヴァイトは即断即決した。
「ああ、いいとも」
「うん」
あとの二人も同意する。ここら辺は、アヴァイトへの信頼感がなせる業だ。
話はまとまった。
日時は早速明日から。
場所はもちろん竜のダンジョン。
彼らは優秀だ。優秀すぎる。
それ故に、たった一年で竜のダンジョンを20層まで踏破した。
しかし、彼らはまだ知らない。進化し続ける竜のダンジョンの恐ろしさに。
多くの優秀な冒険者たちを飲み込んだ、地下100層まである竜のダンジョンの本当の恐ろしさを知るものは少ない。
優秀故に、あらゆることを想定できる。
すぐに対処もできる。
でも、全く考えもしないようなことが起こると、彼らは多くの冒険者同様、そのダンジョンに飲み込まれることになるだろう。
地下30層とはそういう場所であり、そしてその手前にはそんな不幸な彼らを救う場所がある。
そこにたどり着けるかどうかは、彼らの運しだいだ。
と言っても、この30階層の壁は毎年数組があっさりと乗り越える。
跳ね返されるパーティーは海のごとしだが、数が数なだけに通り抜ける数も山のごとしだ。
未だに100層まで踏破したものはいないが、平均的なパーティーが大体生涯最深で30層近くまで降りてゆく。
50層まで降りていける冒険者は生活に困ることはないだろう。引退した後も貯蓄で暮らしていけるほどだ。
故に皆がそのラインを目指すが、大体が30層で跳ね返される。
そこで心が折れるもの、めげずに挑み続ける者、命を落とすもの、それぞれ違った道がある。
リレインのメンバーたちもそのことを知っている。
だからこその一大決心だ。
可能なことなら、一発で通り抜けておきたい関門。
最深部を目指す彼らが躓いていい場所ではない。
それでも、彼らに油断は全くない。
次の日、早朝からリレインは動き出していた。
いつも通りの定刻の朝食。
何度も確認する荷物。
命を預ける仲間の顔をしっかりと見て、彼らは竜のダンジョンへと潜っていった。
ダンジョンは基本的に薄暗い。
しかし、明かりが必要になるくらい暗くはなく、人間の目でもしっかりと見ることができる。
気をつけなくてはいけないことは、死角からの急襲。
彼らほどの実力があれば、いまさらそんな初歩的なミスも犯さないのだが。
道中は順調だった。
けが人もなく、消費物の量も計算通り。
予定がただしければ、二日で30層まで辿り着ける。順調故に歓喜はあったが、気が緩むことはない。その固さこそが彼らの強みでもある。
竜のダンジョンBF10、この階層からはダンジョンの名に違わぬ、竜種が出現する。
もちろん彼らも知っていることだ。
「竜が来るぞ」
アヴァイトの警戒に皆が身構える。
広いダンジョンの一室で、石竜が今にもとびかかってきそうな勢いで吠え出す。
破裂音が延々続くような轟音に、思わず4人とも耳を塞ぐ。
熟練の冒険者たちは耳栓をあらかじめつけたりするが、若い彼らには気の回らないところだった。
石竜がその雄たけびを終えると同時に、両者が突進を開始した。
5メートルはある石竜の正面突進を受け止めるのは、大剣使いのバーダーの仕事だ。
動きが止まったところで、初手を繰り出すのがアヴァイト。
魔法を剣に帯びさせて、首筋に一閃。
