Lesson2「ぷりん部なら、パンティに命を燃やせッ!」 05
世の中には非売品と云うものがある。一般の消費者が手に入れることが出来ない品だ。まあ、ネットなど高値で取引されたりするが、そんなので手に入れてはならぬ。ファンなら自力でつかみ取ってこそ価値がある。
応募者百名にイケナインジャーハンカチが当たると聞きつけ、私は鬼才の如くペンを走らせた。狙うはイエローとピンク。他の物などどうでもよかった。数十通送りつけた結果、私の手元に届いたのはレッドのハンカチ。アンパンを片手に「腹減ってないか?」と、食べかけのパンを差し出している。
「そんなもん、いるかあああ」と投げつけたことは言うまでもない。
あの男と出会ったのは、私がトイレから出てきたときだった。気にくわないレッドのハンカチに力を込めて手を拭いていると、素知らぬ顔で話しかけてきた。
「あれ? それは非売品のハンカチじゃないか」
私は頷き、男を見上げる。出入り口の隣で煙草を吸っていた男だった。
「俺も知り合いにまで頼んで応募したんだが、全然当たらなかったよ。……それにしてもうらやましい」
男が物欲しそうに、私のハンカチを見続けてきた。私的には、価値のないハンカチである。「よかったら、どうぞ」と言ってあげてもいいくらいだ。
「あの、よかったら……」
そう言い掛けたとき、男の首からぶら下がっているストラップが目に入った。桃色のネックストラップ。それはガチャガチャで手に入る「イケナインジャー携帯ストラップ」ではないか! 各キャラクター五色にシークレット五色の計十色ある内の一つ。もちろん私は全種蒐集するべく硬貨を投入し続けた。百円玉を握りしめる小学生が、私の後ろで睨んでいたが無視した。子供の親も私を白い目で見てきたが受け止めた。
文明人以前に、「大人としてどうなの?」と言われても言い返せない事をしてもフルコンの夢は叶わなかった。毎回ダブつくのはアンパンを持ったレッドか、アンパンをカレーパンに持ち替えたシークレットのレッド。「この中にはレッドしか入っていないのか?」と思いながらガチャガチャを回し続けた。
それなのに、目の前には私が求めていたシークレットのピンクがあるではないか。通常、ピンクはフルバックなのだが、シークレットだとTバックになっている。
欲しい。純粋にそう思った。
「あの、それ……」
私が言い掛けたとき、
「おっといけない。俺もトイレに行くところだった」
そう言って、男は私の隣を無情に走り抜けて行った。
未練たらしく、私は男の行く手を目で追ったが、それもトイレに入られて叶わなかった。
無念だ。
私はトボトボと肩を落とし会場に戻った。
会場に戻ると、隅で座っている隼人を見つけ隣に座った。両手を突き出し、準々決勝で戦っている二人を模倣している。幾度も繰り出される技を興味津々と見ている。
「柔道技に興味があるのか?」
「えっ? 興味といいますか、女性なのに相手を投げ飛ばす事が出来るってのが凄いなあっと思いまして」
「まあ、たしかに覚えれば男性にも引けを取らないな。それは私が身を持って証明している」
次の試合を控えているキララを遠目で見ながら私は言った。
「だが、隼人。護身術で覚えるのはいいが、ところ構わず相手に使う奴にはなるなよ」
「どういう意味ですか?」
「簡単に言うと、キララにはなるなってことだ。手当たり次第に投げられては適わん」
「あはは。でも、キララ先輩は手当たり次第ってわけじゃなさそうですよ」
「ん? どういう意味だ」
今度は私が聞き返した。アイツが誰彼かまわず投げていないだと。聞き逃すことが出来ぬ言葉だ。
「キララ先輩は先輩にだけ、技を使っていると思います。まあ、確証はないですけど」
「確かに、アイツが私以外の人に柔道技を極めているところは見た時がない。どうせ、使い慣れた玩具が馴染んでいるだけだろ。迷惑な話だ」
「投げられている先輩にしてみれば、そうなりますね」
隼人が苦笑いをしながら場内を見た。
赤胴着と青胴着が組んず解れつ戦っている。投げ飛ばした赤胴着が寝技に入り「技有り、合わせて一本」と審判が言った。
「あっ、赤の勝ちみたいですよ」
「みたいだな。次は準決勝。とっとと終わらせてもらいたいな」
「終わっちゃダメじゃないですか。先輩は、キララ先輩のこと応援しないんですか?」
「応援なんてするか。アイツが勝っても負けても私には問題ない」
私の言葉に隼人が黙り込む。なんだこの沈黙は?
