Lesson3「ぷりん党 IN 聖夜祭」 04
聖夜祭当日。私は普通科①の正門で、十二時に待ち合わせをしていた。
遅い。かれこれ三十分も待っているぞ。
その時、遠くから言い争いする声が聞こえた。
「ちょっと、なんであんたも付いてくるのよ」
「ついて行っているんじゃなか。あんたが、うちと同じ方向に歩っていると」
聞き覚えのある声だ。嫌な予感がする。
私の予感は的中した。キララと一緒にやってきた女性は私を見付けると一目散に飛びついてきた。
「なんや、やっぱり瞠やないか」
やはり、私の予想通り、キララと一緒にいたのは黒蝶だった。
黒蝶の二つの膨らみが私の顔に押し当てられる。
「うわっ! 待て、黒蝶。息が吸えん」
「ちょっと、黒蝶。離れなさいよ」
「いやや。このまま倒れたる」
倒れるのは私だ。
このままではまずい。致し方ない。
『焦熱連撃』
黒蝶の脇の下を突く。
黒蝶は「あっ」と、卑猥な声を漏らしながら崩れ落ちた。
「まったく、お前はなぜ、私を見付けると飛びついてくるんだ。場をわきまえなさい」
「なんでって言われても、反射的に飛びついちゃうんだから仕方なか」
どんな理由だ。
「それにしても、なぜ黒蝶がここにいるんだ?」
「変にめかし込んでいるキララがいたけん。もしかしてっと思って付いてきたとよ」
確かにキララを見ると、ファンデーションをいつもより厚く塗っているように思える。面の皮が厚いのはファンデーションの性でもないがな。
「もしかしてというと?」
「瞠に会いに来たと。迷惑だったと?」
黒蝶が可愛く首を傾げる。そんな潤んだ目で見られたら、拒みにくいではないか。
「いや、迷惑では……」
「迷惑よ」
キララが私の言葉を遮って黒蝶の前に立った。
「あのね。あんたは違う校舎でしょ? 自分の所に戻りなさいよ」
「別に、うちが何処の聖夜祭を回ろうがキララに関係なか」
「関係大ありよ。私たちはこれから二人で回るの。わかる? 二人なのよ。あんたのいる場所はないの」
いつになく、キララは積極的だった。いつもと違う雰囲気に私は少し気持ちが悪かった。こいつは本当に私の知っているキララなのか?
「それに、ツレの鶏頭はどうしたのよ? その人たちと一緒に見なさいよ」
「ええー、イヤや。うち、瞠と一緒がよか」
黒蝶が私の腕に抱きついてくる。
「ねえ、瞠。うちと一緒に見ようや。こんな女なんかほっておいて」
「ちょっと。どさくさに紛れて何言っているのよ。瞠は私と……」
キララと黒蝶が私の両手を交互に引っ張る。なんなんだこの展開は? 八面六臂の桃色遊戯が、いま私の両手に纏わり付いている。こんな事なら、ジゴロのスキルを師匠から教わっておけば良かった。
「あの……、楽しそうですね」
その時、私の後ろから声が聞こえた。振り向くと万世橋で出会った麗しの乙女が立っているではないか。
「面白そうだから私も仲間に入れて下さい」
指をモジモジさせながら麗しの乙女が言った。そもそも、面白そうだからってなんだ? 私としては面倒くさい展開だ。
「あっ、あんた。あの時の?」
キララが麗しの乙女を指差して言った。
ん? キララの知り合いだったか?
「はい。ご無沙汰しております。あの時はお世話になりました」
「おい、キララ。この子と知り合いなのか?」
「知り合いって……あんたも知っているでしょ?」
「何のことだ?」
「ああ、そうだった。あんた、覚えていなかったわね。ファミレスの事は話したでしょ? あの時、あなたの隣にこの子も一緒に居たのよ」
「なに!」
そうだったのか。確かキララの話では、私と師匠、冬也にキララ、そして謎の女性が居たと言っていた。それが麗しの乙女だったとは……
こんな重大なことを忘れてしまっていたとは、超神水……恐るべし。
「あの、それで、私も仲間に入れてくれませんか?」
「えっ? えーと」
キララが困った顔を私に向ける。さすがに黒蝶と違って、無下に出来ないらしい。それでも私に向けられても困る。
「なんか知らんけど、一緒にきたければ来ればよかと。一人増えたところでたいした違いはなか」
「増えたのはあんたでしょ? なんで、私が邪魔者みたいな言い方をされないといけないのよ」
「邪魔なことはかわりなか」
「きいいいいいい」
キララの金切り声を微笑ましく見ていた麗しの乙女が「それでは参りましょう♪」と、模擬店街を指さした。
「ほらほら、瞠。はよう行こう」
黒蝶が乙女の後に続き、私の腕を引っ張る。
「ちょっと、待ちなさいよ」
私の後ろで毒付きながらも、キララが歩み寄ってくる。
こうなっては仕方がない。私も漢だ。あえて女難の相に立ち向かおうではないか。しかし、そうなるとキララに訊いておかなければならないことがある。
「なあ、キララ」
「なによ?」
ムスッと頬を膨らましたキララが私を睨む。
「先頭を歩く麗しの乙女。彼女の名前を知っているか?」
「あんた、知らなかったの? 私より先に出会っているのはあんたでしょ」
「そうなんだが、記憶がこんがらがって思いだせんのだ。たしか、『女』という文字が入っていたような」
「呆れた。パンツの事ばかり考えているくせに、大事なことは抜けているのね」
それを言われたら反論が出来ん。まあ、褒め言葉として受け取っておこう。
「それで、名前はなんて言うんだ?」
「えっ、えーと……」
キララの視線が上を向く。あからさまに、思い出そうとしているな
「まさか、お前も覚えていないのか?」
「ちっ、違うわよ。たしか……」
「たしか?」
「そうだ! フルネームは思い出せないけど、乙女って言っていたわよ」
なんだと! 麗しの乙女は、その名の通り乙女という名前だったのか。
「あんたも、彼女のこと『乙女』と呼んでいたから間違いないわ」
なるほど、私が呼んでいたのなら間違いないだろう。しかし、名は体を表すと言われるが、まさにその通りではないか。可愛い・綺麗など数ある形容詞の中でも、全てを兼ねそろえていると言っても過言ではない。きっと、彼女の苗字は「天使」で間違いないだろう。天使乙女。これ以上、彼女の名前にふさわしい名前はない。
など、勝手に乙女のフルネームを決めつけていると、キララが私の脇腹を突っついた。
「なに、ニヤニヤしているのよ。どうせパンツの事でも考えているんでしょ。この変態」
失礼な。私が四六時中、パンティの今年か考えてないみたいではないか。だが、あえて否定はしないでおこう。
「まあいいわ。黒蝶が付いてきた時点で、こうなるって予想できていたし」
そう言って、キララが私の手を掴んで「乙女ちゃん。あそこ面白そうよ」と引っ張った。




