Lesson2「ぷりん部なら、パンティに命を燃やせッ!」 07
妹に、
「そんなことしたらイケナインジャー」と、悲愴な気持ちを投げかけたことを覚えているだろうか。私は覚えている。
刻一刻と放送時間が迫ろうとしているのに、何故、私は茂みに隠れている? 逃げようにもキララが聴音機レベルの聴覚で、虎視眈々と私の命を狙っているので身動きが取れない。
速やかに、女子更衣室の前で私の帰りを待つ隼人と合流して、キララのパンティを奪還し、イケナインジャーを観なければならぬ。あれから数十分が経つ。はたして隼人は待っていてくれているだろうか。そして、パンティは無事だろうか。
いわゆる、時間と空間の枷が私の足に纏わり付いているのだ。しかし、あまりにも障害が大きすぎる。
「みーはーるー。眼球、えぐり取ってあげるから出てきなさい」
そんなこと言われて、素直にえぐられるアホがいるか。
なぜ、私がこんな目に遭わなければならないのだ。
粉骨砕身してパンティを取り返そうとしているのに、骨を折るどころか折られては、アホの骨頂ではないか。
一歩、また一歩と近づいてくる足音を聞くたびに、去年死んだタマに哀願した。見た時もない神様に頼むより、よっぽど現実的だと思ったからだ。タマなら猫だましとかで煙に巻いてくれるに違いない。化けて出てきても今なら許す。
など、現実逃避をしていると、
「安藤君。いつまで遊んでいるの?」
聞き覚えのある声がした。
「あっ、先生」
キララが言う。
化け猫ではなく化け狐が現れた。
「もう、午後の決勝戦が始まるよ。早く会場に戻りなさい」
「すみません。今戻ります」
キララが立ち去っていく足音が聞こえる。
助かったのか?
私は万全に万全を重ねる漢だ。もぐら叩きの如く、首を上下にピストンして辺りを確認してみた。
どうやら、キララはいないみたいだ。
「ほっほっほっ。安藤君は行ったから出てきて大丈夫じゃよ」
ジジイが手招きしている。
私は茂みから重い腰を上げ、ジジイに尋ねた。
「おいジジイ。決勝戦が始まるってことは、キララたちは勝ったのか?」
ジジイはシワシワの顔を、上下に振りながら答える。
「そうじゃよ。あの後、副将、大将と勝って無事、決勝戦進出じゃ」
「そうか」
と、私は胸を撫でおろ……ん?
安堵している自分に気がつき、我ながら驚いた。何故、私は普通科①の勝利を気に掛けているのだ。勝っても負けてもどうでもよかったのではないのか? 対戦相手である普通科④が負けたことには露とも思わないのに、なぜ普通科①が勝つとホッとするのだ。同じ学舎だからか。本当にそれだけなのか。
綿菓子のような積雲が次第に集まり、むくむくと積乱雲へ変貌するようなモヤモヤ感。
この意識と心の温度差は何だ。先月、キララが言った「あの約束覚えている?」に関係するのではないのか?
私は何を約束した?