「……なんか、キララ先輩が可哀想です」
はあ? キララがカ・ワ・イ・ソ・ウ。なにを言っているんだ。マッチ売りを可哀想に思うならまだしも、柔道女を可哀想と思うのは隼人だけだぞ。むしろ私に同情してもらいたい。
しばらく沈黙が続き、やがて場内アナウンスが流れた。
『ただいまより、準決勝を行います。選手は場内に集まって下さい』
ぞろぞろと、出場選手が集まり、所定の位置に腰を下ろす。準決勝は二面を使って同時に行われるらしい。私の目の前にキララ率いる普通科①の女子柔道部員が正座する。向かい側に普通科④が座った。
「ん?」
向かい側を見ると黒蝶が私に両手を振っている。試合が始まるというのになにをしているんだ。私は回りの目線が気になったので、制止するため手を挙げた。が、それを目撃したキララがキッと私を睨みつける。私が黒蝶に応えたと思ったみたいだ。違うのに……
「先鋒、前へ」
審判が場内の中心に立って促す。
「ガンバレ」
「ファイト」
両部員が先鋒の選手にエールを送る。傍らにいる隼人も「頑張って下さい」と応援している。
私は足を組み、試合をしている両選手を見ていると、男が私の隣に腰掛けた。見るとニヤニヤ笑っている。
休日だというのに学生服を着崩し、Yシャツのボタンを全開にしている。笑っているように見える顔は、彼の特徴とも云える糸目がそう見せている。ボサボサに伸びた髪を、炎柄のバンダナで束ね、どこか能面のようにも見える。
男が私に言った。
「瞠も来ていたのか」
「まあな。『邪眼党』がいるってことは『なま党』も一緒か?」
基本的に、邪眼党となま党は一緒になって行動することが多い。
私の問いに、男は鼻で笑い、かぶりを振った。
「アイツらのことが嫌いなのは知っているだろ。俺は邪眼党の中でも一匹狼なんだよ」
「そうだったな、冬也」
「先輩、お知り合いですか?」
隣で小首を傾げた隼人が聞いてきた。そうだった、コイツにも説明せねばならんな。
「隼人、紹介しよう。こいつの名前は神宮冬也。邪眼党に所属している。まあ、所属と言っても、いつも独りで行動しているからはぐれ邪眼党だな」
「よろしく」
冬也がピースをする。された隼人はキョトンとして「はぐれ?」と聞き返してきた。
「はぐれとは、徒党を組みながらも、個別で動く者のことだ。ようは仲間はずれだ」
「そうなんですか」
「瞠、仲間はずれじゃない。あれは俺から離れているんだ。神経衰弱みたいに、当てた外れたと言っている奴らに嫌気がさしたんだ」
ちなみに補足として邪眼党の説明もしておこう。隼人にしてみれば知らないことばかりだからな。
「邪眼党とは、女性の穿いているパンティの色やデザインやサイズを当てる集団だ」
「そうなんですか。初めまして一年の早乙女隼人といいます」
「おう、よろしくな。コイツの下がイヤになったら、いつでも俺のところに来い」
隼人が「はあ……」と呆けている。
「待て。勝手に私の目の前で引き抜きするんじゃない。隼人には、まだ教えていない秘技が沢山あるんだ」
「師匠から受け継いだ秘技なら俺にもあるぜ」
「冬也先輩も師匠がいるんですか?」
「いるもなにも、瞠と俺は同じ門下だよ」
「そうだったんですか」
冬也がうんうんと腕を組んで頷く。
「そうそう。二人とも偏った秘技を授かったものだ」
冬也と私は同じ学年である。そこそこ偏差値の高い普通科①に入学したにもかかわらず、三権分立も三平方の定理も分かっていない。どうやって試験に合格したのか今でも不思議である。
偏食が激しく、パンティにもうるさい。よく、そのことで師匠に怒られていた。
「おい、お前は昔話をしにここに来たのか?」
私が言うと、冬也は鼻で笑った。
「そんなわけあるか。パンツを見に来たんだ」
「なら黙って、先鋒のパンティでも見てろ」
「見るって言っても、二人ともつまらないフルバックだろ。黒胴着の子なんて小さいドット柄だぜ。普通科④はギャルが多いって聞くけど、意外と普通なんだな」
「このアホ。ドット柄に込めた想いがわからんのか。点々一つに恍惚と不安の間を絶え間なく揺れ動いているのがわからんのか」
「はっ、意味わかんねえよ」
「ですね」
二人が首を振る。隼人、お前もか!
