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魁!ぷりん部  作者: 三池猫
24/33

Lesson3「ぷりん党 IN 聖夜祭」 03

 聖夜祭が行われる数日前。

符輪放出(イジェクト)

 春風の残党に向け、隼人の秘技が炸裂した。倒れ込む春風に、隼人はどや顔をする。まさに完璧である。

「見事だ。隼人」

 私は両腕を組み辺りを見渡した。体育館脇に備えられた部活棟に数名の春風が倒れている。「女子部員の下着を盗むらしい」と仮面党から報告があり、我々は討伐に当たった。春風は忌むべき存在である。選抜大会の事件を教訓に、我々徒党は連合を組み、春風討伐を一丸となって取り組んできた。

 明日は終業式である。なんとか二学期中に春風の残党を駆除することに一段落が付いた。

「先輩。どうでしたか? 僕の秘技」

 隼人が満面の笑みで私を見る。私は頷き「私の教え通りだ。隼人は素質が良くて助かる」と親指を立てる。

「いえいえ、先輩の教えがよかったからです」

「そう謙遜するな。お前は私の右腕なのだ。もっと自信を持ちなさい」

 私は近づき、隼人の肩を叩いた。隼人の急成長はめまぐるしいくらいだ。私が教えた秘技をスポンジの如く吸収し、実践で使っていった。天賦の才能が隼人に備わっているとさえ思えてしまう。

「隼人。あのパンティを当ててみろ」

 私は遠くにいる女子運動部員を指差す。隼人は即座に「フルバックです」と応えた。完璧すぎる。

「うむ。申し分なし」

 パンティの見極め。技の入り方。どれをとっても言うことはない。しかし、隼人は少し煩悩に欠けるところがある。これは半年間、一緒にいた私だから分かることだ。煩悩に生きる者は、研ぎ澄まされた心技を持ち合わせている。技は完璧なのだが、肝心の心がついて行っていないようである。技は教えられても、心ばかりは自分で磨かなければならない。だが、私はあえてそれを言わなかった。

 隼人は私に何か隠し事をしている。

 それが、心の枷となっているような気がした。

「今日はこれくらいにしよう。明日は終業式だったな」

「はい。もう二学期が終わってしまいますね。早いものです」

 隼人がぷりん部に入部して半年以上立つ。時間は無限ではなく、有限なのだと思い知らされているようだ。

 私は隼人に手を振り「プリンの空き容器は、ちゃんと片付けてから帰るんだぞ」と言ってその場を後にした。


 翌日。終業式のため、通常授業は行われない。それでも教室内はごった返していた。数日後に行われる聖夜祭の準備に忙しい。

 私は通信簿を片手に足早に部室に向かおうとしたときだった。

「ちょっと、瞠」

 キララが話しかけてきた。

「なんだ?」

「聖夜祭の日、予定を空けておいてよ」

「なんだと! 何が目的だ」

 聖夜祭の日までも、私を連れ回すつもりか。柔道の試合に連れて行くだけでは飽き足らないのか。

 間髪入れず、私が投げ飛ばされたことは言うまでもない。

「あんた、もしかして私との約束、覚えていないの?」

「約束?」

 はて? 約束とはなんの事を言っているのだ。

 私は少しだけ過去にさかのぼって考えてみると、簡単に思い出せた。

 この半年、散々私を苦しめた約束。春頃に私がキララと何らかの約束をしたということを知ってから、今の今まで何の約束をしたのか思い出せないでいた。むしろさっきまで忘れていた。それくらい困難を極めた難題であった。

 キララが、ポケットからボロボロのお守りを取り出して私に見せる。

「そっ、それは!」

 キララの手にしているお守りは、イケナインジャーお守り。去年、年末限定で発売されたやつではないか。押し寄せてくる亡者を押しのけながら、ようやく私が手にしたピンクお守り。しかし、春頃に無くしてしまい、途方に暮れたやつではないか。

「なぜ、キララがそれを持っている?」

「なぜって、あんたが柔道の大会に勝てるようにって貸してくれたんじゃない」

 なんと! 私がキララに大事にしているお守りを貸したのか。まったく記憶にない。

「本当に覚えてないの?」

「悪いがまったく……」

 キララから、今まで謎めいていた「春休みの約束」の全容が明らかになった。


 師匠の卒業を祝って盛大な祝賀会がファミレスで執り行われた。全ての派閥をまとめていた師匠の人望は数えきれず、大人数が詰めより貸し切り状態になった。もちろん、その場に私も同席したし、傍らには冬也も同伴した。