違う。今はそれどころではないだろう。
私は頭を振り、頭上に漂うモヤモヤを振り払った。
今はパンティの奪還が最優先だ。春風からパンティを取り返した後で考えればいい。もたもたしていたら、キララに見つかって目玉をえぐり取られてしまう。
「ジジイ。一つ訊きたいのだが、怪しい集団を見なかったか?」
「怪しい? どうじゃろ。儂から見ればお前さんも十分怪しいがの」
それを言うなら、ジジイも十分怪しいぞ。
「ほっほっほっ。そうじゃ! そう言えば赤いタイツ姿の男を見たの」
タイツ姿? それは怪しいではなく、ただの変態だ。私が求めている春風ではない。
「まあいい。何か分かったら教えてくれ」
そう言って私は会場に入っていった。
私は隼人が待つであろう女子更衣室の前に足を向けた。しかし、そこに隼人の姿はなかった。
さすがに、数十分も待っているわけがない。大方、独りで会場にいるのだろう。私は踵を返し、場内へ通じる廊下を歩く事にした。
私を追い抜いていく三人(男子柔道部員)の会話が聞こえる。
「おい、キララって子、ノーパンらしいぜ」
「知ってる、知ってる。確か普通科①の中堅だよな」
「やべえ。なんだか俺、興奮してきた。女子の方に行って、試合見ようかな」
「ばーか。俺たちこれから決勝戦だろ」
「決勝の相手って弱いじゃん。早めに終わらせて見に行こうぜ」
私は横目でつまらぬ猥談をする三人を見た。そして三人の内の一人が春風だと分かった。なぜなら、奴の目がハートになっていたからだ。なんとも分かりやすい。
すかさず、師匠から授かった秘技をお見舞いしてやろうかとしたが、思いとどまった。この男を亡き者にしてもパンティは返ってこない。ならば、こいつを泳がして本丸を叩くことが最善だろう。それに今はプリンを持ち合わせていない。
「あっ、携帯忘れた」
男が言った。
「何やっているんだよ。試合始まっちまうぜ」
「悪い。ちょっと待ってて」
そう言って一人が駆けていき、二人が残った。
私はそのまま歩いていると、前方から舌なめずりをする蛇が歩いてきた。トイレで出会った男である。ラグナロクが到来し、海底から姿を現したヨルムンガンド。今にも大口を開けて獲物へかぶりつくような形相であった。
この男は何者なのだ。出場者の関係者なのか? どちらにせよ、今は気にとめている場合ではない。春風を尾行しパンティを回収しなければ。
しかし、春風の一員が決勝戦に出ると分かった以上、急いで探す必要もあるまい。こういう時に焦りは禁物である。ゆっくり、慎重に、そして的確に行動を起こさなければならない。私は万全に万全を重ねる漢なのだ。
キララに見つかってしまう危険性もあるが、問題ない。キララからの逃げ方なら心得ている。出入り口に立ち「エイヤッ」と逃げ出せば済む話だ。
決勝戦は十三時に始まった。
私は会場の隅に隼人の姿を見つけ、隣に腰掛けた。
隼人が私に気づいて言った。
「あっ、先輩。遅かったですね」
「ああ、キララに見つかりそうになったので隠れていた」
「そうでしたか。キララ先輩が見当たらなかったのは、そういうことだったんですね」
「隼人はいつ戻ったんだ?」
「ノックをして直ぐです。あのまま、あそこにいるわけにも行かなかったので」
私は足を組み「それもそうだな」と応えた。
会場にアナウンスが流れる。
『これより、男女決勝戦と三位決定戦を始めます』
「先鋒前へ」
審判が両選手に呼びかける。
「ファイト」
「ガンバ」
と歓声が上がる。
審判の「始め」という合図で組み手争いが始まった。
私は無意識にキララの姿を探していた。キララはジジイの隣に座り、仲間を応援している。『ほら、春休みにしたやつよ』とキララの言った言葉が頭を過ぎる。
春休み? 春休みと云えば、万世橋の上で、師匠が私にぷりん部の創立を許可してくれた辺りだ。
そんなことを思っていると、先鋒戦は普通科①が勝ち、次鋒戦が始まった。私は試合に集中することが出来ず、あの日のことを思い出そうとしていた。それなのに、何故か思い出すことが出来ない。
