Lesson1「怠惰で無二な日々こそが、ぷりん部の活動方針だッ!」 06
もう一度言う。事件は不意に訪れるのである。いや、突然や突如という言葉は適切ではないのかもしれない。何故なら、幾つもの布石を私は打たれていたからだ。だから、不意ではなく当然の結果なのかもしれない。能ある鷹は爪を隠すと云われているが、隠すどころか忘れてしまった私の第六感と、鶏並みの記憶力を呪うばかりである。
その日の午前中の授業は、もっぱら丹念に明け暮れていた。一説に寄れば、丹念を練り込めば仙丹という素晴らしい仙術を使えるらしい。あのジジイが使えたのなら、私にも使えるはずだ。故に私は隣に座っているキララのパンティを拝むべく、全身全霊を眼に集中していた。その代償として前半の授業内容は、私の右耳から左耳へと微風の如く吹き抜けていった。
なぜ、丹念の修行が午前中かというと、その後、凝視され続けたキララが、私の両目を潰したからである。そのため、午後の授業はのたうち回るハメになり、視力を取り戻した頃には六時限目が終わろうとしていた。一日とは、まことに春の夜の夢のごとし。
などと、平家物語の冒頭を引用していると、校庭から耳をつんざかんばかりのエンジン音が響いた。
窓際のクラスメートが窓から身を乗り出して「あっ、族だ」と囃し立てた。その言葉にクラスメートが一斉にベランダに集まって「本物だ。おれ、初めて見た」と他人事のように言っているのが聞こえてくる。これをボイコットというのだろうと、関心を抱きつつ、私もベランダに群がる野次馬になることにした。
「なになに?」
「お礼参りじゃねえ?」
「え~、古くさい」
「教室に乗り込んできたらどうする?」
「大丈夫だよ。目的は先生でしょ?」
クラスの誰かが呑気に騒いでいるのを横目で見つつ、私もベランダから身を乗り出す。
校庭にはバイクが五台並んでいた。まったくいつの時代の不良だ。ここは八十年代とは違う……って、あれ?
狭いアップハンドルを握り、段付きシートに跨がっている鶏頭が私の目に入った。嘆息混じりだった息は青息吐息に変わり、私は乗り出していた身を沈めた。が、下では「見つけた」「四階だ」と、想像したくない言葉が聞こえてくるではないか。
どうやら、私には他人事ではなかったらしい。
「ちょっと、あの鶏頭。こっちを指差しているよ」
私がいるからね。
「間違いじゃない?」
狙いは紛れもない私である。
「校内に入ってきたぞ」
私は逃げることにする。
四つんばいの姿勢のまま、私はゆっくりと教室に入り、鞄を持って逃げようとしたときだった。
「瞠。あんた、またなんかやらかしたの?」
キララが私の前に立ちはだかりやがった。なんてことだ、エンカウント率高すぎだ。それとも強制イベントなのか? それに『また』と思ったのなら無言で見逃しなさい。
「言っておくが、私は無実だ。潔白だ。逆恨みだ。だから、私は逃げることにする」
「無実ならなんで逃げるのよ」
「話の通じる相手か? 鬼にきびだんごを渡したら、平和条約を結んでくれると思っているのか?」
逃げ足には自信がある。私の足は友好的なのだ。例えるなら仏独協力条約なのだ。
「だからって、逃げるんじゃなくて闘いなさいよ」
「聖書を片手に戦う時代ではない。私は名誉ある敗北より、五体満足で家路にたどり着くを選びたい」
こんなところで死亡フラグを立ててたまるか。
私はキララの脇の下をかいくぐり、教室を飛び出した。同時に終業の時間を告げるチャイムが鳴った。
「ん?」
廊下に出た矢先。階段を上ってきた男と眼があった。まずい、この状況で『逃げ出す者=対象者』ではないか。
「あん? なんで逃げるんだ」
フランスパン級のリーゼント男が私を睨みつける。もし、私の足がドイツだとしても、とてもじゃないが友好関係を結べるとは思えない。
「人違いだッ!」
そう言って私は反対校舎へ繋がる連絡通路に駆けだした。
どうやら、終業のチャイムではなく、試合開始のゴングだったらしい。