石でできた鱗が剥がれ落ち、竜の皮膚にまで達する。
激痛でもがき苦しむ竜からバーダーがはなれ、今度は後衛の二人が仕事をする。
目を狙った正確な矢が飛んできて、直後体を包む大炎が飛んでくる。
弓使いタチイと、魔法使いメレイの仕事である。
彼らはこの単純化された連携をもって、ものの10分で石竜を狩った。
同年代でこれだけできるのは、間違いなく彼らを除いて他にいない。
「みんな、よくやった。最小限の採取で、先を急ごう」
そう彼らの今回の目的は、地下30層の赤竜であり、それ以外の荷物はなるべく増やしたくなかった。だからせっかく狩った石竜も高価な魔石と、牙くらいしか採取しない。
残ったものは幸運な冒険者たちのものだ。
その日は15層の一角で疲れをいやし、彼らの冒険は二日目に入る。
二日目も初日同様に順調の一言。
慎重を期してなかなか踏み込んでいなかった領域だったが、既にこのランク魔物をものともしなかった。
10層以降に出てくる鉄竜、鋼竜を難無く狩っていくうちに、彼らの自信はより高まる。
次第に、辿り着けるのか?という疑問が必ずできるという確信へと変わっていった。
そして、彼らの運命の審判となるBF29にたどり着いた。
もうすぐ目的地の地下30層。
胸が高鳴らないわけがない、しかしリーダーのアヴァイトをはじめ、誰一人油断はしていなかった。
「何かいる」
先の部屋にただならぬ存在を感じ、アヴァイトは警戒の色を示す。
感じているのはアヴァイトだけじゃない。全員がこの先にいる化け物の存在を感じていた。
薄暗い通路を通り抜け、広い空間へと出る。
いた、赤竜がそこに。
10メートルを超す巨体で、赤い鱗から熱を放っている。
人間たちの存在に気が付くと、すぐさま雄叫びを上げ、突進した。
「いつもの通りだ!敵が強力だからって気圧されるな!これは俺たちが乗り越える壁だ!」
アヴァイトの指示通り、いや指示がなくとも皆が己の仕事をこなす。
最善の一手で、いつものように竜の体力を徐々に削る。
鱗がはがれていき、竜の血が散る。
勝負は見えた。間違いなく冒険者たちの勝ちだった。
そして時間が経ち、竜は足元から崩れ落ちた。
もう息はしていない。
「勝った、勝ったぞ!」
思わず興奮の声を上げたのは、大剣使いのバーダーだ。
それにつられて、ボロボロの三人も喜ぶ。
しかし、そんな歓喜もつかの間、自分たちが通ってきた通路からごうごうと荒い音が聞こえてくる。
壁を少し破壊しながら現れたのは、もう一頭の赤流だった。
さっきの赤竜よりだいぶ小さい。
その分動きは速く、地面を駆けて後方にいた弓使いのタチイを攻撃した。
爪がしっかりと片腕にえぐりこまれる。
切れが良すぎて、骨まで避けたため獲物を引きずりこむことには失敗した。
それでも重傷だ。あとは三人。
「メレイ、タチイの治療を!俺とバーダーでこいつを食い止める!」
リレインのメンバーに焦りはなかった。
こういった緊急の事態も常に想定している。
アヴァイトと、バーダーが時間を稼いでいる間にメレイが怪我を完治させる。
それに今回の赤竜は、先ほどのものより小さい。その分力も弱かった。
これなら俺と、バーダーだけで勝てる、アヴァイトの心にはそんな考えがあった。
(背中に青い筋?)