私はモヤモヤを振り払うように、対角線上で行われている男子決勝戦を見た。先ほど見かけた春風の一員が試合をしている。
まだ、春風の動きは無いみたいだな。
私は春風の動きに注意しつつ、視線を目の前の試合に戻す。
次鋒戦が始まって三十秒。組み手争いが始まって十数秒後。普通科①の体落としが決まり、あっと言う間に二勝をもぎ取った。次はいよいよキララの番である。
キララは次鋒の選手とハイタッチして開始線に立った。
「おい、瞠」
今まで姿を見せなかった冬也が、いつの間にか私の隣に座っていた。私は冬也が話しかけるまで気づかなかったらしい。
「どこ行っていたんだ? 試合、始まっているぞ」
私は平然と聞き返した。
「いやな。男子のところに行っていたんだが、面白い奴を見かけてな」
「面白い奴?」
「春風だよ。俺の知っている限りで四人はいたな」
「四人もいたのか」
「どうする?」冬也が一昔前の高利貸し屋のような目つきで私を見た。「もちろん、やるんだろ?」
「当たり前だ。春風を見つけて狩らない私ではない。それに奴ら、キララのパンティを盗みやがった」
「マジか。それは許せねえな」
私と冬也が闘志をメラメラと燃やしている隣で「どうしたんですか?」と隼人が訊いてきた。
「お二人とも、もの凄い顔をしてますよ」
なにも知らない隼人が首を傾げる。
「隼人。春風が現れた。これより排除および奪還を開始する」
「春風? 奪還? いったい何の話ですか?」
「春風と名乗っている奴らがキララのパンティを盗んだのだ」
「えっ、キララ先輩のパンツをですか」
「そうだ。奴らは、パンティに群がる我々を無視して、アホの所行を繰り返す徒党だ。決して許すことは出来ぬ」
私は睨みつけるように、決勝戦を執り行っている春風の一員を見る。勝負が決まり、足早に退場しようとしている。ようやく動き出したようだ。
「隼人、冬也。奴らが動き出した」
私は立ち上がり二人を促す。
「パンツがなくちゃ、邪眼党の名折れだからな」
「女性の下着を盗むなんて許せないです」
意気込む二人が立ち上がり、俄然やる気をみせる。
さあ、狩りの始まりだ。
私たちが会場を後にすると同時、キララの一本背負いが華麗に決まり、普通科①は選抜大会優勝を果たした。
春風の男は、尾行している私たちに気づくこともなく通路を歩いている。数は四人。私たちが一斉に掛かれば瞬殺だろう。しかし、本丸が分からないと話にならない。故に奴らにバレないように追跡する必要がある。
そんな事態なのに――
「み・は・る♪ なにしてるん?」
いきなり黒蝶が私の背中に抱きついてきた。押しつける二つの膨らみが柔らかかった。
「なっ、黒蝶。なぜ、お前がココにいるんだ」
隼人と冬也が一斉に私の口を押さえ「シーッ」と人差し指を自分の口元に当てた。
「アホ、大声出すな。バレルだろう」
「先輩。静かに」
悪いのは私なのか?
私は静かに「うわった(わかつた)」と頷くと、手をどけてくれた。
仕切り直す。
「なんで黒蝶がここにいるんだ」
「なんでって、瞠がどっか行くから付いて来たんよ。うち、三位決定戦に出場しないけん暇なんよ」
抱きつく黒蝶の手を解き、名残惜しい二つの膨らみを引き離す。
「私たちは今、尾行中なんだ。邪魔するなら帰りなさい」
私が小さな声で諭す。黒蝶は目をキョトンとして「尾行中?」と可愛く言った。
「この先に四人組がいるだろ。あいつらは春風といって女子のパンティを盗み、ブルセラに売るアホだ」
「ええ! 下着を売る? 許せへんな」
怒りを露わに春風を睨みつける。
「瞠。ブルセラってまだあったと?」
「噂に聞いたのだが、裏渋谷にあると言われている」
隣にいる隼人が「裏渋谷?」と聞いてきたので「隼人には関係のない場所だ。知らなくてよい」と切って捨てた。
「なるほど。それで瞠たちは、そのアホを尾行しているんやな」
「話が早くて助かる。知られてしまったなら仕方がない。黒蝶も一緒にフルボッコに加わるか?」
私が勧誘すると黒蝶は二つ返事で「ええよ」と応じた。これで我々は四人になった。この勢力なら、例え望が相手でも勝てるはずだ。
「おい、奴らが部屋に入ったぞ」