そんな話をしていると、先鋒戦が終わった。勝敗は普通科④の勝ち。続いて次鋒戦が始まる。
「おっ、今度の黒胴着は白のブラジリアンカットか。なかなかいいね」
ブラジリアンカットとはリオカットよりフロントのカッティングが浅いタイプだ。バックはリオカットと同じである。
「しかし、白胴着の子。フルバックでアニマルプリントだぜ」
冬也の言葉に隼人がビクッと身を強張らせる。「アニマル」という言葉に反応しているらしい。
「高校生にもなってパンダはないな。俺が彼氏なら萎えるぜ」
涙を懸命に抑えている隼人を見て、私は思わず冬也の頭をピシャリと叩いた。
「冬也。お前はいつから人のパンティの批判をする漢になったのだ。師匠の教えを忘れたか?」
師匠の名前を出すと、冬也はバツが悪そうに目線を下に向けた。
「うっ……、そうだったな。『パンツを差別してはならない』が師匠の教えだったな」
その通り。師匠はどんなパンティも広い心で受け止め吟味していた。弟子である私たちが、その教えに反してはならんのだ。
自分の偏った見方に「あはは。俺の悪い癖が出ちまったな」と笑い、気を取り直して試合に目を向ける。
「……うちの学校、まずくないか?」
「まずい?」
私もつられて見ると、ブラジリアンカット(普通科④)がフルバック(普通科①)を押さえ込んでいるではないか。
ホワイトボードを見ると『技有り』と書かれてある。
なんとか逃げだそうともがくフルバックだが、無情にも時間が経過した。そして「合わせて一本」と審判が手を挙げる。
これで我が普通科①は二敗。次に控えているキララが負けた時点で我々の負けが決定する。
「先輩どうしましょう。このままでは負けちゃいますよ」
先ほどまで涙目だった隼人が、私の服をグイグイと引っ張る。
「どうするもこうするも、私たちにはどうすることも出来ない。見ているしかないだろう」
キララが負けた選手に「ドンマイ」と肩を叩き、中央に歩く。対するは黒胴着姿の黒蝶。
審判が「はじめ」と号令を出し、持ち手争いが始まった。自分の持ちやすい組み手に持って行き、なおかつ相手には組みづらい形に持って行く。柔道ならではの攻防戦だ。
しかし――なんか変だ。
私はキララを見たときに抱いた違和感を思い出す。キララの動きは生き生きと動いている。ウォーミングアップで身体が暖まっている証拠だ。それなのに、なんだこの感じは?
「瞠。気づいているか?」
「ああ、なんか変だな」
「ちなみに、キララの今日のパンツはなんだ?」
「わからん。確認しようとしたら、目玉を突かれる幻影がしたので辞めた」
「それは災難だったな。実は、何度か透視しようと頑張っているんだけど、一向にキララのパンツだけ見えないんだ」
「なに! 邪眼党随一の透視眼を持つお前が、見られないパンティがあるのか」
「そのようだ。これはハイレベルだぜ」
私と冬也は食い入るように場内のキララを観た。隣では隼人が「ガンバレ」とぷりん党の性分を忘れて応援している。お前もパンティを見なさい。
「見えたか?」
私が言う。
「いや、まだだ」
冬也の額に汗が流れる。
場内では黒蝶に担がれたキララがバランスを崩し倒れ込む。
「有効」と審判が斜め下に腕を伸ばす。すかさず黒蝶が寝技に入るが、キララは亀のように守る。客席の誰かが「今のは技有りだろ?」と声を上げているのが聞こえた。
お尻を突き出しているのに、私たちはパンティを確認することが出来なかった。
「なあ冬也。私が思うに……」
長い沈黙の後、口を開いたのは私だった。
「キララが穿いているパンティってのは『Gストリング』じゃないのか?」
「なっ、なんだと! あの、フロントがV字型にカッティングされ、バックとサイドは細い紐状にデザインされたやつか?」
「それしかあるまい。あれならラインが響かないのも納得できる」
「それなら、サイドに結び目が浮き出るはずだ」
「それはタイトでの話だ。柔道着はサイドに空間が生まれる」
「それなら理解は出来る。Gストリングを見破れる漢は師匠くらいだ。しかし、キララがGストリングだとしても理解は出来ても納得が出来ない」
「どういう意味だ」
「実は、俺も一つの仮説が浮かんでいる」
「なに、言ってみろ」
「それは……」
冬也が私の耳打ちで話す。その内容に私は驚愕した。
「なっ、なんだと。まさか、そんなわけあるまい」
「しかし、それなら俺たちが持つ違和感も説明がつく」
「しかし……」
そんなアホな。真偽を確かめなければ!
