Lesson2「ぷりん部なら、パンティに命を燃やせッ!」 08
諸君。私は生きている。死後の世界をさまよっていたが、なんとか生還することが出来た。しかし、私の分身であるジュニアは、いまも生死の境を漂っている。今しばらく目を醒ますことはないだろう。
この度の物語は悲劇であって喜劇ではない。それは始めに述べた通りだ。どうだ、泣けるだろ? もし、この物語をハンカチも用意せず、ポップコーン片手に映画館気分で笑っている者は私の目の前に来なさい。どこが泣けるか一行一行ワンツーマンで教えてやる。
少なくともジュニアが潰されたら、男なら誰でも泣くぞ。
気がつくと、外は茜色に染まっていた。携帯を開き時刻を確認するとイケナインジャーの放送が終わっている時間だった。泣きたくなった。
身体を起こし、辺りを見渡すと私はベンチに寝ていたらしい。第一体育館の外に備え付けられてある広場だ。お供え物のようにプリンが積み重なっている。その隣に隼人がコクリコクリとゆれながら座っていた。
「おい、隼人。起きろ」
私は隼人の肩を揺さぶり「なぜ、私がここにいるのだ」と訊いた。
「……あっ、先輩。おはようございます」
もう、夕方だ。とツッコミを入れたかったが「あの後どうなったんだ」と聞き直した。
「あの後……? 先輩が泡吹いてブクブクって……」
寝ぼけている隼人がなにを言っているのか分からなかったので、私は自分で解釈することにした。
あの後、無能な先生がやってきて倒れている春風を連れて行った。そして閉館時間になっても起きない私を、近くのベンチに寝せたのだろう。冬也が私の目覚めを待つわけがない。キララは優勝したのもあって、部活の連中と何処かに行ったのだろう。そして、私が起きるのを待っていた隼人が眠気に負け寝てしまった。こんなところだろう。
「だから……先輩がポーって……」
なんだ「ポー」とは? 寝ている間に何があったんだ。あとで隼人を詰問しなければならないな。
「しかし、凄かったですよね。何でしたっけ? イケメンジャーでしたっけ?」
「違う。イケナインジャーだ。全身タイツだからイケメンなのかも疑問だ」
目を醒ました隼人は元気だった。興奮さめやらぬ感じで、あれからイケナインジャーの話題で持ちきりだ。
学校を出た私たちは、朝と同じ電気街に来ている。目的はパンティーウォッチングではなく、グッズ売り場である。朝、イケナインジャーの話をしたときは興味を示さなかったのに、あの事件以来「イケナインジャーって何色あるんですか?」「アンパン以外にもパンを渡すんですか?」としつこく私に質問してきた。「そんなに興味があるなら今からグッズ売り場に行くか?」と訊いたところ「えっ? あるんですか。是非、見たいです」と目を輝かせた。イケナインジャーに燃え上がるのもいいが、きっかけがコスプレした六人ってのが納得できない。あれのどこに惹かれたのだ? ラインが浮かび上がる以前に全員男だったぞ。理解に苦しむ。
嘆息をもらしながらグッズ売り場にたどり着くと、後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。
「瞠。あんた、こんな所でなにしているのよ」
振り向くとキララが買い物袋を持って立っていた。傍らには蛇男が「よっ」と手を挙げている。私は反射的に「あっ」と声をもらす。
「なに? 兄貴と知り合いなの?」
キララが私と蛇男の顔を見合わせて言った。
「知り合いというか、体育館で何度か見かけただけ……? 兄貴!」
キララとは小学校低学年からの腐れ縁だが、兄がいるとは初耳である。
今日一番の衝撃だった。蛇男がキララの兄貴だったのか。全然似ていない。こんなにも似ていない兄妹が居ていいのか? と疑問視してしまうほど似ていない。
「そうなんだ。兄貴も試合観に来ていたし、何処かで会っていてもおかしくないわね」
私たちは、互いに交換したアイテムを見せ合い、目で語り合った。今日一日で、私はキララの兄と出会い、助けられた。極めつけは同じイケナインジャーファン。私たちに余計な会話は無用なのだ。
「二人とも、何してるの?」とキララが漢のコミュニケーションを見て首を傾げた。女子には分からないモノもある。これは魂の会話なのだ。
「キララ先輩、手に持っている物はなんですか?」
「ああ、これ? さっき買ったDVDよ。兄貴の財布の紐は私が握っているの。じゃないとすぐ使っちゃうのよ。本当に駄目な兄貴」
その言葉に胸が痛かった。どこの家庭も妹は兄より強いらしい。
「それじゃあ、私たちは帰るけど、あんまりパンツばっかり見ていないで勉強しなさいよ。特に瞠。あんた入学したときより学力が落ちているんだから、このままだと卒業出来ないわよ」
そう言ってキララ兄妹は去っていった。隣にいる隼人が「キララ先輩、さようなら」と手を振っている。
やっと口うるさい奴がいなくなった。これで心置きなくグッズを堪能できる。
「先輩。これ、なんですか?」
隼人が出入り口にあるガチャガチャを指差して言った。私が子供に睨まれながらも回し続けたガチャガチャであった。
「イケナインジャーのガチャガチャだ。ここにお金を入れて回せば、カプセルに入ったネックストラップが出てくる」
私の説明に「へえ、そうなんですか」と感心しながら聞いている。
どれどれ。何も知らない無垢な後輩に先輩が手本を見せてやろう。この前のリベンジもあるしな。私は「見ていなさい」と言って硬貨を投入口に入れた。
レバーを回すと、アンパンのストラップが出てきた。
なんだこれは? ネックストラップ以外も入っているのか。こんなの詐欺だ。
「へえ、面白そうですね。僕も一回やってみよう」
ニコニコしながら隼人がレバーを回す。
「あれ? ガチャガチャに載っていない物が出てきましたよ」
「どれどれ」
隼人も私と同じネックストラップ以外の物が出てきたのか? そう思ってのぞき見ると、
「そっ、それは!」
黄色のネックストラップ。しかも、シークレットではないか。通常イエローはフルバックなのだが、シークレットとなるとラインが浮き出ていない。ネットでは「あれはノーパンだ」との意見と「違う。あれはシームレス(継ぎ目がない衣類)を、パンツの上に履いているんだ」との意見が飛び交っている物ではないか。
一発目で私の持っていないシークレットを引き当てるとは、隼人……恐るべし。
「なあ、隼人。それはハズレだ。だから、私のアンパンと交換してあげよう」
「えー、ホントですか? 先輩の持っているピンクも載ってませんよ。それもハズレなんですか?」
鋭い指摘をしてきた。隼人め、いい観察眼をしているな。私が会得できなかった千里眼を習得できるかもしれない。
「そうだ。これもハズレなんだ。だから、アンパンと交換しなさい」
私の無茶な取引に「どうしようかな?」と、隼人が楽しそうにストラップをブラブラさせながら言った。