冬也の声に私たちは一斉にのぞき見る。たしかに春風はプレートに「保管庫」と書かれた部屋に入っていく瞬間だった。
「あそこが本丸か」
私たちは密林に潜入した探検隊の如く、壁により沿いながら確認した。隣にいる隼人に「隼人。プリンは持っているか?」と訊くと隼人は「はい」と、いつから持っていたのか巨大なビニール袋の中身を私に見せた。中には溢れんばかりに様々なプリンが入っていた。
「なぜ、そんなに持っているんだ?」
「こんな事もあろうかと、先輩がいない間に買っておきました」
いったい、どんな事態を想定していたんだ。考えただけで怖いじゃないか。
まあいい。それだけあれば足らなくなることはないだろう。
「こっちも準備OKだぜ」
冬也がカラーコンタクトを取りだし、目に入れた。瞳孔が赤くなり、ちょっと不気味だった。
「冬也先輩。なぜカラコンを入れるのですか?」
その質問はもっともだ。
「隼人よ。冬也は秘技「千里眼」を発動させるためにカラコンを入れたのだ。透視眼とは穿いているパンティを見る技だが、千里眼は鞄に入ったパンティさえも見付けることが出来る秘技なのだ」
「凄いですね」
「ちなみに、カラコンを入れないで千里眼を発動させると、眼が焼け付くような痛みに襲われ長時間視力を失ってしまう」
冬也がウンウンと頷き「あの痛みはハンパじゃない」と言った。
私は一番後ろにいる黒蝶を見ると、彼女も準備OKと私にウインクをした。
「行くぞ」
私は号令の後、走り出し保管庫の扉を蹴破った。「ぷりん党だ。御用改めである」
春風は十数人いた。先ほど試合をしていた奴もいる。その他にも大会に使う道具やら設備もあった。巨大な招き猫もあり、いったい何の保管庫なのか首を傾げたが気にしている場合ではない。目前には盗まれたとおぼしきスポーツバックがある。
「冬也。あのバックか?」
冬也の眼力が高まり千里眼が発動した。
「ビンゴ。大量のパンツを確認した」
スポーツバックにはイケナインジャーのストラップが付いている。キララのバックとパンティを盗まなければ今回の盗難の発覚が遅れていたはずだ。アホな奴らだ。詰めが甘すぎだったな。
ざわめく室内。春風は私たちを見るなり、
「げっ、ぷりん党だ」
「邪眼党の冬也もいるぞ」
「女もいるぞ。可愛いぞ」
と、個人的な感想を述べながら三々五々に逃げ惑っている。蜘蛛の子を散らすとはこの事を言うのだろう。
「逃がすか!」
私は逃げ惑う春風を捕まえると、手当たり次第にプリンを口に打ち込んだ。
『符輪放出』
秘技を喰らった春風たちは、プリンを飲み込むことが出来ず、次々と倒れ込む。一人、また一人と間髪入れずプリンを叩き込む。辺りを見渡すと冬也は春風を殴り倒し、黒蝶は豪快に投げ飛ばしていた。隼人は私の後ろにピッタリと寄り添い、プリンの補給役をしている。
形勢はこっちに傾いている。このままなら数分とせず鎮圧できるだろう。
その時――
「なんや、にしゃら(お前ら)」
突如室内に入ってきたゴリラの怒号が乱れ飛んだ。
「なんかスゴイのが来たぞ」
私は思わず叫んでしまった。上腕二頭筋は丸太のように太く、体格は逆三角形。顎が割れ、アメコミに出てくるキャラのようだった。
春風の誰かが「隊長」「春一番が助けに来たぞ」と言っている。
私はゴリラの目の前に立ちはだかった。
「お前が親玉か?」
「なんや? 俺んむぞらし(カワイイ)か手下になにしとるん」
なにを言っているのか分からない。だが、話を進めることにする。
「春風は忌むべき存在だ。悪いが排除させてもらう」
「生意気な奴だ」
ゴリラの豪腕がうなる。私はそれをかいくぐり隼人からBIGプリンを受け取る。これを喰らった者は悶絶確定のプリン。
「喰らえ『符輪放出』」
ゴリラの口内にプリンを叩き込む。
「うごおおお」
苦痛にうめくゴリラを尻目に「決まった」と、自分の美技に酔いしれる。
が、次にゴクリと嫌な音がした。
「まさか……」
私が見上げるのと同時にゴリラの豪腕が私を吹き飛ばす。
「ぐはっ」
壁に背中を叩きつけ息が詰まる。
なぜだ。たしかに秘技は決まったはずなのに?