一瞬見かけた変わった筋、しかしすぐに考えることをやめ戦いに集中した。
結果はアヴァイトの考え通りになった。
メレイが治療を終える頃に、アヴァイトとバーダーが件の赤竜を狩ってしまった。
簡単な仕事ではなかったが、ギアマックスの彼らが手におえない相手でもなかった。
「場所を移して休憩をとろう。俺たちの力が通じるのは証明された。自信をもって進もう」
思わぬ連戦になってしまったが、それでもなんとか乗り越えた。
ダンジョン内には魔物が近づきたがらない一角がある。
場所の特定は難しいが、事前に得た情報で既にその場所の目途は立っていた。
目標は30層だが、既に赤竜を2頭狩っている。
半分目標は達せられている状況だったので、なんとか一度心を落ち着かせたくて彼らは休みの場へと急いだ。
そして、道中でタチイが倒れる。
「えっ!?タチイ?」
すぐにメレイが気づいて、その体を支える。
顔が青ざめており、意識も朦朧としていた。
「どこで毒にやられた!?」
「わからない!同じ物しか食べていないはずなのに!」
「解毒魔法を頼む。タチイは俺が支える」
指示通りにメレイが解毒魔法をかける。即効性のある魔法だが、タチイの状況は変わらない。
「なぜだ、なぜ良くならない」
「わからない。解毒魔法は効いているはずなのに」
リーダーのアヴァイトは頭を抱えた。
魔法が効かない。
解毒草をかじらせても効果がない。
一体どこで罹ったのか、見当もつかない。
さらに悪いことに、彼らの背中を追うようにもう一頭の赤竜が現れる。
「最悪だな。バーダー、タチイを担いで逃げろ。メレイが先導、殿は俺だ」
悪いことが次々に起こると、人は頭が回らなくなる。
特に今まで苦い経験の少ない彼らには、この状況は最悪と言ってよかった。
原因不明の病に、背を追う赤竜。
それだけじゃない、前に立ちふさがる魔物もちょくちょく出た。
しかもこんな時に限って、厄介な魔物ばかりが。
1時間ほど逃げ回った。
既にメレイの魔力が尽き果て、バーダーも走る体力がない。
殿を務めたアヴァイトはもっと重傷だ。
それでも一番危ないのはタチイだった。今にも息を引き取りそうなほど、その生命力が弱まっている。
今すぐに治療してやりたいが、今は逃げるしかない。
休める場所がなくては、まともに考えることすらつらい状況だ。
走って走って走り回って、もう自分たちの場所も何もかもがわからなくなってきたころ、彼らはそれを目にした。
竜のダンジョンBF29≪何でも屋≫、と書かれた看板が立っている。
ダンジョン内にはあまりにも不自然な人工的扉が見える。
看板にはOPENと書かれており、どうやら客を招いているようだ。
扉の中央にある赤い魔石のようなものがあり、ものすごく怪しげだ。
しかし、その赤い石に惹きつけられる。
もしかしたら、自分たちは魔物が作り出した幻でも見ているのかもしれない。
だからか、無性にあの場所に入ってみたくなった。
他に行く場所もない。もう逃げ回る体力も気力もなかった。
扉を恐る恐る開けたのは、リーダーのアヴァイトだ。
ゆっくりと開かれたその部屋の中は、ダンジョン内とは全く違う世界が広がっていた。
ドアから漏れ出す、冷たい空気。
ダンジョン内のじめじめした、過ごしにくい環境とは全くの別世界。
それに強い光が目をさす。地下にあるはずのダンジョンで一体どうしてこんな強い光を発することができるのか。
まだ開ききっていない扉だけで、すでに彼らは頭の要領をあふれさせるほどの衝撃を受けていた。
「あっ、いらっしゃいませ」
扉をくぐった先には、見たことのない変わった椅子に座った青年がいた。
木でできたカウンター越しに、ゆったりと椅子に座している。その視線は先ほどまで四角い二つ折りの何かに注がれていたようだ。
牛の皮でできた素材だろうか?背もたれがあり、手を置くスペースもあるゆったりとしたイス。どこかソファーにも似ていると思った。
「ここは一体……」
「何でも屋です」
帰ってきたのは、シンプルな答えだった。店主はイスに乗りながら滑らかに滑って、カウンターに腕を乗せた。魔法だろうか?
こんなの……、ただの何でも屋なわけがない。
壁にはいろんな商品が展示されている。これだけの品ぞろえがあれば、何でも屋と名乗れるだろうが、その目に入ってくるものはどれもかしこも知らない物ばかりだった。
例えば、この部屋を照らす天井にある魔法器具と思われるもの。
こんなに強いひらりを放つものなら、間違いなくかなり高価なものだ。それなのに盗難防止の柵などがはられていない。
ここがまっとうな商店ならそんな不用心なことはしないはずだ。
いや、そもそもが可笑しい。
ここは竜のダンジョン地下29階層だ。店があること自体がおかしすぎる。
(やはり幻の類だろうか?)
