Lesson1「怠惰で無二な日々こそが、ぷりん部の活動方針だッ!」 02
私は隼人を連れて、校舎裏にある普通科①の女子柔道部を訪れていた。プレハブで建てられた柔道場の小窓から中を覗きこむと、中では寝技の練習をしていた。互いに背中向きで座り、開始のベルと同時に攻防が始まる。
なぜ女子柔道部に連れてきたかというと、パンティラインを拝むためだ。
柔道着という物は、上衣がとてつもなく硬い。使っていれば多少柔らかくなり、握りやすくなるが厚いことは変わらない。しかし、下衣は上衣と違って薄くできている。もともと柔道とは袖と襟を持って投げるもの。だから下衣の強度は低く破れやすい。
以上のことを踏まえると、パンティラインが非常に分かりやすく、初心者でも容易に確認することが出来るのだ。
「先輩。今から何をするんですか?」
なに! 説明が必要なのか? この状況とぷりん部の目的を理解していれば、何を見るかは一目瞭然だと思っていた。
純粋な眼差しで私を見る隼人の肩をポンと叩き、情熱と煩悩でよどんだ眼差しで私は見つめ返す。
「わからないのか。パンティだ。パンティを見るんだ」
が、隼人は小首を傾げ「はぁ……」と、可愛らしく頭上に?マークを点灯させる。
「いいか。柔道着の下衣は薄い。しかも、寝技だと受け身がお尻を突き出す形になるから、パンティラインがクッキリと響くんだ。まずはそれを頭に叩きつけろ。脳裏にラインを焼き付けるんだ」
「わっ、わかりました」
やっと、私の熱意が伝わったのか。隼人はコクコクと頷き、懸命に小窓から柔道場を覗く。
そうだ、それでいい。今は分からなくても、そのうち分かるようになる。ズボン相手なら、まだ攻略の糸口がある。しかし、スカート相手にそれだけじゃダメなんだ。ヒップと布の間に空間があるとパンティラインが響いてこない。そんなときは八割方妄想するしかないのだ。だからこそ、今は妄想力を鍛えねばならん。
「それにしても先輩。あそこに座っているおじいちゃん。もの凄く首を縦に振ってますね」
「なに?」
中を覗くと確かにジジイが満面の笑みで首を振っていた。一見して赤べこのようだった。あまりの速さで首がもげるのではないかと思うくらい頷いている。
「あれは女子柔道部顧問の丹下先生だ。定年を迎えているが、顧問不在だとかで臨時に来ているらしい」
「そうなんですか」
「そうなんだ。って違う。お前は何を見ているんだ。赤べこジジイを見るんじゃなくてパンティを見ろ」
私は四つんばいになって相手の攻撃を防いでいる女子部員を指差す。
「あれはフルバックと言って、お尻全体を覆うタイプのパンティだ。思春期の女子が履く、一般的なやつだと思っておけ」
隼人の頭に手を置き、次の標的に目線を移す。ガラス越しに写る隼人は頬を赤らめ、視線が泳いでいた。
パンティラインを見ることに慣れていないのだろう。その初々しい気持ちもわからんでもない。
「次は隣の組だ。髪を染めている奴がいるだろ」
フルバックの女子部員の隣にいる一組を指差す。膝立ちで組み合っている黒髪と茶髪の女子部員。
一見して、茶髪の女子の印象は今時のギャルだ。しかし、受ける印象とは裏腹に柔道一筋・硬派な奴だったりする。
なぜ、私が知っているかというと、同じクラスで隣の席だからだ。しかも、小学校からの腐れ縁でもある。
黒髪の女子が茶髪の女子の上半身を崩し、そのまま袈裟固めに入った。身動きできず、足をばたつかせているので、女子のパンティがクッキリと浮き出ている。
「いいか。あの茶髪が履いているやつ……は……」
「やつは?」
「あっ、あれは……」
言葉が出なかった。喉まで出かかっているのに、それを口に出せなかった。
隣で私の言葉を待つ隼人が首を傾げている。
「あ……あれは!」
バックがT字にカットされたデザイン。フロント(前身頃)のカッティングが深いビキニ。ソレを装備したものは、小尻に見えるという特殊効果の恩恵を受けるやつではないか。
「なんてことだ。あいつが、アレを履いているというのか……」
「いったいアレってなんなんですか?」
隼人が再度私に問うてきた。いいだろう。そこまで知りたいのなら教えてやろう。大声でな。
「あれはソングだ!」
………………
…………
……
先ほど部室で流れた、冷めた空気が身体を吹き抜ける。
キョトンとする隼人は『ソング』の意味が分からないようだ。
「ソングとは、ボトム系Tバックの名前だ」
「Tバック?」
「そうだ。茶髪のお尻半分が露出されているんだ」
なんてことだ。硬派な奴だと思っていたのに、奴の下半身は軟派だったのか……
そのとき、寝技練習終了のベルが鳴った。それを皮切りに一人の女子部員が柔道場を飛び出し、一目散に私たちに駆け寄ってくる。
先ほどのソングを履いた、茶髪の女子柔道部員だ。
「みーはーるー」
眉間にしわを寄せ、血走った目で睨みつけ、般若のような形相で、私の襟首と袖を掴んだ。
茶髪の女は私を引き寄せると、右足を大きく蹴り上げ、振り下ろす勢いで私の両足を華麗に刈った。柔道の足技の一つ『大外刈り』という技だった。
受け身を知らない私は、おもいっきり地面に後頭部を強打したことは言うまでもない。脳しんとうを起こし、視界がぼやけた。ヘドロのようにドロドロとしている。
「先輩!」
視界の片隅で隼人が私を心配しているのが微かに分かった。
私には日常茶飯事だが、隼人にとっては衝撃映像になっているだろう。隣で仁王立ちしている女子柔道部員が「そのまま寝てろ」と安否を気遣わないひどい言葉を私に投げる。この女は私を永眠させる気なのか。
「大丈夫ですか先輩?」
「は……や……と……」
寄り添う隼人の手を取り、かすれた声で私が言う。
「紹介が遅れたな。か……彼女は女子柔道部……主将の安藤雲母であり……私を殺した殺人犯だ……」
それだけ伝えると、握られていた私の手は静かに滑り落ちた。
「せんぱあ―――い」
大声を上げ、私を包み込む隼人は暖かかった。
ああ、ぷりん部。創立まもない我が部はどうなるのだろうか。部長死亡のため廃部になったでは、師匠に顔向けが出来ないでわないか。
それにしても、私の死亡フラグはどこにあったのだ。家族の写真や、「戦争が終わったら結婚するんだ」という常套句的なフラグを回避してきたはずなのに……