私はゴホゴホと咳き込みながら見上げると、ゴリラは口元を袖で拭いゲップをした。
こいつ、飲み込みやがった。
なんたることだ。必殺技がわずか一話で防がれてしまった。まさか、あのBIGプリンを飲み込む食道を持ち合わせている奴に、こうもあっさり出会うとは……
「なんのしたばいいんだにしゃ(何がしたいんだお前)?」
私の秘技に動じることもなくゴリラが言った。なにを言っているか理解出来なかったが、師匠から授かった秘技を否定されたことは分かった。
「瞠、大丈夫か?」
「先輩」
二人が駆け寄ってくる。私は上体を起こし「大丈夫だ」と応えた。
「あんな奴が相手だと分が悪いぜ」
「先輩、どうしましょう?」
「クソッ。秘技が利かないとなると、私には打つ手がない」
毒付く我々を無視してゴリラの豪腕が黒蝶に迫る。
「おっ、こぎゃん(こんな)所におなごし(女)の(が)いるや(いるじや)ちゃがか(ねえか)。にしゃん(お前の)パンツも高く売れそーだな(そうだな)」
「なんや、うちとやる気?」
近づいてくるゴリラに負けまいと、黒蝶が気勢をあげる。
「手っ取りはよ、服ばはぎ取っちやる」
ゴリラがいやらしく手を伸ばす。
まずい、このままでは仲間の危機だ。
「冬也!」
私は近くに居る冬也の肩を叩いた。
「どうした? なにか策があるのか?」
「お前が助けろ!」
私は冬也をゴリラへ蹴り飛ばした。
「おいおい、マジかよ」
「骨は拾ってやる」
放物線を描きながら飛んでいく冬也にエールを送った。だが、飛んできた冬也をゴリラは殴り、虚しく私の元に戻ってきた。
「すまん、瞠。俺じゃダメだ」
「使えぬ奴め」
私は立ち上がり、急いで黒蝶の前に立った。
初めからこうすれば良かった。冬也でお釣りが出るのならそれでよかった。が、冬也では貨幣価値が無かったようだ。
「こら、ゴリラ。あんまり暴れていると乱獲されるぞ」
私は精一杯の威勢をふるった。秘技が利かないなら身体を張って仲間を護るしかできない。後ろにいる黒蝶が「瞠。かっこいい」と黄色い歓声を上げる。黒蝶よ、嬉しいけど緊張感がなさ過ぎるぞ。
ゴリラは拳を振り上げ、怖い顔で私を見る。
「よか度胸やけん。先ににしゅば素っ裸にしてから女子便所に放り込んでやる」
それは困る。トイレには苦い思い出があるのだ。
私がトラウマと戦っていると、「そんなことしたらイケナインジャー」
どこからともなく声が聞こえた。
振り上げた拳をそのままにゴリラが「誰や」とキョロキョロ辺りを見る。
私の前に現れたのは、全身カラータイツの六人組だった。ピンクのネックストラップを首にぶら下げたレッド。鶏頭のブルー。大仏様のようなパンチパーマのイエロー。頭にフランスパン(髪型)乗せたグリーン。コッペパンを頭に乗せたブラックとホワイト。
間違いない。こいつらは先日、私を襲った八十年代を模した不良共だ。それが、なぜ私の目の前でイケナインジャーのコスプレをしているんだ?