私は立ち上がると、普通科①の部員が座っているところに駆けだした。
「ちょっと、先輩?」
後ろで隼人が私を呼び止めるのが聞こえる。しかし、立ち止まるわけにはいかない。
関係者でもない私が土足で踏み入れ、目的の人物の隣に陣取った。
「おい、ジジイ」
私が駆け寄ったのは臨時顧問のジジイだ。ジジイは驚くこともせず「なんじゃ、試合中じゃぞ」と言ってきたが知ったことか。
「試合より大切な話だ。キララのことなんだが……」
私が「キララ」と名前を出した瞬間、ジジイの目つきが変わる。
「話してみなさい」
ジジイの耳に冬也の推測を話す。それを聞いたジジイは頷き、
「広く一般的ではないが、一部の男子はそうしている」
「ってことは女子もあり得るのか?」
「無いとは言い切れないの」
ジジイの言葉で私は愕然とした。赤帯を持つ仙人が言うのだから間違いはないだろう。
キララは……
あいつは……
「先輩。どうしたんですか? 邪魔になりますから、こっちに戻ってきて下さい」
隼人が、女子部員の後ろで私を呼んでいるのが聞こえる。しかし、私は身動きが出来なかった。それほどショックが大きかった。
待てよ。そうなると、あの時見た影光の行動も納得できる。被るパンティがない試合会場で仮面党が、普通に試合を観ているわけがない。
私は立ち上がり、黒蝶と戦っているキララを見た。
ポイントは黒蝶が技有りと有効を獲っている。圧倒的にキララが不利。それでも、私は聞かなければならない。
黒蝶の繰り出された内股が、キララに襲いかかる。
スピード。タイミング。全てが完璧に放たれていた。
その瞬間――
「キララ!」
私は場内に聞こえるように大声で叫んだ。
「お前、いま……ノーパンなのか!」
場内が静まり返った。会場中の視線が一点に私を見る。
「なっ……」
キララが私の声に反応して赤面する。それが全てを物語っていた。
黒蝶も驚いたのか、蹴り上げた足は軌道を外し、空振りをする。その隙を見逃さなかったキララが黒蝶の股を逆に刈った。柔道技の股すかしである。
「いっ、一本」
審判が手を真上に挙げる。
投げられた黒蝶は、何が起こったのか理解出来ないで天井を仰いでいる。
「みーはーるー」
鬼の形相で私を睨みつけるキララ。試合中であるため、直ぐ私に飛びかかることが出来ない。柔道とは礼に始まり礼で終わるもの。
こうしてはいられない。素直にキララを待っている場合ではないのだ。早く仮面党を見つけなくては。
私はキョトンとする隼人の手を引っ張り駆けだした。
「えっえっ?」と声を漏らし「どうしたんですか?」と聞いてきた。
「わからないのか。仮面党を探すんだ」
「仮面党?」
「アイツらの狙いが分かった。仮面党は女子部員の脱いだパンティを狙っていたんだ」
「えっ? えええええ」
驚きで隼人が大声を上げる。
仮面党よ。基本的にお前達の邪魔はしない。それが暗黙のルールだ。しかし、お前達が被ったパンティをキララが履いて、それを恍惚と見られるわけがない。見たくもない。ぷりん部以前に妄想の亡者として、阻止せねばならん。
私の後ろから「瞠、逃げるな」とキララの怒声が聞こえる。
帰ったら殺される。そう私は思った。