 ココまでは私も覚えている。師匠は多大な人望にもみくちゃにされていた。

 宴もたけなわになった頃、何処かの派閥が「超神水」とラベルが書かれた水を配り始めた。匂いを嗅げばエチルアルコールに似た香りがほのかに鼻腔をくすぐった。世の中には不思議な水もあるモノだなと思い、私もそれを一気に飲み干した。そして、その後の記憶がプツリと途切れる。

 ここからはキララの証言である。

 ベッドに横になっていたキララは携帯の着信音で目を覚ましたらしい。着信者は私だった。私は奇想天外なハイテンションでキララをファミレスに呼びつけ、訳の分からない猥談に花を咲かせたらしい。驚きである。

 私の向かい席には師匠、右手には冬也、左手には顔も知らない美しい女性が座っていたらしい。その後、祝賀会はお開きになり、私とキララ、師匠、冬也、謎の少女の五人で街を徘徊した。祝賀会の夜の出来事を語ったら長編小説が一本書けてしまいそうな起承転結な物語が繰り広げられたらしい。あまりの驚きで、私の口は開いたまま塞がらなかった。

 徘徊は朝まで続いた。みんなと別れた私とキララは、帰る方角が一緒とのことで共に帰ることにしたらしい。その帰り道で、

「キララ。今日は楽しかったぞ」

「楽しんでいたのは瞠だけでしょ。私はクタクタよ」

「今日を祝って、キララにこれを貸してやろう」

 そして、唐突に私は持っていたお守りをキララに手渡した。

「貸す?」

「それは、ただのお守りではない。所有者の夢と希望が詰め込まれたありがたいお守りなのだ」

「もの凄く、見覚えのあるお守りなんだけど」

「そのお守りを持って一年間頑張っていれば願いが叶うはず。どうだ? なにか願い事をしてみては」

「願い事ね……」

 キララは少し考えて、

「それじゃ、柔道の県大会へ出場したら今年の聖夜祭、一緒に見るの付き合ってよ」

「聖夜祭? それでは私がキララの夢を叶えるみたいではないか」

「ダメなの?」

「そんな事でいいなら、付き合おう」


 ざっくばらんに話すと以上らしい。私は驚きのあまり投げ飛ばされた痛みが吹き飛んでしまった。私が大事にしていたお守りをキララに貸した上に、聖夜祭を一緒に見て回るだと。キララが今年一番に柔道を頑張っていたことは知っている。連れ回されたので否応無しである。その全てが今日に繋がっていたとはお釈迦様も思うまい。お釈迦様も、こんな蜘蛛の糸のような細い希望なんかプツリと切ってしまえばいいものを……エンターテイメントはお話だけで十分である。

「どう? 思い出した」

 キララが私を睨みつける。ここで「覚えていません」「知りません」と言おうモノなら絞め殺されるだけである。

 私は冷や汗ををかきながら「もちろん」と頷いた。

「聖夜祭はなるべく楽しいものを見ような」

 キララは腕を組み「そうね。そのほうが私も助かるわ」と言った。

 聖夜祭は十二月二十四日に開催する。クリスマスイブである。男女が和気藹々と睦言を交わすのを見たくもない。だからと言って街でパンティウォッチングをしても、目に映るのはカップルばかりである。そんなものを見ても私の中に眠る煩悩が喜ぶわけもなく、その日はぷりん部もオフ日にしていたのに。


 私は三々五々に別れて帰宅する生徒を横目で見ながら、一年生のいる四階に来ていた。キララと共に歩く聖夜祭に身震いを感じたので、隼人を誘うべく訪れたのだ。携帯があれば、わざわざ私が行かなくて済む話だが、生憎携帯を忘れてしまった。確かに鞄の中に入れたと思ったのだが、家に忘れてしまったらしい。

 確か、隼人は一年一組だったはず。当たり前だが、去年まで私も一年生だった。それなのに、久しく来ると不思議な感覚。知っているのに異質な存在。ちょっと居心地が悪い。早めに用件だけ告げて帰ることにしよう。