「なんや、なんや」と困惑するゴリラ。私も困惑している。
「おい、ゴリラ」レッドが指差す。「こんなことしたらイケナインジャー」と、もう一度決めセリフを言う。
「訳が(の)とがらなか(わからない)奴の(が)現れやのっち(がつて)」
ゴリラが振り上げた拳を目の前にいるレッドに叩きつける。
しかし、レッドは動じることもせず、肘でゴリラの拳を受け止めた。
「ぎやああああ」
グシャと嫌な音が聞こえた。ゴリラの顔が苦痛に満ちる。折れたな。
レッドは仁王立ちで見上げ、床を指差す。
「正座しなさい」
レッドの指示にブルーとイエローがゴリラの膝の裏を蹴って強制的に正座させた。
「こんなことしたら駄目じゃないか。ガタイがいいのは見て分かる。しかし、態度も大きいのは感心せん。力を持て余しているのなら土木作業でもしなさい。お金が欲しいなら土木作業しなさい。やることがないなら土木作業しなさい。とりあえず土木作業しなさい」
叱責するレッドを睨みつけるゴリラ。
「なんなんにしゃら(なんなんだお前ら)」
「我々は飛行編隊イケナインジャー。非行に走った者を正す者だ」
「知らちゃが(ない)な」
ゴリラが鼻で笑う。レッドはゴリラの頭をペシャリと叩き「知らないと無知は違う。知らないのなら知ればいい。だが、無知は愚かなことだ、反省しなさい」と言い張った。
レッドは傍にいたホワイトに手を差し出した。すかさず、ホワイトが持っていたビニール袋からアンパンを取り出してレッドに渡す。
「どうだゴリラ。腹減ってないか?」
と、場違いのタイミングでアンパンを差し出した。
「いらちゃが(いらねえ)。俺は甘い物のすかんなんや(が嫌いなんだ)」
その言葉にレッドは指を鳴らした。すると、ゴリラの両脇にいたブルーとイエローがポカポカとゴリラを叩く。
何回か叩いた後に、
「どうだゴリラ。腹減ってないか?」と、同じ事を言った。
「やけん、いらちゃがっち(いらねえつて)」
ゴリラの言葉に再度レッドは指を鳴らし、先ほどと同じ光景が行われた。その後も何度か同じ事を繰り返した挙げ句。
「アンパン、ごっつおんなろ(いただきます)」
と、ゴリラが泣きながらアンパンを食べた。
「さあ、夕日に向かってダッシュだ」
レッドのかけ声にブルーとイエローがゴリラの両肩を持ち上げ、強制的に立たせると部屋を飛び出していく。それに続いて他のカラータイツも走っていった。残ったのはレッドだけだった。
床に落ちていたキララのスポーツバックを拾い上げ、ゆっくりと私に近づいてきた。
「お前、さっきトイレで出会った男だろ?」
私は言った。ピンクのネックストラップを首にぶら下げたアホはあの男しかいない。それなのにレッドはかぶりを振って「違う。人違いだ」と答えた。
白々しい男だ。それに、先ほどの五人にも見覚えがある。特徴だらけの奴らだ。いったい、こいつらは何をしているんだ? 八十年代の青春ドラマが好きなのは確かだ。
「よくぞ、身を挺して女性を護った。君は男の中の漢だ。私は感心したぞ」
この男は室内にいなかったはず。なのに何故知っているんだ? こいつ、のぞき見して自分の出番を見計らっていたな。
「それと、君の探している物はこれじゃないのか?」
そう言ってレッドがスポーツバックを私に差し出した。
「なぜ、私がそれを探していることを知っている?」
「私はなんでも知っている。ヒーローだからな。だが、心ない人々はそれをご都合主義と云う。なんとも嘆かわしいことだ」
たしかに、放送されているイケナインジャーを中傷した言い方をするユーザーは多い。しかし、それを言ったら負けなのだ。それがイケナインジャーなのだから。
私はレッドにツッコミを入れることで、私も心ないユーザーに成り下がろうとしていた。自粛しなければならない。
「助けてくれてありがとう。お礼と言っては何だが、こんな物でよければ受け取ってくれ」