「お連れのお客様、具合が悪いようですが?」
店主の男の声で、アヴァイトが冷静になった。
この店の詮索をしている場合じゃないことを思い出した。
そうだ、自分たちが最優先すべきはタチイの治療。今にも死にそうな仲間の助命こそがやるべきことだ。
「仲間が原因不明の病で倒れた。なにか助力していただけないか」
必死な頼みであった。
店主はそれを聞いて、カウンター内から出てくる。
タチイの額に手を当て、体も隅々まで調べる。
アヴァイトたちはただ黙ってそれを見守るしかなかった。
「あー、もしかして赤竜の攻撃くらいました?」
その質問に、アヴァイトはタチイが急襲を受けたのを思い出した。
「ああ、爪で腕をえぐられた。しかし、治療は施している」
「赤竜の毒が抜けきっていないですね。それが原因でしょう」
「バカな!?赤竜に毒だと!?」
アヴァイトは激高した。この適当なことを言う男に。
見れば服装もおかしなものを着ている。黒髪黒目で、みためも怪しい。
一瞬でもこのような者を頼ろうとした自分を恥じた。
赤竜に毒がないことなど、冒険者の常識。この男は嘘をついて、ただ儲けることを考えているのだと思った。
だから激高した。
「ふざけないでいただきたい……」
「その赤竜、せなかに青い筋入っていなかったですか?」
その言葉にアヴァイトはまた記憶をさぐる。
確かにあった。不思議だと思ったが、戦闘中故に対して気にはしなかった部分だ。
「……あった。確かに青い筋を見た」
「俺も見たぞ」
バーダーも見たらしく、言葉を発した。
「そいつが最近出てきた突然変種。ポートレイルじゃまだ広まっていない情報みたいだね。その赤竜の亜種は変わった毒をもっていてね。解毒魔法じゃ毒を消しきれないんだ」
「どうすればいい?」
さっきまで疑っていたのに、正確な情報を掴んでいるこの男にまた頼りたくなった。
「うちで解毒薬を取り扱っている。すぐに持ってくるから待っていてください」
そう言って、不思議な男はカウンターの中に戻り、扉を一枚潜り抜けて店の奥へと消えていった。
ガタガタと音がして、扉があき、男が戻ってくる。
手には透明な容器に入った、液体がある。
「はい、これが赤竜亜種の毒に効く薬ですよ」
「すまない。助かる」
アヴァイトは受け取るや否や、ふたを開けタチイに飲ませる。
「即効性の薬だからすぐに良くなるだろう」
それが本当かどうかは、タチイの様子を見て見ないとわからない。
10分ほどがたち、店主の言う通りタチイの状態が快方へと向かった。
意識を取り戻し、視線をアヴァイトに向けるタチイ。
「俺は、生きているのか?」
「ああ、生きているぞ」
「ここは、すずしくて居心地がいいな」
弱弱しい声だが、タチイは素直な気持ちを口にした。
「ああ、不思議な場所に迷い込んだんだ。店主が助けてくれた」
「ありがとう、あなたは命の恩人だ」
視線を店主にむけ、タチイが言った。
「いいえ、私は商品を売っただけですから。それと今の薬結構高いですけど、大丈夫ですか?」
大丈夫ですか?とあとで聞かれても、どうしようもない。
アヴァイトたちはうなずくほかなかった。
仲間の命が助かったのだ、それ以上に価値のあることなどない。
「あれは調合が難しいですからね。高いんですけど、130,000ゴールドいただきます」
意表を突かれた。
アヴァイトはどれだけ吹っ掛けられるのかと思っていたが、これだけ効きがよく、しかも新種の薬だ。
てっきり数百万請求されるものと思っていた。
「それでいいのか?その程度なら……」
今になって、自分たちが現金を所持していないことを思い出した。
それもそうだ、ダンジョンに潜るのに金が必要になるとは思ってもいなかった。
それが普通の考えだ。
「すまない、金を持ち合わせていない。その代りだが、私の盾を置いていく。物もいいが、魔石が埋め込まれているので相当な金になるはずだ。間違いなく100万は下らない」
店主は黙って盾を受け取る。
明かりに照らして、盾を隅々までよく観察している。
「ほう、炎耐性の魔石が埋められているね。確かにこれなら100万は下らないだろう。よし、対価はこれでいいですよ」
店主から了承を得た。
これで、自分たちは合法的に仲間を助けられたわけだ。
それにしても、この怪しげな店主。
盾の価値をしっており、埋められた魔石まで知っていた。
てっきり、変な格好と、全く知らないばかりの商品を扱っているため、異界の住人ではないのかと疑ったがそうではないようだ。
市場の価値を知っているということは、やはり彼もポートレイルの住民だろうか?