 一組の教室の前に立ち、適当に後輩を見付け「早乙女隼人を呼んでくれないか」と言った。が、後輩が返した答えは「そんな人、ココにはいませんよ」だった。

 あれ? 教室を間違えたか。確かに入部届には一組と書かれてあったと思ったが? 仕方がない。部活の時にでも誘ってみるか。

 私は教えてくれた後輩に礼を言うと、その場を後にした。

 そもそも、部室で話せば済む話ではないか。なにも、一年生の教室に来てまで話すことではない。冷静な判断が付かないでいるらしい。

 私は頭を掻きながら、一組の中をチラッと見ると、

「あれは……」

 教室の片隅で優雅に読書にふける麗しの乙女が座っていた。

 なんたることだ。万世橋で出会った女性ではないか。彼女も私と同じ学校に入学していたのか。知らなかった。


 放課後。隼人を待つべく、私は部室でもくもくと、買っておいたプリンを頬張る。

 うまい。やはりプリンは無類だな。

 私は恍惚(こうこつ)とその味を堪能しながら、周りを見渡す。我が部室ながら、なんとも殺風景な部室である。六畳の狭い空間には机と椅子しかない。壁には、師匠が書いた意味不明の漢字が貼ってある。その隣に、ぷりん部を創立した際に私が書いた「女子禁制」「パンティはラインに有り」と書いたものが貼られてある。

 女子禁制。女性は入部拒否と、遠回しに書いたものだ。

 この言葉を掲げたとき師匠に「なぜ、女性はダメなのだ?」と訊かれた。師匠は分け隔て無くパンティを見ている。私だって同じだ。その師匠が「なぜ?」と言ってきたのだ。

「俺の弟子は、変なこだわりがある者が多いな」と茄子のようにしゃくれた顎をさすっていたのを思い出す。

 男女平等のご時世。私は女性を差別的な目線で見た事はない。それでも「なぜ」と訊かれて返す言葉がなかった。ぷりん部の方向性に女性は合わないと思ったからだ。それに疑問を抱かれても困ってしまう。

 私は無意識のうちに女性を差別しているのではないか? まあ、そう思っても煩悩の亡者の集まりである徒党に、女性が入部してくるはずがない。

 師匠の言葉に葛藤しても、さして進展があるわけでもない。

 そんなことを思っていると部室のドアが開き、隼人が入ってきた。

「おはようございます」

 いつも見る満面の笑みである。私は隼人に「おはよう」と言って、食べ終わったプリンの容器をゴミ箱に捨てた。

「ところで隼人」

「はい?」

「数日後の聖夜祭なのだが……」

 私は言い掛けた。

 ちょっと待て。私が隼人を誘っていいのか? キララには隼人を誘うことは言っていない。それなのに、当日隼人を連れて行っては、キララに絞め殺されるのではないのか? キララが個人と団体で県大会に出場するには大変な努力をしたはずだ。記憶にはないが約束をしたのは私である。それなのに隼人を連れてキララの頑張りを無駄にして漢としてそれでいいのか?

 やはり、隼人を誘わず、私独りで戦地に向かおう。隼人も誘われて迷惑だろうから。

 そう、私は結論を出した。目の前にいる隼人は「聖夜祭がどうかしましたか?」と首を傾げている。

「いや、隼人は聖夜祭の日、誰かと行くのか? 初めての聖夜祭なんだ。誰かと楽しく行くのかなっと思ってな」

「聖夜祭ですか? 残念ながら予定はないです。そのことで先輩にご相談が……」

 隼人が申し訳なさそうに口を濁す。

「どうした。なにか悩みがあるのか?」

 これは一大事である。カワイイ後輩の悩みとあらば先輩として一肌を脱がなければ。それが心の枷と成っているならば、一枚も二枚も脱いで丸裸になってもやぶさかではない。

「聖夜祭。一緒に見て回りませんか?」

「なに!」

 なんてことだ。隼人を誘わないと決めた次の瞬間、隼人から私を誘ってくるとは。

「私と……か?」

「ダメですか?」

「せっかくの聖夜祭なんだ。誰かクラスメートの女子でも誘いなさい」

 私は隼人が傷つかないように丁重に断った。世はクリスマスイブだというのに、無理に私といる必要はない。

「でも……」

 それでも隼人は食い下がってくる。

「私も出来ることなら聖夜祭は女性と歩きたい。イブの日に男と歩いては、回りになんと言われるか分かったモノじゃない。隼人も、そんな目で見られるのを選ばないで、女性と睦言を交わしなさい」

「それなら男女なら問題ないんですね」

「そうだ」

「分かりました。僕も異性と聖夜祭を楽しむことにします」

 隼人は意を決した目で私を見る。そんな目で見られても困る。

 終業式ということもあって、適当に隼人と話して、その日は解散した。

 隼人には悪いがこれでよかったのだ。聖夜祭は私とではなく誰かと楽しむのだ。私は楽しめそうにないがな。

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