私は差し出されたスポーツバックを受け取ると、助けてくれたお礼に非売品のハンカチをあげた。
「おお、いいのか! すまないな。それではお返しにこのストラップを差し上げよう」
そう言ってレッドは首にぶら下がったネックストラップを私に差し出す。
「いいのか? ありがたく受け取るよ」
私たちは互いに固い握手を交わした。
「それでは諸君。また会おう」 レッドが手を振りながら保管庫を出て行った。タイミングを見計らっていた三人が、
「大丈夫か?」
「先輩、お怪我はないですか?」
と、私に駆け寄ってくる。私は「大丈夫だ」と応えた。
「しっかし、あのタイツ集団はなんだったんや?」
黒蝶が首を傾げたので私はビックリした。お前は気がつかないのか。先日、お前と一緒にいた仲間じゃないか。
そう言いたかったが言わなかった。
「それじゃあ、僕は先生を呼んできます」
隼人が駆け出すと「それなら俺も」と冬也も付いていった。
「うちは、そろそろ三位決定戦も終わったと思うけん、戻るね」
黒蝶も二人の後を追って出て行ってしまった。イケナインジャーの登場でモチベーションが下がったのか? あっさりと三人は出て行ってしまった。取り残された私はどうすればいいのだ。
部屋にはプリンに悶絶している者や、黒蝶に投げ飛ばされて昏倒する者もいる。私がこの場を離れてしまったら逃げられてしまう。
その時だった。今まで眠っていたジュニアが突如起き出して私に囁く。
「なあ、兄弟。バックの中身、見ちまおうぜ」
なんとも核心を突いた囁きだ。
「なにを言う。そんなこと、出来るものか」
「その中にはキララのパンツも入っているんだろ? 誰にもバレやしないって。ちょっとだけ拝ませてもらおうぜ」
「しかし、ぷりん党としてそれは……」
「ぷりん党以前に一人の漢だろ? パンツのラインもいいけど、大分類を忘れちゃいけないぜ兄弟」
たしかに、我々はパンティに群がるアホである。パンティを目の前にして見ないで漢と云えるだろうか。
「それでも私は……」
「中には何が入っているんだろうな? フルバックか? リオカットか? もしかしたらソングもあるかもしれない。なあ、兄弟。一緒に桃色遊戯にしけ込もうぜ」
ジュニアは言葉巧みに私を誘惑する。私の全てを知っているジュニアだ、私を落とすポイントを心得ている。
「見ないアホより、見るアホ。同じアホならなんとやらだ。兄弟、お前はどっちだ?」
「それは、もちろん見るアホだ」
「なら、やることは一つだな」
グルグルと渦巻く思考回路にフラフラになりながらも、私はファスナーに手を伸ばした。
次の瞬間。
「みーはーるー」
勢いよく部屋に飛び込んできたキララが、私の袖と襟を掴んだ。釣り手と引き手を自分に引きつけ、私を前のめりの体勢にする。そして、キララの外ももがジュニアを払いあげる。潰されたジュニアは「ぎゃああああああ」と叫びながら昇天した。
柔道の足技の一つ『内股』という技だ。本来、内股は外ももで相手の内ももを払いあげるのだが、偶然か必然か、キララは私の内ももではなくジュニアを的確にとらえた。
ジュニアと共に、私も昇天したことは言うまでもない。
床に叩きつけられ、文字通り口から泡を吹く。薄れ行く意識の中、キララが「この変態」と私を罵倒するのが聞こえた。
天に召されているのを目撃した隼人が駆け寄り「違いますよ、キララ先輩」と私を助け起こした。
「えっ? 瞠が私のパンツを盗んだんじゃないの?」
「違いますって。先輩はキララ先輩のパンツを取り返してくれたんです」
「うそ。ちょっと瞠、大丈夫?」
誤解に気がついたキララが今更になって私の安否を気遣う。
隼人よ。お前はどんな説明をしたんだ? 骨を折るどころか、ジュニアを潰される結果になるとは……どうやら、今日は命日だったらしい。