しかし、先ほどはポートレイルをよその土地のように話もした。
(いったい彼はなにものなのか?)
「紹介が遅くなった、私はアヴァイト。冒険者グループ、リレインのリーダーを務めている。この度は助けていただいて本当に感謝している」
「いえいえ、私は商品を売っただけですから。私の名前は、タケル。この何でも屋の店主をしております」
店主と握手をかわした。
その手はさらさらしており、女性のようにか細い。
間違いなくダンジョンを行き来できる強者の手ではない。もちろん魔法使いの手とも違う。
アヴァイトは一挙手一投足で相手を探ろうとしていた。
「あまり探らないでください。私はただの商人ですよ」
バレていた。それでもただの商人で通じるほど、アヴァイトの目は曇っていない。
「仲間が随分と疲れている様子ですね。よかったら、休憩スペースをご利用ください。水と書物がありますので、好きに使ってください」
そう言って、手で指示したのはカウンターの左側にあるスペース。
ソファーと足の短いテーブルが置かれている場所だ。
今いる場所とは違い、すこし明るさが抑えられている。
「厚意に感謝する。タチイを寝かせよう」
まずはタチイをソファーで横にした。
長方形のテーブルの形に合わせるように四方をソファーが囲んでいる。
長いソファーをタチイに、余ったソファーに他の三人が座る。
店主はカウンターの奥へと消えていった。
アヴァイトはここぞとばかりに辺りを観察する。
部屋の不自然な涼しさは何だ、なぜ湿り気がない。
それに天井にある、パタパタとまわるなぞの物体。
あれが優しい風をくれているようだが、涼しい原因ではないだろう。
この休憩室と呼ばれる場所にも、明かりを発するものがある。
盗られないような対策が一切施されていない。
ここの明かりが少し暗いのは、リラックスしてもらうためだろうか?
ソファーの生地は牛の皮だろうか?加工のレベルが高すぎる。
よく見れば部屋の壁も作りのレベルが高い。
ここは、本当に幻が作り上げた世界ではないのか……。
ソファーに腰かけると、そんなことまで頭が回るようになってきた。
「なぁ、アヴァイト。水は自由に飲んでいいんだよな?」
バーダーがアヴァイトに確認する。
バーダーの視線は、部屋の隅にある巨大な容器を捕えていた。
容器の中は間違いなく水だ。あの透明な容器は魔法で作ったのかだろうか?
メレイに視線を向けると、頭を横にぶんぶんと振った。
わからないという意味だ。
三人ともこの空間に戸惑うしかなかった。
ただ疲れて眠っているタチイがなんだか羨ましい。
「あれ?みなさん、水飲んでないですね。随分お疲れの様子なのに」
「いや、すまない。勝手に飲んでいいものかどうかわからなくて」
戻ってきた店主にそう説明した。
本当にわからないのは、あの容器からどうやって水を取り出すかと言うことだ。
店主は手に皿を持っていた。その皿から湯気が出ている、料理が乗っているのだろう。
「これ、多く対価を貰ったので。好きに食べてくださいね」
差し出されたのは、茶色い液体に、白い粒がたくさん入った料理。
一体何を食わせるつもりだ……。
全員が顔を見合わせた。
店主はその間に、ウォーターサーバーから水を注ぎ、紙コップを目の前に置いていく。
(しまった!?水を出すところを見ていなかった。あとこのコップはどこにあった!?)
アヴァイトの汗が止まらない。
訳の分からないことばかりが起きていた。
「タチイさんも起きたら、追加のカレー持ってきますね」
店主はまたカウンターへと戻っていった。
頭に何かをのせ耳を塞ぎ、一心に四角い二つ折りの箱を眺めていた。
店主がそれに集中してこちらに意識が向いていないことを確認し、バーダーが口を開く。
「こんな下品なもの食えるか」
一番おなかの空いていそうな男が言った。
確かに下品だ。品性のかけらもない。誰が見ても、アレ、を想像させる食べ物。
しかし、ここまで良くしてくれた店主が今さら自分たちをバカにするとも思えなかった。
まずは水を口に運ぶ。
澄んだ、混じりけのない味だった。まるで今しがた井戸から汲んできたかのように冷たい。
「うまいぞ、この水うまい」
すぐさまバーダーとメレイも口に運ぶ。皆一様に喉が渇いていたのだ。
冷たい水がのどを潤わせる。
もう一杯欲しい。
バーダーがウォーターサーバーへと近づく。
紙コップを握りつぶさないように、片手で持ち、透明なボトルにカッカッぶつける。
「とおれねーな」
「そのやり方だと、手が濡れる。もちろんコップもだ。店主の手は濡れていなかったぞ」
アヴァイトも立ち上がり、ウォーターサーバーへと近づく。
蛇口のようなものをすぐに発見した。
その近くに、紙コップがたくさん重なった場所も見つける。リーダーの観察力高い。
「おそらくこの蛇口から出すのだろう」
しかし、ひねるものも、押すボタンもない。
とりあえず、一旦紙コップを蛇口の下に置くと、とたんに水が注がれる。
「なっ!?」
一同混乱!!
店主が操作したのかと思ったが、相変わらず四角い箱を眺めている。
「どうやら自動で出てくらしい。高度な魔法技術じゃないか」
水を飲むだけで一苦労だ。
しかし要領は得た。三人はそれからウォーターサーバーの水を半分も飲み干した。
「ここは不思議な場所だな。魔物も来ないし、美味しい水もある。しかも店主は料理を出してくれる優しい人だ」
アヴァイトがようやく得た安堵のなかで、感想を漏らした。
「俺はこの料理も食べてみようと思う。実はさっきから香ばしい香りが俺の鼻をつっついて、もう腹が限界だ」
「実は俺もだ。しかし、否定から入ってしまったためなかなか言い出せなかった」
「私もよ」
メレイも同じ気持ちのようだ。
三人は同時にカレーを口に運んだ。
同じ感想を抱いたのだろう。
誰もが言葉を発することなく、そのまま食べ続けた。
皿を持ち上げ、最後の一口まで掻き込む。
うまい、うますぎる。信じられないほど美味かった。
三人は今生きていることを実感した。
しばらく休むと、タチイも目覚めた。
それに気が付き、店主がもうひと皿カレーを持ってくる。
三人がそれをまじまじと見つめる。
「……おかわりいります?」
「……たのむ」
こうして、リレインのメンバーは地下29階でいままで食べたことのない美味しい食べ物をくちにして、いままでにない不思議な体験をした。
きっと忘れられない一日となる。そして、この体験がまた彼らを強くするだろう。
「店主、世話になった。俺たちはまだまだ実力が足りなかったようだ。腕を磨いて出直す。そのうちまた礼をしにくる」
「ええ、いつでもいらしてください。あとこれ、ダンジョンの地図です。これで無事に帰れると思いますよ」
「最後まですまないな」
「いえ、対価はいただいておりますので」
アヴァイトたちは栄喜を養うことができたこの店を後にした。
入る前までのパニックは消えている。
また出直そう。
しっかりと力をつけなくては、そう心に誓って帰りの道を行く。